表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
27/83

緑の髪の少年

(前回までのあらすじ)

女王が手配した海賊たちの船で湖沼地帯を抜け中海の沿岸にまで来たヒラクたちは、港に並ぶ酒場の一つで一夜を明かす。そこはマダム・ヤンと呼ばれる面倒見のいい中年女性が娘たちと切り盛りする店だった。そこでヒラクは海賊島の話を聞く。南多島海に出るにはまず海賊島で船を調達しなければならない。そしてその海賊島をおさめるのがグレイシャで、ここらあたりの海賊はすべてグレイシャの管轄下にあるということをヒラクはマダム・ヤンから聞いた。次のヒラクの目的は海賊島に行きグレイシャに会うことだ。


 翌朝、ヒラクが目を覚ますと、マダム・ヤンの三人の娘たちは化粧も落とさず、布の仕切りの向こうで眠っていた。ヒラクにベッドを取られた娘も床に重なる服の上で丸まって寝ている。


ヒラクはすでに起きていたユピと一緒に階下の店に下りた。


 店の中は酔っ払いたちの体から染み出す酒のにおいでむせかえるようだった。

 マダム・ヤンは一人で床に散らばるブリキのコップを拾い集めていた。


「おばさん、おはよう」


ヒラクは明るく声を掛けた。


「ああ、おはよう。目が覚めたんなら、あんたらもちょっと手伝っておくれ。後始末が住んだら一緒に船を見に行けるさね」


 マダム・ヤンはそう言って、ヒラクたちに汚れたコップや皿を集めさせた。

 海賊たちは折り重なるようにして店のあちこちで寝ている。

 その中にはハンスもいた。最後まで海賊たちを飲み比べをして最後の一人に勝ったところで、気を失っ たように寝込んでしまったのはつい先ほどだ。 


「あれ? ジークは?」


ヒラクはマダム・ヤンに尋ねた。


「港の様子を見に行ったよ」


「えーっ、おれも行きたい! 連れてってよ」


「すぐに戻るさね。待ちながら、腹ごしらえでもするさね」


マダム・ヤンはそう言うが、ヒラクはすぐにも飛び出して行ってしまいそうな勢いだ。


「待つようにって言われているってのに、しょうがないねぇ……。ちょっと待つさね。出かける準備をするから」


「いいの?」ヒラクは顔を輝かせる。


「勝手に行かれるよりましさね。それにどうせ狭い港さ。すぐにも向こうで会えるさね」


 マダム・ヤンはそう言って、準備を済ませるとヒラクとユピを連れて店を出た。


            ☆


 外はよく晴れていた。

 空の青を映すかのように海は鮮やかな青碧色で、白い岩場との対比がさわやかな印象を与える。

 海沿いにあるこの町は、ルミネスキの城の周辺よりも温暖で、雪解けの春から一気にさわやかな初夏を迎えたような気候だった。

 ヒラクが着ていた腰丈のケープはもう必要もない。

 半袖のチュニック一枚でちょうどいいぐらいの気温だ。


 ヒラクは岩場の高所に立つと、海に向かって両腕を広げて深く息を吸い込んだ。

 海から吹く風に潮の香りはなく、さらりと肌の上をすべるようだった。


「ここで朝食にするさね」


 マダム・ヤンはヒラクに追いついてくると、手に持っていたバスケットを開けた。

 そしてかたわらにいたユピに敷物を広げさせた。

 マダム・ヤンはヒラクとユピを敷物の上に座らせると、棒状のパンに縦に切り込みを入れて、ゆでたエビとアボガドとタマネギを挟み、酸味のあるソースをかけて手渡した。

 ヒラクは、挟めた具材をあふれさせながら、歯ごたえのあるパリッとしたパンをおいしそうにほおばった。


 波の音と海鳥の声が眼前の海のきらめきの中に吸い込まれていく。


「酒臭い店で食べるより外の方がずっといいさね。景色だけで数倍おいしくなる」


 マダム・ヤンの言葉にヒラクは口の中をいっぱいにしてうなずいた。

 久しぶりに味わう明るく開放的な気分だ。

 陰湿で薄暗いルミネスキ城とはまるでちがう世界だった。


 ヒラクとは対照的に、ユピは明るい日差しを避けるように手でひさしを作り、まぶしそうに目を伏せた。

 

