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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
28/83

海賊島

(前回までのあらすじ)

マダム・ヤンと共に港に出たヒラクとユピ。そこでユピは大男にさらわれてしまう。追いかけたヒラクは海賊島に向かう船に乗り込んでしまう。彼らの目的は勾玉主をさらうことだった。そしてユピを勾玉主と間違えたのだ。そして出港した船を茫然と見送る少年を見て、ジークたちはヒラクと間違える。その少年もヒラクと同じ鮮やかな緑色の髪をしていた。少年は、海賊島のキッドと呼ばれていた。


 中海に浮かぶ無人島を経由して、途中五泊し、ヒラクたちを乗せた船が海賊島に着いたのは、ルミネスキの港を出発して六日目の午後のことだった。


 ここに至るまで、年の近い若者たちとの船の旅はヒラクにとっては楽しいもので、自分がさらわれたことなどもすっかり忘れ、今やすっかり仲間のように海賊たちに打ち解けていた。


 やがて目的地である海賊島が水平線に形を成して見えてきた。

 

 海賊島と呼ばれる島は、それまでヒラクたちが経由してきた島のどこよりも大きな島で、港には多くの船がたまっていた。

 緑の木々におおわれた丘のすき間に白壁の家々が見える。

 紺碧の空を映すような青い海には白い波が立つ。

 波は穏やかで、風はさらりとさわやかだ。


「おい、あれ……」


「やべぇ。ばれたか」


「ちっ、めんどくせーな」


 リクとカイとクウは甲板の先に立ち、同じ顔を並べて言った。


 港の桟橋の先で、スカートのすそを風になびかせて、仁王立ちで船をにらみつける少女の姿が見える。


 リクたちは船を迂回させたが、少女は桟橋から陸に引き返して船を追った。


 多くの船に紛らわせようと思っても、少女の目はごまかせず、船が着岸した場所に、まもなく少女はやってきた。


「リク兄、カイ兄、クウ兄! 降りてきなさいよ。キッドもよ!」


 にやにやと笑いながらぞろぞろと降りてくる若者たちには目もくれず、腕組みしたまま少女は船を見上げている。

 しかたなく、リクたちは船から降りた。

 三人の間にはヒラクとユピもいる。


 船を下りた途端、ユピはへなへなとその場に力なく座りこんだ。

 ユピの顔は青ざめていた。


 リクたちの船は大きな帆に風を受けて速度をあげて快走し、甲板が勢いよく上下しようが揺れようがまるでおかまいなしで、若者たちはかえってそれを喜んでいるところがあった。

