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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
南多島海編
25/83

海賊の港へ

(ルミネスキ編までのあらすじ)

 生まれ故郷のアノイがあるノルド大陸を離れ、世界の中心メーザ大陸へやってきたヒラクは、勾玉主を探すためにジークたち希求兵を派遣していたルミネスキ王国の女王に謁見する。

 ルミネスキはかつて月の女神を信仰する国だったが、太陽神である黄金王に支配され改宗させられた歴史がある。

 かつて勾玉の光に導かれてルミネスキにやってきた黄金王はそこで鏡を手に入れた。その鏡は真の神を映す鏡とされている。かつての月の女神の存在を身に宿す錬金術師マイラは、その鏡を手に入れるため、前世の記憶に囚われた女王を利用しようとする。女王以外にもかつての月の信仰者たちは前世の記憶に囚われて生きていた。ヒラクは彼らの過去の記憶に潜り込み、ルミネスキの歴史と真実を暴き、鏡の存在にまで行きつく。かつて勾玉の光に導かれて、鏡にまでたどりついた黄金王のように、ヒラクの勾玉もまた南に向けて光を放っていた。

 ただし、ユピは、鏡は神帝が「神託の鏡」として所持していることを女王に告げる。そして神帝を滅ぼすことを目的とする女王に自分が神帝に成り代わり、勾玉主であるヒラクを手中におさめて新しい王として君臨することを約束する。


 鏡は二つあるのか? ユピの思惑は何か?


