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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
32/83

キッドとヒラクの勝負

(前回までのあらすじ)

 グレイシャは海賊たちを集めて、ルミネスキ女王からの依頼を告げる。それは勾玉主であるヒラクを南海域に連れ出す船を出せというものだった。ところが南海域の危険を知る海賊たちは誰一人名乗り出ようとはしない。そんな中、キッドが一人自ら行くと言い出した。キッドはグレイシャの一人息子であり、過去の因縁から南海域に行くことを強く希望していた。キッドが行くということで他に名乗りを上げるものも現れ、三兄弟も仕方なく同行することになった。グレイシャの許可もおり、ヒラクはキッドの船で南海域に船出することになった。


 ヒラクが海賊島にやってきてからすでに二ヶ月が経過した。

 船出にはそれなりの準備がいる。天候や海の流れを見て出発することにもなっていた。


 ヒラクはグレイシャに客として迎えられたが、廃船の舘はまるで戦闘前の城砦のようで、海賊たちは朝から晩まで殺気立ち、とても快適に過ごせるような雰囲気ではなかった。

 不穏な空気から逃れるように、ヒラクは人でにぎわう港に足しげく通い、そこで一日の大半を過ごした。


 港では、海賊としてもう船に乗れなくなった男たちが働いている姿が多く見られる。片腕で船を磨く若者や港に入る船を誘導する老人の姿を見ながら、ヒラクはセーカのことを思い出していた。

 狼神の旧信徒たちの居住区では、労働力とならなくなった人々の悲惨な生活を見た。怪我や病気は不幸なことで、老いも残酷なものだとヒラクは捉えていたが、ここで働く者たちは、ずいぶんと陽気で気楽な様子で、仕事の後には酒場に行って、海賊たちの輪の中で、酔っては馬鹿騒ぎをしている。

 セーカでの差別を見てきたヒラクには、とても不思議な光景だった。

 そしてヒラクはルミネスキのロイのことも思い出す。

 怪我で希求兵になれなかったロイだったが、女王のそばに仕えることができて、何よりの喜びと感じていた。

 何が不幸で幸せか、ヒラクにはよくわからなかった。

 世の中は不平等ではあるが、誰もが望む平等というものがあるのかどうかもわからない。答えのない問いを自分に投げかけて、ヒラクは日々を過ごしていた。


 そうして月日が過ぎる中で、船出の準備は着々と進んでいた。

 南海域に向かう船の人員として二十五名が集った。

 半数以上がキッドの仲間で、未知なる海域への危険な航海に胸躍らせる血気盛んな若者たちだ。

 けれども三年前にキッドとともに南に向かった者たちのほとんどは乗船を拒んだ。

 今回の人員のうち、南海域への航海経験があるのは、キッドと三兄弟、そして片目のゲンぐらいのものだ。


 用意された船は、全長二〇メートル、幅六メートルほどの流線形の船体に三本マストを持つ帆船で、メインマストと船尾マストのうちの一本には四角い帆が張られ、もう一本には三角帆が張られていた。小型ながらも頑丈な船で、高い速力を持ち、操舵性にも優れている。

