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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
34/83

友情の誓い

(前回までのあらすじ)

ヒラクが女であることを知り、驚いたキッドだったが、間一髪のところを助けてくれたヒラクに改めて礼を言う。そしてキッドは過去に呪術師の島で呪いにかけられたことをヒラクに告げる。その呪いとは、四季の変化のように髪も変化し、最後には抜け落ちるというもので、毎年はげることを三兄弟にばかにされることがキッドの悩みでもあった。そのため再び呪術師の島に行き、呪いを説こうとしていた。それを知ったヒラクは、自分も目的地を呪術師の島にすると言う。キッドはヒラクに感謝し、ヒラクも心を開いてきたキッドに好感を抱くようになる。そしてそんな仲睦まじい様子の二人を陰から見ていたユピの心を闇が侵食していった。


 すっかりキッドと仲よくなったヒラクは、再びアニーの家で暮らすことになった。

 どこにでも馴染むハンスはともかく、ジークは野宿を続けていた。

 ユピはグレイシャに呼び出されて舘に行くことも多かったが、ヒラクと共に寝起きする毎日は変わらなかった。


 それから少しして、キッドの髪が完全に鮮やかな赤に染まる頃、いよいよ出港の時がきた。

 キッドはグレイシャに港への出入りを許されてからは、ほとんど毎日港に通い、積荷の確認や船の整備に精を出していた。

 ヒラクはキッドと行動を共にすることが多かった。

 だがそのことが、ヒラクに罪悪感にも似た思いを抱かせる。


「おい! 聞いてるのか!」


 昼は閉めている港の酒場の一隅を借りて、仲間たちと共に船での役割分担について話していたキッドが大声でヒラクに言った。

 ひび割れた壁に沿って酒樽が並び、木の丸テーブルを囲んでキッドと三兄弟が座っている。

 入り口近くにはジークとハンスもいる。

 他にいた仲間たちはとっくに店を出ていなくなっていた。


「船の上ではぼんやりなんてしてられねーぞ。ましてや南の地では一瞬たりとも気が抜けねーんだから」


「……うん、ごめん」


 元気のないヒラクの様子にキッドはそれ以上は何も言わず、立ち上がってヒラクの手を引いて外に連れ出した。


「こんな薄暗い陰気臭い店にいるから気も滅入るってんだ。浜辺に出ようぜ」


 キッドはヒラクと二人で外に出た。

 外は太陽がまぶしく、浜辺の白砂は目に痛いほどだった。


「知ってるか?ヒラク。人間って太陽の光を浴びると元気になるようになってるんだぜ。逆に夜には大したことじゃないことも大げさに悩んじまうのさ。だから夜は酒でも飲んで何も考えずに寝ちまうのがいいんだってさ」


「それってアニーの受け売りじゃない?」


 ヒラクはアニーが晩酌の言い訳に同じようなことをセーラに言っていたのを思い出した。そしてふと気になっていたことを口にした。


「キッドの母親ってグレイシャなんでしょう? なんでキッドはアニーたちと暮らしているの?」


「それは、あの人がこの島の頭領だからさ」


 キッドは水平線の向こうを見るような遠い目をして言った。


「海賊ってのは人に従おうとしない連中ばかりさ。上下関係だってねえ。気にくわなきゃすぐ他の奴が成り代わろうとする。そいつらを束ねていくんだ。生半可な気持ちじゃやってけねぇだろ? 母親なんてやってる暇はねぇんだよ」


「だからアニーが代わりに母親になったの?」


「ああ、頭領がアニーに頼んだんだ」


「キッドはそれでよかったの?」


 ヒラクが聞くと、キッドは少し黙り込み、言葉を探すように言う。


「そんなこと考えたこともないし……いや、考えようとも思わなかったな。物心ついた頃にはアニーが本当の母親じゃないってわかっていたけど、だからといって、頭領のことを母親だなんて思ったこともないし。向こうもそっけないもんだぜ。だから頭領の一人息子だなんて言われても、いまいちぴんとこないんだ」


「ふうん」


「でもまあ俺だけじゃないぜ。みんな色々事情はあるのさ。一番下のマリーナだってアニーの本当の子どもじゃない。捨てられてたのを拾われたんだよ。セーラはアニーが産んだらしいけど、リクたちとは父親がちがう。そういうところがだらしないってセーラはアニーに反感持ってて、マリーナはきちんとした女に育てるんだって、自分が母親のつもりでいる」


「セーラは、キッドに対しても母親みたいだよね」


 ヒラクはキッドに対するセーラの態度を思い出して言った。


「ほんとだぜ。年だって変わらないってのにほんと色々おせっかいでさ」


 キッドは照れくさそうに言った。

 ヒラクはなぜかいとこのピリカのことを思い出した。

 そして腰に巻きつけているひもをキッドに見せた。ひもの両端には布の切れ端で作った房のようなものがついている。


「おれにも妹みたいな女の子がいた。ピリカっていうんだ。アノイの地を旅立つときにこれをくれたんだ。お守りなんだって」


 それは、アノイ族の女が嫁ぐときから死ぬときまで身につける腰ひもである。だが、それがアノイの女の証であることをヒラクは知らない。


「ピリカはおれのお嫁さんになりたいって言ってた。でもおれがユピをお嫁さんにするって言ったら泣いた。おれ、ピリカのこと、いっぱい泣かせた……」


 ヒラクは急にアノイの地をなつかしく思い出した。

 それと同時に神帝国がアノイを滅ぼしたかもしれないということも思い出した。

 自分の目で見て確かめるまでは信じないと決めたヒラクだったが、神帝国への憎しみが胸の奥を熱く焦がした。


「おれはアノイの地を捨ててきたんだ。ユピと一緒にいることを選んだんだ。ユピも神帝国を捨ててくれた。だけどやっぱりおれはアノイのことを忘れないし、もしかしたらユピも……」


