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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
52/83

破壊神の復活

(前回までのあらすじ)

亀の意識の世界で再会した海の民ダイクとナジャのもとを訪れたヒラクは、亀の集団意識の夢の世界は一匹ぐらい目を覚ましても壊れないかどうかを確かめる。ヒラクは眠れの浅い浅瀬の亀の意識に入りこみ、亀の甲羅の島ごと移動することを計画していた。洞窟の化け物はウナルベと名づけられ、ヒラクと共に浅瀬の亀を探す。そして亀がみつかり、ヒラクは計画を実行に移そうとしていた。


 亀の甲羅の内側の世界は、眠る巨大な海亀たちの集団無意識の世界だ。

 沖で泳いでいる海亀たちほど眠りが深く、目を覚ますことはない。

 しかし、この世界でも眠っている浅瀬の海亀ならば、眠りも浅く目を覚ますことも容易だという。


 そこまでは、ヒラクは海の民たちから聞いて知っている。

 その亀を使ってヒラクは亀の甲羅の内側の世界から脱出をしようというのだ。


 その方法に、キッドもウナルベも半信半疑だったが、ハンスだけはルミネスキでのヒラクのことを思い出し、可能なのではないかと思っていた。

 そしてハンスはキッドとウナルベを説得し、ヒラクの作戦に協力することにしたのだ。


 ヒラクはハンスとウナルベと共に浅瀬の海亀を探した。


「あ、いた!」


 ヒラクは波打ち際の打ち上げられたかのような海亀を見つけて駆け寄った。

 