 ヒラクは、北の港に停泊する船を見て目を輝かせた。


「この船で南に行けるんだね」


 ヒラクはかたわらのユピにうれしそうに言った。


「思っていたより小せぇや。よく揺れそうだなぁ」


 ハンスが言うと、ジークも安全性を危惧して表情を曇らせた。


「おお、来てる、来てる」


 港に船を見に来ていた三兄弟がヒラクたちの前に姿を見せた。

 一緒にキッドもいる。

 キッドは腕組みをして、あごを突き出し、尊大な態度で言う。


「いいか、これは俺様の船だ。さきがけキッド号と命名する」


「何だよ、先駆けって? 一隻しかない船だろうが」カイが言うと、


「しかもキッド号って……」クウもあきれたように言い、


「まあ、さきがけ号とでも呼ぶか」リクも子どもの機嫌を取るように言った。


「うるさい、うるさい、黙れおまえら! 俺様が船長だ。俺様の決めたことは絶対だ。おまえも」キッドはヒラクを見た。「俺のことはキッド船長と呼べよ」


「キッド船長」


 言われたとおりにヒラクは呼んだ。

 キッドは思わずうれしそうに口元をゆるめたが、すぐに表情をひきしめる。


「俺様の船に乗る以上、しっかり働いてもらうからな。そっちのお姫さまもだぜ」


 キッドはユピを見て言った。


「そんな生っちろい顔した奴に船での仕事が務まるかってんだ。俺はお客扱いなんてしないぜ。何もできないならせめて掃除ぐらいのことはやってもらうからな」


 ユピは戸惑ったように目を伏せた。

 ヒラクがかばうように言う。


「おれが二人分働くよ。掃除もするし他のことも何でもやる。だからユピは何もしなくていいってことにしてよ」


 ヒラクの言葉にキッドは憤る。


「ふざけるな! 二人分働くだって? おまえに何ができるんだよ。ロープを結ぶことだってできないくせに」


「やってみなくちゃわからないじゃないか」


「簡単に言うなって言ってんだよ!」


 キッドが顔を真っ赤にして怒るのを見て、ヒラクはあることに気がついた。


「そういやさ、キッド、髪の色少し変わってない?」


 キッドの鮮やかな緑の髪はやや黄ばんだようになっていて、部分的に赤みも差していた。

 キッドは一瞬ぎくりとした顔をしたかと思うと、ヒラクをにらみつけ、ますます顔を赤くして怒りだす。


「うるさい、うるさい、うるさーい!」


 キッドはその場で地団太を踏んでわめいた。


「おれと勝負しろ! おれに勝ったら、少しはおまえにも何かできるかもしれないって認めてやるよ」


「勝負? 何するの?」


 ヒラクはまるで遊びにでも誘われたかのように目を輝かせる。

 キッドは目の前の船のメインマストの頂上部にある見張り台を指さした。


「あそこに早くたどりついた方が勝ちだ。行くぜ」


 そう言うや、キッドは船に飛び乗った。

 ヒラクもすぐさま後に続いた。


 キッドは格子のようにロープを結んだ縄ばしごをするすると上がっていく。

 ヒラクは真下からキッドを追う。体重をかければ足場がきしみ、体を引き上げようとする手には固い棕櫚(しゅろ)のロープがくいこむ。

 ヒラクはもがくように手足を動かしながら上を目指す。

 追い上げられる焦りと足場が揺れる不安定さに苛立ちながらキッドが叫ぶ。


「この野郎、そんなに揺さぶるなってんだ。危ねーだろ」


 キッドは下を見て言うが、ヒラクの姿はすでにそこになかった。

 見ればいつの間にか隣の位置まで上がってきていて得意げに笑っている。

 不意をつかれて驚いたキッドは、足をすべらせた上に、ロープをつかみそこねた。


「危ない!」


 ヒラクはとっさにキッドの服をつかんだ。

 片手でロープにつかまる手は、支える体の重みを痛みで伝える。

 その痛みをさらに刻みつけるようにヒラクはロープを握る手に力を込めた。

 キッドをつかんでいる方の手の指先から力が逃げる。

 つかんだキッドのシャツは今にも破けそうだ。

 かなりの高所である。

 甲板を小さく見下ろしながら、キッドの気が遠くなる。


「ヒラク! もう少しこらえてくれ」


 下からリクが叫ぶ。

 ロープに振動が伝わり、カイがよじのぼってくるのが見える。

 クウも甲板に立っている。いざとなったら落ちてくるキッドを体で受け止める気だ。

 だがカイがたどりつくまで何とかヒラクは持ちこたえた。

 そしてキッドの体をカイにあずけるとほっと息を吐いた。

 カイは携えていた縄で、気絶したキッドの体を自分の前に固定すると、ほとんどロープにしがみつくことなく、跳ねるようにしてあっというまに下まで下りた。

 ヒラクも続いて甲板に下りていく。


「そこで何をやっている!」


 いつのまにかできていた人垣を蹴散らす鋭い声がした。

 船着場にはグレイシャが立っていた。

 隣には、アニーとセーラの姿もある。

 三兄弟はあわててキッドを抱えて船着場に上がった。

 セーラは気を失っているキッドに駆け寄る。


「何やってるのよ、キッド。またとんでもない無茶して。ほんとバカなんだから」


 不安と心配の入り混じる表情で、セーラはキッドの頬を軽く打つ。

 キッドはすぐに気を取り戻した。そしてすぐには自分がどこにいるかもわからないような状態で、ぼんやりとセーラの顔を見る。


「何でおまえがこんなところに……っていうかここはどこだ?」


「気がついた?」


 ヒラクはひょいっとキッドの顔をのぞきこんだ。


「おれと勝負するって言って、船の高いところに上ったら落ちそうになって気を失ったんだよ」


