表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
40/83

赤い勾玉

(前回までのあらすじ)

 ヒラクは、仮面の部族の長である首飾りの男から神王がかつて彼らの島を訪れたということを知らされる。神王は勾玉に導かれ剣を求めて来たという。それを聞いたヒラクは混乱する。なぜ勾玉は鏡ではなく剣の場所を示したのか。結局剣は手に入らず神王は命を終えたが再び蘇ることを宣言したという。そのため神王は死を超越する存在として「死の王」と呼ばれていた。同じ勾玉主であることで、ヒラクこそ死の王の再来ではないかと首飾りの男は思うが、これにはジークやハンスたちは納得しない。ヒラクは神王の生まれ変わりとされる神帝を倒すべき存在であるからだ。

 またキッドの呪いに関しては自己暗示によるものではないかということが判明する。

 

 結局、キッドの呪いを解く方法もわからないまま、夜を明かし、翌朝、ヒラクたちは首飾りの男の家を後にした。


 密林の中は朝靄に煙っている。

 ひんやりと涼しい朝だ。

 立ち込めていた深い霧は薄らぎ、白んだ視界に影として浮かび上がっていた森が、太陽の光で鮮やかな緑に色づけられていく。

 太陽の熱で暖められた蒸気と空気は上昇し、午後には厚い雲となり、熱気を閉じ込めた密林に涼しい雨をもたらすだろう。


(何かいる……)


 ヒラクは奇妙な気配を感じた。


 その直後、ヒラクの周りの靄が急に濃くなり、キッドたちの姿が忽然と消えた。


「キッド! ジーク、ハンス!」


 ヒラクは呼びかけるが、それに応える声はない。


 そのとき、何かが森の中に落ちたような重い音がして、鳥が一斉にはばたき、頭上高くそびえる木の枝を揺らした。


 ヒラクは音が聞こえた方に向かって歩き出した。


 靄が晴れたかと思うと、唐突に、岩を掘り込んで作ったような巨大な顔がヒラクの目に飛び込んできた。

 森の中に不自然にある岩山は、うずくまる巨人の姿をしていた。立ち上がれば密林の最上部にまで到達しそうなほど大きい。

 けれども、その岩の巨人はうずくまったままだ。

 顔の部分はひび割れ、くぼんだ目の辺りに暗い影を落している。

 巨人は今まさに息絶えようとしていた。


『破壊の神とは名ばかりだな。たわいもないものだ』


 その声で、ヒラクは初めて巨人の前に人が立っていることに気がついた。


『これこそ真の神たる証。塵となり滅びる前に、剣を渡してもらおうか』


 巨人の前に立つ男は右手を高々と上げた。

 赤い勾玉の光が、右手の先から空へとまっすぐ伸びていく。

 そして男は空を裂くように赤い光線を放つ右手を前に振り下ろした。

 赤い光は巨人を切り裂き、岩は真っ二つに割れた。

 巨人は一瞬で灰塵と化し、砂ぼこりが立ちこめた。

 赤い勾玉を持つ男は、腰をかがめて何かを拾い上げた。


『破壊神とは剣の化身のことだったというわけか』


 男は、金の柄に色とりどりの宝石が連なる重そうな剣を振り上げた。


『この剣ですべての偽神を滅ぼし、私こそが真の神であることを世に知らしめてやる』


 剣の先に赤い光が走る。


 そして一瞬で剣は粉々に砕け散り、光の粒子となって霧散した。


 ヒラクの目に赤く輝く剣の残像が焼きついた。


『なぜだ。どういうことだ。剣そのものが偽神だったというのか』


 男の手から赤い光が消えうせた。


『勾玉よ。再び示せ! 破壊の剣はどこにあるのだ!』


 男は右手を握りしめて叫ぶが、その手に光は宿らない。


『なぜだ……どうしてこんなことに……』


 男は地面に膝をつき、肩を落としてうなだれた。


 ヒラクは男の顔を確かめようと、背後に近づき、顔をのぞき込もうとした。


 そのとき、ヒラクは不思議な既視感を覚えた。


(この人のこと……知ってる……)


