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甘い毒薬  作者: べーこ
番外編
5/6

Just for you

2人が付き合ってから初めてのホワイトデーのお話です。

「ありがとう。今日も送ってもらって」

「あずさ先輩のためなら家まで送るなんて全然問題無いっす。むしろ俺がしたくてしてるんですから気にしないでください」


昴と付き合ってから2か月と少し経っていた。相変わらずあたしに尽くすのは変わっていない。今だってあたしの鞄を持っている。

昴は私の鞄と大きな紙袋を両手に持っていた。そして自分の鞄は背中に背負っている。3つも荷物を持っているから申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

自分で荷物を持つと言っても聞きやしない。


「彼女の荷物の1つや2つ持つのが男の甲斐性ってもんです。だから先輩は俺に甘えていればいいんですよ。なので荷物は渡しません!」


そう言って絶対に荷物を私には持たせてくれない。

雑談しながら歩いているとあたしの家が見えてきた。


「家、着いちゃいましたね。先輩とお別れと思うと寂しいっす」

「なーに言ってるの、明日も学校で会えるでしょう」

「それでも先輩と別れるこの瞬間は寂しいっす」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん。じゃあまたね!」

「待って先輩。今日、ホワイトデーでしょう。これバレンタインのお返しっす」


そういえば今日はホワイトデーだ。

今年は昴という彼氏ができたので初めてバレンタインにチョコをあげたなと思い出す。

不器用で大雑把なあたしは手作りのものをあげるという選択肢は最初から無かった。

近所のスーパーのバレンタインフェアで買った既製品のチョコレートを昴に渡した。

その時の昴のはしゃぎ様は忘れないだろう。


「ありがとう。ってデカっ。中身何?」


昴は持っていた紙袋をあたしに渡した。立派な菓子折が入ってるのかと思うくらいにはデカい。バレンタインに渡したチョコと大きさが釣り合ってない。


「普通のお菓子っすよ。本当は洋服とかネックレスとか形に残るものをあげたかったんすけどそれだと前みたいにあずさ先輩ビビるかなって」


前と言うのは私と昴が付き合うきっかけとなったクリスマスの事だ。

彼からもらったクリスマスプレゼントは高級ブランドの指輪というとんでもなく立派なものだった。

その指輪は今も右手の薬指につけている。

だけどそのプレゼントにビビったせいで昴と一悶着あった。


「当たり前でしょ!チョコレートのお返しが洋服やネックレスとかなんて申し訳ない。全然釣り合っていないじゃん」

「先輩がそう言うのわかっていました。だからお菓子っす。それなら同じお菓子で対等ですし、あずさ先輩も気にならないでしょ?なんとぜーんぶ俺の手作りっすよ。心を込めて作りました。だからちゃーんと食べてくださいね。じゃあまた明日。お菓子の感想待ってるんで!」

