10.
☆
この商店街を抜ければ多尾町の中心地である多尾中公園に着く。しかし、俺たちの目に飛び込んできたのは今まで見たことない光景だった。
「なんだ……これは!?」
(流石に異常じゃな)
屋根の上を飛び上空から商店街を見下ろしていると、何人ものポニテ美女がゆらゆらと多尾中公園へと歩を進めていたのだ。
忘れちゃいけないのが今はアマノガワにいるということ……街並みも少し歪み変化している。
(やはり、かなりの強敵みたいじゃな)
縫合獣はアマノガワでしか活動ができない生き物だ。故に、魔力誘導を使い人間をアマノガワへとおびき寄せ、そこで魔力貯蔵器官を吸収することになる。普通の人間は自分の力ではアマノガワには入る事は出来ない。魔力を持っていても、使い方を知らないからな。
だから、ここにいるポニテ美女は全員一度に今回出現した敵におびき寄せられている……という事になる。
「今まで一人ずつだったのに、な」
(一人引っ張ってこれる程の魔力だけしか今までの縫合獣が持ち合わせていなかったのじゃろう)
その分、強大な敵だという事は間違いないのだろう。
どんな敵なのだろうか……そう想像すると、少し鳥肌が立った。
(どうした、怖気付いたか?)
「バカ言え、武者震いさ。俺が直ぐにポニテを救ってやるさ」
(あぁ、そのいきじゃ)
少しの不安と、大きな自信を持って駆ける俺たち。声色からイラもそれ相応の自信を持っている事が伺える。
二人の信頼関係は戦いを重ねる度に深まっている。そして。それが強くなればなるほど変身時の力も上昇していった。いや、イラが言うには「本来の力をアマノガワでも発揮できるようになっている」らしい。
別々の世界の因果が無い者同士の融合の場合、やはり魔力作用に異物が混じるようでどうしても全開にできないのだという。
それを強引に100%の状態で発揮できるようにするのが黒糸と呼ばれる縫合獣を作り出している黒い糸だ。……理性を失うという欠陥品だがな。
(そろそろ魔力の反応がある地点に着くぞ、警戒を強めよ……っと言う必要は無さそうじゃな)
「……これは納得だ」
(ボヤけていた訳では無かった、という訳じゃ)
多尾中央公園が視界に入った瞬間に俺達の前には縫合獣が現れた。いや、違う。現れたというよりは視界に映り込んだという表現の方が正しいな。
公園全体を覆う程巨大な体……まるで飛行船のような楕円の形をしている。それが超低空で浮遊しながら大きな口を開けポニテ美女を待ち構えているのだ。
(あの巨体はなんじゃ? 妾の世界ではあのような生物は存在しておらぬ)
「見るにクジラって生き物だな……それも、シロナガスクジラっつーアルタルス最大級の哺乳類だ、けど本来なら水中でしか生きられない筈なんだけどな」
(ふむ、なるほど……巨大な水棲生物にベガルスのリヴァイアサンを混ぜたようじゃな)
「リヴァイアサンって……あの蛇みたいに長い化け物の事か?」
(よく知っておるではないか)
「こっちのおとぎ話で出てくる怪物なんだよ。でも、そいつも水棲生物なんじゃ?」
(基本的にはな。しかし、陸にあがり獲物を捕食する場合もある。得意な狩場が水の中というだけじゃ。恐らくは大きく水中を基本生息区域にしている生物同士で適合率が高かったのじゃろう)
適合率……2つの魂の共通点を指す。それは思考であり、見た目であり、生き方であるらしい。これが高ければ高いほどアマノガワで発揮できる魔力の上限は上がり、より強力な縫合獣が完成するという訳だ。
もし仮に、俺達の適合率を測ってみたとしよう。多分最悪の結果になると思う。俺とイラ、共通点なんて視覚的には1つも無いからな。唯一繋がっている部分は“心”になる。「織姫をぶっ倒す」「世界に平和を(ポニーテールを消させない)」といった熱意が合体を可能にしているのだ。
(名付けるのであれば……ケートスとでも言おうか)
「よし、ならばこれより縫合獣ケートスの殲滅に向かう……って言ってもなぁ……」
(どうしたのじゃ?)
