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Let's 離婚までのカウントダウン

作者: 葉月あかり

 どうしてもっと上手に生きられないんだろう、と書いたのは15年前の私でアナログに書き記した大学ノートの日記帳は30歳を過ぎた今も未だに書き続けている。もともとは思春期真っ最中の私が自分の心の整理をつけるために始めたもので、自分以外の誰にも、もちろん親にも見せたことは一度もない。夫には隠れて書いているので結婚して5年経った今でも夫はアナログ日記の存在すら知らないだろう。

 自分の仕事が休みで夫は出勤している日の、昼下がり。近所の小学校から授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り、子どもたちの元気にはしゃぐ声が聞こえる。開け放した窓辺のカーテンが風に揺れる。

 子どもが欲しくて結婚したはずだった。少し手狭で安いアパートをふたりで借りたのも、将来の子どものことを考えて少しでも節約するためだった。結婚した当初は単純に素直に信じて疑わなかった、子どものいる生活が今はとても遠い。

 ぬるくなったコーヒーをすすりながら大学ノートに文字を走らせる。

 不妊に気づいてから妊活をしたのは私だけ。夫は婦人科に行くこともなく、溜まったと思われる頻度でむき出しの下半身を私の中に入れて出すだけだ。こんな言い方になるほど、私にとっては苦痛な子作りという作業。いつからかもうわからないが、子どもが欲しいという私の中で、子作りとセックスが乖離した。自分がただの穴のように感じてしまう。何も感じない、ただぽっかりと開いた吐き出された性欲を飲み込むだけの穴。

 毎月の月経ですり減っていく精神力を少しでも夫と分け合うことができたら離婚までのカウントダウンは止まるだろうか。もしカウント0になる前に止めることができたとしても、そこにはもう糸の切れた人形のような私しかいない気がする。

 キッチンに立って鍋に水と卵を入れ火にかけた。鍋肌にふつふつと気泡が沸いては消えていく。もう何度繰り返しただろう。排卵日に合わせてタイミングをとっては生理痛で地獄の沼を歩くような感覚。消えていく気泡を眺めていると鍋をひっくり返して煮え湯ごと頭から被りたくなる。

 子どもができないということの苦痛を夫に訴えることも嫌だし、夫に隠れて泣くのももう嫌だ。私は夫に産婦人科で検査を受けてくれと頼んだ。その結果がわかるまでセックスしたくないと伝えると、それからしばらく私に触れてこなくなった。検査して自分に種なしだとわかるのが嫌なんだろうか。子どもが欲しくて結婚したが、もともと好きで付き合っていたのだし夫婦ふたりで暮らしていく将来も考えようと思った矢先。夫が私の胸に触ってきた。

「検査、してくれたの? 結果わかったの?」

 そう言った私に、

「いや、行ってないよ」


 カウント0まで一気に加速した瞬間だった。

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