 ヒラクが周囲に聞こえるぐらいの大きな声ではきはきと言うのを聞いて、キッドは恥ずかしいやら悔しいやらで顔を真っ赤にした。


「こんな大勢の前で俺のことを馬鹿にしやがって……ただで済むと思うなよ……いてっ」


 ヒラクにかみつくキッドの頭をセーラが後ろから叩いた。


「何言ってるの。ヒラクがいなけりゃどうなってたか。危ないところを助けてもらったのよ」


「命の恩人ってわけよねぇ」


 そう言ったのはアニーだ。

 そしてキッドはアニーの隣にいるグレイシャに初めて気がついた。

 グレイシャは険しい顔つきでキッドをにらみつけている。

 キッドは赤くなっていた顔を青くした。


「キッド、しばらくアニーのところでおとなしくしてな。浮かれた心を静めるまで、港への出入りは禁止だ」


 グレイシャはそれだけ言うと、身をひるがえしてその場を後にした。

 それまで静まり返っていた人々が、急に動きを取り戻したかのように散り散りになり、港は再び人声で活気づいた。


「それじゃ、帰ろっかぁ」


 アニーは手に持っていた小瓶の酒を飲み干して言った。

 セーラは、ふてくされて座り込んだままのキッドを叱りながら、その場に立たせようとした。


「あんたたちも来るぅ?」


 アニーがヒラクとユピに言う。

 ヒラクはジークとハンスにも声を掛けた。


「ジークたちも一緒に行く?」


 その誘いにハンスはすぐに乗ったが、ジークは難しい顔をして、悩んだ末についてきた。


 ヒラクたちは、帆と櫂で操る小さな船で海岸に沿って移動した

 船の上でユピはヒラクの手を見て顔色を変えた。

 手のひらの皮が裂けて血がにじんでいる。


「ヒラク……こんな無茶して……」


「だいじょうぶだよ。なめときゃ治る」


 ヒラクはユピに明るく言って、焼けつくような痛みに耐えていた。


「そういうのを繰り返してだんだん皮膚が厚くなってくるんだよ」


 索具を操りながらカイが言う。


「それでも綱を結んだり帆布をたたんだりの繰り返しで、固い爪や指は裂けて血がにじむ」


「吹きっさらしの濡れた甲板の上じゃ常にはだしだし、足の裏まで固くなるんだ」


 (オール)を持ちながらクウが言った。


 ヒラクはカイのごつごつとした手とクウの傷だらけの足を交互に見てその言葉に納得した。


「まあ、でもヒラクはなかなか素質があるよ。その手の傷も海の男としての第一歩ってことだ」


 リクが言うと、カイもクウも明るくさっぱりと笑った。

 ヒラクも一緒に笑ったが、ユピはつらそうな声で言う。


「ヒラク、いい加減に自分が女の子だってことを自覚して。君が傷を作るたびに、僕はつらくてたまらなくなる」


「ごめん、ユピ。おれ、ユピをつらくしようなんて思ってないよ」


「おい!」


 突然キッドが叫んだ。


「誰が女だって?」


 三兄弟も笑うのをぴたりと止めてヒラクを注視している。

   

「勾玉主様は女性だ。海の男などと、無礼な言い方はひかえてもらおう」


 ジークが言うと、ハンスも横でうなずいた。


「おいらも時々忘れちまうが、どうやら正真正銘女の子ってことらしい」


 アニーもセーラも驚いていたが、一番衝撃を受けているのはキッドのようだった。

 それからアニーの家に着くまで、キッドは混乱した表情のまま黙り込んでいた。


            



ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。かつて黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指す。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。目的は不明だが、ヒラクに対して強い執着がある。


キッド……ヒラクと同じ緑の髪をした少年。海賊島の女統領グレイシャの一人息子。母親のことは苦手。過去の因縁から南海域に行きたいという想いが強い。


リク……海賊島の若い海賊。三兄弟の長男。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……三兄弟の次男。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……三兄弟の三男。バンダナの色は青。クールで人のことに興味がない。


セーラ……三兄弟の妹。母アニーに代わり家事の一切を取り仕切り、妹マリーナの面倒もみている。


アニー……・三兄弟の母。島の連絡手段である白羽鳥の管理者。酒飲みで昼夜問わず酔っ払っている。五人の子供の父親はそれぞれ誰かはっきりしない。


グレイシャ……海賊島の統領。ルミネスキ女王からも一目置かれた存在。

かつて中海を支配した伝説の海賊であった夫が生きていた頃はその船の戦闘員だった。亡き夫との間に生まれたのがキッドである。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。誇り高い戦士であるため、野卑で粗野な海賊たちのことを快く思っていない。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。もともと港の人夫として神帝国に潜入していたことと調子の良さで海賊たちとは打ち解けやすい。


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