ラムの奴隷落ち日記
異世界に転生したばかりの鮫は、状況に流されてエルフの姫アミと羊の獣人ラムを半ば強制されるように配下に加える事になった。
姫であるアミは自立しているので問題はないが、元奴隷のラムには仕事も住む家もないようだ。
しかし転生したばかりで無職の鮫には誰かを養う余裕など当然ない。
生活についてはアミがなんとかすると言うので、ひとまずその言葉を信じてラムを保護する事を決めた鮫だった。
鮫は新しく配下に加わったラムの身の上話を聞いてみる事にした。
配下に加えることはすでに決定してしまったのだが、素性の知れない状態では何をするにも不都合だからだ。
「ラムさんにはご家族はいらっしゃらないんですか?」
「私は両親と暮らす12人兄弟の末っ子でした。でも、ある日ワーウルフに襲われて私以外はみんな食べられちゃったんです。私はたまたま薪拾いに出かけていたので難を逃れましたが。」
「それはお気の毒に。つまりラムさんは天涯孤独の身というわけですね?」
「はい、その通りです。」
涙をにじませながら語るラムに対して、割とドライな反応を示す鮫だった。
「結構軽いですね鮫さん。今までの行動からするとなんだか意外です。」
鮫の反応にアミが疑問を感じたのも無理はないが、これには鮫の生態が深く関わっているため、仕方のない事なのだ。
一例として鮫の一種であるシロワニの生態を紹介しよう。
シロワニは母の子宮内で兄弟同士で食い殺し合い、強い個体だけが生き残る。いわば天然の蟲毒の儀式を経て誕生する。
そこまで極端な例は稀であるが、メガロドンと近い生態を持つホホジロザメもまた、母の子宮内で栄養卵と呼ばれる未受精卵や胎盤を食べて成長するという、兄弟食いの生態を持っているのだ。さらに成体のホホジロザメに至っては、大型の個体が小型の個体を捕食するという共食いも発生する。そのため鮫は家族をあまり重要視しないのだ。
とはいえ、群れをなして生活する生き物にとって家族が重要であることは、人社会での生活の長い鮫は知識として理解している。しかし前述の生態のため、家族を失う悲しみは鮫には実感しづらいものなのだ。
感情的な部分はさておき、鮫はラムの事情を聞きいよいよ自分が保護するしかないと腹をくくるのだった。
しかし、まだ分からないことが多いためさらに質問を続ける。
「身寄りがない事は分かりましたが、なんでまた奴隷になっていたのですか?」
「家族を失った私は一人で暮らす事なんてできないので、まずは町へと出てきたました。でも町では獣人への差別が激しくて、ましてやこどもである私にできる仕事はありませんでした。」
「アミさんの話からも分かっていましたが、この世界での獣人はかなり虐げられているのですね。」
鮫とラムが揃ってアミの方を見ると、アミは悪びれる事も無く自身の立ち位置を説明する。
「これはエルフ全体としての話でもあるのですが、私個人としても種族による差別なんてしませんよ。」
「そうなのですか?でも奴隷としてラムさんを買ってきましたよね?」
「私にとっては人間も獣人も等しく鮫の餌ですから、これは差別ではないですよ。手に入れやすい獣人を選んだだけです。」
真顔で言い放つアミにラムは言葉を失ったが、鮫も深く追求したくないので聞かなかった事にするのだった。
ひとまずアミの事は放っておいて、ラムへの質問に戻る。
「話を戻しますが、仕事が見つからずその後どうなったのですか?」
「無職の私はもちろん家もなく食べ物も満足に入手できないので、飲食店のごみ箱を漁っていたのです。」
「ラムさん意外とたくましいですね。」
「生きるのに必死でしたから。そんな日が1週間ほど続いたのですが、飲食店は私がゴミ箱を漁りに来るのに気づいて、残飯を外のごみ箱に捨てなくなってしまったのです。」
「まぁ毎日ゴミ箱を荒らされたらそうなるでしょうね。」
「それでいよいよ途方に暮れた私は大通りで物乞いをしていたのですよ。」
なんだかこの子は放っておいても生きていけそうだなと思いながら、鮫は話の続きを聞くのだった。
「そんな私の前に人間のおじさんが現れて、ご飯をあげるから付いておいでと誘われたのです。」