 懐かしいような慕わしいような何ともいえない感情が沸き起こる。

 まるで自らを憐れむようにヒラクは男の左肩にそっと手をのばした。


 そのときだった。


 ヒラクの指先から透明な勾玉の光がほとばしった。

 振り返る男の顔が、光に呑まれてかすんでいく。


 次の瞬間、ヒラク自身が男がいた場所に膝をつき、肩越しの気配に振り返っていた。


 一瞬、男とすりかわってしまったような錯覚を覚えたが、自分を呼ぶ声を聞き、ヒラクは我に返った。


「ヒラクー」


「ヒラク様ー」


 キッドとジークの声がする。

 ヒラクは立ち上がり、辺りを見渡した。

 間違いなく、先ほどまで破壊神と赤い勾玉を持つ男がいた場所だ。


 ヒラクの左肩が熱くなった。

 何かの光が照射したような感覚だ。

 ヒラクは右手で肩を抑えた。

 すると、手のひらが急に熱を帯び、再びまぶしい光が放たれた。

 その光は赤い。


 ヒラクは手のひらに現れた勾玉を見た。

 血のように赤い勾玉だった。


「これは、さっきの男の勾玉だ。どうしておれが……」


 赤い勾玉の光は一方向にのびたかと思うと、そのままどろどろと溶け出した。血のような液体が手のひらに広がり手首を伝う。


「ヒラク様!」


 急に背後から声がして、ヒラクはハッとした。

 赤く染まったはずの手のひらに、勾玉の痕跡は何もない。

 今、見たものは何だったのかと、ヒラクは不思議そうに自分の手を見た。


 そこにジークが現れた。


「ヒラク様、ご無事ですか」


 ジークは手のひらをじっと見たまま立ちすくむヒラクのそばに駆け寄った。


「勾玉が何か示されたのですか」


「わからない。ジークは光を見た?」


 ヒラクは確かめるようにジークに聞いた。


「はい。強い光がこの場所から放たれて、あなたをみつけることができました」


「その光は赤かった?」


「赤い光……ですか?」


 ジークは、何のことかわからないといった顔をする。


 そこにキッドとハンスも駆けつけた。


「ヒラク、どうしたんだよ」


「何かあったんですかい?」


 二人に答えるでもなく、ヒラクは一人つぶやき歩き出す。


「……あっちだ」


 ヒラクは赤い勾玉の光がのびた方向に向かって歩き出した。


 空には雲ができ始めている。

 雨が降る前のなまぬるい空気を感じながら、ヒラクたちは先を急いだ。


「……船だ」


 森を抜けたヒラクの目にさきがけ号の姿が飛び込んできた。

 船を停泊させた場所に戻ってきたのだ。


「おまえ、近道でも知っていたのか?」


 キッドはヒラクに尋ねた。


「知らないよ」


 答えると同時にヒラクの手が熱くなった。

 その熱さには痛みが伴う。

 ヒラクは握りしめた手のひらを開くと、その手にあるものを目に焼き付けた。

 血のかたまりのようにどす黒い赤い勾玉と白く輝く透明な勾玉が、互いの尾を追いかけあうように、手のひらの上で回転していた。

 ヒラクが片方の勾玉を指でつまみあげると、もう片方と同時に消滅した。


 空をおおう厚い雲から雨粒が落ちてくる。


「ヒラク様、早く船へ」


 ジークは呆然とするヒラクの手を引き、地面に叩きつけるように降りだした雨の中を走りながら船に駆け込もうとする。

 すでにキッドたちは前を走り出していた。


 そのときヒラクは再び何かの気配を感じた。


 ヒラクはジークに手を引かれながら振り返る。


 激しい雨の中、森の手前で一人たたずむ男がいる。

 赤い勾玉の男だ。

 男はじっとヒラクを見ていた。

遠目でよく見えないが、ヒラクは確かに男の視線を感じた。


(あれは一体誰?)


