スタートといえば、ここだよね
これはひどい(確信)
ふと、気づくと真っ白い空間にいた。
自分は今まで何をしていたのだろう?
考えてみたが、なかなか・・・いや、何も思い出せない。
ここはどこだ?
周りを見渡しても、とにかく異常なほど世界が白い。
これが白い代わりに黒かったら、まだ落ち着いていられたかもしれない。
仮に辺りが黒なら、どこかに自分が閉じ込められている説が出てくるからだ。
最悪なケースで、視力が無くなったなんて事も在りうる。
何にしても、想定できるだけマシな気がする。
だけど物理的に、『どこまで見ても真っ白な空間』なんてこの世に在りうるのだろうか?
・・・VR以外で。
スルリ、と最も可能性が高いものを考え付いて、納得する。
――――いや、そうか。
VRなら、そういう設定も可能か。
ならば、この変な状況はVRって思うのが最も現実的かな?
最近、最新型の完全潜入型のVRが凄いらしいって噂で聞いたし・・・。
しかし、例えそうだったとしても、何故自分はこんな状況に陥っているのだろう?
前後の関連性が思い出せない。
それに自分は最近実装された完全潜入型のバイザーなんて持っていない。
せいぜいあるのが、ゴーグル型のもの。
こんな風に装置をつけてる重みもなく、視界を完全に遮るものもなく真っ白く見えるなんてことはない。
ホント、何でこんな状況になっているのだろう?
あとは夢オチなのかなぁとも思ったけれど。
それとも、自分は記憶喪失とか?
冷静に考えて、最後に思い出せることは何だろう?って思ったら、こんな状況になった記憶どころか、具体的な事はすべて何も思い出せないことに気づいた。
自分が昨日何していたのか、学校に通っているのか、昨日食べたご飯は何だったのか、そして自分の名前は何なのか――――。
え?なんで???どうして???
焦る。
ただひたすらに気持ちが焦る。
焦ったところで、記憶喪失?と思しき理由の記憶もないので、結局何も分からない。
むしろ、何で先ほど『自分は新しいバイザーなんて持っていない』なんて思い出せたかの方が不思議だった。
日本語で考えているし、完全に記憶が消えてはいない筈だ・・・!
自分に関する事だけがハッキリと思い出せないだけで。
ただ何となしに実感があるのは、今まで記憶が無いなんて事もなく、最近まで普通に生活していたことと、どこかに行く用事があって・・・それで・・・
「死者は、死んだ直後だと記憶が曖昧になりがちだからね~。思い出せなくても無理はないよ」
聞きなれない単語を聞いたのに、意味が分かる事に首を傾げながらも、声がした方を振り返る。
振り返るという動作にも何やら違和感があるが、今は声の主の方が大事だろう。
多分、後ろを振り返れたのだと思う。
何しろ真っ白だし、恐ろしい事に自分の手足なども全く見えない為に、自分がどうなっているかさえ曖昧な気がする。
人間、真っ暗だと目を回して上下が分からなくなるんだったっけ?
海で潜水していて、溺れる人もいるんだったか?
それと似たようなものだろう。
・・・ああ、もう一つ。霧の中にいるって可能性もあったか。だが、声がした相手の姿はクッキリと見えたのでそれはないだろう。
だがしかし、振り返った先にいた声の主は、この白いだけの世界で異常なほどにクッキリとした輪郭をもって見えるのにもかかわらず、酷く曖昧な印象を持つ。
見えているのに、見えない?
何を自分で言っているが分からないが・・・見ただけの印象で言えば、声の主は男に見える。
そう、・・・多分男だ。
そして、恐らく黒髪だよね・・・?
う~ん?黒いのかな?
