光と闇を生む存在
(前回までのあらすじ)
オーデル公、ロイ、女王の前世の記憶にまで入っていたヒラクは二日間昏睡状態だった。やっと自分の体に戻ったヒラクは、ユピのもとに戻る。ジークやハンスも心配していたが、ユピの心配はそれ以上だった。そしてヒラクはユピに聞かれるがまま、自分が体験した前世の記憶をユピに語る。そしてユピの前世も探ろうとするが、ユピはこれを強く拒否。なぜかはわからないが、ユピは自分の前世をひどく恐れて怯えていた。
二週間近く過ぎても、女王からの呼び出しはなく、すぐにも南に向かいたいヒラクは苛立っていた。
ジークとハンスはもう二度と勝手に抜け出されることがないようにと目を光らせ、ヒラクのそばを離れることはない。
結局ユピの言うことを聞いたヒラクは、ジークとハンスには地下牢で意識を失ったことについて「何も覚えていない」と言い続けた。
れで二人は納得したわけでもないが、ハンスはそのうちヒラクから聞き出してやろうと今はあきらめ、ジークは今後同じことがないよう努めようと気持ちを切り替えた。
ロイが言うには、女王は気を取り戻して以来、いつもどおりの様子で過ごしているという。
それならなぜ自分に会おうとしないのかとヒラクは苛立ちをぶつけるが、ロイはただ丁寧に謝罪するだけだった。
その日も同じことが予想され、ヒラクは部屋を訪ねてきたロイを見るなりふてくされた顔をした。
それを見たロイは困ったように微笑みながらも、いつもとはちがう言葉をかけた。
「女王陛下が玉座の間でお待ちです」
ヒラクは思わず駆け寄った。
「ほんと? 行く。すぐ行くよ」
「あ、お待ちください」
勢いよく部屋から飛び出していったヒラクをロイはあわてて追いかける。当然のようにジークとハンスが後を追う。
ユピは一人で部屋に残り、意味ありげに笑った。
○
玉座の間には端然と佇む女王の姿があった。
かたわらには小さく腰を屈めたマイラがいる。
扉が開き、ヒラクが勢いよく飛び込んでくると、女王はかすかに眉根を寄せたが、とくに何を言うでもなく落ち着き払った様子だ。
「やっと城から出られるんだね。南に行けるんだね」
ヒラクは頬を高潮させ、うれしそうに言った。
「話は聞いている」
女王は低くつぶやいた。
「南の地に真の神を見出す鏡があるそうだな。その鏡を手に入れ、神帝を滅ぼし、この玉座に神を迎えるためにこの地に再び戻られよ。よいな」
ヒラクはマイラを見た。
マイラはしたり顔で笑う。
女王はまたマイラの言葉に操られているのだとヒラクは思った。
「なんか、嫌だな……」
ヒラクはもやもやとした気分で言った。
「女王を利用して鏡を手に入れるって、なんか嫌だ」
「利用? かんちがいは困る。これは命令だ」
「だったらそれも嫌だ。人に指図されたくないし」
ヒラクの言葉に女王はぴくりと眉をつりあげる。
険悪な空気の中、ロイとジークとハンスが玉座の間に姿を見せた。
女王はあご先をつんと上げ、背筋を正して改めて言った。
「人にはそれぞれ本分がある。鏡をみつけるは勾玉主の務め。それを果たせという言葉に何の不満があるのか」
「誰かに言われてやるってことが気に入らない。おれは自分がそうしたいからするだけで、勾玉主だからとか何とかは関係ない」
ヒラクが言うと、女王のすぐそばで、息を漏らすような笑い声がした。
マイラである。
「まったくとんでもないだだっ子じゃ。この世界の広さも知らず、何でも一人でできるとでも思っているのか」
マイラの灰銀の瞳は少しも笑っておらず、ヒラクに口ごたえをさせない凄みがある。
「この城を出て、南の地へはどうやって行くつもりだい」
「勾玉が示す方に向かってまっすぐ行くだけさ」
ヒラクはマイラに言った。
「南の地がどんなところかわかってそんなことを言うのかい」
「わかんないけど、行けばわかるさ」
「話にならないねぇ」
マイラがため息をつくと、見かねたようにジークが言う。
「南は多くの島が点在する多島海と呼ばれる海域です」
「まあ、まっすぐ行ったら海にドボンですね」
茶々を入れるハンスを睨みつけてジークが言葉を継ぐ。