 確かめる間もなく、男は雨にかすんで姿を消した。


 ヒラクたちを甲板上で迎えたのはリクとクウとゲンだけだ。


 全員すぐに雨を避けて甲板下に入ったが、中にいる若者たちの数が極端に少ない。


「逃げたのか?」


 キッドはリクに尋ねた。

 リクとクウはなんと答えるべきか困ったように顔を見合わせる。


「呪われたんです」


 そう言ったのはユピだった。


「死が船内に蔓延して……」


「疫病か?」


 カイが聞くと、眉間のしわをさらに深めてゲンが言う。


「何が起こったのかあっしにもわからねぇ。突然、一人が死の呪いにかかったと言って発狂し、それが伝染するように、我を失うものが次から次と出て……」


「船の上の死体はとりあえず始末したが……」


 クウは思い出しながら、怖れるようにゲンを見て、目が合うとすぐに視線をそらした。

 我を失い、刀剣を振り回して仲間に斬りかかってきた若者を顔色も変えずに殺したのはゲンだった。

 それは海賊としては当然の行為だといえたが、実際に人を殺したこともないクウにとっては衝撃的な光景だった。

 クウは上の世代の海賊の厳しさを初めて目の当たりにした思いだった。


「森の中に飛び込んでそのまま帰ってこない連中もいる。呪いかどうかはわからない。ただ、七人の人間が船を去った。それが事実だ」


 リクは努めて冷静に言った。

 ヒラクは首飾りの男の言葉を思い出した。


「それが呪いだとすれば、始めに死を意識させた人間がいるってことだ」


 そう言った瞬間、ヒラクはユピと視線がぶつかった。

 ユピを疑ったわけではない。それでもユピの微笑みは何か意味ありげに見えて、心がざわつき落ち着かない。


「ちきしょー!」


 突然、キッドがその場にうずくまり、こぶしで床を叩いた。


「俺について来たばかりにみんな死んじまった。俺のせいだ! 俺が悪いんだ!」


 キッドはぼろぼろと涙をこぼして大声で泣きわめいた。

 ヒラクはキッドの前に立って言う。


「みんな無理矢理ここまで連れてこられたんじゃない。自分で選んだ道だ」


「でも、みんな、死にたくて死んだわけじゃない」


 キッドはそう言って、上甲板に駆け上がっていった。

 ヒラクは追いかけなかった。

 自分のせいで誰かが死ぬというつらさもいたたまれなさも、痛いほどによくわかる。


「さてと、これから先はどうしますかねぇ」


 ハンスがおもむろに口を開いた。


「俺たちの方でも四人いなくなった。残りは十四人。船はまだ動かせるが、この先また何があるかわからねぇ」


 カイが厳しい顔つきで言った。


「ヒラク様、勾玉は何か示されましたか」


 ジークはヒラクに尋ねた。

 ヒラクは赤い光がさきがけ号がある方へのびていたことを思い出した。


「あの光は北を示したってことかな……」


「北? また戻るってことですかい?」


 ハンスはすっとんきょうな声を出した。

 ヒラクは混乱していた。

 赤い勾玉が何なのかも、その勾玉が何を示しているのかもまったくわからない。


「ヒラク、君の勾玉は、南を示していたんだよね」


 ユピはヒラクに言った。


「うん、そうだけど……」


「ここに鏡はあったの?」


「なかった」


「じゃあ、さらに南にあるってことじゃないかな」


「さらに南か……」


 ユピの言葉でヒラクは南を目指す気になった。

 そう決めると迷いが晴れたような気がした。


 ユピの言葉の支配を受けていることにヒラクはまだ気づかない。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。かつて黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指すが、たどり着いた呪術師の島では、鏡ではなく剣の存在が明らかになり混乱する。

ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。呪術師の島ではなぜかヒラクと別行動を選び船に残る。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。ヒラクのそばを片時もはならずヒラクを守る。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。酒好きなのが玉に瑕だが、ジークと共にヒラクに付き添い、助ける。


キッド……ヒラクと同じ緑の髪をした少年。海賊島の女統領グレイシャの一人息子。母親のことは苦手。四季のように変色し最後には抜け落ちる頭髪は呪術師にかけられた呪いと思っていたが、それは死ぬ直前自分が最後に四季を見たかったと願ったことが原因だと判明。


リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……リク、カイ、クウ三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。三兄弟の中で一人呪術師の島に上陸する。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。総舵手であり船を守るため船に残る。


ゲン……・刀傷で片目が塞がった白髪交じりの初老の海賊。他の海賊たちからの信望も厚く、グレイシャにも頼りにされている。キッドに同行しようとするがリクに頼まれ船に残る。


蛇腹屋……誰とも群れない謎の海賊。手風琴を演奏する音楽家だが剣士でもあり腕が立つ。呪術師の島ではキッドに同行し数々の窮地を救う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