 しかし、ユピにとっては拷問で、ここまで立ち寄った島でも食事も睡眠もとれないほどの船酔いを味合わされていた。


「ユピ、大丈夫?」


 ヒラクはユピを助け起こそうとする。

 少女はそんなヒラクの腕をいきなりつかんだ。


「キッド、今度は何したの? また何かとんでもないことしたんでしょう」


 まるで悪さをした子どもをしかりつけるような口調だが、少女はヒラクと同じぐらいの年頃だ。

 肩につく赤銅色の髪に太いヘアバンドをして額を出している少女は、利発そうなくっきりとした眉が印象的だ。そして鼻から頬骨のあたりにかけてそばかすがちらばっている。

 その少女の茶色の明るい瞳はヒラクの顔を見て大きく見開かれた。


「誰? キッドじゃないじゃない。どういうことなの?」


 混乱する少女を取り囲んでリクたちが言う。


「いやぁ、キッドだよ」


「キッドだよなぁ」


「うん、どっから見てもキッドだ」


 少女はリクたちをにらみつけた。


「バカ言わないで。どっからどう見てもちがうでしょ! でもそれより……」


 少女はその場に座り込むユピを見た。


「その人、ひどく気分が悪そうだわ。さらってきたにしても何にしてもこのまま見過ごせない。とにかくうちまで運んで」


 少女はきびきびとした口調でリクたちに言った。


「いやぁ、でも俺たち今はまだ家には帰れないというか帰りたくないというか……」とリクは困ったように笑い、


「俺の帰りを待ちわびる女の子たちに顔見せてこねーと……」とカイは目を泳がせ、


「帰ったらめんどくせーことになる」とクウは淡々と言った。


「だいじょうぶよ」


 少女は三人の言葉を笑顔でぴしゃりとはねつける。


「もう全部母さんにばれてるわ。そんなことより今やるべきことをやって」


 三人はそれ以上言い訳するのはやめて、しぶしぶユピとヒラクを連れて、自分たちの家に戻ることにした。


 リクはユピを背負い、カイはヒラクと並んで歩く。

 少女はだらだらとついてくるクウの尻を叩くようにして歩かせる。

 そんな少女をちらりと振り返り、ヒラクはカイに尋ねる。


「あの子、誰?」


「妹のセーラだよ。あいつにみつかったらもう最後。家までおとなしく連行されていくしかねぇってわけ」


「ふうん」


 浜辺を歩きながら、ヒラクはどこかのんびりとした気分だった。

 強い日差しの下、木陰で昼寝する老人もいれば、波打ち際で無邪気に駆け回る子どもたちと犬の姿も見られる。

 波は白く、遠くに向かって海の青は変化して、美しいグラデーションを描いている。

 くちばしまで白い鳥があちこちに多く見られる。

 ヒラクたちが向かう先まで案内するように白い鳥たちが飛んでいく。


 岩場を上ると海に突き出た場所に漆喰の白壁の家が建っていた。


 まるで自分たちの巣であるかのように、浜辺で見た白い鳥が集っている。

 鳥たちはその家の窓から自由に出入りしていた。


 家の前で小さな女の子が鳥をつかまえようと追い掛け回している姿が見られる。

 鳥たちは羽を閉じたまま、小刻みに足を動かして逃げる。

 女の子は鳥たちにあしらわれながらも、楽しそうに追いかけていた。


「マリーナ、帰ったぞー」


 リクは、細い目を一層細めて女の子に声をかけた。

 女の子はうれしそうに駆け寄ってリクに飛びついた。


「おかえりなさーい。お兄ちゃん、それ、おみやげ? ねえ、おみやげ?」


 マリーナと呼ばれた女の子は、リクの足にまとわりつきながら、きらきらとした大きな瞳で背負われているユピを見上げた。


「おみやげじゃなくて病人だよ。それに人間はおみやげとは言わないの。わかる?」


「リクがいつも甘やかすから、なんでももらえるって思ってんだよ」


 あきれたようにカイが言うと、リクは頬をゆるめて笑い、マリーナもつられて笑った。


 家の中に入ると、赤毛の女が、白木のテーブルの上に突っ伏して寝ていた。

 テーブルの上には空いた酒瓶が何本も転がっている。

 女の足元にいる鳥たちは、テーブルからこぼれおちた炒り豆を取り合うようについばんでいた。


「母さん、何度言ったらわかるの? 鳥たちを中にいれないで。家の中がフンだらけになるじゃない」


 セーラは家の中に入ってくるなり鋭い声で言った。

 その声で、赤毛の女がむくりと顔を上げた。

 縮れた赤毛は爆発したように方々に広がり、襟足から長く伸びた髪だけが細い三つ編みでまとめられている。太い眉にそばかすいっぱいの顔はセーラと似ているが、だらしなく開いた口やたるんだ頬や眠そうな目はまったく似ても似つかない。女は怒り顔のセーラを見て口元をゆるめて笑う。


