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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
50/83

心に取り戻した光

(前回までのあらすじ)

沼の洞窟の化け物の背に乗り火山が噴火する破壊神の島を脱出したヒラクとキッド。そして亀の甲羅の島にたどりつき、うろの中に落ちていく。そこは火山灰の降り注がない青空の下の海辺だった。亀の甲羅の島は巨大な亀でその甲羅の中にある意識の世界にヒラクたちは入りこんだのだ。そこでヒラクたちはさきがけ号に残してきたリクたちと再会するが、ゲンは瀕死の重傷を負っていた。そしてゲンは死に際にルミネスキと神帝国が開戦し、グレイシャたち海賊がすでに神帝国のあるノルド大陸に向かったことを告げる。さらにリクたちからユピがジークと共に北へ去ったことを知らされるヒラク。ユピが自分を置いていったという事実にヒラクは打ちのめされていた


 亀の甲羅の内側の世界に来てから一週間が経過した。


 ヒラクは一人で浜辺に座り込み、海を眺めてばかりいた。

 鋭い爪で裂かれたような痛みがヒラクの胸にある。

 時間が経つほど裂け目がどんどん広がって、暗い穴がぽっかりとむき出しになるようだ。その穴の深さ、大きさに、ヒラクはユピがいないということを痛感する。

 一体何が起こっているのか、これからどうするべきなのか……。

 頭に浮かぶ考えは、すべてその穴に呑まれて、空しさの中に消えていく。


 ヒラクがぼんやりしていると、三兄弟がキッドと一緒にヒラクがいる浜辺ににぎやかにやってきた。

 カイとクウの間にいるキッドは、二人に両側から腕をつかまれて引きずられながらもがいている。


「ちきしょー、はなせ、バカ!」


「ここまできたら観念しろよ」


 そう言って、リクはキッドが頭に巻きつけていた布をはぎとった。

 キッドの色鮮やかな赤と黄色の髪はすっかり抜け落ちてしまっている。

 キッドは両手で頭を押さえながら、目にいっぱい涙をためて、くやしそうに唇を震わせた。


「ちきしょー、覚えてろよ……。俺様をばかにしやがって、絶対許さねぇ」


「おまえが往生際が悪いからだろ? 別に誰もばかになんてしてねーし」


「そうそう、別にいつものことなんだから、堂々としてりゃいいんだよ」


 気楽に言うクウとカイをキッドはにらみつける。


 リクはちらっとヒラクの様子を見た。

 ヒラクは心ここにあらずといった感じだ。


 リクはがっかりしたようにため息をついた。

 カイとクウもヒラクの様子を見て、つまらなさそうな顔をする。


「……なんか、しらけるよな」カイが言うと、


「こんなことやってる俺たちがバカみたいだよな」クウもうなずく。


「だからバカだって言ってんだろ! この三バカ兄弟!」


 キッドは恨みがましい目で三兄弟を見ると、ヒラクを見てさらに怒りをぶちまけた。


「おまえもいい加減にしろよ、ヒラク。自分だけが不幸みたいな顔しやがって。南に来てさんざんな目にあってるのは俺たちだって同じなんだぞ。大体、おまえは……」


 キッドはクウに口を手でふさがれて、最後まで言うことができなかった。

 後ろからはカイがはがいじめにしている。

 二人はそのままキッドを引きずりながら砂浜を引き返していった。


「じゃあ、ヒラク、腹が減ったら戻ってこいよ」


 リクはヒラクにそう言うと、カイたちに続いてその場を去った。


 ヒラクは再び海に向かって座りなおした。

 周りに心配をかけていることや苛立ちを感じさせていることは知っている。いつまでもこうしてはいられないとは思う。

 しかし今はただ自分を憐れみ、甘やかすように、抱え込んだ膝の間に頭を埋めることしかできない。


「おいっ」


 急に背後で声がして、ヒラクが振り返ると、そこには汗だくになって息を切らしたキッドが立っていた。


「さっきは、悪かったな。謝りに戻ってきた」


 そう言って、キッドはヒラクの隣に座った。

 そして何か言おうと口を開きかけたが、思いとどまって口を閉じ、それからまた何か言いかけてはやめ、魚のように口をぱくぱくさせていた。


「あのさ……」ヒラクが口を開いた。「おれ、こうなることをどこかで望んでいたのかな」


「こうなることって?」キッドが聞き返した。


「ユピがおれの前からいなくなってしまうことだよ。おれが望んだからユピがいなくなったのかな。ユピもそれを望んだのかな。どうしてこんなふうになっちゃったんだろう。おれのせいなのかな……」