「なるほど、そのおじさんが奴隷商人だったというわけですね?」
鮫はようやく奴隷の話が出て来たかと相槌を打ったが、ラムは首を振りながら話を続けた。
「いえ、おじさんは普通にご飯をおごってくれただけなのです。私は見ての通りかわいいですから、その手の人に需要があったみたいですね。」
自分でかわいいと言うとかわいくないなと思いつつ、実際容姿はかわいらしいので特につっこまない鮫だった。
「味を占めた私は似たようなおじさんを探して、ご飯をおごってもらう日々を過ごしていたのですが、そんなある日憲兵に捕まってしまったのです。」
「特に捕まるような事はしていない気がしますがなぜですか?」
「ご飯をおごってくれたおじさんには既婚者の方もいたみたいで、その奥さんからいかがわしい商売をしている獣人がいると通報があったそうなのです。もちろん私はそんな事やっていないと弁解したのですが、獣人である私の言葉は聞き入れてもらえず、人間である奥さんの訴えがそのまま聞き入れられました。その上ゴミ箱荒らしの余罪も出てきてしまい、あえなく御用となりましたとさ。」
なぜいきなり時代劇風になったのか気になりつつも、華麗にスルーして話を進め鮫だった。
「獣人だからという理由で冤罪を掛けられたわけですか。なかなか酷いですね。半分くらい真実な気もしますが。」
「いや、こんな年端も行かない少女にご飯をおごってデートに付き合わせるとか、普通にいかがわしいでしょう。ラムさんではなくおじさん達の方の話ですが。」
鮫とラムはアミが珍しくまともな事を言ったので顔を見合わせて驚いた。
「なんですかそのリアクションは?」
「いえなんでもないです。」
アミは鮫関連の話になると知性が鮫化するが、それ以外の事に関しては人並みの感性を持っているのだ。
「ところで逮捕された事は分かりましたが、そこからどうして奴隷になったのですか?」
「細かいことは分からないのですが、獣人は捕まると奴隷として売られるみたいなのです。」
「そうなのですかアミさん?」
ラムはこどもだから知らないのかもしれないと考えて、大人であるアミに尋ねる鮫だった。
「人間の法律はあまり詳しくないですけど、そんな噂は聞きますね。」
残念ながらアミもよく分からないようだが、鮫にはラムが嘘をついているとも思えず、状況から見て真実であることは明らかに思えた。そして人間による獣人差別が法律にまで及んでいるという根深さに、なんとも言い難い憤りを覚えるのだった。
「その後奴隷商で売られることになった私はエルフのお姫様に買われて、あとは鮫さんも知っての通りです。」
「ラムさんは大変な目に遭ったのですね。これからは同じ鮫さんの配下として、私の事はお姉ちゃんだと思ってくれていいのですよ。」
アミはラムの事を鮫の餌にしようとしていたので、他の誰よりもひどい事をしたと思うのだが、本人には心底悪気がない。
「知らないうちにアミさんも私の配下だったのですね。」
「鮫帝国の皇帝はもちろん鮫さんになってもらいますからね。参謀である私は当然配下ですよ。」
鮫帝国の話は本気だったのかと、あえて聞き流していた鮫はがっかりした。
鮫の気持ちなど知らない2人は仲良く話を続けている。
ラムはアミに殺されかけたのに、切り替えが早いなと思う鮫だった。
「ところでラムちゃんは何か得意な事は有りますか?」
「えっと睡眠魔法が得意です。あと家事は一通りできます。」
「それならラムちゃんは家事大臣ですね。」
「はい!頑張ります!これからよろしくお願いします皇帝陛下!」
順応力が高いラムはすでにアミとも打ち解けたようでノリノリである。
「すいません。それすごい恥ずかしいので、今まで通り私の事は鮫さんでお願いします。」
自分にさん付けを要求するのも恥ずかしいのだが、皇帝よりはましなので本気でお願いする鮫だった。
魚である鮫に子宮は存在しないが、よく似た機能の器官をもっているため便宜上そう呼んでいます。
また、鮫の生態は多様であり卵を産み落とす種類や群れを形成する種類も存在します。
作中での説明はメガロドンに近いと言われているホホジロザメの生態に絞った話になります。