生贄の獣人奴隷ラム
鮫映画を崇拝する宗教団体の本部へとやって来た鮫は、信者達から歓迎を受ける。
そして信者達は鮫のために儀式を執り行うと言い出したのだった。
宗教団体『フカき者』の本部へとやって来た鮫は、怪しい儀式の準備をする信者たちを他所に儀式の間を静かに周遊していた。別に何か目的があって動いているわけではなく、止まっていると酸欠になるから動いているだけだ。
エルフの姫アミがちょうど視界に入ったので、改めて何の準備をしているのか聞くことにする鮫だった。
「アミさん。何をするつもりですか?」
「生贄の儀式ですわ。フカき者では週に1度儀式を行い、供物を捧げて鮫映画の繁栄を願っているのです。」
「はぁ・・・生贄というのはどんなものを捧げているのですか?」
「いつもは牧場で買って来た羊を使用していますね。」
「羊の神を崇拝していたのに羊を生贄にしているのですか?」
「あの悪魔に会ったのは昨日の夢が初めてでしたし、別に我々が羊を崇拝していたわけではありませんわ。」
「なるほど。ところで『いつもは羊を使用している』というのはどういう意味・・・」
鮫が言い終わる前に儀式の間へと檻が運び込まれたので、生贄の正体は判明した。
「んー!んー!」
檻に入れられていたのは年端も行かぬ羊の獣人少女だった。
少女は手足を縛られた上に猿ぐつわを掛けられており声も出せないが、何か必死に訴えかけている。
「あの・・・アミさん?」
「あれが特別な生贄ですわよ鮫さん。奮発して獣人奴隷を買ってまいりました。」
「あ、やっぱりそうなんですか?」
「獣人ではご不満ですか?やはり人間がよかったですか?」
「いえ、そうではなくて。」
鮫は倫理観どうなっているんだとかツッコミたかったが、この世界の常識が分からないので少し口ごもるのだった。
「このような生贄で申し訳ございません。この世界は獣人なら簡単に手に入るのですが、人間は最も勢力が大きく幅を利かせている種族なので、ご用意するのは難しいのですわ。」
「別に人間が食べたいわけではないのですが。」
色々言いたいことは有るが、いまいちアミには話が通じていないので、とりあえず今の惨状を確認する事にする鮫だった。
「ところで、いつもなら生贄の羊をどうしているのですか?」
「いつもの儀式では生贄は首を斬り落として祈りを捧げ、その後に信者達で調理して食べていますよ。」
「なるほど、食べるために殺しているのですね。あの子も食べるんですか?」
「いえいえ、我々は獣人なんて食べませんよ。ケモノっぽいですが一応人族ですからね。この世界では基本的に人は人を食べないですよ。人肉食を励行する危険思想の宗教団体もいるらしいですが。」
「一応人扱いはしているのですね。」
他人の事をとやかく言う前に自分達の行為を省みて欲しいと思う鮫だったが、アミに逆らうと面倒になるのでひとまず気持ちを抑えた。
そうこうしているうちに、獣人の少女は檻から出されて儀式の間中央の祭壇に乗せられた。
少女は必死に暴れるが手足を祭壇に括りつけられており、自力で脱出する事はできそうもない。
仮に脱出できても周りは信者に囲まれているので、逃げ出す事はできないだろう。
狂気を帯びて組織だった信者達によって人生を蹂躙される奴隷少女。
その姿にブラック企業勤務で疲れ果てた自分を重ねてしまい、どうにも他人の気がしない鮫なのだった。
そもそも人ではない鮫にとって羊も獣人も大差ないはずなのだが、彼個人としては人社会での生活が長いため思考が人寄りに変質している。
羊を殺すことは容認し、獣人を殺すことを咎めるのは鮫にとってはエゴでしかない。
頭ではそうとわかっていても、気持ちとしては目の前の少女を見捨てる事はできない。
この世界の常識や種族としての貴賎など関係なく、鮫は自身の感情に従って彼女を助ける事を決意するのだった。
「さあどうぞ鮫さん。ガブっとやっちゃってください。」
アミに促されて祭壇の前までやって来る鮫を見て、獣人の少女はついに観念したようで目を固く閉じる。
そして鮫はその大きな口を開き少女に食らいついた。
「んー!」
「おー!なんと恐ろしい!」
「ありがたやありがたや。」
少女は噛みつかれたと思い暴れ出し、信者達は鮫の捕食行動を間近で見ることに興奮し騒ぎ出す。
しかし鮫の牙は少女を傷つけることなく、少女を縛る拘束だけを食いちぎったのだった。
「んー!ん・・・ん?」
拘束が解けて自由になった少女は自ら猿ぐつわを外し、ようやくその口を開いた。
「あ、あの!食べないんですか!?」
「食べませんよ。今はお腹すいてないですし、私は魚やアザラシの方が好みなんです。」
彼女を助けるために行動した鮫だったが、ありのままの事実を伝えるとアミや他の信者達に示しが付かないので、適当に誤魔化したのだった。
しかし当然ながらそんな言葉では信者達は納得していない。
「これはどうした事だ?」
「あの奴隷を助けたのか?」
「いや、我々は試されているのかもしれない。」
「こんなの映画にないよー。」
「もしや生きたままでは食べにくいのではないか?」
「なるほど、奴隷が暴れたので牙が逸れてしまったという事か。」
「それならば得心がいった。」
「何か知っているのか!?」
「鮫はその鋭い嗅覚で血の臭いを狙うというし、まずは血を流す必要があったのではないだろうか?」
「おお!なんと的確な判断力であろうか!?」
「そうと決まれば殺りますか?」
「いいですとも!」