 ヒラクはそうしてずっと自分を責め続けていた。

 自分の胸の痛みが、苦しみが、すべてユピのものに思えた。

 傷つけられたという思いと傷つけたという思いが一緒になって、ユピを責める思いはそのまま自分に向けられた。


「おい、ちょっと落ち着けよ。ユピが何考えていたかは知らねぇけど、少なくとも、おまえはこんなこと望んじゃいなかったんだろう?」


 キッドは、今にも泣き出しそうなヒラクを見て、あわてて言った。


「わからないよ。もう、自分のこともよくわからない。わかっているのはユピの望みはおれの望みだってこと。おれが望んだからユピは……」


「ちょっと待てって。なんでユピの望みがおまえの望みなんだよ。そんなの変だろう?」


「変? どうして?」


 ヒラクはまったくわからないといった顔でキッドを見た。


 キッドはハッとした。

 自分の中でずっと引っかかっていたことがわかったような気がした。

 だが、それをどう言葉で説明していいのかがわからない。

 キッドはとにかく頭に浮かんだことを、次々口にしていった。


「おまえ、あの鳥人とりびとたちと同じなんだよ」


 キッドは、鳥人たちの村に行ったときのことを思い出して言った。


「あのとき、俺はユピが鳥の言葉が話せるんじゃないかって思った」


「鳥の言葉?」ヒラクはキッドに聞き返す。


「ああ、アニーがよくそう言っていた。白羽鳥しろばねどりと話すときには白羽鳥の言葉を使わなきゃだめだって。だからアニーは変な鳥の鳴き真似みたいな言葉で鳥たちと話すんだ。だけど、それを俺が真似てもダメなんだ。白羽鳥はアニーの言うことしかきかない。ユピと鳥人たちの会話もそれに似てた。ヒラクたちもみんな同じ言葉で話しているみたいだったけど、ユピの言葉だけが鳥人たちに伝わっている感じがした」


 ヒラクにはキッドが何を言いたいのかがさっぱりわからない。

 キッドは、もどかしそうに手振りを大げさにして言う。


「とにかく、アニーの鳥たちはアニーの言うことをよく聞くんだ。でもアニーは鳥たちに命令しているわけじゃない。鳥が自らそうしたいって思うように話しているだけなんだって」


「おれがしたいって思ってることは、ユピにそう思い込まされてきただけのことだって言いたいの?」


 ヒラクはどこか釈然としない思いだ。


「そうそう、そういうことが言いたかったんだ」


 キッドはすっきりしたような顔で言った。


「ユピはおれに指図なんてしてない。おれがどうしたいかっていつも聞いてくれた」


 ユピの肩を持つようなヒラクの言い方にキッドは反発する。


「じゃあ、ユピの望みはヒラクの望みだって誰が言ったんだよ」


「それは……」


 ヒラクは困ったようにうつむいた。

 黙り込まれると、キッドもどうしていいかわからない。


「べ、べつにおまえが悪いとか言ってるわけじゃないんだぜ」キッドは早口で言った。「アニーもいつも言ってた。鳥たちはただ素直なだけなんだって」


「素直かどうかは別として、ジークもユピの鳥になっちまったってことかい」


 そう言ったのはハンスだ。

 ヒラクが振り返るとすぐ後ろにハンスと、それに洞窟にいた化け物が立っていた。


「ちょっと、あんた! いい若いもんが、いつまでこんなところでうだうだと時間を無駄にする気だい」


 化け物はヒラクを見て言った。


「何、辛気臭い顔してるんだい。いいかい、あたしはね、もう行くところがないんだ。責任とって面倒みてもらうからね」


「まあ、そんなわけでさぁ。勾玉主様のところに連れて行けってこいつがうるさく言いましてねぇ」ハンスは困ったように言った。「おいらもここにいるのもあきちまったところでさぁ。そろそろ動きませんかい」