 元気に沖を泳ぐ海亀とちがい、その亀はぴくりとも動かない。


「じゃあ、頼んだよ、ハンス、ウナルベ」


 ヒラクはハンスとウナルベに言うと、砂浜に腹ばいになって、じりじりと海亀に近づいていった。

 そして亀の頭に自分の額をぴたりとつけた。

 すべての意識を額に集中し、そのまま亀の中に浸透していく様子を想像する。

 ヒラクは次第に体の感覚をなくしていった。


 ヒラクの全身から緑の光が放たれるのをハンスとウナルベは驚いたように見ている。

 緑の光はヒラクのつま先から消えていき、下半身から上半身へと上り、額の一点に集り、強い光を放つと、そのまま海亀の中に吸い込まれていった。

 すると今度は海亀が全身から緑の光を放った。


「よし、探せ」


 ハンスは意識を失ったヒラクの体を抱き上げてウナルベに言った。

 ウナルベは飛び上がり、浜辺をぐるりと見渡す。


「あった、あそこだよ」


 ウナルベは砂浜に一度降りると、ヒラクを抱えたハンスを背に乗せて、再び飛び上がった。


 浜辺の一部が緑の光に包まれている。

 浅瀬の海亀の姿が緑の光の中に溶け込んで消えていくのと同じ速さで浜辺の一部はかすんで見えなくなっていた。


 ウナルベはその浜辺に向かって全速力で飛んでいった。



 一方、沖に出ていたキッドたちも、浜辺から放たれる緑の光に気づいた。

 キッドは海賊仲間たちと共に、いかだで沖に出ていたのだ。

 透明に澄んだ海の底では海亀の群れが元気に泳いでいる。


「よし、あそこに向かってこぎだせ」


 キッドは全員に向かって叫んだ。

 その声で全員いっせいにいかだをこぎ出した。

 海の民たちから借りたいかだは全部で四つある。

 しかし海の民ほど巧みにいかだは操れず、浜辺になかなか近づかない。


 景色の一部を消し去るように緑の光が放たれる場所はまだ遠い。

 次第に光は細くなり、左右の景色が間にあった景色を狭めて埋めていく。


「光が消える! まずいぞっ、急げ、急げ!」


 キッドは叫ぶが、一番遅れている若者たちは、後方から情けない声を出す。


「もう無理だよ、あんな遠くまで間に合いっこねぇよ」


「どうせダメならもうやめようぜ、疲れるだけだし……」


 そう言って、こぐ手を休めようとする若者たちにキッドは激怒する。


「ばかやろう! 最後まであきらめるなっ! あきらめて自分からやめて終わるのと、あきらめないで終わるのとじゃ大ちがいだ。とにかくこげ! 最後まで浜辺を目指せ」


 キッドの言葉に若者たちも再び必死になってこぎ出した。

 全員が緑の光を放つ浜辺の一点だけを見て、そこに近づくことだけを考えた。


 すると次の瞬間、水をかきわけていたはずの櫂は砂の中に突き刺さっていた。

 三つのいかだは緑の光を放つ砂浜に打ち上げられている。


 一瞬の出来事で、全員が狐につままれたような気分だった。

 振り向けばもう海もない。

 目の前の森も、足元の砂もすべてが緑の光にかき消されていく。

 お互いの姿だけが目に焼きついたまま、背景だけが一瞬で変わった。


「何だ、ここ……」


 そこは密林の中だった。

 薄暗く、気温も低く感じる。

 地面が振動し、風が木々を揺らし、波が激しく打ち寄せる音がする。


「よう、おいでなすったか」


 ハンスはにやにやと笑いながらキッドたちの前に姿を現した。


「どうやら成功したようだぜ。ここは亀の甲羅の上だ。北に向かって進行中ってわけだ」


 ハンスのそばにはウナルベが座り込んでいた。

 ウナルベにもたれかかってヒラクが眠っている。


「ヒラクは、今、俺たちが乗っているこの島……いや、亀になってるっていうのか?」


 キッドは死んだように眠るヒラクを見ながら言った。


 これこそが、ヒラクの計画だったのだ。

 ヒラクは人の記憶に自分の意識を潜り込ませることができる。そしてその潜り込んだ相手と同化する。その能力により、意識の深層にある前世の記憶にも入り込み、本人さえ知り得ない過去の歴史を覗くこともできた。

