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株取引には手を出さない

♯ 050

最近、開かずの金庫を開けてみよう、みたいなテレビ番組をよく見かけます。

我が家でも既に30年以上前にそんなことをリアルにやった思い出があります。そんな物、テレビ局になんか頼らないで、業者に頼んでガチで開ければお宝は幾らでも出ます。

私の生家は所謂『地元の豪農の新宅』という家で、離れに住み込みのお手伝いさん(婆や)が二人いたバカデカい古民家でした。母屋の床の間のある奥座敷の北側には『納戸』と呼ばれる8畳のタンス部屋があって、さらにその納戸には隠し扉があって、その扉を開けると高さ150センチくらいの巨大な金庫がありました。その金庫の中には本宅から分家したときに財産分けとして託された『お宝』が入っていると言われていましたが、私がまだ小学生だった当時、新宅として分家した張本人の祖父ですら金庫の中に何が入っているのか殆ど覚えておらず、また、開け方も忘れて何十年も経過していた状態でした。

そんなある日、暇だったのか何なのか、私の父が急に「あの金庫開けてみんべ」と言い出し、地元の鍵屋を呼んで三日がかりでその金庫を開けた事がありました。

その三日間の光景はうっすらと覚えています。納戸には窓が無く、捻って点ける裸電球が下がっていたのですが、祖父は昔気質の人だったので日中の納戸の電球を点けるのは「電気がもったいない」と言って灯りを消そうとし、それを父が止めて言い合いの喧嘩になっていたのを覚えています。

やっと開いた金庫の中身は当に宝の山でした、私にとっては。ファールブラント商会の懐中時計や金の象嵌が入った刀の鍔、金貨古銭などは速攻で私が持ち去り学習机の引き出しの中に隠し、今でも私のコレクションの一部となっています。なぜ、そんな貴金属を私が持ち逃げしても父や祖父が気に留めなかったのかと言えば、その時、祖父と父は別のお宝に夢中だったからです。そのお宝とは『株式証券』です。金庫の中は小さな桐簞笥のようになっており、その中の一段は大量の株券で埋まっていました。

その日の晩から祖父と父は洋間の方の応接間のテーブルの上に小さい賞状みたいな大量の株券を種類別に分別して並べる作業に勤しんでいました。

ただ、もう何十年も前の株券、しかも戦前の物ばかりだったので、殆どの会社は既に存在せず、株券も全くただの紙切れに過ぎず。

しかし、その中に唯一、今でも価値のありそうな株券を発見して、祖父も父も大喜びしていました。その株券とは、今でもある私鉄の開業時の株券で、何枚もあったその株券の総額は85円。いつの時代の物か当時もハッキリとは誰も知る由も無く、ただみんな『昔は1円だって大金だったんだから、85円って言ったらとんでもない金額だろ。』なんて言って大はしゃぎしていました。

それから数日もしないうちに父は地元の証券取引所に電話をして、その株券を現金化する手続きをしたようで「昔の85円っちゃ今のいくらくらいになんだろうなうぁ」なんて言って大笑いしながら夕飯を食べていました。

するとさらに数日後、証券取引所から現金書留の封筒が我が家に届きました。父がその封筒を開けると、封筒の中から10円玉一枚と1円玉が三枚、『○○鉄道の株 13円で売れました』みたいな事が書かれた一枚の細い紙が入っていました。

その日から私は学習机の引き出しに鍵をかけました。

株。

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