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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
49/83

甲羅の内なる亀の夢

(前回までのあらすじ)

破壊神の島から戻らないヒラクたちを案じたリクたちはさきがけ号を島に近づけるが、突然の火山噴火により、海は荒れに荒れる。火山灰が降り注ぐ中、鳥人たちに運ばれてユピとジークが戻ってくる。ジークは化け物から奪い取った剣をユピに捧げると、ユピはその剣を振りかざし、剣の主であることを宣言する。そして海から現れた巨人に運ばれ、ジークと従えてユピは去る。波に翻弄されるさきがけ号だったが、運よく亀の甲羅の島に漂着するが……。


 雷光閃く黒煙を背景にして、翼を広げた化け物が空を飛ぶ。

 ヒラクは化け物の背に乗ってキッドとともに燃え盛る島を脱出した。

 火砕流が流れ込み、浅瀬の海は煮えたぎるようだ。


 沖まで出ると化け物は急に失速し、次第に高度を下げていく。


「このままじゃ海に落ちちゃうよ! しっかりして」


 ヒラクは化け物を揺さぶった。


「言われなくてもわかってるわい。あたしゃ焼け死ぬのも溺れ死ぬのもごめんだよ」


 化け物は奮起して、翼を力強く羽ばたかせる。

 けれどもなかなか体は浮上しない。

 荒れ狂う海が眼前に迫る。


「がんばって! すぐ近くに島が見えるよ」ヒラクは叫ぶ。


 ヒラクの後方にいるキッドは高所恐怖症の為目も開けられず、必死に化け物にしがみついている。


「キッドも見て! 島がすぐそこにあるよ」


 ヒラクは叫ぶが、キッドは半ばあきらめていた。

 島は近くにあるようで、すぐにたどりつくことはない。

 ましてや化け物はもう体力の限界だ。

 ただでさえ飛んだこともないのに、二人の人間を背負っている。

 噴煙の中、飛んでくる岩の破片を避けるだけでもう精一杯だ。

 