「……やっぱりな」


 キッドは大きく息を吐いてヒラクを見た。


「おまえの悩みはやっぱりユピか」


「……ちがう。そんなんじゃないよ」


 そうつぶやいて、ヒラクは暗い表情で海を眺めた。


「何がちがうだ。ほら、その顔! 今、ユピのことを考えただろう。最近おまえ、ユピと一緒にいるといつもそんな顔してるぜ」


 ヒラクは自分でも気づいていなかったことを指摘され、いつそんな顔をしていたかと考えながら、ユピとのやりとりを思い出していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あるとき、ヒラクはキッドと一緒に北の港のさきがけ号を見に行った。

 ユピもついてきたが、途中で気分を悪くして、廃船の館で休むことになった。

 キッドはグレイシャのいるところには近づこうとしない。

 ヒラクはユピのことが気になったが、キッドと行動することを選んだ。

 そして日暮れになり、ユピのところへ行くとユピは寂しそうに言った。


「君が楽しんでいるときは、僕のことなんて頭にないんだろうね」


 実際そのとおりだったので、ヒラクは何も言い返すことができなかった。そしてユピはさらにヒラクを困らせる言葉を投げかけた。


「南に行って鏡をみつけたらどうするつもり?」


「鏡をみつけたら次にどうすればいいかきっとわかるよ」


 ヒラクが明るく言うと、ユピは眉をひそめた。


「わからなかったらどうするの? 君は一体どうしたいの? 何も考えないで何かできると思っているの?」


 責められるような思いでいたたまれなくなったヒラクは、ただ困ったようにうつむくだけだった。

するとユピは急に優しい声で言う。


「大丈夫。そのときは一緒に考えよう。だから鏡をみつけたらすぐに僕に言うんだよ」


 ユピが微笑むとヒラクは心底ほっとした。

いつからか、ヒラクはユピの機嫌を損なわないよう気をつかうようになっていた。

たとえばキッドの話をすると途端にユピはそっけなくなってしまう。

それでいて、何も話さずにいると、それはそれでユピの気に入らない。


「前は何でも話してくれたのに、最近は僕に秘密を作るようになったね」


「そんなことないよ。でもユピが聞いてもおもしろい話じゃないし……」


「キッドなら、おもしろがってくれる話? 僕じゃもう君の相手はつとまらないのかな」


「そんなことないよ」


 万事がその調子で、一緒にいる時間が重く苦痛になっていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あーあ、キッドが相手なら何も考えないで言いたいこと言えて楽なのに」


 ヒラクが言うと、キッドはムッとした顔をした。


「何だよ、それは俺様が単純バカっていうことか? ちょっとは俺にも気をつかえよな」


 そうは言ってもキッドが本気で怒っているわけもなく、一緒にいる気楽さにヒラクは心地よさを覚えた。


「おれ、ユピのことが好きだし大事なんだ。だけど最近は一緒にいるとつらくなる。ユピはおれのこと嫌いになったのかな? なんでこんなふうになっちゃったんだろう」


「……よくわかんねーけど、人が人を好きになるのって色んな形があるんだと思うぜ。好きとか嫌いとかそんな単純なことじゃなくてさ」


「色んな形か……」


 ヒラクはアノイを出てから様々な愛の形を知った。いまだ理解できないことも多いが、キッドの言っていることはわからなくもないと思った。


「アニーはさ、頭領に会うまでは、恋多き女ってやつでさ、一人に落ち着くことなんてなかったっていうぜ。でも今は頭領一筋さ。最初は、女相手にへんなのって思ったけど、一人の人間に惚れこむのに男も女も関係ないんだってアニーが言ったんだ。俺、今ならそれがちょっとわかる気がする」


 そう言って、キッドは右手でこぶしを作ってヒラクの前に突き出した。


「何それ?」


 ヒラクが聞くと、キッドは少し照れたように笑った。


「こうやって、お互いのこぶしを合わせるんだ。友情の誓いってやつ。俺、おまえのこと、女だとか男だとか関係なく、心底信頼できる友だちだって思ってる。南でどんな危険なことがあっても、俺はおまえと生死を共にする覚悟だ」


 ヒラクはその言葉をうれしく思い、同じようにこぶしを突き出して、キッドの右こぶしにあてた。


「おれたち、ずっと友だちだよ」


 ヒラクの晴れやかな顔を見て、キッドも安心したように笑った。


 そしていよいよ出港前夜。


 旅立ちの時が近づいていた。


           



ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。かつて黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指す。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。目的は不明だが、ヒラクに対して強い執着がある。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。誇り高い戦士であるため、野卑で粗野な海賊たちのことを快く思っていない。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。もともと港の人夫として神帝国に潜入していたことと調子の良さで海賊たちとは打ち解けやすい。


キッド……ヒラクと同じ緑の髪をした少年。海賊島の女統領グレイシャの一人息子。母親のことは苦手。過去の因縁から南海域に行きたいという想いが強い。


リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。


セーラ……三兄弟の妹。母アニーに代わり家事の一切を取り仕切り、妹セーラの面倒もみている。


アニー……・三兄弟の母。島の連絡手段である白羽鳥の管理者。酒飲みで昼夜問わず酔っ払っている。五人の子供の父親はそれぞれ誰かはっきりしない。


グレイシャ……海賊島の統領。ルミネスキ女王からも一目置かれた存在。

かつて中海を支配した伝説の海賊であった夫が生きていた頃はその船の戦闘員だった。亡き夫との間に生まれたのがキッドである。


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