「つまり、船がないことにはどうしようもありません」
「その船をおまえはどうするつもりだい?」
マイラがにやにやと笑ってヒラクに聞く。
「誰かに頼んで乗せてもらえばいいじゃないか」
ルミネスキまで商船に乗せてきてもらったことを思い出してヒラクは言うが、マイラはまたおかしそうに笑い、ジークやハンスも困ったように笑った。女王はすでに怒る気も失せ、あきれたようにヒラクを見ている。
「なんだよ、何がおかしいの? おれ、何かへんなこと言った?」
ヒラクはその場にいる全員の顔を見た。
ジークは軽くためいきをついて言う。
「南は未開の地であり、メーザのような文明も栄えていません。この大陸とは分断された異界の地といってもいい」
「異界の地……?」
ヒラクはちっともわからないといった顔をする。
そんなヒラクをおどかすようにハンスは言う。
「何が起こるかわからない、こことはまるでちがう世界ってことですよ。命知らずな冒険家が南へ行ったきり帰ってこないなんて話はよく聞くことでさぁ。神帝国に行くよりよっぽど危険って言われてます。そんなところに行く船なんてありませんぜ」
ヒラクはあ然とした。
そんな場所に鏡があるとは考えてもいなかった。
「私なら船を何とかすることができる」
その場を凍てつかせるような女王の鋭い声が飛ぶ。
ヒラクは思わずうれしそうに女王を見た。
「ほんと? 船があるの?」
「海賊を動かしてやろう」
「海賊?」
「私の持ち駒の一つだ」
女王は涼しい顔で答えた。
ルミネスキがメーザ第一の国として栄えているのは、海上を制しているからである。
貿易の中心地エルオーロのある西の半島付近の島々は多くの海賊の根城となっている。女王はそれらの海賊たちにルミネスキの認可のない船への掠奪行為を許可している。
掠奪した金品の半分は女王に献上され、残りは海賊たちの戦利品となる。これによりエルオーロでの貿易は女王の統制下に置かれることになり、国の収益の一部は海賊たちに支払われ、傭兵としての役目も与えている。
「素直に頼んだらどうだい?」
マイラはヒラクにやんわり言った。
「わかった。頼むよ。船を出しておれを南に行かせてよ」
ヒラクの態度の豹変ぶりに女王は少々驚いたが、それでも表情には出さず、あっさりと承諾した。
「いいだろう。海賊たちと話をつけてやろう。準備が整い次第港へ向かえ」
そうヒラクに言った後、女王はジークとハンスにも命じた。
「引き続き、勾玉主の警護にあたるように。準備が整い次第港へ向かえ」
ジークとハンスは右手を胸に当てて片ひざをつき、女王の前で頭をたれて恭順の意を表した。
女王の命令口調にもヒラクはもう反発はせず、おとなしく玉座の間を後にした。
とにかく今は南に行くことが先だと思った。
鏡がみつかれば、マイラの正体もわかり、女王の自縛も解けるかもしれない。
「まずは鏡を手に入れることだ」
そう言って、ヒラクは両腕を振り上げてのびをした。
後ろからついてきていたジークとハンスは、ヒラクが女王の命にはりきっているとかんちがいして首をひねった。
ヒラクたちが部屋に戻ると、ユピの姿はなかった。
その時ユピは玉座の間にいた。
○
「そこで何をしている」
女王は玉座の間に姿を現したユピを見るや鋭い声で言った。
ユピは動じることもなく、静かに微笑み、女王の目をじっと見た。
ユピの瞳は怖いぐらいに青く深く透き通る。
なぜか女王は背筋が凍る思いがした。
「鏡のこと、どこまであなたはご存知ですか」
ユピは女王に尋ねた。
「そなたには関わりないことだ」
女王はそっけなく答える。ユピは微笑を崩さない。
「僕はあなたの知らないことを知っています」
マイラは警戒するようにユピを見る。
女王はにわかに関心を示した。
「どのようなことだ」
「まずはあなたが何を知っているか聞きましょうか」
女王はかたわらのマイラを見た。
マイラは女王が語ることをうながすようにうなずいた。
それを受けて女王が言う。
「鏡はかつて黄金王のものであったという。偽りの神を滅ぼし、真の神を見出す力があるとか。その鏡さえこの地に戻れば、真の神である太陽神を黄金の玉座にお迎えすることも可能だろう。その王の鏡をみつけられるのは勾玉主だけだそうだ」
