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旧家に纏わるエトセトラ『キツネ』

♯ 031

田舎では未だ『豪農』とか『豪志』とか言われている家があります。

私の実家は豪志と言われる家の二軒隣にある豪志の『新宅』と言われる家で、私の祖父が豪志の家の次男で、本家から分家して家を建てたという感じの家でした。

私の実家も庭の端から端までは自転車で移動しないとキツいくらいの広さがあり、私が子どもの頃には近所の子どもたちが私の家の庭に集まって庭の一角で野球をやるのが定番の遊びでしたが、田舎ではそれくらいの庭があるのは結構普通。むしろ、私の家のように新宅として歴史が浅いために庭園が無く、野球が出来るほどただ広いだけの庭しか無い家というのは、所謂『格の低い』ほうの家だったと云えます。

私が小学生の頃には毎日、放課後に誰かしらが私の家に遊びに来ていて、庭で野球や缶けりなどをしていたのですが、そんな中、何の空き時間だったのか記憶にないですが、私は祖父や祖母に連れられて結構な頻度で本家の家に行っていました。

代々の豪志と呼ばれた家の当主であった本家の『爺様』は体も声もデカい人ではありましたが、世にイメージされるような悪代官キャラでは全くなく、人が良い知的な感じの老人でした。

私が遊びに行くと、いつも最初に母屋から庭園に突き出たガラス屋根のテラスに置かれたテーブル席に座らされ、『奥様』からブルボンのアスパラやルマンドが盛られた菓子籠を出されて話し相手をさせられていました。この『奥様』は本当にいい人。まんま、魔女の宅急便でパイを焼くあの奥様と雰囲気も声も全く同じで、始めて魔女の宅急便を観たとき衝撃を受けたくらいです。

そんな奥様としばらく話をしていると、いつも決まって奥から爺様が出てきました。そして、いつも決まって爺様は私を連れて庭園の奥にあった『書院』に行き、私と爺様はその書院で将棋か囲碁を指すのがお決まりでした。爺様は、そこで私に将棋と囲碁の手解きをしていたのです。

豪農豪志という者は、生涯仕事をしないものだと聞かされていました。

学校を出てからは日々、将棋や囲碁を習い、三味線を習って地唄を修得し、趣味として地域の家紋を調べて各家の由来を調べてそれを書籍に纏めたり、稲や野菜の交配をして品種改良してみたり、豪農豪志とは、そういうのが所謂仕事らしい。

ある日の事、その日も私が本家の爺様と書院で将棋を指していると、縁側のすぐ下を見慣れない一羽の野鳥が歩いていました。すると、その鳥に気付いた爺様が言いました。

「おお、珍しい。あれは鳥の中でも一番旨い鳥だぞ。」

「旨いって、爺ちゃんあの鳥食ったことあんの?」

「あるぞ。あの鳥はな、シメてすぐに焚き火の中に放り込んで丸焼きにしたらほんとにどの鳥よりも旨いぞ。」 ※( 現在、霞網の使用や野鳥の捕獲は法律で禁止されており、捕って食べたりしたら逮捕されるので、絶対にやってはいけません。)

当時は意味も分からず聞き流していましたが、本家の爺様は趣味として『食味事典』というものを書いていたそうで、長年をかけて世の中にいる鳥、動物、魚など『とりあえず全部食ってみて』、その味や食感などを書き記した『食研資料』のようなものを趣味で編集していたとのことです。

本、事典の編集作成など、小学生だった私には意味不明でしたが、野鳥の味の話から爺様の心に火が点いたらしく、今までに食べてきたジビエのレビューを次々と語りはじめました。

まあ、普通にイノシシや馬から始まり、魚でいえばライギョやモロコが旨いとか、ツグミやキジは肉が締まっていて食感が良いとか自慢気に話して聞かせていたのですが、その中で、絶対に食ってはいけない獣というのがありました。

それはキツネだそうです。獣はクマでもイタチでも鍋にすれば大概は『旨い』そうですが、キツネだけは煮ても焼いても絶対に食えないそうです。

キツネの肉というのは、熱を通すととんでもない悪臭を放つそうで、それは食欲云々以前の問題で、それを煮た湯気にしろ焼いた煙など家の中で出してしまったら、目まいを起こして卒倒してしまうか劇臭で死んでしまう事だってあり得るほどのものだそうで、しかも、その悪臭は一度家の中で出してしまうと家中にその臭いが染みついて消えず、家は勿論、家財道具も着物ももう二度と使えなくなってしまうだろうとの事。

まさに対人用のバルサンとかキンチョールみたいなものか。

外敵から身を守るために毒や異臭を持つ生き物は沢山存在します。キツネが人間に狩られて食べられないように備えた自己防衛の特性が、死して敵に放つ最強の悪臭だと知ってか知らずか、確かにキツネだけは今も昔も食ったという話はまず聞かない。人間は遠い過去の記憶から本能的にキツネを見ても食おうと思わないよう出来ているのかもしれませんね。

今、一番読んでみたい本は本家の爺様が書いていた『食味事典』です。

先日、私が持っている別の動画チャンネルで、ある企画を始めました。30年ほど前に建て替えて今は無くなってしまった古民家だった私の生家をミニチュアで完全再現する企画なのですが、それを作り始めた事で蘇ってきた幾つかの記憶の中のひとつを今回書いてみました。

8人も兄弟がいた私の祖父。先日、その兄弟の最後の一人が亡くなりました。

旧家の完全再現、祖父の兄弟の誰かに見せたかった。もう少し早く気が付けば良かった。


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