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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
神帝国編
55/83

巨大な偶像

(前回までのあらすじ)

 ヒラクたちが南多島海に向かった直後、神帝国との開戦に備え、ルミネスキ女王の招集により、海賊島にはおびただしい数の海賊船が集結していた。そしてルミネスキ軍の先陣を切って海賊たちは神帝国のあるノルド大陸に向けて出発したが、神帝国軍の船が待ち構えていたことに海賊島の統領グレイシャ率いる海賊たちは虚をつかれる。グレイシャたちは孤軍奮闘するもルミネスキ軍の兵士たちを乗せた船の到着も遅れため、海賊のたちの奇襲は失敗に終わる。神帝国側はルミネスキが奇襲をかけてくることをとっくに知っていたのだ。

 ルミネスキの艦隊がノルドの港に姿を見せたのは、海賊たちから遅れて十日後のことだった。

 港を占拠しているはずの海賊たちの姿はなく、ルミネスキ軍は待ち構えていた神帝国軍の一斉砲撃を受けた。

 海賊たちの奇襲が失敗に終わったことは明らかだ。


 ルミネスキの艦隊はひたすら上陸を目指して砲撃の中を突き進んだ。

 港が間近に迫ると、港の神帝国兵たちがルミネスキの船に向かって一斉に火矢を放った。

 マストや帆に引火して燃え上がる船もあったが、ルミネスキの艦隊はそのまま港に向かって突進していく。


 炎上する船から次々とルミネスキ兵が上陸する。

 迎え討つ神帝国兵との戦闘が港で繰り広げられる。

 神帝国の兵士たちのほとんどが闘いなどには無縁の農民や職人たちだった。

 頭を砕かれ、血を流し、斃れる味方の兵士たちを目の当たりにした民兵たちは、我先にと逃げ惑う。

 狂乱の渦の中、命を落とす兵士たちの死体の山が港のあちこちに築かれた。


 ルミネスキの第二軍の艦隊が港に迫ってくるのを見て、すでに砲兵隊も機能できる状態ではない神帝国軍は退却したが、第一軍はその後を追うことはなかった。

 そのときにはルミネスキの第一軍の三分の一の兵力は失われていて、港に上陸した兵士のうち無傷の者はほとんどいなかった。


 当初の計画が破れたにも関わらず、第一軍は第二軍と合流し、神帝国を目指して進軍した。

 ノルドを目指す海上で補給船を失ったこともあり、食糧はほとんどなく、夜営地では馬さえ焼いて食べようとする兵士もいたため、ルミネスキの騎兵団は、後続の歩兵を切り離し、神帝国へと急いだ。

 十日の行軍のうちに傷病兵の数は増し、十キロ進めば百人の兵士が斃れて死んでいくといった具合だった。


 港から進軍して十五日目、歩兵隊に先んじて、ルミネスキの騎兵団が神帝国にたどり着こうとしていた。

 小高い丘の中央に堅固な外壁に囲まれた神帝国の都が見える。

 外壁の外に溢れる人々が郊外の町を築いている。

 ほとんどがノルドの土着の民の出で、神帝国の下層民とされる人々だった。

 ルミネスキの騎兵団は一気に郊外の町を占拠した。

 下層の民が備蓄していた食糧はすでに神帝国兵により外壁の内に運び込まれている。

 飢えたルミネスキの兵士たちは、下層民の家の主を吊るし上げ、数少ない食糧をあさり、略奪の限りを尽くした。

 あちこちで娘たちの悲鳴が聞こえ、子どもは狂ったように泣く。

 やがてルミネスキの歩兵団が追いついてくると、まるでイナゴの大群が食い尽くしたかのように、郊外の町は草一つ残らないようなありさまとなった。


 ルミネスキの兵士たちは、神帝国の外壁を取り囲み、四方の門の突破を狙うが、門塔の狭間から放たれる大砲の威力に圧倒されて、なかなか攻撃を仕掛けられない。

 数では圧倒的に勝るルミネスキの兵士たちが蹴散らされてしまうのは、この大砲のためだった。飛んでくる石弾の飛距離と威力はルミネスキの大型帆船さえも沈めたほどである。長期的な攻囲戦となることは必至だった。