「そうですか。鏡のことをここでは『王の鏡』と呼んでいるのですね。神帝国では『神託の鏡』と呼ばれています」
ユピの言葉に女王よりも先に反応したのはマイラだった。
「なぜ神帝国の者が鏡のことを知っている」
「かつて神王は鏡によって神なる者として選ばれた。神帝もまた鏡により選ばれた者だと神帝国の民は信じている」
ユピの言葉に女王は激高した。
「そのような馬鹿なことがあるか。真の神を見出す鏡がなぜ神王を神として選ぶのだ。そして神帝までもが神だと? そのようなことがあるわけがない」
「信じるも信じないもあなたの自由です。ただ、神帝が神王の生まれ変わりとされたのは、鏡の存在があってこそのこと。あなた方はなぜ神帝が神王の再来とされたのか、その理由をまったくご存知なかったようだ」
ユピは自分の言葉を楽しむようにゆったりと笑う。
「では、鏡は今は神帝国にあるのか?」
マイラはユピに尋ねた。
女王は怪訝な目でマイラを見た。
「マイラ様、何を言うのです。勾玉は南の地を示したとおっしゃったのはあなたではないか」
「そうじゃ……だが……」
「第一、鏡は勾玉主にしかみつけられぬものなのでしょう?」
答えに窮するマイラをおもしろそうに眺めながら、ユピは女王にもしっかりと聞かせるようにゆっくり言う。
「……神王は、勾玉主だった。そうですね?」
ユピの言葉にマイラはしぶしぶうなずいた。
女王は混乱する。
「そんな馬鹿な。どういうことだ。神を見出す者……いや、神そのものとなる可能性もあるのが勾玉主……」
「それならヒラクが神となる可能性もあるということになる」
ユピは自分が望む言葉を引き出せたことに満足げに笑う。
「神は、太陽神である黄金王ただ一人だ」
きっぱりと言ったはずが、女王の声は弱々しくかすれた。
「鏡の所在が明らかになれば、それも確かめられるでしょう」
「鏡は神帝国か?」
マイラは繰り返し尋ねた。
ユピは困ったように微笑する。
「残念ながら僕も知らないのです。神託の鏡は神帝国にあるのか、それとも別な場所にあるのか、それとも……」
ユピの青い瞳が鈍く光る。
「鏡はそもそも二つあるのか」
マイラも女王も黙り込み、奇妙な沈黙が続いた。
先ほどからずっと隅に控えていたロイは、重大な秘密を知ってしまったような恐ろしさを胸に抱き、息をつめて様子を見守った。
「おまえの目的は何だ」
マイラはユピに尋ねた。
ユピは大理石の階段の上に目をやる。
「その黄金の玉座」
ユピの言葉に女王はさっと表情をこわばらせた。
「冗談です」
そう言って、ユピはにっこりと笑った。
だがその目は鋭く女王に向けられる。
「でも、それがヒラクならどうです? 先ほども言ったように、鏡をみつけた勾玉主が神となることもあり得るかもしれません」
「勾玉主は女だ。女がこの玉座に座ることはできぬ」
「それでは僕ならいいですか」
ユピは今度は冗談だとは言わなかった。
「僕なら勾玉主であるヒラクを自由に動かすことができる。それはすなわち勾玉の力を自由に扱うことが可能ということだ。僕を王とするなら、神帝さえも滅ぼしてみせましょう」
「神帝を滅ぼす……」
女王はユピの言葉をくりかえしつぶやく。
「それがあなたの望みではないのですか。かつて神王がしたようにメーザを恐怖に陥れるかもしれない神帝を滅ぼし、新しい王をこの国に迎えることが」
「だが、神帝にはそのような力はないのではないか」
マイラが口を挟んだ。
「たとえ神帝が鏡を持ったにしても、勾玉の力がなければ意味がない。神帝が勾玉主でないことは、この二十年の経過からみても明らか」
「僕が神帝に成り代わる者となれば話は別です。勾玉主であるヒラクを味方にしたこの僕がね」
女王とマイラは絶句した。ユピは青い瞳を細めて笑う。
「女王陛下、僕はあなたの敵にも味方にもなれる」
沈黙が続いた。
ロイがそっと立ち上がり、白いローブの衣ずれの音がした。
「このことは誰に言っても無駄ですよ」
ユピはやんわりそう言って、出て行こうとするロイを引き止めた。