 そしてルミネスキでは女王の意識にも入り込み、幾重にも重なる前世の記憶から、王の鏡の存在や月の女神の正体まで知ることができたのだ。


 しかし、人間以外の意識に潜り込むというのは今回が初めてのことだ。

 ルミネスキでは何人もの記憶に入ったヒラクだったが、海亀と同化してどうなるかはわからない。その点はハンスも心配したが、それでもヒラクはやり遂げた。


「いやいやまったく、おそれいったぜ。こんなことまでしちまうとは、おいらの予想をはるかに超えらぁ」


 ハンスは、あきれたようにため息をつくが、どこかうれしそうでもあった。

 リク・カイ・クウの三兄弟はまだ何が起きているのか理解していない。

 それでも今目の前の現実に対応するしかない。

 今はもう自分たちはさっきまでいた楽園のような世界にいるわけではないのだ。

 火山灰が舞う暗い空、荒れ狂う海、爆音と強風の音……まるで地獄のような光景だった。


「灰はまだ降り注いでいるようだし、吸い込むと厄介だと海の民から聞いている。とにかく遮るものを作ろう」


 そう言って、リクは全員に指示を出し、木を切り出し、葉を集めて、海の民が作っていたような小屋を作った。

 全員が小屋で体を休め、眠りについた頃には、そこがヒラクの意識が入り込んだ亀の甲羅の上だということはすっかり忘れられていた。


 ヒラクだけは、甲羅の上に仲間たちがいることを忘れることはなかった。

 海亀の意識に同化しすぎないよう自我を保つことに努めている。

 海にもぐりすぎないように気をつけながら、ヒラクは泳ぎ続けていた。

 海上には噴火で飛ばされた軽石があちこちに浮かんでいる。

 船であれば針路が妨害されたところだが、巨大な亀であるヒラクにとっては、軽石は砂粒のようなもので、分厚い皮膚にはかゆみすら感じなかった。


 後ろ足で舵を取り、櫂をこぐように前足で海をかきわけて、ヒラクは休むことなく泳ぎ続ける。


 海の民に、海亀の生息海域を越えて泳ぐことはできないと言われている。

 無理して先に進もうとすれば、海亀は目を覚まし、本能的に引き返そうとするだろうということだった。

 どこまでが限界かはわからなかったが、行けるところまで行こうとヒラクは思っていた。


 やがて、ヒラクは奇妙な幻覚を見るようになった。


 始めは、うっかりうたた寝でもして、夢が頭をかすめたのだろうと思った。

 けれども、幻覚は次第に鮮明になってくる。

 岩の巨人が海をかきわけ、ヒラクの前を歩いていくのだ。


 いつのまにかヒラクは、巨人を追いかけるようにして泳いでいた。


 やがて巨人の前に小さな島が見えてきた。

 それまでにもいくつか島はあったが、巨人は興味も示さず素通りしてきた。

 けれども、その小さな島にはまっすぐに歩を進め、近づいていく。

 ヒラクはその島に見覚えがあった。


(あれは、呪術師の島?)


 巨人の影が島をおおった。

 巨人が海から引き上げた足で高波が打ち寄せる。


 次の瞬間、巨人は片足で森を踏みつぶした。

 もう片方の足でさらに木々がへし折れる。


 仮面の男たちの悲鳴が聞こえる。

 泣き叫ぶ子どもの声は、巨人の一踏みで消えうせた。


 高らかな笑い声が聞こえる。

 ヒラクの意識がそこに向けられる。

 そして、ヒラクは、巨人の手のひらの上にいるユピの姿を見た。


 巨人の手の上でうつぶせに寝転がり、身を乗り出して興味深そうに下を見下ろしている。

 ユピは、アリの大きさほどの人々の姿をみつけては、巨人に方向を指示して踏みつぶさせていた。


 ユピのすぐそばにいるのはジークだ。

 固く目を閉じ、くちびるをきつくかみ、肩を震わせ、じっと何かに耐えているかのようだった。


 ヒラクは今、自分がどこから二人の姿を見ているのかわからなかった。

 ただ鮮明に二人の表情まで頭の中にしっかりと浮かんでくる。声さえはっきりと聞こえた。


「おまえたちは、破壊神の復活をどこかで願っていたのだろう? 破滅を予感し、望んでいたはずだ。すべてはおまえたちが引き起こしたことだ」


 そう言ってユピは冷たく笑う。


(ユピ……どうして?)


 ヒラクの意識が乱れた。自分が今いる場所も、海亀の姿になっていることも、ヒラクはわからなくなっていた。

 そのうち、体がヒラクの思い通りに動かなくなった。

 海亀が海の中にもぐり、南へ引き返そうとしている。


(しまった!)


 ヒラクの意識が遠のいていく。


(このままじゃ、甲羅の上のみんなが溺れてしまう……)


 そう思ったのを最後にヒラクの意識はぷつりと途切れた。

ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、赤い勾玉主である神王は剣を求めていたことを知り混乱。ユピに心を支配され、勾玉の光を失った。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ルミネスキ女王やグレイシャにも巧みに取り入り、ヒラクの心さえも支配するが、目的は不明。破壊神の剣を手に入れると自ら剣の主と名乗りジークを連れて北へと去る。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いていたが、なぜかユピに従い、ヒラクの元を離れてしまう。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。酒好きなのが玉に瑕だが、ジークと共にヒラクに付き添い、助ける。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。ユピを嫌っている。


ウナルベ……破壊神の島で神としてあがめられていた偽神。鳥の翼と猪の体とトカゲのしっぽを持っていた化け物。ユピに持ち去られた剣を長年守ってきた。噴火する島をヒラクとともに脱出し、ヒラクに名前を与えられ、行動を共にする。


リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。周りをよく見ていて、海賊島でグレイシャと共にいるユピの不審な行動にいち早く気づいていた。


カイ……リク、カイ、クウ三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。呪術師の島ではヒラクたちと行動を共にするが、己の無力さを感じ、破壊神の島ではさきがけ号に留まる。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。戦闘になるとめんどくさがりほとんど参加してこないが、総舵手として船には欠かせない存在。


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