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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
ルミネスキ編
18/83

黒髪の女の正体

(前回までのあらすじ)

ロイの意識に入りこみ過去の記憶に入りこんだヒラク。ロイの前世は黄金王の息子の妃シャロンで月の女神信仰者だった。

 ヒラクはシャロンの目を通し、過去に起きた日蝕を見る。その瞬間マイラは「黄金王の栄華の終わり」を予告し、息子であるルミネスキの青年王が新しい王となる「太陽神の証」を手に入れる。それが何かはヒラクにはわからない。そして次の記憶で王は既に世を離れた後で、シャロンも後を追うように王の証となる何かを抱きかかえ湖に身を投じた。

 目を覚ましたヒラクはロイの姿で意識と体を支配していた。その状態のまま、マイラの元へ向かう。すべての謎を明らかにするために。


 ロイの体に入ったヒラクは、肖像画の廊下を引き返し、女王の部屋に戻ったが、そこには誰もいなかった。


「一体どこに行ったんだろう」


 ヒラクは、窓から外に目をやると、振り返ってあらためて部屋の中を見た。そして、あることに気がついた。


「さっきと同じだ……」


 それは、さきほどロイの記憶の中で、シャロンという女性の目を通して見た部屋の感じによく似ていた。

 大きな格子窓からは湖が見渡せる。


 ヒラクはさらに確かめるように部屋の奥につづく寝室をのぞいてみた。

 四柱の天蓋ベッドの位置も暖炉の位置も同じで、金の装飾で縁取られた大きな鏡台もある。


「まちがいない。おれが入りこんだ記憶の女の人はこの部屋にいたんだ」


 そのときヒラクは、寝室で自ら命を絶とうとしたシャロンが思いとどまって向かった場所のことを思い出した。


「月の女神はきっとあそこだ」


 ヒラクは城館の一隅にある円塔の地下に向かった。


 そこにはヒラクが思ったとおり、小さな礼拝堂があった。

 石の台の上の祭壇には大理石の月の女神像が安置されている。

 その前で女王は静かに手を合わせていた。

 女王はヒラクの気配に気づくことはなく、小声でぶつぶつと何か言っている。

 代わりに振り返ったのは、女王の足元の影のように控えていた老婆だ。


「よくここがわかったねぇ。前世の記憶がよみがえったのかい?」


 マイラは突然の侵入者に驚くこともなく悠然としている。

 ロイの体の中に入ったヒラクはその態度に腹を立て、上から覆いかぶさるように老婆につかみかかった。


「一体どういうつもりだ! 月の女神を探せとおれには言っておいて、女王には自分が会わせてやってるんじゃないか」


 マイラは驚いて目を見開いた。


「おまえ……ヒラクかい?」


 そのとき、マイラの隣にいる女王が急に呼吸を荒げ、うめき声をあげた。


「大丈夫。落ち着いて。続けてごらん」


 マイラは女王の肩に手を置いた。


「楽にして。呼吸を深く。何が見える? 何が聞こえる?」


「月の……女神……」


「そうかい。じゃあ、尋ねてごらん。おまえが知りたいのはなんだい?」


 マイラが二、三度肩を叩くと、再び女王は呼吸を静めてぶつぶつと一人で何か言い始めた。


「どういうこと? 月の女神って何?」


 ヒラクはマイラに尋ねた。

 マイラはあきれたようにため息をついた。


「どういうことかだって? それはこっちが聞きたいね。てっきりもう自分の体に戻ったと思っていたのに、また別の体に入り込んでどういうつもりだい?」


「これは……その、なりゆきっていうか……」


 ヒラクは決まり悪そうに言った。


「どういうなりゆきでそうなったかは別にどうでもいいがね、私が言ったことを忘れるんじゃないよ。あまり長いこと自分の体を離れていると二度と戻れなくなるよ」


「わかってるよ。でも、その前に今ここで教えてよ。月の女神って一体何? 本当は何もかも知ってるんでしょう? なんでおれに探せなんて言ったりしたんだ」


「月の女神が何かって一番知りたいのはこの私だよ。それが誰かってことじゃない。何かってのが知りたいのさ」


「……全然意味わかんない」


 ヒラクはあっさり聞き流すと、マイラから女王に目を移した。