 このまま海に落ちるのも時間の問題というところだ。


 ところが、信じられないことに、島はもうすぐそこに迫っていた。

 島の方からヒラクたちに近づいてきたのだ。

 そのことに気がつかないヒラクは、化け物が飛行速度を再び上げたのだと思った。


 そして海面すれすれで飛ぶ化け物が、やっと島にたどりつこうというとき、ヒラクは、さきがけ号がそこに打ち上げられていることに気がついた。

 下を見ないよう固く目を閉じるキッドは船など見ていない。

 化け物は最後の力をふりしぼり、砂浜を飛び越えて、そのまま亀の甲羅の島の森の中に突っ込んでいった。



 亀の甲羅の島は、全体が穏やかな丘陵のようになっていて、中心部に向かって木々が生い茂っている。

 化け物から振り落とされたヒラクは下生えの地面に転がり、そのままキッドとはぐれてしまった。

 ただでさえ、密林の中は暗いのに、空をおおう黒煙と降り注ぐ灰の中、濁った水の中にいるかのようにすぐ先にあるものの形さえよく見えない。


「キッドー! 化け物ー! どこにいるのー?」


 ヒラクは呼びかけながら、手探りで森の中を歩いた。

 時折地面が振動し、空を揺るがすような爆音が鳴り響く。


「ヒラク、こっちだ」


 薄闇の中から急に手が伸びて、キッドがヒラクを捕まえた。


「あの化け物が厄介なことになってるんだ」


 ヒラクはキッドに手を引かれ、化け物がいる場所に来た。

 化け物は、木の根元にぽっかりとあいたうろの中に頭から突っ込んだ状態でもがいていた。


「もしかして抜けないの?」ヒラクが言うと、


「どう見てもそうだろうな」キッドはうなずいた。


「ひっぱってみようよ」


 そう言って、ヒラクはキッドと一緒に鳥の足になっている化け物の後ろ足を引っぱったが、うろから引き出すことはできなかった。

 どうやら化け物の翼がうろの中でひっかかっているらしい。ヒラクはキッドに言う。


「一度押し戻してみよう」


「よし」


「せーのっ!」


 二人は掛け声を合わせて、化け物をうろの中に押し込んでから一気に引き戻そうとした。


 ところが次の瞬間、化け物の体はうろの中にすっぽりと入り込み、ヒラクとキッドまで一緒にひきずりこまれてしまった。


 うろの中は深井戸のようになっていた。

 ヒラクとキッドは化け物をつかんだまま、暗闇の中を下へ下へと落ちていく。


 一瞬体がふわりと持ち上がったかと思うと、ヒラクは外に転げ出た。

 自分が出てきた場所を確かめると、そこもまた木のうろだった。

 しかし自分が入り込んだ木のうろとは明らかにちがう。

 何より周りの景色がちがった。

 太陽が眩しく降り注ぐ明るい緑の森にいる。


「おい、ヒラク、大丈夫か」


 ヒラクと一緒に穴から転げ出たキッドが体を起こして言った。

 化け物はその場で伸びている。


「ここは一体どこなんだ?」


 キッドは不安げに辺りを見回す。

 奇妙なことに、密林の中だというのに、鳥の声もしなければ、虫の一匹も目にしない。

 そんな中、ヒラクはかすかに波音を聞いた。


「キッド、あっち」


 そう言うやいなや、ヒラクはすでに駆け出していた。


 まもなくヒラクは木々を抜け、白い砂浜に飛び出した。


 抜けるような青い空の下、打ち寄せる波は白く、水はどこまでも澄み、沖にいくほど碧くなっていく。先ほどまでの火山の噴火が嘘のような光景だ。


「おい、ヒラク、俺たち夢を見ているのか?」


 追いついたキッドがヒラクの横で呆然と海を眺めて言った。


「おーい、ヒラク! キッドもいるのか!」


 声がしてヒラクが振り向くと、砂浜をリクとカイが走ってくるのが見えた。


「リク! カイ!」


 ヒラクよりも先にキッドがうれしそうに駆け寄っていく。 

 

 キッドは両手を広げるリクの胸に飛び込むと、そのまま砂浜にリクを押し倒した。

 砂浜に転がるリクとキッドの上にカイも重なり、三人は再会を喜び合った。


「クウは?」キッドはリクに聞いた。


「ああ、あいつならすぐそばの木の陰で寝てるよ。ここならいい昼寝ができるってさ」


「ほんとどういう神経してんだか」


 カイはあきれたように言う。


「他のみんなは?」


 そばに駆け寄り息を弾ませて尋ねるヒラクにリクが答える。


「わからない。俺たちの他にクウと一緒にいる仲間が二人。それから周辺を探りにいってる連中が三人」


「船が島に打ち上げられて、俺たちは高波を避けるために内陸へと駆け上がった。そしたら急に地面がぬかるんで、落下する感覚があって……気づけばここにいたんだ」カイが言うと、


「クウは浜辺で砂と一緒に引き込まれたって言ってたぜ。おそらくここに来ていない連中は、まだ島の上にいるんだ」リクも状況を説明した。


「じゃあ、ここは島の下ってこと? どうして海があるの?」 

  

