太陽神の証
(前回までのあらすじ)
ロイの意識に入りこみ過去の記憶に入りこんだヒラク。ロイの前世は黄金王の息子の妃のシャロンという女性だった。月の女神信仰者だったシャロンは太陽王信仰に改宗させられたことを恨みに思い、黄金王の息子を殺そうとしていた。だが初対面で王があまりにも幼い少年であることを知り躊躇してしまう。さらには少年王の孤独を知り、心を通わせていくようになる。そして少年王が青年王になった時のシャロンの記憶の中で、ヒラクは黒髪の女が描かれた月の女神の絵を目撃する。黄金王の息子でありながら、青年王は月の女神に強く惹かれていた。さらにヒラクはその記憶でもマイラを見る。この時代に生きているはずのないマイラを見てヒラクは驚愕した。
場面は一瞬で変わった。
やはりヒラクの目の前には青年王がいる。
青年王のすぐ後ろで、ヒラクは王同様にひざをつき、手を胸の前で組んでいた。
そこは、主塔の頂上部にある環状のバルコニーの上だった。
ルミネスキ城に到着した日、城門を入ってすぐにヒラクは目の前にそそり立つ塔の高さと大きさに圧倒された。
今はその塔の上にいて、頭上から照りつける太陽の熱を感じながら、足下にたまる濃い影に目を落としている。
白のローブを身にまとう者たちが金色のハンドベルを鳴らしながら、塔の周りをゆっくりと歩き続けている。
青年王とヒラクは周回する者たちの輪の中にいて、目の前をゆき過ぎるベルの音を次から次へと聞いていた。
やがてその中の一人が王の前で立ち止まり、神語で黄金王を讃える言葉をとうとうと語り始めた。
一本調子で不思議な呪文のような言葉がヒラクの耳に届く。
他の者たちも唱和して、言葉の合間にベルを鳴らす。
やがて言葉が途絶えると、輪になって周回していた者たちは足を止め、金色のハンドベルをいっせいに鳴らした。
王の前にいるローブの男が両手で何かを掲げ持つ。
それは太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
男は両手を下げて、先端に赤や緑の宝石を埋め込ませた王杓を王の前に差し出した。
涼やかにベルの音が鳴り響く中、王は顔を上げ、片ひざをつきながら恭しく両手をのばし、王杓を受け取ろうとした。
そのときだった。
日が翳り、辺りの気温が下がっていった。
森の方から動物や鳥の声が入り混じり、折り重なる悲鳴のように聞こえる。
ローブ姿の者たちはベルを震わせながら、その場で右往左往する。
ヒラクは足元の自分の影が欠けていくのに驚きながら空を見上げた。
太陽が影に侵食されて欠けていく。
空は紫がかった異様な色になり、真昼の世界は、夜ともいえない異世界に変貌した。
黒い太陽からもやのような光が波打つように放出されている。
それはもはや太陽とはいえないものだった。
誰も何も言葉を発することができず、おびえたように空を見上げている。
「黄金王の栄華の終わりさ」
そう言ったのはマイラだった。
いつのまに塔の上まで上がってきたのか、呆然とする青年王の隣にマイラは立っていた。
太陽はすっかり影におおわれた。
空には星が輝き、地平線の近くには夜明けとも夕暮れともいえない細い帯のような赤紫の光が見える。
やがて太陽から細い光が差し込んだ。
マイラはローブの男が握りしめていた金の王杓を取り上げると、男に代わって王の前に差し出した。
「夜は光を体内に宿し、新たな太陽を吐き出した。月の女神は今ここに新たな王を生んだのだ」
太陽は完全に光を取り戻し、再び辺りをまぶしく照らした。
「新しき王よ。あなた様こそ太陽神と名乗るにふさわしい御方」
差し出された王杓を前に青年王は戸惑った。
「余が新しき王だと? だが、太陽神は唯一無二の神である。父上がいる以上……」
「月の女神はあなたを選ばれたのです。太陽神の証はあなたにこそふさわしい」
「太陽神の証……」
「さあ、受け取られよ。そして証を取り戻し、真の王となるのです」
青年王の顔に緊張が走る。
だが紅潮する頬と王杓を凝視する目の輝きに興奮の様子がうかがえる。
ヒラクは胸騒ぎを覚えた。
それがシャロンが感じている不安なのかどうかはわからない。
青年王は片ひざをつき、マイラの手から両手で王杓を受け取った。
そして空に向かってそれを掲げた。
その黄金の王杓はさきほどよりも一層まぶしく輝いて、ヒラクの目に飛び込んできた。
●
そしてまた辺りが暗くなった。
今度は太陽が沈んだ後の夜の森だ。
ヒラクの頬を涙が伝っていた。
何か硬く平らな重い板のようなものを胸におしつけるように両手で抱えている。
それが何であるのかヒラクは気になったが、シャロンは涙をぬぐうこともせず、ただまっすぐに前を見て森の中を一人歩いていく。
行き着いたのは、見覚えのある森の湖だった。
それは、ヒラクがオーデル公の記憶の中で見た湖と同じ場所のようだ。
月の光が湖面に橋をかけるようにのびている。
その先をじっとみつめながら、ヒラクはつまさきを水にひたしていく。
「哀れな王よ。今こそあなたを月の女神のもとへお連れいたします」
全身が水の中につかっても、シャロンは胸に抱えるものを離そうとはしなかった。
息が苦しくなっていく。
意識が遠のくのと同時に、ヒラクは自分がシャロンから離れていくのを感じていた。
○
ヒラクが目を覚ますと、見覚えのある女がその場に倒れていた。
それは、ヒラクがそれまで入り込んでいたモリーだった。
窓の外を見ると、日が傾きかけているようで、部屋の中は少し薄暗くなっていた。
ロイの記憶の中でさまざまな出来事を体験したヒラクは、まだぼんやりとしていて、状況がつかめていなかった。
そして少しずつ考えはじめ、自分がモリーの姿だったこと、ロイの記憶に入ったことを思い出した。
すると自然と疑問がわいてきた。
(おれはモリーの中にいたのに、なんでモリーがおれの前にいるんだろう?)
