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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
33/83

キッドにかけられた呪い

(前回までのあらすじ)

 ヒラクが海賊島に来てからすでに二か月が経過した。南海域に向かうキッドの船の船員は全部で25人。用意された新しい船を見て得意になっているキッドは、ヒラクに勝負を申し出る。新しい船のメインマストの頂上までどちらが早くたどり着けるかというものだったが、途中で落ちそうになったキッドは間一髪のところをヒラクに助けられる。その勝負はグレイシャにみつかり、キッドはしばらく港への出入り禁止されアニーのところで謹慎するよう命じられる。ヒラクたちもアニーに誘われ三兄弟たちと共に家に向かうが、その途中、ヒラクが女であることを知り、誰よりもキッドがその事実に驚いていた。


 その夜、アニーの家ではアニーと三兄弟とハンスが陽気に酒盛りをしていた。

 今日中に舘に戻るのはもう無理で、全員がアニーの家に泊まることになったが、ジークは家の中には入ろうとせず、近くで野宿するという。

 キッドも三兄弟の部屋にこもったまま出てこない。

 にぎやかな場が苦手なユピも二階で休ませてもらうといってヒラクのそばを離れた。


「それにしてもヒラクが女だってのは驚きだよなぁ」


 リクがのんびり言うと、カイも激しく頭を振ってうなずく。


「さすがの俺でも見抜けなかったぜ」


「一緒にいるユピの方がよっぽど女みてぇだもんなぁ」


 驚きもすでに薄らいで、クウはあくびまじりにいつもの調子でどうでもいいことのように言った。


「それはそうとヒラク」リクが言った。「改めて礼を言うよ。キッドを助けてくれてありがとな」


「あいつ、前にもマストの上から落ちたことあるんだよ」とカイが言うと、


「ほんと懲りねぇっていうか……」とクウも困ったように言い、


「今回もほんとひやひやさせられたよ」とリクも深くため息をついた。


「そんなんで船長なんてつとまるもんかねぇ」


 ハンスはあきれたように言う。


「俺たちがついているから大丈夫さ」


 リクが人のよさそうな笑顔で言うと、


「上に立つ人間に必要なのは、有能な人間をうまく使えるかどうかってことだ」


 クウは淡々とした口調で言い、


「あいつに使われる気はないが、結局なんとかしてやりてぇって思うんだからしょうがねぇ」


 カイは少し照れくさそうに文句を言った。


「それにしてもすごいわよねぇ。女の子でキッドを負かしちゃうんだからぁ」


 アニーが感心したように言うと、カイがにやりと意地悪な笑みを浮かべる。


「あいつ、きっと女に負けたの悔しがってるんだぜ。しかも助けられちゃってさぁ。恥ずかしくて部屋から出てこれねーんだよ」


「それもあるけどやっぱり落ち込んでんじゃねーの。港にしばらく出入り禁止だろう?」


 クウが言うと、ヒラクも気になっていたことを口にした。


「それってしばらく船は出せないってこと? おれ、すぐにも南に行きたいんだ」


「まあ、どのみち出航には時期がある。風向きが変わるまでは待たなきゃならない」


 そう言うリクにヒラクは尋ねる。


「どれぐらい?」


「……そうだなぁ。キッドの髪の色が完全に赤くなるぐらいかなぁ」リクが言うと、


「あと数週間ってとこだろう」とカイが言った。


「いや、今年は進行が早いんじゃないか」


 クウも口を挟むが、ヒラクには何のことを言っているのかがわからない。


「髪の色が赤くなるってどういうこと? 髪ってそんなにしょっちゅう色が変わるものなの?」


「それがキッドにかけられた呪いなのよぉ」


 アニーがヒラクに説明する。


「南の呪術師にかけられた呪いだそうよぉ」


「南の呪術師?」


「三年前、呪術師のいる島に行き着いたキッドは一時そのまま姿をくらましたんだ」