 マダム・ヤンは立ち上がり、船着場の船を眺めた。


「見慣れない船があるね」


 マダム・ヤンはそう言うと、ヒラクたちを連れて船着場へ向かった。


            ☆


 マダム・ヤンが言っていた船は三本マストの先にそれぞれ赤、青、黄色の細い旗を先端になびかせ、緑の帆をたたんでいた。

 船首楼と船尾楼は低く、船腹が広い。

 小型ではあるが帆走性能は高いだろうことをマダム・ヤンは見て取った。


「拿捕した船とはちがうさね。こいつは商船なんかじゃない。速さと攻撃を重視して作られた快速帆船さ」


 マダム・ヤンは一人で船に近づいていき、船員に声を掛けた。

 頭に赤い布を巻いた目の細い日焼けした青年がマダム・ヤンの呼びかけに応じて甲板から降りてきた。

 マダム・ヤンが思ったとおり、その船は海賊島から来た船だった。


「せっかく船をみつけたってのに、あんたの連れはどこに行ってるのかね」


 マダム・ヤンがそう言うと、すぐにでも海賊島に行きたいヒラクは、ジークを探すために駆け出した。


「おれ、ジークを探してくるよ」


「お待ち! そんなに走ると転ぶさね」


 マダム・ヤンはヒラクに言うが、すでにヒラクの姿は小さくなっている。

 後を追うユピもすっかりヒラクを見失ってしまった。

 マダム・ヤンの注意ははるか前方に向いている。

 先ほど声をかけた船の船員たちが後ろからつけてきていることにも気づかない。


            ☆


 ヒラクは掘っ立て小屋が軒を連ねて並ぶ場所まで来て足を止めた。

 小屋では衣服や野菜や宝飾品など、雑多に様々な物が売られ、この地に住みつく女たちやそれをひやかしにくる男たちでにぎわっていた。

 ヒラクは興味深げに一軒一軒小屋の中をのぞいていく。


 マダム・ヤンより先にヒラクをみつけたユピは、ヒラクを呼んで手を振った。

 すぐにヒラクは気がついて、ユピがどこにいるかを確かめようとした。

 だが次の瞬間、ヒラクの目が捉えたユピの銀色の髪は、人ごみに紛れて忽然と消えた。


「ユピ!」


 ヒラクはすぐに異変を察知して、人をかきわけながらユピがいた場所まで走った。

 大男がぐったりとしたユピを肩に乗せて走り去っていく。

 二人の若者が一緒に船着場の方に向かって走った。

 赤い布を頭に巻きつけた細目で背の高い青年はその場に残り、あたりをきょろきょろと見回す。

 そして走ってくるヒラクに気がつくと、手招きして大声で呼んだ。


「こっちだ。早くしろ」


 赤布を頭に巻いた背の高い青年は走り出した。


 ヒラクは全速力で追いかけた。


 ユピをさらった若者たちは、船着場に駆け戻ると、自分たちの船に急いで乗り込んだ。

 船で待っていた仲間はすでに出港の準備をしている。

 今にも動き出そうとする船を見て、ヒラクは息を切らして叫んだ。


「行かせるか! 待て!」


「おまえがもたもたしてるからだぞ」


 目の前を走る青年が大声でヒラクに言った。

 そして青年とヒラクはほとんど同時に船に乗り込んだ。

 ヒラクの息が整う間もなく、船は船着場を離れた。


 ヒラクは甲板の上を見回し、ユピの姿を探した。

 そして船べりで横たわるユピをみつけると、ヒラクは血相を変えて駆け寄った。


「ユピ、しっかりして!」