「動くっていっても、火山灰がおさまるまではおとなしくしていた方がいいって海の民が言ってたじゃないか」


 ヒラクは気乗りしない様子だ。


「何を今さら」ハンスは鼻で笑った。「いつだって、無理もくそもなく、好き勝手にやってきて、それでもなんとかしてきたでしょうが」


「そっか、そうだったっけ……」


 ヒラクは小さく笑って目を伏せた。


「でも、それはおれの望みだったのかな。ユピが望んだことをおれも望んだだけだったんじゃないかな。だけどそれもまたおれの望みだってことになるのかな……」


「少なくとも、今、ここに俺がいるのは、ユピの望みではないぜ」


 キッドはあごを上向けて自信満々に言った。


「山が噴火して、島から脱出するとき、逃げ遅れた俺を助けようと思ったのはおまえだ。ユピなら俺を助けるなんてまずあり得ない」


「そりゃそうだ」ハンスもキッドを見てうなずいた。


「そうかな。そうなのかな……」


「ああ、もう、いつまでうじうじしてるんだいっ」


 化け物はヒラクの背中に頭突きした。


「いいから、立ちな! 頭じゃなくて体動かしな!」


「そうですぜ。まずは立ちあがらねぇと、歩くこともできねぇってもんでさぁ」


 ハンスも化け物に同意する。


「ほら、ヒラク」


 キッドが先に立ち上がってヒラクに手を差し出した。

 ヒラクはその手を取って立ち上がった。


「ごめん、みんな……」


 ヒラクは少し恥ずかしそうにその場にいる全員を見た。


「おれ、一人ぼっちで無人島にでもいるような気分になっていたよ」


 ヒラクはすっきりとした顔つきで、キッド、ハンス、化け物の顔を順番に見た。

 キッドとハンスはほっとした表情で笑った。

 化け物は待ってましたとばかりにヒラクに言う。


「やっと動く気になったようだね。とにかくとっととこの亀の甲羅の中を抜け出そうじゃないか」


「甲羅からはまだ出ない」ヒラクはきっぱりと言った。


「はあ? なんだい、なんだい、期待させといて。結局はここでじっとしてなきゃないってことかい」


 わめき散らす化け物を見て、ヒラクはにやりと笑う。


「じっとしてるなんて誰が言ったんだよ」


「何する気だ? ヒラク」


 キッドは期待を込めた目でヒラクを見た。


「ちょっとね。考えがあるんだ」


 ヒラクは、子どもがいたずらをしかけるときに見せる無邪気で挑戦的な目をして言った。


 ヒラクはあることを試みようとしている。

 それは誰も思いつきさえしないようなことだった。

ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。母と別れた五歳の頃から共に暮らすユピは母以上の時間を共に過ごしたかけがえのない存在。


ユピ……青い瞳に銀髪の美しい少年。ヒラクの故郷アノイで共に育つが、その正体は神帝国の皇子だった。ヒラクと生きるためにすべてを捨ててそばにいたが、なぜか突然船をおり、ヒラクのもとを去ってしまう。


ハンス……勾玉主を見つけ出すために神帝国に潜伏していた希求兵の一人。世渡り上手で勘も鋭い。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。


リク……キッドと共に育った海賊三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……リクの弟。三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……カイの弟。三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。


※三兄弟は父親が双子の海賊で、誰がどちらの父親の子であるかは不明。三つ子のように顔が似ている。


化け物……破壊の剣を守っていた「破壊神」」とされた存在。鳥の翼、猪の胴体、トカゲのしっぽを持った奇妙生き物。自らしっぽを断ち切り、空を飛び、ヒラクとキッドを亀の甲羅の島まで運んだ。

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