 ヒラクは不思議そうに言う。


「知らねーよ。クウなんて、これは夢だって決めてかかってるぜ」


 カイはあきれたように言った。


「夢の中でもまだ寝るなんてクウらしいよな」


 キッドは声を出して笑った。


「キッドまで夢だと思ってるの?」


 ヒラクはキッドに言った。


「夢じゃなきゃ何だっていうんだよ。こんな状況ありえないぜ」


「ありえないなんてことはない。南の海はそういう世界だ」  


 ヒラクはきっぱりと言うと、ふと表情を曇らせた。


「それに、これが夢なら、どうしてユピがここにいないの? ユピはどこに行ったの?」


 ヒラクが聞くと、リクとカイは困ったように顔を見合わせた。


 そのとき、浜辺を一人の男が走ってきた。ゲンを慕って船に同乗した連中のうちの一人だ。


「おい、何か傷にきく薬草はないか」


 男はそばまで来ると息を荒げて言った。 


「一体、何があったんだ」


 キッドが聞くと、説明する時間もないというように、男はついてくるよう言った。ヒラクたちは、男の後に続いて長い砂浜をひた走る。


 やがて、数人の男たちに取り囲まれて誰かが砂浜に倒れているのが見えた。キッドは血相を変えて駆け寄った。


「ゲン!」


 ゲンの服は焼け焦げ、皮膚もやけどでただれ、全身傷だらけであちこち血がにじんでいた。

 キッドは、どうしていいかわからないといった様子で、おろおろしながらゲンの顔をのぞきこむ。


「ああ、坊ちゃん。これは夢ですかい? 夢でも最後にお会いできるなんて……」


 ゲンは苦痛に顔を歪めながら笑った。


「何だよ、どういうことだよ! なんでおまえがこんな目に!」


 ゲンのそばには取り巻きの三人の他にハンスと蛇腹屋がいた。

 蛇腹屋は、なすすべもないというように壊れた楽器を抱えたまましょんぼりとうつむいている。

 ハンスはヒラクに気がつくと、ほっとした表情を見せた。


「ご無事で何よりでさぁ」


「うん、ハンスも無事でよかった」


 ヒラクが言うと、ハンスは気まずそうにゲンを見る。


「おいらはまあ無事ですが……」


「一体、何があったんだ」リクが聞いた。


 ハンスの話によると、鳥人たちの背に乗って飛び立った後、キッドがついてきていないことに気づいた  ゲンは、すぐにひき返そうとしたらしい。

 暴れるゲンを下に降ろして、鳥人は飛び去ってしまった。

 ゲンに続いて蛇腹屋も下に降りた。

 ヒラクがいないことにいち早く気づいたハンスもこれに続いた。

 その直後、火山が噴火した。

 瞬く間に木々が燃え広がっていく中、ゲンはキッドを探しに行った。

 蛇腹屋とハンスが追いついたときには、ゲンはひどいやけどを負って地面に伏していたという。

 ハンスと蛇腹屋はゲンをかつぎ、海岸に向かってとにかく走った。

 海岸に行くとトカゲ人たちがひしめいて、海を泳いで島から脱出するところだった。

 ハンスと蛇腹屋はトカゲ人たちの背に乗り、ゲンを連れて島を離れた。

 だが、荒れ狂う海の中、トカゲ人たちは散り散りになり、ハンスと蛇腹屋もゲンを支えながら、今にも沈んでしまいそうなトカゲにしがみついているのが精一杯だった。


「気づいたら、島に打ち上げられていたってわけでさぁ。そしてやけどにいい植物でも生えてないかと探しにいったら、なぜかここに来ちまったんです」


「運よく安全な場所に避難できたはいいでげすが、当の本人がもう……」 

 