「おかえりぃ」


 そして女はリクたちを順番に見た。

 三人はそれぞれに目をそらす。

 そして女はとろんとした目でヒラクを見た。そしてへらっと笑って言う。


「あれぇ、キッド、なんか印象ちがわない? 数日見なかったから、母さん顔も忘れちゃったぁ」


「バカ言わないでよ、母さん。どこからどう見てもキッドじゃないじゃないの。それよりこっちの病人にも気がついてよ。上の部屋に寝かせるからね」


 セーラはそう言って、リクをひっぱって二階にユピを運ばせた。

 その場に残ったカイ、クウ、ヒラクに女は言う。


「ま、座りなさいよ。飲みなおし、飲みなおしぃ」


 女はゆらりと立ち上がり、新しい酒を用意した。


 セーラはユピを二階の部屋で休ませると、外に干していた洗濯物を取り込み、鳥たちを追い払って床を掃除した。

 そしてマリーナに手伝わせて夕食の準備にとりかかった。


 オリーブオイルとニンニクの香ばしい匂いがして、ヒラクのおなかが音を立てて鳴った。


 リクたちは無言で赤毛の女の酒の相手をしていた。

 赤毛の女の名前はアニーといって、リクたちの母親だという。

 ヒラクがキッドではないと知っても、さほど気にするふうもなく、明るく気さくに接してきた。


 夕食後、夜も九時を回った頃、ようやく日が暮れかけてきた。

 アニーが眠たそうにしていたのは、酒に酔っていたからではなく、寝起きで目が覚めていなかったせいだ。


 夜が更けるほどアニーは饒舌になった。


 だが肝心の話はまだで、リク、カイ、クウは、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えたような落ち着かない気分でいた。

 そんな三人の様子を見てアニーは楽しんでいた。


「沈黙は何よりの裁きなり、ってね」


 アニーはにやりと笑ってコップの酒を飲み干した。


「後ろめたさを感じながら飲む酒は、鉛のような味わいでしょう?」


「はい、もう十分味わいました」


「俺たちが悪かったよ」


「めんどくせー真似するなよな」


 三人の息子たちは同時に重いためいきを吐いた。


「じゃあそろそろ言わせてもらうけどぉ、あんたたちぃ、白羽鳥の文書を一つ盗んだね」


 アニーが言うことを三人はあっさりと認めた。


 白羽鳥というのはアニーの家の前に群がっていたくちばしまで白い海鳥のことだ。

 この鳥は、中海にちらばった海賊たちの通信手段として使われている。

 どの地で離されても必ず海賊島に戻ってくる白羽鳥は、足に文書を携えて、各地の情報を集めてくる。 たいてい同じ内容が数羽の鳥に託され、同色の紐を結びつけた鳥がまとめて空に放たれる。

 文書を携えた鳥を管理するのがアニーの仕事だった。


「三年前、呪いにかけられてから、キッドがすがるように情報を集めていたのは知ってるよ。まあ、大したネタもなかったしぃ、同情して見て見ぬふりもしてやったけどさ。ルミネスキの女王からの伝書となれば話は別。見過ごすわけにはいかないねぇ」


