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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
ルミネスキ編
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神像の勾玉

(前回までのあらすじ)

老神官は黄金王の伝説について語った。黄金王は神殿に仕える一族であり、エルオーロの王族は神官としての務めを代々果たしてきた。老神官は太陽王の末裔だった。黄金王は若かりし頃、黄金の輝きを放つ勾玉の光に導かれ、太陽神を求めて東に旅立ち、黄金の国を築いたという。黄金王は自らを太陽神と名乗るようになり、神探しの旅に終止符を打った。そして神として王としての栄華を誇ったというが、神の探求をやめた黄金王にヒラクは納得がいかない思いだった。


 食堂で黄金王の伝説を聞いたヒラクは、老神官と共に奥の神殿に戻ると、目の前の光景に息を呑んだ。


 祭壇の背後のアーチ窓から西日が差し込み、神殿の中を赤く染める。窓の外には燃えるような海がある。夕陽を浴びる大理石の神像は、神々しく輝いている。




「どうぞこちらへ」




 老神官はヒラクにそう言うと、海に向かう神像を前にしひざまずき、水平線に沈む太陽に向かって手を合わせて黙り込んだ。


 杖をついた修道者たちがひっそりと集ってきて、祭壇にむかってひざまずく。


 修道着の少年は年老いた修道者たちの後ろで同じようにひざまずき、頭をたれて手を合わせる。


 静かな祈りだとヒラクは思った。


 母やプレーナ教徒たちがプレーナに捧げた祈りは、体を動かし、祈りの言葉を叫び上げる大げさなもので、ヒラクの目には奇異に映った。




(祈りって色々あるんだな……)




 ヒラクは夕暮れの海を眺めながら、その静寂の時間が嫌いではないと思った。




 やがて完全に日は沈み、西の空にぼんやりと明るさを残し、神殿の中に青みがかった薄闇が広がった。


 夜の冷気に包まれて、修道者たちは白い息を吐きつつ、咳き込みながら、一人、また二人と立ち去っていく。


 白いローブ姿の年老いた修道者たちは、祈りの場に吸い寄せられた亡霊のようにも見える。 




 ヒラクは神像の姿を改めて見た。


 その圧倒的大きさに、足下にいる人間は、自分の小ささをちっぽけに思い、無力さを感じさせられる。見上げさせられる高みの顔に神々しさを感じて、自然と敬服させられる。


 しかしヒラクが圧倒されたのは、神像そのものに対してというよりも、それを作った誰かがいるということに対してだった。


 神像の腰布のしわが寄った部分など、まるで本物のなめらかな布地のようで、とても石でできているようには思えない。


 ヒラクは興味津々で神像を観察する。


 そしてある一点に目を留めた。


 左ひざを前方に突き出して駆け出すような姿勢の青年王の像は、海に向かってのばした両手の間に何かを持っている。




「勾玉……」




 ヒラクは神像が両手で抱える勾玉をじっと見た。


 それは神像全体の中で奇妙に浮き上がって見える。




「西の果ての寝殿に向かう太陽神に呼応して輝きを放つものといわれています」




「輝き? どこが?」




 ヒラクは老神官の言葉に首をかしげた。神像が手に持つ勾玉は、ただの石膏にすぎず、特にその部分が強く光を放っているということはない。




「今の勾玉がはめこまれるまで、しばらくの間、神像が手に持つものはありませんでした。先の記録では王の証とされるものがそこに配置されるはずだったとされています。それが勾玉であろうことは間違いありません」




 老神官はそう言うが、やはりヒラクはどこか腑に落ちない。




「勾玉はそんなに大きくないよ。おれの勾玉は両手で持つようなものじゃない。手のひらに乗るほどの小さなものだ」




「こういった象徴物は往々にして誇張されるもんでさぁ」




 ハンスは大したことでもないように言うが、ヒラクは何かがひっかかり、どこか納得のいかない思いだ。




「勾玉がどれほどの大きさかまでは記録に書かれていませんでしたし、気にされるほどのことでもないと思いますが」




 老神官もヒラクの言葉を聞き流す。




「でも、なんとなくあそこには別のものがあった気がして……」




「別のもの?」




「わかんないけど、勾玉じゃない何かだよ」




「何かとは?」




「そんなのわかんないよ」




 ヒラクは思いつきを口にしただけなので、老神官に追求されると途端に答えに窮してしまう。




「とにかくあそこには王の証とされるものがはめこまれるはずだったというのですね」




 それまで黙っていたユピが初めて口を開いた。 




「ところで、西の果ての寝殿とは何ですか?」




 ユピはヒラクのそばに歩み寄り、老神官を前にして尋ねた。




「西の寝殿は太陽神が一日の終わりの死を迎えられる場所です。その死が安らかな眠りとなることを祈り、その日一日の感謝を捧げるのが夕刻の祈りです」




「太陽神って死んじゃうの?」




 ヒラクはぽかんとした。




「翌朝にはまたお生まれになります。そして新しい一日を私たちに与えてくださいます。太陽神は死と再生を繰り返し、一日一日を新しく生み出してくださるのです。いまや太陽神そのものとなった黄金王も死と再生を繰り返しておられる。王の死は、神としての生を得られるものであったのです」




「繰り返される死と再生……」




 ユピは小さくつぶやき、海の向こうをじっと見た。




 夕闇が迫る中、気温はさらに低くなり、辺りも暗くなってきた。


 ヒラクはくしゃみをしてぶるっと体を震わせた。




「どうぞ、中へお入りください」




 そう言って、老神官はそばにいる修道着の少年に合図した。




「お食事をご用意いたしますので、先ほどの食堂にお集まりください。そして今夜はこちらにお泊りください」




「できれば早くここを発ちたいのですが」ジークは老神官に言った。「すでにこの方が勾玉主であるという証明はできたはずです」




 ジークの言葉に老神官はうなずく。




「もちろん、自分がすべきことはわかっております。ただ、こちらにも準備があります。それに彼の国の通行許可を得ている商船はもうこれからの時間は出ません」




「まあ、休むときは休む、動くときは動く。ここまできて焦ってもしょうがないだろ」




 ハンスはジークの肩を軽く叩いた。




「おまえはいつでも気楽だな」




「まあ、俺の人生は行き当たりばったりだからな。それでもどうにかなるってもんさ」




 ハンスはへらへらと笑った。




「とりあえず、食うときは食う、だ」




「賛成。おなか減ったよ」




 ヒラクは腹に手を当てて、ハンスの言葉にうなずいた。




 この時は誰も気づかなった。ヒラクが、王の証について、真実に迫っていたことを……。誰もが王の勾玉に囚われ、こだわりすぎていた。

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