 しかしルミネスキ側の食糧はほとんど底をついている。

 雪もちらほら降り始め、寒さも厳しくなってきた。


 郊外を占拠して二十日目の朝、日の出とともにルミネスキ軍の本隊は東向きの中央門に一気に攻撃をしかけた。

 衰弱した馬の横腹を蹴り、ルミネスキの騎兵団が先陣を切る。

 朝日が逆光となり、門塔の砲兵たちは大砲を撃ち損じた。


「太陽神が我らを援護してくださるぞ!」


 太陽を背に浴びながら、騎兵団長が剣を高々と突き上げて叫ぶ。

 一気にルミネスキ軍の士気が上がり、兵士たちは大挙して外壁に押し寄せた。

 力づくで外門を打ち破ろうとするルミネスキ兵たちを援護するように、後方から弓隊が火矢を放つ。

 神帝側も門塔から矢を雨のように降らせて応戦する。

 戦況は一進一退で、激しい攻防戦が続いた。

 次第に神帝側は劣勢となり、日が高くなる頃には、外壁の門の一つがルミネスキ兵たちに打ち破られようとしていた。


 そのときだった。


 板金におおわれた馬に騎乗する鎧姿の装甲騎兵がルミネスキ軍の後方から襲いかかってきた。

 赤い縁取りの白いマントをなびかせた鎧姿の騎兵たちは、統率の取れた動きで一気にルミネスキ兵たちを蹴散らした。

 事態に気がついた前方のルミネスキ兵たちは何が起こったのかと混乱している。

 突進してくる先頭の騎兵の手には、神帝の旗印が掲げられていた。

 挟み撃ちをするように外門から神帝国の兵士たちがいっせいに飛び出してくる。

 精鋭のルミネスキ兵たちは、神帝国兵たちをなぎ倒し、門を突破し外壁の内側に侵入する。


 門を突破したルミネスキ兵たちは町に火を放った。


 そして神帝国の兵士はおろか、逃げ惑う町の人々さえ、容赦なく斬り殺していく。


「いいか! 奴らは太陽神に背く異端の徒だ。女子どもとて容赦はするな」


「これは神の裁きだ」


 ルミネスキ兵たちは何かに憑かれたような目で、血まみれの剣を振り上げる。


 一人のルミネスキ兵が路地に身をひそめる神帝国の女に気がついた。

 女は泣き叫ぶ赤ん坊の口を押さえてうずくまっている。

 近づく兵士に気づいた女は恐怖で声も出ず、飛び出さんばかりに目を見開いて、首を横に振り、命乞いした。

 兵士にも赤ん坊がいる。故郷では妻が待っている。それでも目の前の敵を殺せるのかと神に試されているようだ。

 ルミネスキの兵士は太陽神に己の信仰を示さねばならないと思った。


「神の御名のもとに」


 一瞬の躊躇を打ち消して、兵士は剣を振り下ろした。


 女は我が子を抱いたまま、その場に伏して動かなくなった。

 血だまりに赤ん坊が浸されていく。

 ふさいでいた手が離れても、二度と泣き叫ぶことはない。


 外壁の外も内もいまや戦場と化していた。

 燃えさかる家の中からルミネスキ兵たちは食糧や金目のものを奪い取る。

 ルミネスキ兵たちの悪魔のような所業に、神帝国の人々はひたすら神に祈った。


「神さま、助けてください、助けてください、助けてください……!」


 その祈りの声を耳にしたルミネスキ兵は、家の中に隠れていた老人をみつけ、柱の陰からひきずりだす。

 自分の祖父が無残に殺されるのを、テーブルの下で息を殺して見ていた少年は、なぜ神は祈りを聞き遂げてはくれないのかと怒りと憎しみに駆られる。それでも祈らずにいられない。


(神さま、助けてください、助けてください、助けてください……)