信者達は自己暗示めいた問答を繰り広げて勝手に納得し、羊の解体に使う包丁や儀式用の剣を手に取る。
そして解放された獣人の少女へと襲い掛かった。
しかし少女は咄嗟に鮫の後ろに隠れたため、信者達は躊躇して立ち止まった。
鮫は感情に任せて少女を助けたため、その後どうなるかは考えていなかった。
しかし事ここに至っては腹をくくるしかないと、どうにかこの場を納めるための考えを巡らせるのだった。
そして先ほどアミを言いくるめた前例を思い起こし、信者達が鮫を信仰していることを利用する事を思いつくのだった。
「鮫さんどいてください!すぐに生け造りにしますから!」
「おやめなさいあなた達。私はこの者の命をすでにいただいたのです。」
「どういうことですか?」
「えーっと・・・なんか魂的な物を食べたので、この者はもはや私の配下となったのです。手を出すことはまかりなりません。」
「なんと!?鮫にはそんな能力もあるのですか!?」
「恐ろしい・・・まさに神の御業じゃ・・・。」
「えー?本当ですか?」
他の信者達はあっさり騙されたが、アミだけは鮫の言葉を疑っている。
「少女よ。名前を名乗りなさい。」
「わ、私はラムでしゅ・・・です!」
ラムと名乗った少女は状況が状況なので慌てて噛んでしまったがすぐに言い直した。
ラムという名前とそのフワフワ毛皮に、どうしても羊の悪魔フカイラムの姿が脳裏をよぎる鮫だったが、今は気にしている場合でもないのでひとまずスルーした。
「それではラムよ、私の言う通りに動きなさい。まずはジャンプです。」
「はい!」
ラムは言われた通りにぴょんぴょんとジャンプした。
「はいかわいい!じゃなかった・・・この通り、もはや私の言う事を聞く従順な僕となっているのデスヨ。」
「ふーん。」
「なんですか?何か言いたいのですかアミさん?」
「いえ、後でお話します。」
アミの含みのある言葉に嫌な予感を感じながらも、今はこの場を切り抜ける事だけを考える鮫なのだった。
「アミさんも納得してくれたようなので、これにて儀式終了です!」
「みなさんお疲れ様でしたー。本日は生贄の調理もないのでこれで終了です。また来週お会いしましょう。」
「はーいおつかれっしたー!」
アミが締めの言葉を発すると、信者達はぞろぞろと儀式の間を出ていくのだった。
異常な思考で行動しているが統率は取れている信者達に、どこか気味の悪さを感じながらもひとまず危機を回避できて安心する鮫だった。
鮫とアミそして獣人のラムを残して信者達は全員出ていったため、儀式の間には3人だけとなった。
「さてと、ラムさんでしたっけ?」
「ひゃい!?」
「人の顔を見て恐怖におののくとは失礼ですね。そんなに怯えなくとも、別に取って食いはしませんよ。」
つい今しがたラムを生贄として捧げようとしていたはずだが、そんな事はすっかり忘れたような口ぶりのアミには、流石の鮫もドン引きするのだった。
言いかえるとメガロドン引きするのだった。
「その子をどうするつもりですか鮫さん?」
「別にどうするつもりもないですけど、逃がしたらダメなんですか?」
「やれやれ、やはり何もわかっていないのですね。」
「何がですか?」
「奴隷落ちしているような獣人を、放逐したらどうなると思います?」
「それはまぁ、森とかに帰るんじゃないですか?」
「はい残念、不正解です。ラムさん一言どうぞ。」
「すいません。私は森でなんて暮らせないです。」
アミはやれやれとあきれたような仕草を見せながら話を続けた。
「見たら分かると思いますけど、彼女は年端も行かない少女ですからね。たった1人森で暮らすなんてできませんよ。かといって町で暮らすのも無理です。奴隷上がりの獣人なんて誰も雇ってくれませんし、また捕まって売られるのがオチです。」
「そうなのですか?ではどうしたらいいのでしょうか?」
「鮫さんがさっきおっしゃっていた通り、僕として配下に加えるしかないですね。」
「え?」
「これからよろしくお願いします!鮫さん!」
アミの言葉に困惑する鮫だったが、そんな事は構わず威勢よく挨拶をしてくるラムだった。彼女も1人では生きていけないので必死なのだ。
「はいよろしく。・・・って、いやいや私自身この世界でどう暮らすのか決まっていないのに、人の面倒なんて見られないですよ。」
「鮫さん・・・ペットを飼ったら死ぬまで面倒を見るのが飼い主の義務ですよ。面倒が見切れなくなったら見捨ててしまうような、そんな無責任な鮫なのですかあなたは?」
「いや、まずペットじゃないし買って来たのはアミさんでしょう?」
「私は彼女を鮫さんの餌として買ってきただけで、飼うつもりなんて毛頭ありません。彼女を生かす選択をしたのは鮫さんですし、当然面倒を見るのも鮫さんの責任だと思いますが、何か反論は有りますか?」
「そう言われてはぐうの音も出ませんね。」
言っていることはめちゃくちゃなのだが、威風堂々としたその発言には謎の説得力があるため、気圧されてつい納得してしまう鮫なのだった。
「鮫さんの暮らしについては私がなんとかしますから、とりあえずは彼女を引き取るという事でよろしいですね?」
「断ってもよろしいのでしょうか?」
「ダメです。」
「ですよね。」
終始圧倒され疲弊気味の鮫を他所に、獣人の少女ラムは嬉しそうに駆け寄って来た。
「改めてよろしくお願いしますね鮫さん!」
「あっはい。」
こうして羊の獣人ラムが鮫の配下に加わった。
メガロドン引きー!