それすらも、何故だかよくわからない。
分からない理由も、分からないのだ。
目で見えて、髪はあるのは分かる。禿げていない、と思う。
なのに髪型も髪の色も良く分からない。
全て印象に残らない。
記憶に残らない・・・という以前に『認識できない』という方が正しい。
ふと、ある本の記述か何かを思い出す。
服を着る文化の無い人が、服を着た人に出会った時の話。
胸ポケットから煙草を出した姿を理解できず、カンガルーみたいに人間の皮から出したと思って非常に驚いたというのだ。
人間の脳は目で見ている情報をそのまま理解している、なんてことはきっとない筈。
気づかぬうちに自分も自身の今までの常識に照らし合わせ、ある程度置き換えているのだ。
男に対する髪の印象ですらそんな状態なので、顔の造形とか、全体的なバランスなどを理解することには既に匙を投げた。
ただ、何となしに『小柄だな』とは思ったけれど。
分からない物は分からない。
どんなに訳が分からない状況だろうが、出来ない物はできないのだ。
どんなに、非現実的であっても、この状況を受け入れるしかない。
きっと、自分が分からない未知の法則があるのだろう。
だって、今そういう事になっているのだから。
後で今の状況の理由が分かるかもしれないから、ありのままに記憶しておこうと思う。
・・・この出来事もちゃんと覚えていられるといいんだけど。
多分完全潜入型VRだと思うけれど、面白い機構だなコレ。
「君はホントに色んな事ばかり考えているね~。普通、『お前は誰だ!?』とか『ここから出して!』とか言うもんじゃない~?いや、言われても困るけどさ~(笑)」
そして、思考も読むのか。
やっぱりVRだな。
最新式だとAIにある程度の思考感応性があるから、高度な対応が取れると聞いていたが・・・
「違う違う~。VRじゃないよ、コレ。まぁ言葉の意味合い的には決して間違っていないかもしれないけど~疑似空間だよ。疑 似 空 間 !」
VRじゃない疑似空間とか、どこの中二病・・・。
残念な人なんだな。
「だーかーらー!死者って言ったでしょ!君は死んだの!ストーカーに側面から轢かれて!」
「まさかの異世界転移装置:車?流石にネタとしては使い古されているのと、痛いのでは?」
ないだろうか?
いや、定番はトラックで轢かれるべきでは?と、言うべきなのか?
そして「あなたは死にました」なんて事をリアルで言われても、信じる人なんていないだろう。
いや、これVRだったか?VRってリアルじゃないか・・・。
「そうだけど、ちが~う!!!」
などと、おちゃらけて遊んでしまったが、目の前の仮称:男にストーカーと言われて、何となく自分の前後の記憶が少し戻った。
そうだ。
確かに自分は、最近新たなストーカーが出来て、付け回されていたのだ。
自分はれっきとした男なのに、母に似た美少女顔であるらしい。
自分で自分の事を美少女というのも何だけど、母は本当に美人だったらしい。
父と結婚した後もシンパが大勢いたし、母も母で、取り巻きだか彼氏だかとデートばかりしていた。
本人の脳みそが、お花畑恋愛脳で、子供だったのだろう。
自分は「私、デートしてくるから、良い子でお留守番していてね♡」という悪意のないネグレクトで餓死しかけたところを、仕事が忙しくて中々帰れなかった父が気づいて保護してくれた。
多分2歳過ぎの子供は自分でご飯を用意できないどころか、水道も捻ることはできないし、冷蔵庫も上手く開けられない事が理解できていないのだろう。もしくは、人間は3日くらい食べなくても死なない、とかそういう感じなんだと思う。
確かに食べなくても死ななかったかもしれないが、たぶん父に発見されたときは脱水で死にかかってたと思う。
いや、母のデートの度に同じことがあったから、だいぶ痩せていたらしいし、結局餓死になるのか?
自分の記憶は、とてもお腹がすいていたことと、喉が渇いていたこと。暑かった事しか覚えていない。
とにかく寝て、母が帰ってくるのを待っていた。
動けなかったともいう。
あと、見つけてくれた父が泣いていたことと・・・。
まぁ。
その魔性というか、残念な『顔だけ母』と自分の顔は、大変遺憾ながらソックリらしい。
そんなわけで、小さい頃から真性の変態やら、拗らせた同級生などに追いかけまわされ続けてきた。
中でも、経済力もある変態男は金も使ってくるので性質が悪い。
全力で誘拐しようとした奴も何人かいたし、中学の時は帰宅途中に自転車に乗ったまま後ろから轢かれた事がある。
ただ、この時は本人に殺す意思はなく、ちょっとケガさせて救護にかこつけて攫おうと思っていたらしい。
衝突の威力が弱かったため、上手い事自転車だけが大破してすっ飛んでいき、自分は無傷で道の下の草地に投げ出され、そのまま全力逃走した。
夕方で暗かったこともあって男は自分を見失い、草地を探していた男は、自分が駆け込んだ先の近所の家の人の110番であっさり捕まった。
警察官が来てくれるまで、ずっと自分は草地で気を失ってるかケガをしていると思って真剣に探していたらしい。
アホである。
これでも、小学生の頃は道場に通っていたころもある。
受け身くらいなら何度も練習させられたのだ。
この時は斜面だったが、うまい事受け身が取れて、全くの無傷だった。
だが、今回のストーカーは、前回よりもっとヤバい奴だったみたいだ。
多分、予想だと「死んで一緒になろう」とか、「剥製にしよう」とか、そういう系ではないかと思う。
何となく最近つけられている気がしたので、気を付けてはいたのだが、初回接触から殺しにかかってきた。
帰宅途中で自転車に乗っているところに、全速力でセダンに轢かれたと思う。
ぶつかる直前にアクセルを踏んだのが分かったからね。
相手が何を考えているか分からない。
分かりたくもない。
ただ、自分はモノではないのだ。
多少、人と外れた女顔というだけの理由で、何故簡単に妄想を押し付けてく来てくるのだろう。
今度会ったらボコボコにしてくれようと思う。
まぁもう死んだし、無理だけどね。
「独りで勝手に理解して、勝手に納得するなんてひどいよ~」
「そんな事、言われてもですね・・・」
そう、男(?)に苦情を言われた。
そうだった。
死んだまでは、まぁいい。
いや、良くはないけれど。
自分が死んだ。
酷く現実味のない滑稽な質の悪いジョークに思えるけれど、現実味がない分、逆に納得できる。
だが、今の状況―――この真っ白な空間と、この男らしきものはなんだ?