「ヒラクは僕しか信じない。ヒラクにとって必要なのは僕だけ。他には誰もいらないんだ」
自分に言い聞かせるようにつぶやくユピを見て、女王は初めてこの場でユピに会ったときのことを思い出した。
ヒラクのために神帝国を捨ててもかまわないと言ったユピと今のユピは同じに思えた。神帝国の差し金でユピが動いているとも思えない。
女王はしばし黙考して言った。
「すべては鏡を手に入れてからのこととしよう。勾玉主には予定通り南に向かってもらう。だが、もう一つの鏡のことはこちらでも調べさせてもらう。神帝国に関して、おまえの知る限りのことを聞かせてもらおう。場所を変える。来るがよい」
そう言って、女王はユピと連れ立って玉座の間を出ようとした。
女王に目配せされたロイも後に続く。
その場に一人残されようとしているマイラが思わず女王を呼び止める。
「お待ちください、陛下。その者を信じるのか。まさかその者を本当にこの国の王にしようなどとお思いか」
女王はゆっくりと振り返りマイラを見た。
その目には失望と落胆の色がある。
「私が何を信じるかは私が決めることだ。あなたこそ、鏡のことをなぜもっと早くに言わなかった。希求兵たちが捜し求めたのが勾玉主だけでなかったら、神帝の鏡について知り得たこともあったかもしれないものを」
女王はそのままマイラに背を向け、二度と振り向くことなく玉座の間を後にした。
ユピはマイラを一瞥すると、意味ありげな笑みを浮かべた。
ユピの中にある邪悪さにマイラは気づいてはいるが、灰銀の瞳を持ってしても、その存在が何であるかはわからなかった。
○
ロイと一緒に部屋に戻ってきたユピを見てヒラクはほっとした。
ユピは女王に神帝国のことについて聞かれていたことを話した。
それ以上のことはロイも決して言わなかった。
だが、ロイの表情が暗く冴えないことにジークはすぐに気がついた。
夜、ジークはロイを庭園に呼び出した。
「何かあったのか」
ジークが尋ねても、ロイは黙り込んでいた。
ランプの炎に浮かび上がるロイの顔色は冴えない。
辺りが暗いせいばかりではないとジークは思った。
白い雪の降り積もる中、しばらく黙りこんだ後、ロイは思いつめたように言う。
「ジーク……やはり勾玉主は女ではいけなかったんだ」
「この前もここでそう言っていたな。私が、陛下か勾玉主様を選ぶことになると」
「女である勾玉主は望まれていなかった。陛下は勾玉主を亡き者にすることさえ考えていた」
ロイの言葉にジークは驚いた。
そして到着した日以来、ヒラクが女王に謁見する機会がなかなか与えられなかったことに納得した。
「すべては月の女神の判断を仰いでからということになった。けれど……」
そう言いながら、ロイは空を仰ぎ見る。
空には半分に欠けた月が浮かんでいた。
「形さえあいまいで、照らす光さえなければ、その姿さえ消えてしまう、そんな月に何を期待し、何を求められるだろう」
ロイは白いため息を漏らすと、ジークに視線を移した。
「私にとっては女王陛下こそ月の女神そのものだ。月の女神は自分を照らす光を求めている。その光こそ、黄金の玉座の主となる者だ」
「それをみつけるのが勾玉主の役目だろう。その方を亡きものにしようとは……一体なぜだ?」
「さあ。月は気まぐれに形を変えるからね」
ロイは目をそらし、あいまいに笑ってはぐらかす。
「安心していいよ。今は勾玉主様を手にかけようなどとはお考えではないようだから」
そしてまたロイは欠けた月を見上げる。
「月は簡単に闇に呑まれてしまう。太陽が光と闇をもたらすように、勾玉主の存在も光と闇を生むのかもしれないね」
「……おまえの言っていることは私にはさっぱりわからないが、陛下がお考えを改められたということは、私が勾玉主様の命を奪うなどということもあり得ないということだな」
ジークは強い口調でロイに言った。
「それでも君は誰を信じ何に従うかを選ぶことになるだろう」
それきりロイは黙り込み、ただ静かに欠けた月を見上げていた。
月を侵食する闇にユピの微笑が重なった。
○
ヒラクがルミネスキを去る日が来た。