「いや、これだけの巨体……どこから攻撃していいものか、と」
(はは、なぁに簡単じゃよ。どこから攻撃すればいいか悩んだ時は、どこからでも攻撃して良いという事!)
「あ、そうか!」
(急げ、魔力貯蔵器官が呑み込まれていく前に)
「合点承知!」
最後の屋根瓦を最大の脚力で踏みつけ、背中から噴出した炎で急加速した俺はケートスの正面へと隕石のように着地した。
地面がめくり上がり、砂ほこりを竜巻のように撒き散らす。そして、縦7メートルはあろう巨大でだらし無く開いた口目掛けて下から掬い上げるようにアッパーカットを繰り出した。
「Uoooooォ……」
腕から連鎖的に爆発を発生させ、威力を高めた一撃は重く硬いその口をカパンっと弾き飛ばし強制的に閉ざした。爪が下顎を斬り裂き、バラバラと布切れのような物が飛び散る。
鯨の咆哮など聞いた事が無いから例えようが無いが、低く響く声で唸るケートス。
案の定スピードは遅く木偶の坊みたいだ……このまま一方的に攻撃を仕掛け、核を探しだし破壊すればいい。そう思った時だ。
(手騎! お箸を持つ方の手側に攻撃じゃ!)
「うぉ!?」
イラの警鐘を聞き、咄嗟に後方へ飛び距離を取った。刹那、俺のいた位置に向かって水色のレーザー光線のようなものが照射される。
バッと顔を前に向け状況を確認すると、ケートスの周辺には10……いや、20個程の小さな魔法陣が展開され、そこから先のレーザーを放ったようだった。そして、魔法陣は角度と位置を変え光を纏い始めた。
(喰らうな! 相性は)
「最悪だな!」
極限まで圧縮され放たれる水は、真剣よりも鋭利と聞く。その証拠に着弾した場所は底が見えなくなるほど細く深く抉られていた。
イラの言う「喰らうな」の意味は「受けて防ごうとせず、全弾避けろ」ということだろう。火は水に弱いという属性相性はゲームでお馴染みの設定だ。
「Goooooooォォォ!!!」
「って……言ってもな!!」
ケートスは再び唸ると捕食より先に邪魔者の排除を行う為、空中に浮遊し迎撃体制にはいった。と同時に魔法陣の数が10増え、奴の体周辺に輪っかのように繋がっていく。
そして、全ての魔法陣から一斉に水圧レーザーが照射された。
「————ッ! ふッ、とッ!」
無限に放たれる砲撃はまるで戦艦のようだった。早く、鋭い一撃を最小限の動きで躱していく余裕など全くなく、絶対に当たらない距離を取りながら必死に直撃を避けてくいく。
イラの目のお陰で何とか回避することはできる……が、このままではジリ貧だ。攻撃する手段も隙もありゃしない。
(ぬ……割とピンチかの?)
「な、なんのこれしきッ」
(じゃがのぉ、妾の合体制限時間にも限界があるでのぉ……)
「後、どれくらいだ?」
(2分じゃな)
「それを早く言えよ!!!」
炎を制限すれば変身時間を伸ばすことは出来るが、この攻撃の嵐の中で少しでも手を抜く事を考えれば……その瞬間に俺の命は刈り取られてしまうだろう。
加速する為にも魔力を使っている……攻撃にも魔力を使っている……確かにこれじゃあ消耗も激しい筈だ。
どうする? どうすればいい? 攻撃する隙を作るには……奴の魔力切れを待つか……? いや、ダメだ。向こうの方が適合率も高い分、魔力を使用限度も大きいだろう。もしかしたら、という希望的観測思考はポニーテールを守る者として持ってはいけない。絶対に守らないといけないのだから。
「ッ……っく」
(集中!)
「わかってる!」
レーザーが左腕に擦り若干の痛みが走った。纏っていた炎が僅かに水を蒸発させ、微かに白い煙を上げる。それを見て、俺はあるアイディアを思いついた……が、肝心である敵の核の位置が分からない以上意味が無い。
苛烈化していく攻撃は、徐々に俺の体力と魔力を奪っていき炎の出力が弱まっていくのを感じた。
アマノガワでの変身活動限界時間も迫り、思考の背中を強引に押す。
「ど、どど、どうすればいいと思う!? イラ!」
(あわ、慌てるでない! こんな時こそ平常心、明鏡止水の境地じゃ!)
