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14:バックス公爵の陰謀

 

 朝。

 ハルの下へ、アリシアが来訪した頃――。


「ほう?」


 報告を聞き、バックス公爵は木の芽のように小さな瞳をちろりと蠢かせた。

 その両手には細い棒が握られており、棒には太めの糸が絡むように巻き付いていた。セーターを編んでいるらしい。

 はた目からは、ヒグマが裁縫にいそしんでいるように見える。体長六尺(百八十センチ)を超える巨漢であった。この男、多忙な軍務の合間に編み物や新たなお菓子のレシピを考案することが多い。


「クレアが傭兵らしき者を連れて、夜遅くにアリシアの部屋を訪れた、と」


 フェルビナク王国の公爵、バックスは王国最強の騎士団を率いる団長である。

 王宮にいる衛兵や武官のうち、およそ半数はバックスの息がかかっている。アリシアの護衛として彼女に付き従う近衛兵の中にも、彼の密偵が混じっている。

 朝と夜の定められた時間に、スパイはバックスの執務室を訪れてその日の出来事を報告する決まりとなっていた。


「はい」

「それで、何を話した?」


 視線を落とし、みっちりとした肉厚の手で編み棒を器用に動かす。


「退席を促されましたので詳細はわかりません。クレア局長が滞在したのは数分です。その後、アリシア様の顔色が変わっていました」

「……」


 バックスがセーターを編む、棒の動きが止まった。


「その傭兵らしい者というのはどうしている?」

「王宮の離れにある客人用の家の一つに泊まっているようです。周囲はクレア長官の管轄区のため、うかつには近寄れません」

「そうか。ご苦労。下がれ」

「はっ」


 密偵が退出する。

 バックスは編み棒を置き、茶色の瞳で執務室の天井を凝視した。


「く」


 その口から。


「くくく」


 笑いが漏れた。


「女狐め。やはり俺の考えは見透かされているか……」


 口から洩れるその笑い声は陰鬱で病的で、おかしいから笑うといった健康的なものとはかけ離れている。


 バックスは考える。


 ギルド統括局長クレア。

 クレア・マーベル。


 “魔王を辟易させた”という二つ名と、“死神”の異名を持つ、暗殺者一族出身の能力者。

 マーベル家の長男との結婚を機に裏の世界から引退し、夫が死別するとともにその役職を引き継いで長官となった。その当時、夫を暗殺したのではないかという噂がまことしやかに流れたものだ。

 その噂を流したのはバックスなのだが。

 つまり、デマだ。


 クレアは傭兵ギルドに大きな影響力を持つ女であり、騎士団を率いるバックスにとっては目障りな政敵でもある。国王オズワルドに悟られぬ範囲での縄張り争いを繰り返し、互いの手駒を殺し合ったことは両手の数では数え切れぬ。


(だがなクレア、お前の力であの小娘を守るのはさぞや大変なことだろう)


 笑いが止まらない。勝つことがわかっている戦いのなんと楽しいことだろう。


「バックス閣下。大変ですっ、姫が、アリシア様がっ」


 ノックもせず、先ほどとは別の密偵が執務室に転がり込んできた。


「どうした?」

「姫が失踪しましたっ」

「何だと!?」


 バックスが思わず机をたたき、机に置かれていた編み棒がめきりと音を立てて割れた。

 ヒグマのような顔の、血相が変わっている。


 アリシアの暗殺計画を、クレアが察知するであろうことは分かっていた。だが、まさか王宮内で姫を拉致するなど想定外だ。


(俺と刺し違える覚悟で王に密告でもしたのか?)


 “バックス公爵がアリシアを暗殺しようとしている”と。

 そして、陰謀を聞きつけた王がひそかに手回しをした?

 わからぬ。可能性は捨てきれぬ。既に腹心の配下の数人に計画を話しているのだ。そこから裏切り者が出たのかもしれぬ。

 いや。

 ならば自分が、こうして執務室で安穏としてられるはずがない。


(クレアの独断か?)


 クレアが暗殺を妨害しようとするとすれば、アリシアを魔王の下へ送る旅の最中のはず。彼の部下がアリシアを暗殺する現場を押さえ自分を失脚させるための材料が整った頃だろう。そう思っていた。


(ええい。判断材料が足りぬ)


 もしアリシアを保護され、魔王の下へ届けられるとなれば彼の立場はない。立場がないどころではない。魔王とこの国の王女が結婚してしまうのだ。そうなれば、国が魔王に乗っ取られる。


 黙したまま目まぐるしく思案し、思案がひと段落つくと共にバックスは叫んだ。


「初めから詳しく話せ!」

「はっ。姫が失踪しました」

「それは聞いた!」

「給仕が朝食を出す時までは、姫様はいつも通り私室におられました。二名の近衛兵がいたそうです。給仕が毒見を終え、退席した後が不明で、近衛によるといつの間にか姫が消えていたとのことです。近衛兵の意識はもうろうとしていて、まともな会話できるような状態ではありません」