 蛇腹屋は楽器からゲンに目を移した。


「どうせ死ぬなら海で死ぬってお言いでね」


「とにかくここまで運ぶように頼まれちまって、しかたなくっていったとこでさぁ」


 そこで周囲の探索に出たゲンの仲間たちと再会したらしい。

 ゲンは先ほどまで虫の息で、命が尽きるのをじっと待っていたが、キッドと再会したことで息を吹き返し、懸命に命の残り火を燃やしている。


「坊ちゃん、あっしは坊ちゃんに謝らなけりゃいけないことがあるんです……」


 ゲンは喘ぎながら言った。


「何だよ、何言ってるんだよ、それより手当てが先だろう!」


「……いいえ、坊ちゃん、あっしはもう……。それより話を聞いてください」


 キッドは何か言いたげながらも、覚悟を決めた表情でしっかりうなずいた。

 ゲンはほっとしたように微笑した。


「あっしはずっと坊ちゃんとはちがう目的で船に乗ってました。呪いが解けても解けなくても、坊ちゃんを南に引き止めておくのがあっしの務めだったんです」


「なんだよ、それ、どういうことだよ」


 キッドはまるでわからないといった顔をする。


「坊ちゃん……」


 ゲンはかすむ目でキッドの顔をうつろに見ながら、そこにいるのを確かめようとするように手を伸ばした。キッドはその手をしっかりつかむ。

 その手は赤くただれている。衣服がはりついた肌も真っ赤で、深刻な火傷を負っている。それでも息も絶え絶えにゲンは力をふりしぼって伝える。


「ルミネスキと神帝国の間で戦が起きようとしています。すでに頭領はノルドに向けて出発していることでしょう」


「戦って何? どういうこと?」


 ヒラクは黙って聞いていられずに、ゲンのそばにつめ寄った。


「くわしくは知りません。あっしはただ頭領に坊ちゃんのことを頼まれただけで……坊ちゃんをお守りするようにと……。けれどそれももう……叶わないようです……」


「ゲン!」


 キッドはゲンの手を強く握った。

 その手の感触を確かめながら、ゲンはしみじみと言う。


「坊ちゃん……本当に大きくなった……強くてたくましい手だ……。これからはその手で守っていってくだせぇよ……いつか……頭領の気持ちがわかるときが……」


「なんだよ、何言ってるんだよ。守るって何をだよ。俺を守るのはおまえだろう? 聞いてるのかよ、ゲン!」


 アーモンド形の大きな目からはぼろぼろと涙がこぼれる。

 ゲンはキッドの涙を顔に受けながら、目を閉じたまま微かに笑い、そのまま息をひきとった。


「嘘だ! これは夢だろ? 何でだよっ! なんでこんなひどい夢見るんだよ」


 辺りにわめきちらしながら、キッドは大声で泣いた。

 取り乱すキッドを落ち着かせようと、リクは背後から押さえつけながら胸に抱き込んだ。


 ヒラクの頭にはゲンの言った言葉が残る。


「ハンス、ルミネスキと神帝国の間に戦が起きるってどういうこと?」


 ハンスも腕組みをしながら考え込んでいる。


「俺たちの知らないところで何かが動いていたってわけでさぁ」


「あんたら、他に何か知らねぇのか」


 カイはゲンの取り巻きたちに尋ねるが、三人とも何も知らないといって首を横に振るばかりだ。


「少なくとも今ここにいる連中は信用していいんじゃないのか」リクが言った。「疑わしいのは、船を降りた奴らだろう」


「……ユピとジークか」カイは言った。


「鍵を握るのはユピだ。思えば初めからあいつの行動は怪しかった」


 リクは、海賊島でユピが頭領であるグレイシャと行動を共にしていることを不審に思っていた。ヒラクの知らないところでユピとグレイシャが何を話しているのかが気になった。やがて南への出航に向けての準備が忙しくなり、そのことにあまり注意と関心は向かなくなったが、ずっとリクの中で引っかかっていたことだった。


