2.
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放課後、という事もあってか商店街には他校の制服を着た生徒達で賑わっていた。学生御用達のモクドナルドなど、俺行きつけの飲食店は基本的には長蛇の列を作っている。
時刻は夕方6時、ちらほらと会社帰りの社会の姿も見え始めていた。これから人が減ることはなさそうだ。
「待つのは嫌いなんだがな……」
俺は何事も直感で選ぶタイプだ。そして、決めた事には一直線に突き進む、止まることなどなんて考えない性格だと自負している。
とりあえず、どこかスムーズに注文できて、スピーディに食べ物を提供してくれる場所を探していると……空腹を忘れる程の賜物に出会った。
「ぁ、あれは!?」
おそらくは会社帰りの女性だろう。黒いスボン型のスーツに横に長いメガネ、スッと伸びた高い身長はヒールによる物ではなく天性のものだということがわかる。
そして、その雰囲気にあった少し大人しめのポニーテール。頸から4センチ程上の部分で纏められているアンダーポニーテールというタイプのポニテだ。
社会人らしい真面目さと、彼女の凛々しさが強調されている大人のポニテ……俺は一瞬にして心を奪われた。
「す、すいません! あの!!」
気がつくと、俺は見ず知らずの女性に向かって駆け寄り声をかけていた。疚しい気持ちなど微塵も無い。
ただ、写真を……あわよくば触らせてもらえないだろうか。何もしない……先っぽだけ、先っぽだけでいいから。
しかし、大人の女性は俺の声に振り向く事なく商店街の裏路地へと歩いて行く。よく見ると足取りが不確かで……まるで寝ているみたいだった。何かが変だ。
「ちょっと待って下さい! 先っぽだけ、先っぽだけだから!!」
なんとか先端に触れ、そのキューティクルを感じたい俺は必死に女性を追いかけて行く。裏路地は暗く、奥へ進めば進むほど昼とは思えない光景になる。
普通、女性が一人で入るような場所では無い。よく考えれば当たり前の事だが、今は目の前で揺れるポニテに夢中で気が付かない。
異変に気が付きたのは女性が角を曲がり、一瞬姿が見えなくなった時だった。俺もその角を曲がり女性を探して周囲を見渡してみると……。
「……なんだ、ここ? こんな場所、この街にあった……のか?」
影が白くなり、光が黒くなっている。何を言っているのかわからないと思うが、本当に言葉の意味のまま、歪な光景だ。
周囲を囲っていたビルは、現代に相応しくない形状の物に変わりコンクリートと木が混じったような……まるで、アニメや漫画で見るファンタジー世界の建造物が入り込んだみたいだった。
「さ、さっきのポニテは……?」
振り向き、一度道を戻ろうとしたのだが何度も何度も同じ場所に来てしまう。
……どうやら、先に進むしかなさそうだ。
素面になった俺は、ゆっくりゆっくり導かれるように一本道を進んでいく。奥に入って行くにつれ、混沌とした光景が強まる。
ホラー映画は好きだが、実際自分が奇妙な目に会うとこれほど恐怖を感じるのかと思った。自然と足が震え、春も終盤だというのに鳥肌が立った。
そして……400メートルくらい進んだだろうか。壁に囲まれた大きな広場が見えてきた。だが、その広場の中心には巨大な影が立ち塞がっていたのだ。
「……お、お化けか?!」
ビビった俺は物陰に隠れて影の正体を確認しようと慎重に顔を出す。暗くてよく見えない……が、獣か? ゴリラに近い……いや、薄く見える鬣はライオンのようにも見えた。
体長は俺の2倍はある。お化けというよりも、化け物という言い方が合っていと思う。
あんなのに見つかってしまえば殺されてしまう。全身が警鐘を鳴らし、本能に逃げろと伝えてきた。
だから帰れるかはわからないが、とにかくここから離れようとした時…………。
「…………ッ、まじかよ……」
化け物の右手。巨大な拳の中には先程見つけたポニテ美女が握られていたのだ。
力なく、ぐったりとしている。外傷は見られない……生きているのか、死んでいるのか、わからない。
だけど、化け物は胴体を鷲掴みにしているが大事そうにしているように見えた。
どうする? なんて考えてる場合じゃないな。
「うぉい、化け物野郎ッ!!!」
「グルゥ……」
物陰から飛び出し、出来るだけ大きな声で叫び人差し指をビシっと刺した。俺の存在に気が付いた化け物は喉を鳴らし、此方に振り向く。
「その女性をどうするつもりだ! 離しやがれ!!」
言葉は通じる気はしないが、一応喋れる可能性も考慮してカッコいい台詞を吐いたのだが奴は理解していないようだ。
小さい頃に見ていたヒーロー物だと、ここで変身し華麗に女性を救うのだが……俺にそんな力は無い。
なるべく和解という道を選びたかったのだが……そうはいかないらしい。
「グオぉォォォオ!」
「うわ、ちょま、暴力反対だぜ!?」
交渉の余地無し。いきなり襲いかかってきた化け物は女性を掴んでいる反対の手で拳を放ってきた。
ギリギリのところで横に飛び込み、攻撃の回避に成功した。が……それがより恐怖を助長させることになる。
目標を外した鉄拳は壁に突き刺さり、明らかにコンクリート質な物を粉々に砕いたのだ。直撃すれば俺の体はこれ以上悲惨な事になってしまうだろう。
距離が近付いてようやく見えた化け物の顔は獅子そのものだ。だがネコ科とは思えない……だって二足歩行なんだもん。ムキムキの腕で攻撃してくるんだもん。
金色の瞳はギョロッと俺を睨むと、再び拳を振り上げた。
「ッ、うぉぁあああ!!!」
襲い掛かる追撃の嵐を、必死のかわし続け広場を回るように逃げ回った。このままでは女性を救う事はできない……けど、何も出来ることがない!
圧倒的な戦力差、手も足も出ないとはまさにこのことだ。
徐々に奪われて行く体力、拳の風圧が体を掠める度に冷や汗がダラっと流れる。距離は縮まれていき、命の危機が現実味を帯びてくる。
……そしてついに。
「はぁ……はぁ……これじゃぁ何ででてきたのか……わかんねぇな……」
見る影も無くなった広場の片隅に追い詰められ、自身の無力さに落胆した。
このままでは、俺も、ポニテ美女も死んでしまう……せめてポニテだけでも救いたい。無駄な足掻きだろう、意味の無い事だというのは分かっている。
けど、何もできないのは悔しいだろ?
「う、うぉぉぉぉお!!!」
震える足を叩き、化け物に向かって特攻していった。窮鼠猫を噛む、その言葉を現実にしてやる。
迫り来るコバエをはたき落とそうと、奴の平手が眼前に迫ってくる。巨大な影が視界を包み希望を奪い取っていく。
“死”————その言葉がいよいよ目前になり、走馬灯が頭を過ぎった。
……自分の行動に悔いは無い。ポニーテールの為に死ぬのだ、最も俺らしい死に方だろう。だが……ポニテ美女を救えなかったこと……それだけが心残りだ。
神様頼む……最低限でいいんだ。ポニーテールを救える力を……なんてな。
その願いは叶う訳が無く————目の前は真っ赤に染まった。
「その願い、聞き受けた」