季節は冬の終わりを迎えていた。
南の地への好奇心でいっぱいのヒラクの瞳は爛々と輝いている。
城を出る馬車に乗り込もうとしたとき、ヒラクはマイラに呼び止められた。
ヒラクはジークやハンスを待たせて、マイラのそばに近づいた。
ヒラクのそばにはユピがいる。それを承知でマイラは言った。
「ヒラク、一つおまえに教えてやろう」
「何?」
「黄金王が勾玉を失った理由さ」
「知ってるの?」
「内なる光を外に求めたからさ」
「どういうこと?」
ヒラクは首を傾げる。
「勾玉の光はおまえの光そのものだということさ」
「何それ」
「もしも私が月の女神の正体を明かしていたら、おまえは自ら探そうとはしなかっただろう。求めねば答えは得られない。求めるのをやめたとき、答えを照らす光も失われる」
マイラはヒラクの琥珀色の瞳をじっとのぞきこむ。
「いいかいヒラク、迷っても悩んでもいいから、必ず答えは自分でみつけるんだ。自分の意志を他に委ねてはいけないよ」
「言われなくても、おれは自分のしたいようにするよ」
ヒラクはあごを上向けて、得意げに言った。
「ヒラク、そろそろ行こうか」
ユピが隣で声を掛けた。
それ以上マイラは何も言えず、ただユピの隣でうれしそうに笑うヒラクを心配そうにみつめた。
「よーし、南に向けて出発!」
馬車に乗り込んだヒラクは元気よく叫んだ。
その言葉を合図に御者が馬に鞭打つ。
馬車は軽やかに長い桟橋を駆ける。
空は晴れ渡り、湖面がきらきらと輝いている。
雪解けの春を待ちわびていた草花が森のあちらこちらで芽吹いている。
ヒラクは期待に胸をふくらませ、隣に座るユピに言う。
「鏡を手に入れたら、本当の神さまをみつけられるよね」
「そう思うよ」
ユピは優しく微笑んだ。
「南ってどんなところかな?」
ヒラクが言うと、向かいの席でジークの隣に座るハンスが口を挟む。
「危険なところだって言ってるでしょうが。本当の神さまでも何でもいいからまずは無事を祈りたいところでさぁ」
ヒラクは心配そうにユピを見た。
「おれはともかく、ユピ大丈夫?」
ユピは安心させるように微笑んで、ヒラクの手にそっと指をからめた。
「君が行くところならどこにだって行くよ」
「うん、約束だよ。ずっと一緒だからね」
ヒラクはつないだ手を握り返して、満面の笑みを浮かべた。
その手を振り払えないことにヒラクは気づいていなかった。
《ルミネスキ編 完》
ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。前世にとらわれる女王やロイの記憶に入りこみ、王の鏡の存在にたどりつき、勾玉の光が示す南を目指す。
ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。謎が多い。
ジーク……勾玉主を迎えるために幼いころから訓練された希求兵。かつて対だったロイを死なせたと思っていたため、再会に驚く。
ハンス……ジークと同じ希求兵の一人。お調子者で気さくな印象だが希求兵の離脱者をあっさり葬る冷徹さもある。
聖ブランカ…ルミネスキ女王。ジークたち希求兵に勾玉主をみつけだすことを命じていた。前世の記憶の囚われ、鏡をみつけたいマイラに利用されている。
ロイ……かつてジークと対となり希求兵を目指していたが、最終試験で対であるジークと闘い脚を負傷。月の女神の生贄となるはずだったが、女王に命を救われ城の神官となる。前世婚姻関係だったことから、女王に特別な感情を抱く。
オーデル公…聖ブランカの配偶者。前世の望みだった城での何不自由ない生活を実現させたが満足しない。前世不仲だった女王とは現在も関係が悪い。
マイラ…女王の過去世である黒髪の女の祖母に月の女神の存在が入りこんだのが今のマイラであり、黄金王の時代から生きながらえている。自分の存在が何であるかの鍵を握る鏡を手に入れたいと願う。
☆前世図
ルミネスキ女王→ルミネスキ王(黄金王の息子)→黒髪の女(月の女神信仰者)
ロイ→ルミネスキ王妃シャロン
オーデル公→ →月の女神信仰者の娘
マイラ→マイラ(月の女神) →黒髪の女の祖母