「ユピがどうしたの?」


「ジークも一緒なのかい?」


 ヒラクとハンスがほとんど同時に尋ねた。

 カイはユピがジークと一緒に巨人の手のひらで北に向かったことを教えた。


「なんで? どういうこと?」


「なんでまたジークまで一緒に……」


 ヒラクもハンスもさっぱり事情が飲み込めない。


「ヒラクが望んだことだとかなんとか言ってたぜ。一体どういうことなんだよ」カイはヒラクに言った。


「おれが望んだこと? どういういこと? わからないよ」


 ヒラクは混乱していた。

 ユピが自分を置いていったという事実を受け入れることができない。

 ゲンのかたわらで涙に暮れているキッドや男たちを見ながら、すべてが夢であることを願えば叶うだろうかと、ヒラクはぼんやり考えた。


「とにかく今はゲンさんを海に葬ることでげす」


 壊れた手風琴で調子はずれの哀しいメロディを弾きながら蛇腹屋が言った。

 キッドはカイたちと一緒に海に入り、ゲンを沖まで運ぼうとした。


 そのとき、いくつものいかだが水平線上に浮かんでいるのが見えた。

 いかだの上から手を振る人影も見える。


「海の民だ」ヒラクは叫んだ。


 やがて海の民はヒラクたちのいる海岸に次々到着した。

 もちろんダイクとナジャ夫妻もいる。


「こんなところで何やってるんだい?」


 ナジャはにこにこと笑って、ヒラクのそばに近寄ってきた。


「この人を沖まで運んでやりたいんだ」


 ヒラクがゲンの遺体を示して言うと、海の民の一人が自分のいかだの一つに遺体を乗せて沖まで運んでくれた。

 キッドも海の民と一緒にいかだに乗って沖に向かった。

 砂浜でゲンの遺体を見送るヒラクにナジャが言う。


「あんたたちも色々たいへんだったようだねぇ。でもここまで来たらもう安心だよ」


「ここは一体どういうところなの?」


 ヒラクが尋ねると、ナジャの隣に立つダイクが人のいい笑顔を向ける。


「説明するより見せる方が早い。沖まで出ればわかるさ」


 そう言って、ダイクはヒラクを自分のいかだに乗せた。


 いかだはすべるように海を進み、すぐに沖までたどりついた。


「ねえ、ここまでくればわかるってどういういこと?」


 沖に出たヒラクはダイクに聞いた。

 もう一つのいかだはさらに沖まで出てゲンを海に葬ってくれていた。

 いかだの上でキッドが大泣きしているのが小さく見える。


 よそ見をしているヒラクをダイクはいかだから突き落とした。


 ヒラクは海の中に沈み、ごぼごぼと口から気泡を吐き出した。

 突然のことに驚きながらも、とにかく海面に浮上しようとヒラクは手足を動かす。

 そして目を開けたヒラクの視界に無数のウミガメが優雅に泳いでいる光景が飛び込んできた。

 一瞬手足を動かすのをやめ、ヒラクは再び海に沈みこんだ。

 息をするのも忘れたぐらいだが、実際息を止めていたわけではない。

 ヒラクは自分が海の中で呼吸ができていることに気がついた。


 再び手足を動かし浮上して、海面から顔を出すと、ヒラクはにこにこ笑うダイクと目があった。

 ダイクに引き上げられてヒラクはいかだにはいあがる。


「何これ? どういうこと? 海の中なのに全然苦しくなかったよ」


「当然さ。この海はウミガメの意識の海なんだ」


 ダイクは櫂をこぎ、いかだを再び浜に近づける。


「ウミガメの意識? たくさん泳いでいる亀と何か関係あるの?」


「破壊神の島の周囲には、亀の甲羅の島がたくさんあっただろう? それは眠り続けている巨大なウミガメたちだ。あいつらは意識を甲羅の内側に閉じ込めて、夢を見続けているんだ。ここは甲羅の内側の亀たちの夢の中ってわけだ」


 ヒラクが浜に戻ってくると、ハンスが頭を抱えて悩みこんでいた。

 ダイクが話したことと同じことを海の民たちから聞いたらしい。


「するってぇと何かい? 俺たちは亀の夢の世界に迷い込んだってわけなのかい?」


 ハンスは浜辺に集る海の民に尋ねた。


「少なくともあんたたちはそうだろう。火山の噴火で揺り動かされて、寝ぼけて移動する亀たちの島に助けられたんだろうな」


 海の民の一人が答えた。


「どうしたらここを出られるの?」ヒラクが聞くと、


「しばらくは出ない方がいいよ」とナジャが言った。


「あたしらはあんたらとちがって自らここに来たんだ。噴火はおさまってもしばらくは火山灰が降り続ける。空が綺麗に晴れ渡るまでにはまだまだ時間がかかるし、それまではここに避難しようと思ってね」


「この世界は何でもありなんでしょう? 晴れるように願えばいいじゃないか。火山だって止められたんじゃないの?」


 ヒラクは責めるように言った。

 海の民たちはあきれたようにヒラクを見た。


「この世界はまだわからないことだらけさ。少なくともあたしらは空を飛べないし、海で溺れることもある。火山の噴火は止められないし、何もかも願ったとおりになるってわけでもないんだよ」


 ナジャは困ったように笑って言った。


「とにかくしばらくはここで一緒に過ごしたらどうだい? 食糧は十分持ち込んでるし、何も心配することはない」


 ダイクが笑って言うと、海の民たちもそろって人のいい笑顔をみせたが、ヒラクは素直に喜べず、どうしようもない苛立ちを彼らにぶつけた。


「しばらくなんて待ってられないよ! 今、こうしている間にも何かが起こってるんだ。ユピがここにいないんだ!」


 漠然とした不安と傷ついた心がないまぜになり、ヒラクは感情を爆発させた。目からは涙が溢れ出す。


「……だけどもう、わからないよ。どうしていいかわからないんだ……」


 ヒラクは波打ち際にひざを落とし、両手をついてうなだれながら湿った砂を握りしめた。

 打ち寄せる波が砂浜の爪あとを洗い流す。

 波を頭からかぶっても、ヒラクは立ち上がらなかった。

 

 なぜユピはヒラクを残して去ったのか……。


 その理由を知る者は誰一人としていなかった。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。最初の勾玉主である黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、赤い勾玉主である神王は剣を求めていたことを知り混乱。さらには赤い勾玉を手の中にみたときから、自分が神王ではないのかと不安になる。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。破壊神の剣を手に入れると自ら剣の主と名乗り北へと去る。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いていたが、なぜかユピに従い、ヒラクの元を離れてしまう。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。酒好きなのが玉に瑕だが、ジークと共にヒラクに付き添い、助ける。


キッド……海賊島の女統領グレイシャの一人息子。三年前呪術師の島に来た時から髪が四季のように変色し最後には抜け落ちるようになった。呪いを解く旅としてヒラクを乗せて船を出し、やがて友情を芽生えさせる。ユピを嫌っている。


ゲン……・刀傷で片目が塞がった白髪交じりの初老の海賊。他の海賊たちからの信望も厚く、グレイシャにも頼りにされている。キッドを守るべく破壊神の島に上陸。


蛇腹屋……誰とも群れない謎の海賊。手風琴を演奏する音楽家だが剣士でもあり腕が立つ。ヒラクたちと共に破壊神の島に上陸する。


リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……リク、カイ、クウ三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。



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