 アニーはとろんとした目で三人の息子たちを見ているが、その口調は厳しいものだった。


「わかったよ、全部言うよ」


 カイが言うと、同意するようにクウがため息をもらす。

そして代表してリクが話しはじめた。


「女王の伝書には、『勾玉主』と名乗る客を海賊島に迎え入れて、南の多島海まで案内するようにって書いてあった。それに便乗してキッドは南に行くことを考えたんだ」


「南に? 懲りない子だねぇ」


 アニーはあきれたように言った。


「南海域に勝手に出掛けてあんな目にあって以来、キッドは二度と同じことはしないと頭領の前で誓わされた。だから強行手段に出たのさ」


 カイが言うと、アニーは納得したようにうなずきながら、コップに酒を注ぎ足した。


「なるほどねぇ。勾玉主を盾に南へ向かうことを認めさせようとしたわけねぇ」


「だけど肝心のキッドがいなきゃなぁ。俺たちただつきあわされただけなのにさ。これじゃ勾玉主をただ拉致してきたってだけになっちまう」


 クウはげんなりして言った。


「それはたいへんねぇ。グレイシャの命を受けて、三日前にルミネスキの港に向けて迎えの船が出たばっかりよぉ。なのに勾玉主はいないとなれば、ちょっとした騒ぎねぇ」


「わかってんなら、母ちゃん、なんとかしてくれよ」


 カイは情けない声で言う。


「無理。もうグレイシャにばれちゃった」


「えっ!」


三人はぎょっとして同時に叫んだ。


「あたしが言った」アニーはへらっと笑って言う。「伝書が足りないこと、あんたたちの船がなくなってること、数日家を留守にしていること。全部ほんとのことじゃなぁい」


「それで頭領は何て?」


 リクは平静を取り戻して聞いた。


「キッドが帰ってきたら、すぐ自分のところへよこすようにだってぇ。でもキッドはいないし困ったねぇ。代わりにあんたたちが行ってくればぁ?」


「俺たちが? 行ってどうしろっていうんだよ」


 カイは怖気たように顔をひきつらせて笑う。


「謝っちゃえばぁ? 頭領を出し抜いてごめんなさいってさぁ」


 他人事のように言うアニーにカイは憤る。


「ふざけるなよ。頭領にそんなこと言ってただで済むと思うのか? 大体それでも母親かよ。俺たちがどうなってもいいのかよ」


「いくら本当のことでも、せめて俺たちが帰ってくるまでは頭領には黙っていてほしかったよな」


 カイの隣でリクは頭を抱えこみ、


「ごまかしてくれるとかさ」


 クウも疲れたようにためいきを吐く。


「だってぇ、母さん、グレイシャの味方だもぉん。愛する人に嘘はつけないわぁ」


 三兄弟はもはや何も言う気が起きず、がっくりと肩を落としてうなだれた。


「……あのさ、おれに行かせてくれないかな」


 先ほどから話を聞いていたヒラクが言った。


「よくわかんないけど、グレイシャって人に会えるんでしょう? だったらおれに行かせてよ。おれ、その人に会うためにここまで来たんだ」


「そっかぁ。あんたが『勾玉主』ってやつだもんねぇ。手っ取り早くていいんじゃなぁい。どうせ会わなきゃないんだしぃ」


 アニーは軽くそう言って、酒瓶の酒を飲み干した。


「キッドがいないのにそんなことしちゃっていいのかなぁ」


 リクは腕組みして考え込むが、渡りに船とばかりにカイが言う。


「いいんじゃねぇの? そしたら俺たち行かなくてすむじゃん」


「うん、それがいい、それがいい」


 クウも大いに賛成する。


「グレイシャって人はどこにいるの?」


 ヒラクはすぐにも行こうとするかのように言った。


「明日あたしが連れてってあげるわよ」


 アニーはそう言いながら、じろじろとヒラクを見た。


「ふぅん、それにしても、キッドと似ているのは髪の色だけなのねぇ。ねぇねぇ、どうせならキッドの服着せちゃおうか? グレイシャもだまされちゃったりしてぇ」


「あー、それいいねぇ」


「おもしろいじゃん」


 アニーの言葉に三兄弟は盛り上がる。

 頭領であるグレイシャの前に引き出されるのは免れたと、すっかり気分を楽にしていた。


「うるさいわね! マリーナが目を覚ましちゃうわ。病人だっているのよ。静かにして!」


 食後の後片付けを終えたセーラは台所から戻ってくるやアニーと三兄弟を叱りつけた。


 夜もすっかり更けていた。

 ヒラクはユピのいる二階の部屋で休ませてもらうことにした。

 ユピのかたわらに体をそっと横たえると、静かな寝息に安堵して、ヒラクはすぐ眠りについた。


 海賊島の統領グレイシャとは何者か?

 ヒラクは明日を待ちわびた。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。かつて黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指す。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。目的は不明だが、ヒラクに対して強い執着がある。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。誇り高い戦士であるため、野卑で粗野な海賊たちのことを快く思っていない。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。もともと港の人夫として神帝国に潜入していたことと調子の良さで海賊たちとは打ち解けやすい。


リク……ヒラクをさらった海賊島の若い海賊。バンダナの色は黄色。温厚で面倒見がよい。


カイ……リクと同じ顔をした若い海賊。バンダナの色は赤。気が荒くけんかっ早い。


クウ……リク、カイと同じ顔をした若い海賊。クールで人のことに興味がない。


キッド……ヒラクと同じ緑の髪をした海賊島の少年。ヒラクがキッドに間違われたことで、リクたちの船に置いていかれて海賊島に戻れなくなる。


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