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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
神帝国編
72/83

記憶の果てに

(前回までのあらすじ)

 ヒラクは自分と出会ったときのユピの記憶の中にいた。ユピは砂漠で一人立っていた。傍らでは母親が死んでいる。駆け寄る父イルシカの姿をヒラクはユピの目を通して見ていた。そしてイルシカに保護されたユピはアノイの村で育った。ヒラクはユピの記憶の中の幼い自分の姿を見ていた。そしてユピがどれほど自分を必要としていたかを痛感した。本当のユピの心に触れた時、ユピの記憶の中にいたはずのヒラクはユピとしてではなく自分自身として存在していた。

 ヒラクは今、自分がどこにいるのかもわからなくなった。


(ここはまだユピの記憶の中……?)


 闇が辺りを包んでいる。

 自分の周りだけがぼんやりと明るい。

 体が自由に動く。手を見れば、自分の体が明るく発光しているのわかる。


「ユピーっ!」


 呼ぶ声が光となり、暗闇の中を矢のように飛んでいく。


「ユピ、どこにいるの?」


 ヒラクは辺りを見回すが、声は一方向に向かっていくようだ。


「ユピーっ」


 ヒラクは名前を呼びながら、言葉の光が飛ぶ方へ向かって歩いた。


 闇の中に吸い込まれて消える言葉が一点に集められていく。


 ヒラクは遠くに見える光の集合を目指して歩いた。



 やがてヒラクは、光の集合が人の形をぼんやりと作っていることに気がついた。


「ユピ?」


 ヒラクの声は光となって、膝を抱えて座り込む一人の少年を照らし出す。ユピはハッとしてヒラクを見上げた。


「ヒラク、ヒラクなの?」


 ユピに名前を呼ばれて、ヒラクは自分が自分の姿を持って、ユピの前にいることを知った。


 光がヒラクとユピの体の輪郭を闇の中に白く浮かび上がらせている。

 ユピの指先がヒラクの緑の髪に触れた。

 ユピの髪は銀色に輝いている。


 ヒラクとユピはじっとみつめあった。

 琥珀色の瞳と青い瞳が互いの目の奥に光を打ち、相手の存在を確かめる。


「ねえ、ヒラク」


 ユピのくちびるが小さく動く。


「どうして僕たちは別々に生まれ育ったのだろう」


「別々?」


 ヒラクは不思議そうな目でユピを見た。


「確かに生れた場所はちがうけれど、おれたちずっと一緒だったじゃないか」


「ちがうよ、ヒラク。そういうことじゃない」


 ユピは泣きそうな顔をした。


「僕は君でありたかったし、君は僕であってほしかった」


 そう言って、ユピは鏡の中の自分と向き合って手を合わせるように、左手をまっすぐに立て、ヒラクの右手と重ね合わせた。


「僕たちはこんなにもちがう。手の大きさも、身長も」


「そんなのあたりまえじゃないか。別の人間なんだから」


 ヒラクが顔を上げて言うと、ユピは傷ついた顔をして、重ねた手の指をからめると、ヒラクを胸に引き寄せた。

 ヒラクを抱きしめるユピの腕に力がこもる。

 その感触は伝わらず、ヒラクは立ち尽くしていたが、震えるユピの肩を伝って、悲しみが流れ込んでくるようだった。


「君と僕だけしかいない世界があればよかったのに。雪に閉ざされたアノイの村で、二人だけのあの寝室で、静けさと温もりだけをずっと感じていたかった。山の向こうの世界なんて、海を越えた先の世界なんて、僕たちには必要なかったんだ」


 ユピの言葉で、暗闇のあちらこちらに雪の結晶の花が咲く。

 そして静かに舞い降りる。

 降り積もる雪は白い光となって、足元に広がっていく。


「ヒラク、僕は、君だけの……神さまになりたかったんだ」


 ユピのつま先が白い光に溶け出して、足元の輪郭がぼやけてかすむ。


「僕を求めてほしかった。君の世界のすべてが僕であってほしかった。同じ気持ちでいてほしかった。君が僕であったなら、孤独を埋めあうことができたのに……」


「ユピ……」


 ヒラクは嗚咽するユピの背中に手を回し、慰めるように抱きしめた。


「どうしてそんなに悲しいの?」


 ヒラクの頬を涙が伝う。

 ユピは、人差し指でヒラクの涙をそっとぬぐうと、濡れた指先をじっと見て、悲しそうに微笑んだ。


「これは、僕の涙じゃない。君の涙は僕の涙にはならない。その心をいくら痛めつけても、孤独に追い込んでも、君を僕にしてしまうことはできないんだ。ただ思い知らされるだけだった。君の放つ光の前では、僕の闇は濃くなるばかり……」


「ユピ、おれのせいなの? おれがユピを悲しくさせてるの?」


 ヒラクが言うと、ユピは切なそうに目を細めて力なく笑った。


「やはり僕たちは重ならない。わかりあえない。なのにまだ、僕は君を求めている……」


 足元から広がる光はやがて暗闇を浸食し、白く明るいだけの世界がいつのまにか広がっていた。

 ユピの姿が白くかすんでぼやけて見える。

 影もなく、形も薄らぐ白い世界は、暗闇と何も変わらない。無音の世界に声が響く。


「ヒラク……」


 ユピの消えそうな声を、ヒラクは意識のすべてでとらえている。

 もう姿はどこにも見えない。


「君こそが僕の神だった。僕はただ愛されたくて、君に救われたがっていた……」


「ユピーっ、ユピーっ」


 意識がユピを追いかける。

 振り返ることができているのかどうかもわからない白い闇の世界で、ヒラクは四方に意識を向けて、ユピの存在を探している。


(ユピ! ユピ!)


 それはもう叫び声にはならなかった。

 意識は白く明るい光の世界に溶け込んで、影となり、闇となるものを求めてどこまでも広がった。


 光の中で、ヒラクは自分が何者なのかわからなくなった。


(おれは誰? おれは何?)


―それを知りたいと願うのか?


 ヒラクの中で誰かの声がした。


(誰? ユピなの? それともユピの中にいる誰か?)


 ヒラクは警戒し、意識を集中して、声の主を探った。


―私が誰か知りたいか? おまえが誰か知りたいか?


(知りたいよ。あたりまえじゃないか)


 そう思いながらも、なぜそれがあたりまえなのか、ヒラクにはわからなかった。


―おまえはおまえ自身を知ることで、私を知ることになるだろう。


(まさか、おまえは……)


 ヒラクがハッとするのと同時に走った閃光が、目も開けていられないほどの眩しさで辺り一面を照らした。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。今はユピの記憶に中に入りこみ、ユピが生まれる前の神王の記憶から、生まれてからのユピの記憶、そして自分と出会ってからのユピの記憶まで行きついた。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。生まれた時は青の勾玉主だったが、赤の勾玉主の人格に支配され、自らの勾玉を失う。皇子の地位を捨て、勾玉主としてメーザに迎えられたヒラクの旅に同行し、破壊神の剣を奪うと再び神帝国に戻り王の鏡を手に入れる。そして「神の扉を開く鍵」を得るためヒラクを記憶の中へと誘導する。


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