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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
神帝国編
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内なる神性を開け

(前回までのあらすじ)

ヒラクは見渡す限りの雪原にユピの亡骸を背負って一人佇んでいた。そこに突然銀色の大きな狼が現れた。それはヒラクがアノイの山を越えた時、自分を背に乗せた狼であることに気がついた。その狼はヒラクが隠し持っていた破壊の剣に気がつくと関心を示した。ヒラクは狼もまた偽神であることに気づき、「灰銀」と名づけることで、神としての呪縛から解放した。そして時間と空間を飛び越えることが可能であることを灰銀から聞いたヒラクは、ユピを連れてアノイの地に帰るための一歩を踏み出した。


 ヒラクは、踏みしめる雪の感触を確かめながら、アノイの地を思い出していた。

 白い雪、灰色の空、ナナカマドの実の赤さと針葉樹の葉の濃い緑……。

 マツの枝がしなり、雪がふるい落とされる……。

 凍てつく空気で頬がひりひりと痛くなる……。

 笹の葉の茂みが揺れる……。


 足元をみつめながら歩くヒラクの目に落ちている小枝が見えた。

 踏みつけると小枝が折れた。

 その音にハッとして、ヒラクは初めて顔を上げた。


 ヒラクは見覚えのある風景の中にいた。

 笹の茂みと針葉樹林の向こうには、雪の原が広がっている。

 すぐ近くには川が流れていた。


「ここは……アノイ……?」


 けれども何かがおかしかった。

 川沿いに並ぶ家が一つもない。


 ヒラクはユピの亡骸をその場に残し、雪をかきわけて川に近づき、辺りの様子を確かめた。

 集落のそばの木々には焼け焦げたような痕がある。


 ヒラクは川に意識の焦点を合わせた。


 水に記録された光景がヒラクの目の中に飛び込んでくる。


 悲鳴を上げて逃げ惑うアノイの人々、川へ逃れようとする人々の背中を斬りつける神帝国の兵士たち、数十本もの矢に射抜かれて絶命するアノイの若者、兵士たちに取り囲まれて衣服をはがされるアノイの娘……。


「何だ……これ……やめろ……やめろーっ!」


 ヒラクが叫ぶと、水に記録された凄惨な光景は消え去り、雪におおわれた川辺の風景だけが残った。


 ヒラクは瞬きもせず、目の前の静寂をみつめ、涙を流し続ける。


 神帝国の兵士たちが山を越え、アノイの村を襲ったという話をヒラクはすでに聞いてはいたが、自分の目で確かめるまでは信じないと決めていた。

 けれどもう、目に焼きついた光景を消すことはできない。


「これも……おれが創った世界? うそだ……おれは、こんなこと、望んでなんていなかった……」


 ヒラクは、雪に足を取られながらふらふらとユピの亡骸を置いた場所へと戻った。

 目を閉じたまま動かないユピをしばらく見下ろすと、ヒラクは意を決したようにマントの下から剣を取り出した。


「おれの中にある破壊の衝動が、こんな世界を作り出すなら、いっそおれごと滅びてしまえばいい」


 そう言うと、ヒラクは剣を両手で持ち、切っ先を自分ののどに向けた。


「ユピ……おれがおれを壊したら、ずっと一緒にいてくれる……?」


 そのとき、ヒラクはユピが最後に言った言葉を急に思い出した。


『君は君のままでいて……』


 ヒラクの手から剣が滑り落ちた。

 ヒラクは雪の上にはいつくばり、苦しげに言葉を吐く。


「おれはどうすればいいんだよ……この世界がなくなることを望まなかったのはおれなのに……。だけど、こんな世界なら、ぶち壊してやりたいよ」


(ならば壊してしまえばいい)


 ヒラクの中で声が響いた。


「誰? 灰銀?」


 ヒラクは辺りを見回した。

 けれども銀の毛の狼の姿はどこにも見当たらない。


(壊してしまえ)