「ちぃぃぃぃ……!」


 まずい。まずいまずいまずいまずい。誰が手引きしたのか。決まっている。クレアだ。実行犯は分からぬ。しかし一流の魔術師クラスの芸当だ。


「草の根分けても探しだせ! この国の運命がアリシアにかかっているんだ!」


 アリシアは、死ななければならない。


「はっ!」

「失礼します! アリシア王女が見つかりました!」


 鎧を着た衛兵が、言いながら飛び込んできた。


「何だと、どこにいた!?」


 バックスではなく、先ほどまでバックスに報告していた密偵の男が聞いた。


「口を濁しています。旅立つ前に、恩人の方に挨拶をしておきたかっただとか。普段通りの足取りで自室に戻られました。服が乱れた様子もありません。皆さま血相を変えてどうなさったのですか、と尋ねられました」

「…………」

「…………」


 その報告に、バックスと密偵の男は顔を見合わせた。


(どういうことだ……?)


 わけがわからない。


「アリシアが姿を消してから戻るまでどのくらいの時間が経った?」

「正確にはわかりませんが、最長でも半刻(一時間)ほどです」

「誰かが手引きした形跡はないのか」

「はい。あ、いえ、わかりません。姫についていた近衛の話は要領を得ませんので」

「…………」


 王族警護を任せられるほどの技量を備えた近衛兵の目を盗み、部屋から抜け出すなど魔術の扱いも知らぬ小娘には不可能だ。警護についた近衛兵たち全員が口裏を合わせるなど考えられぬ。幻術の扱いに長けた魔術師の仕業であろうか。


 げせぬ。


 アリシアはすぐに戻ってきたという。普段と変わらぬ様子だという。


「恩人に挨拶をしてきた、と言ったな。誰だ?」

「十年前に、自分を助けてくれた相手だと言っておりました」

「なに?」


 箱入り娘。産まれたその日から、魔王の妻となる運命を背負った女。幼い頃から花嫁修業を施し、王宮に軟禁して他者との交わりを極力断って育てられた。

 だが、ただ一度、騒ぎになったことがある。アリシアが王宮から抜けだした事件だ。

 あの時、確かアリシアは“長銃を持った男の人に助けられた”と言っていた。


「クレア長官が手引きして引き合わせてくれたそうで」

「クレアが……?」


(そんな無意味なことを?)


「昨日、クレアが引きつれたという傭兵がそれか」

「そのようです」

「……」


(俺の先走りか?)


 昨夜、アリシアはクレアから自分の暗殺計画を聞かされた。そう思っていた。クレアが引きつれた傭兵は、アリシアの護衛役だろうとも。だが、違うのかもしれない。


「いや、まだわからん」


 バックスは思案する。

 自分が暗殺されると聞かされた女が、次に何を考えるのだろうか? と。


(俺ならば、直接会って確かめる)


 自分を護衛するという相手が、どういう者かを確かめる。


 その者の利害、誰の命令で動いているのか、どの程度の報酬で動いているのか、金で釣れるのか、命の危機になったら自分を見捨てるのか、それとも職務を全うするのか。確認すべきことは山ほどある。

 そしてその確認作業は、密偵かどうか分からぬ者を立ち会わせるわけにはいかない。人目をはばかる必要がある。


(虚言か? 確かめるために、恩人に会ってきたと嘘をついた)


「クレアの管轄区域にある王宮の離れ屋敷に、傭兵の恰好をした男が泊っているはずだ。探して連れてこい。抵抗するようなら手荒な真似をしても構わん。そいつがアリシアをかどわかした疑いがある。俺の命令だと言え。邪魔する者は蹴散らせ。クレアにも謀反の疑いがかかっている」

「かしこまりました」

「相当の使い手のはずだ。屈強な兵を十人以上連れていけ。そいつを捕らえるまでは城門の門扉を閉ざし、跳ね橋も上げておけ。念のためだ」

「はっ!」


 もし、アリシアと会っているのなら。何を話していたのかを吐かせる。会っていなくてもいい。拷問にかけ偽の自白をさせ、蛮族の間諜(スパイ)に仕立て上げればいい。呼び込んだのはクレアという事にする。二段構えの目論見だった。


 ハルの下へ、武装した兵たちが向かっていった。



2021/1/16 冗長と思いお蔵入りにしていた部分を追加。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 焦りも頂点に達すると笑えてくるよね。 [気になる点] 死神の部下を主人公の護衛を付けとけば、不要な殺生だったろうに…
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