 そのとき、船が大きく揺れた。


 甲板上の若者たちは索具を動かし、桁の向きを調整して緑と白の横縞の派手な三角帆に風をふくませる。


 みるみる船は速度を上げて、海面を滑るように走りだした。


 男たちは歓声に沸き、マストに上っていた若者たちも甲板に降りてきて、互いに手を叩き合った。


「うまいこといったな!」


「やったぜ、船長」


「祝杯だ」


 海賊たちが大声を上げながらヒラクたちに近づいてきた。

 そしてヒラクの顔を見るや、若者たちはいっせいに言葉を失い、口をぽかんと開けたまま、間抜けな顔を横に並べた。


「カイ、これってどういうこと?」


 青い布を頭に巻いた背の高い青年が言った。

 カイと呼ばれたのは、ヒラクが追いかけてきた赤布を頭に巻いた青年だ。

 細目で面長の顔をした二人はよく似ているが、荒っぽいが陽気で明るい印象のカイに対し、青布の青年は、どこかけだるげで何事にも無関心といった雰囲気だ。


「何こいつ?」


「知らねーよ。こいつが勝手に船に乗ってきたんだ」


 カイは青布の青年をにらみつけ、大声をあげて言った。


「で? キッドはどこ?」


 青布を頭に巻いた青年が淡々とした口調で尋ねると、似たような顔をしたもう一人が近づいてきてのんきに言った。


「もしかして置いてきたんじゃないのか?」


 そう言ったのは頭に黄色い布を巻いた青年だ。

 布の色分けがなければ見分けがつかないほど、三人は三つ子のようによく似ていた。

 のんびりした様子の黄布の青年の横で赤布の青年は顔色を変えてあわてふためく。


「やべー、すぐ戻んねーと!」


「戻るならカイ一人で戻れよ」


 青布の青年がめんどくさそうに言うと、赤布のカイは怒って言い返した。


「なんだと、クウ、この野郎。おまえが行くのめんどくせぇって言うから俺が行ったんだぞ」


「言ってねーし」


「言ってるようなもんだったろうが」


「知らねーよ」


 クウと呼ばれた青布の青年は、うるさそうに耳の穴をほじってあくびをした。


 黄色い布を頭に巻いた青年は、カイとクウを無視してじっとヒラクを見ている。

 他の二人とよく似た切れ長の目は、笑っているようにも見える。

 穏やかな雰囲気の黄色い布の青年は、合点がいったようにうなずくとヒラクを指差しながら言う。


「とにかく、事実をまとめると、キッドは船に乗っていない。代わりにこいつがいる。どうやらキッドは港に置いてきたらしい。そういうことだ」


 甲板上の若者たちは首を上下に振ってうなずく。


「さすがリクの兄貴。俺でもよくわかったぜ」


「俺も」


「俺も」


 リクと呼ばれた黄色い布の青年は、甲板上の若者たちにかみくだくように説明しながら、今度はユピに目を向けた。


「で、キッドは置いてきたけど、とりあえずこの勾玉主は手に入れた。そういうことだ」


 リクがユピを指差すと、ヒラクはその手を払いのけて言った。


「ユピは勾玉主じゃない。勾玉主はおれだ!」


 リクは少し黙って考えると、改めてユピを指差して話しはじめた。


「事実をまとめると、俺たちがさらってきたのは勾玉主じゃない。でも勾玉主もついてきた。どちらにしても勾玉主強奪は成功。ただ首謀者のキッドがここにいない。そういうことだ」