 もう一度声が響く。

 それと同時に勾玉と剣の共鳴音が聞こえた。


 ヒラクは剣に目をやった。


「おれに話しかけているのは……おまえか……?」


 剣を手に取ると、体の奥に直接振動が伝わった。

 剣と鏡から発せられる高く澄んだ硬質な音がヒラクの内側で響く。


「どうして? ここには鏡もないし、勾玉の光だってもう……」


 そのとき、ヒラクの頭の奥でまぶしい光が閃いた。


「そうか……そうだった……光はここにあったんだ……」


 ヒラクは両手で柄を持ち、剣先を下に向けて、ゆっくりと立ち上がった。


「おれの勾玉はここにある」


 ヒラクは剣を握ったまま組み合わせている指を胸の前に持ってくると、祈るように目を閉じた。


 ヒラクは体の内側に広がる強く澄んだ光が手の中に集ってくるのを感じた。

 剣に光が流れ込む。

 ヒラクはまぶたの裏でまぶしさを感じ取る。

 剣は透明な強い輝きを放っていた。

 それはヒラクの勾玉の光そのものだった。


 ヒラクはひじを伸ばし、両手で剣を頭上に掲げた。

 光で形作られた剣に、もはや重さは感じられない。


「壊したい……そして創りたい……。おれが失った世界……。ユピ、どうか、もう一度……!」


 ヒラクは剣を振り下ろした。

 剣先は雪に埋まり、土にまで達し、光ごと沈みこんでいく。

 剣を中心にして波紋が広がるように雪は白い光となって、足元から音もなく世界を消し去る。


 ヒラクは剣をつかんだまま、何もない白い空間にいた。

 そこには上も下もなく、縦も横もなく、遠近感すらわからない。


「何もない……何も……。あの白い闇の世界とおんなじだ。ユピを見失った世界」


 いつの間にか、握りしめていた剣も消えていた。

 ヒラクは組み合わせたままの手を唇の前に持ってきた。

 そして息を吹き込むように、手のひらの中に言葉を込めた。


「おれの望む世界をここに」


 ヒラクの手のひらの中に光が満ちる。


 ヒラクは手のひらの中にある光を解放するように両手を広げた。


 手のひらに込めた言葉が虹色の光となって放射され、やがてそれは液体となり、色鮮やかな飛沫が点描画を描くように世界を構築していく。


 そしてヒラクは世界に投げ出され、宝石のようにきらきらと輝く新雪の上に倒れ込んだ。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。ユピの記憶に入りこんだヒラクはなぜか黄金王や神王の過去の記憶にもつながった。そしてそれまでの勾玉主が成しえなかった神の扉を開くが、唯一無二の神としての全体の統合を拒む。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。前世は神王。始源の鏡と剣を手に入れたユピの中の神王は、勾玉主であるヒラクを利用し、唯一無二の神となろうとするが、ヒラクに阻まれる。激高した神王からヒラクを守るため、ユピは神王を道連れに自ら命を絶つ。


灰銀……かつては山の神とも狼神とも呼ばれ偽神とされた銀色の狼。ヒラクが幼い頃に出会っている。ヒラクの山越えを助けた狼。ヒラクに「灰銀」と名づけられたことで偽神として存在することから解放された。


★黄金王…最初の勾玉主。黄金の勾玉を持っていた。太陽神とも呼ぼれ、月の女神信仰のルミネスキを支配し、月の女神を妃にしたといわれている。勾玉の導きにより始原の鏡を手に入れるが、その鏡を神の証とし「王の鏡」としたことで勾玉の光を失う。


 神王…黄金王の死後現れた二人目の勾玉主。赤い勾玉を持っていた。ユピの前世。自らを神の中の神、王の中の王とし、太陽神信仰者や月の女神信仰者は異端として迫害し、メーザ全域を神の統治国家とした。神の証の鏡に加え、偽神を打ち払う剣があれば真実の神になれると思っていた。


 神帝…神王の再来といわれ、神王亡き後、国を失ったネコナータの民たちの希望の存在として信仰対象となり、北の大陸ノルドに神帝国を築いた。前世の神王と生まれ変わったユピの中の神王に利用されただけの存在。我が子であるユピを恐れ、神帝国から追放したが、最後は剣を手に入れたユピに殺され鏡も奪われる。


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