 神帝国人にとっての神は神王であり、その生まれ変わりとされる神帝こそが、敬うべき神だった。

 だが、彼らが今求めるのは、超自然的存在の強大かつ圧倒的な力そのものだった。

 それは、死をもって完成した神王の伝説が持つ神秘性と結びついている。そこから生れる畏敬の念が、神帝とは別の存在の彼らの神を生み出すこととなる。


 外壁の外では神帝国の騎馬兵と歩兵が入り乱れ、門からなだれこもうとするルミネスキの兵士たちを食い止めようとして闘っていた。

 暴れ狂う馬から振り落とされる神帝国兵たちの中にルミネスキの歩兵隊が突撃し、白兵戦が繰り広げられる。


 突然、空から巨石が落ちてきたような大音響とともに大地が震動した。


 巨石が弾んで近づいてくるような音と震動が続く。


 そして双方の兵士たちは、信じられないものを目にした。


「何だ、あれは?」


「化け物だ」


「いや、ちがう!」


 空高くそびえる巨人が戦場に近づいてくる。

 その歩みで大地はひび割れ、振動が走る。

 巨人は肌が抜けるように白く、金の髪と緑がかった青い瞳というネコナータの民と同じ特徴を持つ青年の姿をしていた。

 骨ばったほっそりとした体に羽虫の羽のようなシャツを着て白のタイツをはいている。はだけた胸元からは水がしたたり、ブーツの先まで濡れている。

 巨大な姿をした青年からは後光が射し、柔らかに波打つ髪は、金色に縁取られた黄昏時の雲のようで、たなびくマントは雲間から漏れた光のベールのようだった。


「あの方は……神王ではないか!」


 神帝国の騎馬兵の一人が叫び、馬から降りてひれ伏した。


「神だ!」


「我らの神が現れた!」


 次々と馬から降りた兵士が光を放つ巨人を見てひれ伏す。

 巨人は神帝国人のほとんどが知る絵姿の神王にそっくりだった。

 神帝国兵たちだけでなく、ルミネスキ兵たちもすっかり戦意を喪失し、呆けたように巨人を眺めている。


「何をしている! あれが神王なら我らの敵だ! 突撃だ」


 ルミネスキの兵隊長が叫ぶが、その言葉で正気に返ったルミネスキ側の兵士の中には恐怖でその場を逃れようとする者もいる。

 逃げる兵士を仲間の兵士が斬りつける。

 混乱状態で騒然とする中、大地は鳴動し、神王の姿をした巨人が迫ってくる。

 神帝国の兵士たちは救いの神が訪れたと喜んだ。

 ところが、戦場に現れた巨人は、ルミネスキ兵も神帝国兵も関係なく、虫けらのように兵士たちを踏みつけた。

 逃げ惑う兵士たちは、ひび割れた大地の隙間に落ちていく。

 両国の兵士たちの数は一気に半数まで減った。


 巨人は神帝国まで近づくと、その場に膝をつき、外壁の内側を覗き込んだ。

 巨人は家々から上がる炎をみつめ、ろうそくの火を消すように息を吹きかけた。

 突然のことに壁の内側のルミネスキ兵たちは驚いた。

 街路を逃げ惑う神帝国人たちは足を止め、巨人の顔を見上げ、歓喜の声を上げる。


「神王!」


「神王様!」


「神よ」


 神帝国の人々は、自分たちの祈りが通じたと信じて疑わない。

 だが、巨人が差し伸べた手は、救いの手ではなかった。


 巨人は炎が吹き消せないとわかると、機嫌を損ねたように右手で家を壊し始めた。ルミネスキ兵も神帝国人も関係なく、瓦礫の山の一部と化した。

 巨人は左手を軽く握って上向けている。その指の隙間から叫び声が聞こえる。


「なぜだ! 彼らは神王を信じた人々ではないか。なぜ神が、自分を信じた人々の命をその手で奪うのだ」


 巨人の指の隙間から身を乗り出して叫んでいるのはジークだった。


「神? 誰のこと?」


 そう言って、巨人の手の中で笑うのはユピだ。


 ユピはジークのそばにきて、巨人の指の隙間から下を見下ろす。

 ルミネスキ兵はその場から退却しようと外門へ引き返すが、神帝国の民は傷を負いながらも、すがるように巨人を見上げて近づいてくる。


「この巨人が神だとでも? ただの偶像だよ。神王の姿をした偽神さ」


 ユピが言い終わるかどうかのうちに、巨人はほこりを払うように、自分の前に集ってきた神帝国人たちを右手で払いのけた。


「さてと、偽神はもう一人。鏡を返してもらおうか」


 ユピが言うと、巨人はゆっくり立ち上がり、北西に位置する城砦へと向かった。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。ユピに心を支配され、一時は自分を見失い、勾玉の光を失うが、今は自分を取り戻し、これまで目を背けてきたユピをとらえる闇の正体を知るべくユピの後を追う。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ルミネスキ女王やグレイシャにも巧みに取り入り、ヒラクの心さえも支配するが、目的は不明。破壊神の剣を手に入れると自ら剣の主と名乗りジークを連れて北へと去る。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いていたが、なぜかユピに従い、ヒラクの元を離れてしまう。


グレイシャ……海賊島の統領。ルミネスキ女王からも一目置かれた存在。キッドの母親。ルミネスキと神帝国の開戦により、海賊たちを引き連れてノルド大陸を目指す。


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