「そんなことより、置いてきたキッドはどうするんだよ」


 カイは苛立ち、のんびりとした様子のリクを怒鳴りつけた。

 リクはまったく意に介さない様子で甲板上の全員に向かって言う。


「とにかく俺たちは島に帰ろう。勾玉主を追ってキッドも戻ってくるさ」


「それがいいや。探しに行くより待つ方がめんどくさくねぇもんな」


 クウはそう言うと生あくびで甲板の下に降りていった。

 若者たちもその場を離れていく。


 カイは、気を失ったままのユピの顔をのぞきこむ。

 ヒラクが間に入ってカイをにらみつけた。

 カイは首をすくめて言う。


「別にとって食いやしないって。いくら上玉でも女じゃなきゃ興味ねーよ。そいつ、男だろう?」


「……そうだけど」


 ヒラクの言葉にカイはあからさまにがっかりした顔をする。


「あーあ、やっぱりか。ちぇっ。どうせさらってくるなら、若い女の一人や二人かっさらってくりゃよかったぜ」


「ひっかかれて、ひっぱたかれて、逃げられるのがオチだろうな」


 隣でリクがおっとりとした口調で言う。


 軽薄だが親しみやすさのあるカイと温厚そうなリクに対してヒラクは警戒心をやわらげた。


「ねえ、この船どこに行くの?」


 ヒラクが尋ねると、カイはまだがっかりした表情で投げやりに答える。


「俺たちの島だよ」


 カイの言葉にリクが付け足す。


「海賊島って呼ばれてる」


「本当? おれたちそこに行きたかったんだ」


「知ってるさ。南に行くための船が必要なんだろう?」


 リクが言うと、ヒラクは今自分が置かれている状況も忘れて顔を輝かせる。


「うん。おれ、南に行きたいんだ」


「おまえが俺たちに協力すれば、船は南にすぐ出るぜ」


 そう言ってカイはにやりと笑った。

 細い切れ長の目は、よく似た他の二人よりも鋭い。


「俺たちじゃなくてキッドにだろう?」


 リクがカイの言葉を訂正した。


「キッドって誰?」


 ヒラクは先ほどから出てくる名前が気になった。


「まあ、そのうち会えるだろうよ」


 そう言いながら、カイは指先でヒラクの髪をつまみあげた。


「ところで、おまえもやっぱり呪われてるわけ?」


 どこかで同じことを聞いたとヒラクは思った。


            ☆


 その頃、マダム・ヤンは、ジークとハンスと一緒に港一帯を駆け回ってヒラクとユピを捜していた。

 そして船着場まで戻ってくると、後悔と疲労がにじみ出る声でつぶやいた。


「これだけ捜していないんだ。間違いないさね。あの子たちはきっとあの船で連れて行かれたのさ」


「じゃあ海賊島に行ったってことかい? ところでそいつは本当に海賊島に行く船だったのかい?」


 ハンスはマダム・ヤンに聞き返した。マダム・ヤンは、三本マストの快速船が停泊していた場所に立ってじっと海の向こうを見ている。

 すでに日も暮れかけて、西の海は金色に輝いていた。


「私がそばを離れていたばかりにこんなことに……」


 ジークは握りしめたこぶしに力を込めて、やり場のない怒りに肩を震わせた。

 同情するようにマダム・ヤンはジークの肩に手を置いた。


「おい、あれ……」


 何かをみつけたハンスの視線の先を確かめようと、マダム・ヤンとジークが振り返った。

 人の往来も減った船着場に一人たたずむ子どもの姿が見える。

 子どもは肩を落して呆然と海を眺めている。

 夕闇の中、遠目にではあるが、その緑の髪の色を確認したジークは、子どものそばに駆け寄った。


「勾玉主様……?」


 ジークの声に振り返った緑の髪の子どもは、手の甲であわてて涙をぬぐった。


「ヒラクなのかい?」


 駆け寄ってきたマダム・ヤンは顔をよく見ようとするが、ハンスはすぐに気がついた。


「人違いだ。勾玉主じゃねぇや」


 緑の髪の子どもは涙目でハンスをにらみつけた。


「何が勾玉主だ、ちきしょう。そんなもんもう知るか! よくもあいつら、俺様を置いてきぼりに……」


 子どもは泣きそうになるのを必死にこらえているふうだった。

 アーモンド形のややつりあがった大きな瞳の色は赤褐色で、ヒラクの琥珀色の瞳とはちがう。

 緑色の髪は、肩先まであるヒラクの髪よりも短い。

 身長はヒラクと同じぐらいで、年も変わらないようだが、その声は、変声期を終えた少年のもので、別人であることはまちがいない。


「何者だ。勾玉主様になりすましてどういうつもりだ」


 ジークは少年の髪をひきつかんだ。


「いてぇ、何するんだよ」


 少年は大きな目をぎらりと光らせてジークをにらみつけた。


「おやめよ。この子はそんなんじゃないさね」


 マダム・ヤンがジークを止めた。そして改めて少年をじっと見て、確信を込めて言う。


「あんたが呪われているってうわさの海賊島のキッドだね」


 少年は、ぷいっと顔をそむけながらも、しっかりとうなずいた。



ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。かつて黄金王が手に入れたという神の証とされる鏡を求めて、勾玉の光が示す南を目指す。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。ヒラクが目指す鏡は神帝国では神託の鏡と呼ばれていることを知っているがヒラクには告げない。目的は不明だが、ヒラクに対して強い執着がある。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。誇り高い戦士であるため、野卑で粗野な海賊たちのことを快く思っていない。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。もともと港の人夫として神帝国に潜入していたことと調子の良さで海賊たちとは打ち解けやすい。


マダム・ヤン……中海に面したルミネスキの沿岸の湊町で酒場を営む女主人。娘たちと店を切り盛りしている。面倒見がよく多くの海賊たちに母親のように慕われている。海賊たちを取り仕切るグレイシャのことを尊敬している。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