「じゃあまた明日ね」


昴はあたしが家に入るまで見送っていた。

昴はずっとニコニコしていた。


玄関に入ると見慣れない女ものの靴があった。


「ただいま〜」

「おかえり、あずさ。お姉ちゃん帰ってきてるから手洗ったら挨拶するのよ」

「お姉ちゃん帰ってきてるの?!でも明日平日でしょ?仕事行かなくていいの?」

「あの子有給消化しないといけないから昨日から1週間休みなんですって。だから今日のお昼頃からこっちに帰ってきてるのよ」

「そうなんだ」

「あら、あずさ手に持ってるの何?もしかして昴くんからのお返し」


相変わらず目敏い。お母さんは娘の恋愛事に興味しんしんなのだ。

あたしと昴が付き合ってからはデートはどこでするのとか上手くいっているのかと毎日のように聞いてくる。


「そう。バレンタインのチョコのお返しだって」

「あずさも色気付いちゃって。早く中身見ましょう」


そう言ってお母さんはあたしに中を見るようにせがむ。


「その前に手洗ってくる」


私が洗面所から戻ると同時にリビングのドアが開いた。


「お母さんはしゃいでどうしたの?私の部屋までお母さんの声聞こえてきたよ」


お姉ちゃんが母のはしゃぐ声を聞きつけて来た。


「お姉ちゃん、久しぶり。あたしの彼氏のお返しで今盛り上がってたの」

「えっ?!あずさ、彼氏いたの?」

「うん。一応ね」

「そうよほのか。あのあずさに彼氏が出来たことにもびっくりだけど、その彼氏がまたイケメンなのよ〜」

「あずさがねぇ。この紙袋は例のお返し?」

「そうだよ。中身なんだろう?」


気になって紙袋の中に入っている箱を取り出す。

結構な大きさのギフトBOXだ。

焦げ茶色の箱にミントグリーンのリボンがかけられている。シックな雰囲気の中に可愛らしさがあってすごくあたし好みだ。

ミントグリーンのサテンリボンを解き、箱を開ける。

中にはメッセージカードと3種類のお菓子が入っていた。

何よりも真っ先に目がいったのは綺麗に飾られたお菓子だった。

1つ目はマカロンで箱のスペースの半分くらいを取っている。

だけどただのマカロンではない。

いずれも可愛らしい動物の顔がモチーフになっていて食べるのが勿体無いくらいだ。

黄色いマカロンはヒヨコ、白いマカロンはウサギ、ピンクのマカロンはブタの顔になるように作られていた。

それらが1つづつ包装されていて、1種類につき2つづつ入っている。

目や口を描くためか一般的なマカロンよりも大きいサイズだ。

残ったスペースの半分にはこれまた包装されているマロングラッセが入っている。

最後のスペースには一口サイズのバームクーヘンが入っていた。1つ1つがチョコレートでコーティングされている。

これもまた1つずつ包装されており、プレーンチョコレート、ホワイトチョコ、ストロベリーチョコと種類は様々だ。

男子高校生の手作りと言うにはレベルが高すぎる。お菓子作りが得意なのって言う女の子が裸足で逃げ出すだろう。


「可愛いじゃない!あずさほら食べてあげたら。昴君あずさのために用意したんだから」

「そうだね」


母に促されて1種類ずつ口に入れる。

はっきり言ってすごく美味しい。素人が作ったと思えないくらいには美味しい。


「美味しい。お母さんやお姉ちゃんも食べたら」

「じゃあ早速……」


お母さんがマカロンに手を伸ばそうとする。


「待って。これは昴君があずさのために用意したんだからあずさが責任もって最後まで食べてあげるべきだと思う。お母さんも悪ノリしないでよ」


ずっと黙っていたお姉ちゃんがお母さんを止める。お姉ちゃんがここまではっきりと物事を言うのは珍しい。


「わかった」

「ほのかの言う通りだったわ。昴君があずさのために用意したものだったわね。2人とももう少しで夕食だから手伝って頂戴」


夕食後、あたしはお姉ちゃんの部屋にお邪魔した。久しぶりに帰って来たお姉ちゃんに会いたいのもあったし訊きたいことがあったのだ。


「ねえお姉ちゃん、どうしてあの時お母さんがお菓子に手をつけるの止めたの?」

「あずさ、お菓子言葉って知ってる?」

「お菓子言葉?なにそれ?」

「お菓子にもね、花言葉みたいにあげるお菓子によって意味があるんだって。例えばマシュマロだと『あなたが嫌い』って感じで」

「知らなかった。っていうかマシュマロってお返しの定番なのにそんな意味あるんだ」


嫌な予感がする。昴は結構重たい男だ。実際クリスマスで彼の重たさを嫌というほど見せつけられた。だけど好奇心で訊いてしまった。


「ねえ、あたしがもらったお菓子の意味ってなに?」

「マカロンは『特別な人』、バームクーヘンは『永遠の愛』、そしてマロングラッセはね『永遠の愛を誓う』って意味があるの」


重たい。重たすぎる。だけどただの偶然の可能性だって捨てきれない。


「マジで?だけどそれってただの偶然じゃ?」

「私も最初はそう思ったんだけど、多分違うと思う」

「なんで?」

「マカロンとバームクーヘンはまだわかるけどマロングラッセなんてあまりお返しとしては有名じゃないでしょ。それに気付いた?包装も工夫されてるのに」

「どういうこと?」

「箱にかけられていたリボンの色はあずさの好きな水色でしょ」


言われて見ればそうだ。昴に前好きな色を聞かれたときにミントグリーンが好きだと言った。

包装も私の好みそのものだ。

そして気がついてしまった。

このお返しは昴の想いが余すところなく詰められている事に。そしてこれはあたしただ1人に捧げられたものだ。

『あたしに喜んで貰いたい』という気持ちだけではない。お菓子の一つ一つに込められた昴の想い。全然対等なんかじゃない。昴の嘘つき。

そういえば昴は言っていたじゃないか。


『心を込めて作りました』と。


その言葉を思い出した途端にあの可愛らしいお菓子が恐ろしく見えた。だって1つ1つが昴の愛なのだから。口に入れるたびに彼の愛に浸食されていく。そんな気がした。

そして、あの時はお菓子で盛り上がってから見てなかったけどメッセージカードもあった。

恐る恐るメッセージカードを見る。

メッセージカードには『Just for you』とただ一言書かれていた。

なんてことない言葉だ。だけど昴を通してのこのメッセージは身動きができなくなるほど重たいものに感じられた。

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