「んなことッ————ッグァ!!」
(グぅっ!)
左右から襲い来る攻撃を躱し、身を捩ったところに正面からの攻撃。体制を整え回避行動に移そうとしたが、思うように炎が噴出されず正面からレーザーを受けてしまった。
咄嗟に左手の手甲で顔を隠し防いだが、貫通はしなかったものの手甲は付属の三本爪ごと粉々に砕け散り、2トントラックと打つかったような衝撃を受けた体は後方へと大きく吹き飛ばされた。
広場の隅にまで吹っ飛び、商店街に聳えるビルに激突しそうになるが渾身の魔力を振り絞り、なんとか衝突を避ける。だが、残りの魔力は少なく飛ぶ力さえも残されていない俺達はそのまま地面へと落下した。
「ガッ……は!」
(くッ、い、痛いの……)
「す、すまん」
(なんのこれしき……じゃが、本当にまずいのぉ)
「あぁ……」
俺達を追い越しながらポニテ美女達はケートスに向かって前進していく。まるでゾンビのように化け物に大行進していく様は恐怖すら覚えた。
このままのペースで進んでいけば、およそ5分で奴の口元に到着しペロリと丸呑みされてしまうだろう。
「……やるっきゃねぇ!!」
(待て、手騎!)
「なんだ! 時間が無いぞ!」
(策はあるのか!?)
「んなもん無い。だけど、やるしかねぇだろうが!」
(無謀と勇気は別物じゃ! 無策は愚策と心得よ!)
「だけど!」
(よいか、今ここで手騎が倒れれば、これから襲い来る縫合獣からポニーテールを誰が守る!? ここは一旦引き、対策を思案してから再戦するのが聡明な判断じゃよ!)
「…………」
(竜馬!!)
イラの言っている事はよくわかる。今、この場にいる人達の救助を諦めて再戦した方がより確実に、より多くのポニテ美女を救えるだろう。
幸い、奴らの狙いは魔力貯蔵器官のみ……命が奪われる事は無い。だが、一度喰われてしまえば二度とその子はポニーテールに……いや、髪型を自由に変えることさえできなくなってしまうのだ。そんなこと……許される筈がない。
だから、だから俺は……たとえ一片の勝算が無くても、非効率でも、偽善的でも目の前で喰われようとしている人を見過ごす事なんてできない。
「ごめん、相棒。俺は行く、赤芽 竜馬は決死の覚悟で奴を倒す」
その言葉を聞いてイラは「ハァ」と一度ため息を吐くと、黙り込んだ。彼女のことだ、きっと俺がそう言うってわかってたに違いない。現に、融合している感情からは怒りや悲しみといった負の印象は感じられないからな。
「……さて」
体の向きを正し、有鱗目でケートスを真っ直ぐ睨み付ける。奴は元の位置に戻ると再び口を大きく開き誘い込んだ獲物を待っているようだった。そうはさせるものか。
右手をグッと握り残りの魔力を確かめる……残量14%といったところか。笑えるくらい貧乏だ。変身を維持しているのがやっと、って感じ。
だけどこの14%を全力で打つければ、勝利の光が見えるかもしれない……僅かだが、その可能性にかけるしかない。たとえ、この身が砕けようとも。
「俺達の底力……見せてやるぜ!!」
右足を後ろに下げ、地面をグッと踏みつけ加速しようとした————その時である。
「ッ!? うぉ!?」
何者かにポニーテールを引っ張られ、俺はその場に尻餅をついてしまった。新手かと思ったが、追撃を仕掛けてくる様子は無い。
「ッて……誰だ?」
この緊迫感溢れる現場でイタズラをする不謹慎な者の姿を見るため、空かさず振り向いた。そして、真っ赤な瞳に映った人物は最もここにいて欲しく無い人であり、最もよく知っているポニテ美女だった。
「りょう……ま?」
「————!? なな、な、靡!?」
家に居たはずの彼女は、よりにもよってアマノガワに……そして変身した俺の後ろに立っていたのである。