 リクは当時のことを振り返る。


「戻ってきたときには真っ赤な髪の色になっていた」


「何があったかは俺たちも知らねぇ」


 クウの言葉にカイもうなずく。


「キッドは呪いにかけられたって言って泣き叫んでいたけど、それがどんな呪いかはわかっちゃいない状態だったんだ」


「でも髪の色が変わるだけなんだろう? ちょっと大げさなんじゃねぇのかい?」


 ハンスが言うと、三兄弟はそれぞれに、目頭を押さえ、気の毒そうな顔をし、重いため息を吐いた。


「それだけならよかったんだけどなぁ」


「あれはねぇよなぁ」


「俺なら耐えられねぇ」


 わざとらしくそう言いながら、三兄弟は口元を歪ませて、笑いをこらえているようだった。


「何? もったいつけてないで教えてよ」


「実は……」


 リクがヒラクの前に身を乗り出して話を切り出そうとしたとき、キッドがその場に現れた。


「おい!」


 キッドはヒラクを呼んだ。


「ちょっと外に出ろ」


「なんで?」


ヒラクはきょとんとしている。


「何よぉ、また勝負でもする気ぃ? こんな遅くにやめなさいよぉ」


 アニーはだらだらと酒を飲みながら言った。


「ちがう! 大体、勝負なんてもう関係ねぇよ」


「おまえの負けだもんな」


「負けじゃない!」


 キッドはクウをにらみつけた。


「聞けば、結局二人とも見張り台までは到達できなかったらしいじゃねぇか。だから勝負は無効だ。それに今さら勝負なんてどうでもいい。とにかく来い」


 キッドはヒラクの腕をつかんで外に連れ出した。


「おいおい、女の子誘ってるよ、あのキッドが」


「やさしくしろよぉ」


「セーラに言いつけるぞ」


 三兄弟の冷やかしの声を背中に浴びながら、ヒラクとキッドは外に出た。


 外は星が降るようだった。

 海は闇に溶け込んで、波音だけが聞こえてくる。

 二人は家の灯りが漏れる庭先の岩場に腰を下ろした。

 キッドはもじもじと何か言いたそうにしていたが、何も言えずに黙ったままだ。

 そんなキッドの様子を気にもとめずにヒラクは言う。


「キッドの髪って呪術師に呪いをかけられたせいなんだってね」


 キッドは唐突に言われた言葉に少し驚いたようだったが、三兄弟の顔を思い浮かべ、不愉快そうに舌打ちした。


「……あいつらに呪いのことを聞いたのか。ああ、そうさ。三年前からこのざまだ」


「でも色が変わるだけじゃないんだろう? その後は一体どうなるの?」


「そっ、それは……」


 キッドは動揺をあらわにした。


「おっ、恐ろしい姿になるんだ……」


「熊とか? 狼とか?」


 ヒラクは故郷のアノイで恐れられていた獣を想像して言った。


「そんな毛のあるもんじゃねぇよ!」


「毛?」


 ヒラクが聞き返すと、キッドはためらいがちに言う。


「……つまり、なくなるんだ」


「毛が?」


 キッドは両手で頭を抱え込んで叫ぶ。


「抜け落ちるんだよ! この指の隙間から毛が……一本残らず……俺の毛がっ!」


 そのときの感覚を思い出すようにキッドは両手のひらをみつめてぶるぶると震えた。

 だがヒラクは拍子抜けしたようだった。


「なーんだ、つるつるになるってだけか」


「なんだとは何だ! 毎年あの恐怖がくるんだぞ! リクたちには笑われるし、これから一生俺は人に笑われて、あの恐怖に脅えつづけるんだ!」


 キッドは必死になって言うが、ヒラクの反応は変わらない。


「別に生きるか死ぬかのことでもないじゃないか。それで? はげたらどうなるの? また毛が生えてくるの?」


 ヒラクの態度にがっかりしたキッドは投げやりに答える。


「緑の髪が生えてくるんだ。草みたいに勢いよく伸びてくる。それが時期が来たら赤くなってきて、そうかと思うとしおれたみたいにぱさぱさになって、最後はきれいさっぱり抜け落ちるんだ」