「もういいや。はぐらかすなら、こっちに聞く」


 ヒラクは今度は隣にいる女王の肩をつかんだ。

 女王は人形のようにゆらりと体をぐらつかせた。

 半分閉じられた目はうつろでぼんやりとしている。


「おやめ。今、急に中断したら、記憶が混乱してしまう」


 マイラはヒラクを女王から引き離した。


「女王に何したの? おかしくなってるじゃないか」


 ヒラクはマイラに言った。


「おかしくもなんともなってないよ。女王は月の女神に会っているんだ」


「月の女神?」


 ヒラクは思わず辺りを見回した。


「誰もいないよ。どこにいるの?」


「ここさ」


 マイラは女王の額にそっと触れた。


「月の女神と呼ばれた黒髪の女は女王の前世の姿さ。女王は過去の自分の記憶と対話しているのさ」


「何それ?」


「おまえがやっていることと似たようなことさ。ただし意識をとけこませているのは過去の自分。同じ波長のものはつながりやすいからねぇ」


「なんかさっぱりわからないけど、ようするに女王は自分自身を月の女神として崇めてるってこと?」


「女王はそれが自分自身だなんて思っちゃいないよ。だからこそ月の女神の存在が一人歩きしているのさ」


「ばかばかしい。結局、全部でっちあげってことじゃないか」


「何層もの転生の上に今の自分があるんだ。多かれ少なかれ、誰もが前世の自分の影響を受けているんだよ」


「だからって、前世に振り回されていたら、今の自分で生きる意味なんてないじゃないか」


 ヒラクは女王に視線を移した。


「しっかりしなよ。月の女神なんていないんだ、黒髪の女は前世のあなた自身なんだ」


 ヒラクはマイラが止めるのもきかずに女王の体をゆさぶった。

 女王は苦悶の表情でうめき声をあげる。


 そのとき、ヒラクの頭の中でロイの叫び声がした。


(やめてください!)


 ヒラクは吐き気を覚えた。

 吐き出されようとしているのは自分自身だ。

 ロイの意識が次第にはっきりしてくるのと同時に、ヒラクはロイの体の感覚を失っていく自分を感じた。

 折り重なるロイの記憶からヒラクの意識がはじきだされようとしている。

 その記憶の断片の一つはシャロンのものだ。

 ヒラクの意識がシャロンの記憶をとらえた途端、ロイの意識が乱れた。


「ううっ」


 ロイの指先は宙をさまよい、女王の前に伸ばされた。

 そしてその目は女王を通して誰か別の人間を見ている。


「ずっと……お会い……したかった……」


 ロイの頬を涙がつたう。

 ロイは女王を抱きしめた。

 そのことにロイは混乱している。

 ヒラクにも何がなんだかわからなかったが、ロイの意識が戻る前に何とかするには今しかないと思った。


 ヒラクは自分の行き場を求めるように、女王の額に自分の額を押しつけた。


(うまく逃げ込めますように)


 ヒラクは祈るような思いで、自分の意識を女王の記憶に沈めていった。


 そしてその記憶の中でヒラクは驚くべき事実を知ることになる。



ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。オーデル公の記憶からオーデル公の前世である女の記憶へ入り込んだ後、マイラによってモリーの体に意識をうつされたが、そこからさらにロイの意識の中に入る。


ロイ……かつてジークと対となり希求兵を目指していたが、最終試験で対であるジークと闘い脚を負傷。月の女神の生贄をなるはずだったが、女王に命を救われ城の神官となる。前世は、かつてのルミネスキの王子妃で、黄金王に征服された後に黄金王の息子の妃となった月の女神信仰者シャロン。


聖ブランカ…ルミネスキ女王。ジークたち希求兵に勾玉主をみつけだすことを命じていた。過去に父王を幽閉し、死に至らしめ、王位についた。


オーデル公…聖ブランカの配偶者。前世は月の女神信仰者の娘。城で何不自由ない生活をすることを願っていたが、実現した今世でも多くの不満を抱えて生きている。


マイラ…錬金術師でルミネスキ女王の信頼も厚く城への出入りも許されている老婆。前世や不老不死についても詳しい。オーデル公やロイの前世の記憶の中でも今と変わらぬ姿で現れた。年齢不詳。


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