天国か地獄って、こんなに何もない真っ白な空間だったのか?
死後に世界があるなんて考えたこともなかったけれど、親より先に死んだら親不孝だから地獄に行くと聞く。
親はまぁアレで居ない様なものだからいいとしても、育ててくれたばぁちゃんが悲しむ事が辛い。
うちのばぁちゃんの事だから、強く生きてくれるとは思うけれど、やっぱり孫が死んだらばぁちゃんでもダメージはデカいと思う。
それに、本当に自分によくしてくれたので、就職して恩返しがしたかったのだ。
あと数年頑張れば少しずつ恩返しができるようになると思っていたのに・・・
ばぁちゃんの事を考えると、ストーカーのク〇野郎に殺意が湧いてくる。
まぁ、それも本当に死んだのならば、どうしようもない。ともかくもだ。
「神様だよ」
コイツは何なんだ?って思う前に、先に相手に答えを言われた。
神様・・・神様ねぇ?
神様にしては、威厳がないよね?
「威厳がないですよね?」
「副音声でも同じこと言わなくていいからね?!」
何やら喚きだす、自称:神様だ。
何だろう?
最近、こういう中二病的なのが流行っているのかな?
それとも、自分の記憶すらVRで操作された偽の記憶という、某映画の様な展開なのだろうか・・・?
その際、自分のアイデンティティの置き場に大変困るような気がしないでもないのだけれども・・・
自分の価値観?
判断材料?
自己同一性が損なわれると、自分の意思決定に自信が持てなくなるよね?
まぁ、その際は諦めて、その時の人格で決めると思うけど。
などと考えてたら、自称神様がしびれを切らしたかのように叫ぶ。
「も~!!!君が信じようが信じまいが、死んでる事には変わりないでしょ!あと、僕が本当に神様じゃなくても、ある意味関係ないでしょ!」
そう言われ、ストンと胸に納得する。
そうだ。
確かに何も変わらないな?
それならば、まずはこの男の話を聞いてみた方がいいだろう。
今後の判断材料にもなるし。
ちょっと現実逃避をして、自棄になっていた感じは否めない。
まだ生きてやりたいことがあったのに、突然死んだと言われたのだ。
もうどーにでもなれ~みたいな気分だった。
これでも、まだ15歳なのだ。
ただ人とは異なる美少女顔だったというだけで、何か原罪でも背負っているのだろうか?
勘弁してほしい。
せめて、自分でどうにかなる事について罪を言及してほしい。
不条理な現実に、自棄になるのも不思議じゃないというものである。
そんな感傷的な自分の心情は、仮称:神もそろそろ無視することにしたのだろう。
話が先に進まないからね。
ゴホンっと取り澄ましたかのように、仕切り直しを始める自称:神だ。
そして、徐にこう宣った。
「あなたは死にました。唐突だけど異世界に転生してあげますよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・いえ、結構です」
「ノリわるっ!!!!!」
そう、自称:神という男が叫んだ。
いや、断るだろ。普通。
あと、何でそんな上から目線なんでしょうね?
自分、転生させてください!なんて頼んでないですよね?
この世はクイーンク〇バから作られた仮想現実~?みたいなー?
上下が分からなくなる→空間識失調。潜水よりも、主に飛行機でGがかかる事により、一時的に平衡感覚を喪失する状態。要はこれになった時に、視界で上下が確認できないと危ないですよという話
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