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初陣

1534年 

与五郎は信秀率いる軍に付き従い勝幡城から出発し、敵の守護代の織田達勝と清須三奉行の一人織田藤左衛門の連合軍を待ち構えた。

そして織田信秀軍3000と織田達勝•織田藤左衛門連合軍3600が激突した。

連合軍は数こそ多かったが、信秀の巧みな戦法と信秀軍の士気の高いが相まって終始連合軍は圧倒された。

そんな中与五郎は100人足らず部隊を率い奮戦し、侍大将の首をあげた。


合戦は朝方に始まってから、昼過ぎに信秀の勝利で終結した。


∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆∆

1534年 勝幡城

合戦が終わり、勝幡城に戻った信秀は、論功行賞を行っていた。そこで与五郎は、最後に名を呼ばれた。


「与五郎、此度の合戦では、見事な働きをした。そこでお主に五百石の俸禄とこの勝幡にある屋敷を与える」


「ははっ、ありがたく頂戴いたします」


こうして論功行賞は終わり、皆解散になった後、与五郎は平手政秀と共に信秀に呼び出された。


「殿、私と与五郎をお呼びと聞きましたが、いかがなさいましたか」

「2人を呼んだのは、他でもないお主たちに一仕事してほしい。最近三河の松平清康が尾張に攻めてきておるのは知っているな」


「はい、聞いております。そこで我らは何をすれば良いのですか」と与五郎は信秀に疑問を投げかけた。


「与五郎、お主の父は薬売りで東は伊豆、西は、畿内まで薬を売っていると聞く。しかもその売っている相手はほとんどが武家の者だと聞く。当然三河にも薬を売っている。そこでお主と政秀の二人で三河衆を調略してもらう」

 

「調略ですか、そんなこと私にできるかどうか不安です」


「なに、お主は三河衆に取次ぎをするだけでよい、あとは政秀がやってくれる。わかったな与五郎」


「はい、わかりました。そのお役目果たしてみせます」と決意を言うと政秀が、

「よく言った与五郎、では殿、二人でそのお役目成し遂げてみせまする」

 

「うむ、励め」


そして二人は勝幡城を後にし、政秀は自らの屋敷に戻り、与五郎は一度実家のある津島に行った。

与五郎はそこで父に三河での伝手を紹介してもらった。


そこから2日間、父に紹介してもらった者たちと誼を通じそれを平手政秀に報告した。


「与五郎、首尾はどうじゃ」

「はい、三河の国人で、清康に不満を持つ松平譜代の家臣阿部親子に戸田、清康の叔父信定などの者たちと誼を通ずることができました」


「思ってた以上に三河の有力者が多い。よくやったぞ与五郎、この者たちを調略すれば、清康はもう終わりじゃ」と政秀は含みのある言い方し、高笑いをした。


この後、与五郎を帰し、政秀は調略の準備と信秀に報告した。そして約1年後、松平清康、尾張に侵攻。その知らせを聞いた、信秀と政秀は不敵に笑った。






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