ヒラクは立ち上がろうとしたが、片足に力が入らずバランスをくずした。
床に転がる杖が目に飛び込んでくる。
ヒラクは座り込んだまま、今の自分の姿を確かめた。
白いローブを着ている。
髪はさらりと長い金髪だ。
「まさか……ロイ……?」
ヒラクは自分の顔を手で触る。
それで何がわかるというわけでもないが、すでにヒラクは確信していた。
「わぁっ、今度はおれ、ロイになっちゃった!」
ヒラクが大声をあげると、倒れていたモリーが意識を取り戻した。
「……ここは?」
モリーはうつろな目でヒラクを見た。
そして目の焦点が定まると、驚いて体を起こした。
「あなた誰? ここはどこなの?」
モリーは部屋の中を見渡した。
立派な本の並ぶ書見台も壁の絵もまるで見覚えがなかった。
「どうして私はこんなところにいるの? 母さんのしわざね。あなた、母さんに頼まれたんでしょう? こんなところに私を閉じ込めて……」
モリーは恐怖で顔をこわばらせた。
「父さんが来るのね。ここに父さんが来るんだ。殺される。今度こそ私は殺される!」
モリーは興奮した様子で部屋の外に飛び出そうとした。
「ちょっと、待ってよ」
ヒラクは床をはいながら、モリーの足首をつかんで止めた。
「いやぁっ、はなして、殺される!」
つかまれた手を振り払おうとするモリーの足をヒラクは両腕でしっかりと抱え込んだ。
足を取られてバランスを崩したモリーは後頭部を背後の壁に強く打ちつけて、そのまま仰向けに倒れた。
ぐったりとしたまま動かなくなったモリーを見て、ヒラクはあわてて状態を確認した。
そしてモリーが呼吸しているのを確かめて胸をなでおろした。
「でもまた目を覚ましたら厄介だな……」
ヒラクはロイのローブのすそをびりびりと破くと、モリーの口に押し込んで頭の後ろで布の端を結び、念のために両手両足を縛りつけた。
「ごめん、あとで必ず迎えにくるから」
そう言って、ヒラクは部屋を出た。
「とにかくマイラのところに行かなきゃ。やっぱりあのばあさん、どこかうさんくさい」
ロイの姿をしたヒラクは杖をつき、重い足をひきずりながら肖像画の廊下を引き返した。
モリーを残した部屋は薄暗い闇に包まれていく。
窓の外に満月が浮かぶ。
絵の中の黒髪の女の姿が月明かりに照らされようとしていた。
そしてヒラクは黒髪の女の正体を知ることになる。
ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。オーデル公の記憶からオーデル公の前世である女の記憶へ入り込んだ後、マイラによってモリーの体に意識をうつされたが、そこからさらにロイの意識の中に入る。
ロイ……かつてジークと対となり希求兵を目指していたが、最終試験で対であるジークと闘い脚を負傷。月の女神の生贄をなるはずだったが、女王に命を救われ城の神官となる。前世は、かつてのルミネスキの王子妃で、黄金王に征服された後に黄金王の息子の妃となった月の女神信仰者シャロン。
聖ブランカ…ルミネスキ女王。ジークたち希求兵に勾玉主をみつけだすことを命じていた。過去に父王を幽閉し、死に至らしめ、王位についた。
オーデル公…聖ブランカの配偶者。前世は月の女神信仰者の娘。城で何不自由ない生活をすることを願っていたが、実現した今世でも多くの不満を抱えて生きている。
マイラ…錬金術師でルミネスキ女王の信頼も厚く城への出入りも許されている謎の老婆。前世や不老不死についても詳しい。ヒラクがみるルミネスキの過去の記憶の中にもたびたび登場する。年齢不詳。