「ふうん、なんか四季の移り変わりみたいだね」


「四季って……知ってるのか?」


 キッドは驚いた。

 海賊島には四季がない。一年を通して温暖な気候で、季節は乾燥した時期と雨の多い時期の二つに分かれているだけだ。


「おれが生まれ育った北の地では、春に芽が出て、夏は緑がいっぱいで、秋は木の葉っぱが赤や黄色になったら枯れて地面に落ちて、冬には山がはだかになるんだ」


 キッドの驚きが理解できないヒラクは当然のようにそう言った。


「そして雪ってやつが降るんだろう?」キッドは声を弾ませた。


「そうだよ」ヒラクはあっさり言った。


「そうかぁ、すげぇな。おまえ、神帝国って知ってるか。あそこも雪が降るんだぜ」


 神帝国の名を聞いて、ヒラクの胸がチクっと傷んだ。

 ヒラクの故郷アノイは神帝国に滅ぼされたと聞く。

 それでもヒラクはまだどこか信じられない思いでいる。

 今も鮮やかに目に浮かぶ故郷がただただ懐かしい。


「おれが育ったアノイも雪が降るよ。神帝国よりもさらに北にあるんだ」


 ヒラクは、アノイの雪の風景を思い出していた。すべてを無音に包み込むように雪はしんしんと降り続いた。


「本当か? 神帝国よりさらに北に人が住んでいるところがあるのか」


 複雑な思いでいるヒラクとは対照的にキッドは活き活きと語り始める。


「行ってみてぇなぁ。北の地から南の地まで、あらゆるところに船で乗り出していくのが俺の夢なんだ」


「それで南にも行ってきたんだ?」


 ヒラクが聞くと、今度は急にキッドの元気がなくなった。


「ああ。それで初めて行った南の島でいきなり呪いにかけられちまった。だけど……」


 キッドは立ち上がり、決意を込めるようにこぶしに力を入れた。


「俺は再び呪術師に会って、この呪いを解くと決めたんだ」


「おれも呪術師の島に行くよ」


 ヒラクも立ち上がって言った。


「いいのか」


 キッドの言葉にヒラクはうなずく。


「うん。おれも呪術師を探すよ。それでキッドの呪いを解いてもらおう。それに、呪術師が鏡のあるところを知っているかもしれないし……」


「おまえっていい奴だなぁ!」


 後半の言葉は聞き取らず、キッドは感激してヒラクを思わず抱きしめた。


「あっ、ごめん、おまえ、女だっけ? つい忘れてた」


 キッドはあわててヒラクから離れるが、ヒラクはなんとも思っていないようだった。

 一人、気まずい思いのキッドは、ごまかすように早口でまくしたてる。


「あのさ、俺がおまえをここに連れ出したのは、その、一言礼を言っておこうと思ったからだ。女に助けられてかっこ悪いって思ったけど、そんなこと思ってる自分の方が、なんかかっこ悪くて嫌だった。だからここはきちんと言っておく。あ、あ、ありがとな!」


 ほとんどやけくそ気味にキッドは言った。

 ヒラクは初めてキッドに好感を抱いた。キッドが急に身近に思えてうれしくなった。


「おれ、いつかアノイに帰るんだ。そのときはキッドも一緒に行こう」


「よし、南の次は北だな。考えただけでわくわくするぜっ」


 先ほどから二人の様子を離れてこっそりうかがっていたジークは、仲のよさそうな雰囲気に安堵してその場を離れた。


 そしてもう一人、庭に面した二階の部屋の窓辺にひっそり佇んで、会話を聞いている者がいた。


 ユピだった。


 ユピは、暗闇に色を失った海のような青い瞳に、二人の姿をしっかりと焼きつけていた。

 ユピの心を闇が侵食し始めていた……。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。かつて黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指す。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。目的は不明だが、ヒラクに対して強い執着がある。


キッド……ヒラクと同じ緑の髪をした少年。海賊島の女統領グレイシャの一人息子。母親のことは苦手。過去の因縁から南海域に行きたいという想いが強い。


リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。


セーラ……三兄弟の妹。母アニーに代わり家事の一切を取り仕切り、妹マリーナの面倒もみている。


アニー……・三兄弟の母。島の連絡手段である白羽鳥の管理者。酒飲みで昼夜問わず酔っ払っている。五人の子供の父親はそれぞれ誰かはっきりしない。


グレイシャ……海賊島の統領。ルミネスキ女王からも一目置かれた存在。

かつて中海を支配した伝説の海賊であった夫が生きていた頃はその船の戦闘員だった。亡き夫との間に生まれたのがキッドである。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。誇り高い戦士であるため、野卑で粗野な海賊たちのことを快く思っていない。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。もともと港の人夫として神帝国に潜入していたことと調子の良さで海賊たちとは打ち解けやすい。


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