 ヒラクは何も知らないまま、勾玉の導きに従い南多島海を目指す。

 ルミネスキ城を出てからすでに数時間が経過した。


 ヒラクたちは馬車を降り、雪解けの春を迎えた森の中を歩き続けた。

 ユピの足取りはすでに重く、時々ジークに背負われた。


 城周辺の森は希求兵たちの訓練の場だった。

 ジークとハンスにとっては庭のようなものだ。

 ジークは歩きなれた様子で黙々と歩くが、ハンスはなつかしそうにヒラクに訓練兵時代のことを話して聞かせた。


 森を南に抜けると湖があるという。

 それより先は希求兵たちの領域ではない。


 下草がまばらに生えた細い道に入るとジークの顔は強ばり、ハンスも昔話をぴたりとやめた。


 やがて森の木々は途切れ、目の前に湖が広がった。

 帆をたたんである一本マストの小船を係留した桟橋の上に頭にぼろ布を巻きつけた男たちが座り込んでいる。

 男たちはヒラクたちの姿を見ると、いっせいに酔っ払った目を向けて、遠慮なく上から下までじろじろと見た。

 ヒラクもまた興味深く男たちを見たが、ジークの背中に視界を遮られた。


「だんなぁ、待ちくたびれましたぜ。すっかり体が冷えちまった」


 酔っ払いの一人が両手をズボンの中につっこんで、前かがみでひょこひょこと桟橋の上を歩いてジークに近づいてきた。


「わざわざ迎えにきてやったってのに慰労の酒もなしですかい」


  男が言うと、ジークは眉間にしわを寄せて目を細める。


「まるでうじ虫でも見るような目だなぁ。見たところ、あんたもルミネスキ兵の一人だろう? 仲良くやりましょうぜ。同じ女王の兵士としてさぁ」


「おまえたち海賊と一緒にするな」


 ジークは肩に置かれた手を振り払った。

 座り込んでいた男たちがゆらりと立ち上がる。

 一触即発の空気の中、すかさずハンスが割って入った。


「まあまあ、まあまあ、慰労の酒は、おまえらの港に着いてから、存分にふるまってやらぁ」


 それを聞いた海賊の一人が下卑た笑いを浮かべて言う。


「俺たちの酒は高くつくぜ」


「海賊に酒をおごるんだ。一晩で文無しになるのも覚悟の上さ」


 ハンスの言葉に海賊たちは歓声を上げて沸き立つ。


「いいねぇ、あんたは俺たちと気が合いそうだ」


「そうと決まればそろそろ行くか。乗りな」


 海賊は次々と船に乗り込んだ。

 ジークはヒラクのそばにしっかりついて、眉間のしわを深くしたまま、しかたなく船に乗り込んだ。

 最後にユピが乗り込むが、ユピを船に引き上げた海賊は、その手をつかんで離さない。


「払いはこいつでもいいぜ」


 あっというまにユピは海賊たちに取り囲まれた。


「ほう、上玉だな」


「俺にもよく見せろよ」


 海賊たちはかわるがわるユピの顔をのぞき込む。


「ユピに触るな」


 ヒラクはユピを海賊から引き離し、男たちの前に出た。


「おうおう、ずいぶん威勢がいいな」


「こいつは売れねぇだろう」


「でもめずらしい毛色だぜ」


「まあ労働力ぐらいにはなるんじゃねぇか」


 緑色の髪のヒラクを品定めする海賊たちをジークが威喝する。


「いいかげんにしろ。この方は女王陛下の大切な客人だ。おまえたちはこの方を港までお送りするのが役目。立場をわきまえろ」


 剣の柄に手をかけるジークを見て海賊たちは殺気立ち、再び船上は険悪な空気に包まれた。


「まあまあ、とにかく港まで行こうぜ。一仕事終えたあとの酒はうまいぜぇ」


 ハンスはなんとか海賊たちの機嫌を取り、船を出させようとした。

 海賊たちはそれぞれの持ち場につき、(オール)を手にして漕ぎだした。

 ほっと胸をなでおろすハンスにジークはうなるように言う。


「あんな奴らの機嫌を取るような真似をしてよく恥ずかしくないな。俺たちは勾玉主のための戦士だぞ」


「だったらなおさら自分がするべきことを第一に考えな。こんなところでまごついてたってしょうがねぇ」


「だからといってあんな奴らに頭を下げることなど私にはできない」


「おまえは勾玉主の戦士である前にネコナータの民だって意識の方が強ぇのさ」


 ハンスの言葉にジークは言い返すこともできず、不愉快そうに黙り込んだ。


 海賊たちは湖から川に出た。


 次第に川幅は広くなり、流れは静止しているように思える。

 太陽が照り返し、水面がきらきらとまぶしい。


「ようし、ここから一気に行くぜ」


 一人の掛け声を合図に、マストに横帆が張られた。

 帆は風をふくみ、小船は速度を上げていく。

 頬にあたる風は冷たく、春とはいえまだ肌寒い。

 ヒラクはチュニックの上にはおった腰丈のケープでしっかり体を包み込んだ。


 両岸に森が広がっている。

 人が住んでいる気配はないが、辺り一円の湖沼地帯はすべてルミネスキの領土である。

 入り組んだ湖と川は、中海と呼ばれる海に通じている。

 ルミネスキの傭兵となった海賊たちはこの海沿いに住みついていた。

 領土の一部を海賊の地とすることで、女王は王都を守っている。


 城にしかいなかったヒラクは、ルミネスキの領地の広大さに驚いていた。どこまでも同じ景色が続く。


 やがて日は沈み、冷たい風とともに夕闇が辺りを包み込もうとしていた。

 海賊たちは船を川岸に寄せる。


「着いたの?」


 ヒラクは海賊たちに聞いた。


「もう一日がかりってとこだな。それでも行きに比べりゃ早いもんだぜ」


「そうそう、何せ手漕ぎで川を遡ってきたんだ」


「俺たち選りすぐりの海賊にしかできねぇことさ」


 そう言って、海賊たちは体を揺らして豪快に笑う。

 彼らの言葉は世界語のようだったが、独特の言い回しと癖がある。

 始めは聞き取りにくかったが、単語を並べ立てただけのところがある彼らの世界語に、ヒラクは次第になじんでいった。


「選りすぐりというわりには到着が遅かったな。出発が決まってからずいぶんと城で待たされたのだぞ」


 ジークが吐き捨てるように言うと、海賊たちは笑うのをぴたりと止めて、いっせいにジークをにらみつけた。


「よーし、とりあえず火でもおこすか。さあ、降りた降りた」


 ハンスはジークを突き飛ばして船から降ろすと、海賊たちの気をそらすように言う。


「酒はねぇのか? 飲んでとっとと寝ちまおうぜ」


「積んできた酒はすっかり飲んじまったよ」


「一週間はかかったからなぁ」


「おかげですっかり燃料切れよぅ」


 がなり声を上げて大笑いする海賊たちを横目で見ながらジークは苦々しい顔をした。


 夜も更けて、海賊たちは大いびきで眠りについた。


 火の番をしていたジークは、日が昇るとすぐに海賊たちをたたき起こし、船を出させた。


 まだルミネスキを抜けるまでも長い。

 南多島海ははるか先だというのに、新世界への期待でヒラクの胸は高鳴った。




ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。前世にとらわれる女王やロイの記憶に入りこみ、黄金王が手に入れた鏡の存在にたどりつき、勾玉の光が示す南を目指す。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。神帝国を捨てたとヒラクには言いながら、自分が神帝になり勾玉主であるヒラクを手中にし、メーザの中心ルミネスキの新しい王になるとルミネスキ女王に宣言する。


ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。ヒラクに忠誠を誓うが、ユピに対して強い警戒心を抱いている。


ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。成り行きでヒラクの旅に同行しているが、頼りになる存在。


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