四天王最強がやられました~え、最弱の俺らはどうしようもなくない?~
「くくく、奴は四天王の中でも最強」
「我等四天王の頂点よ」
「そんな彼女がやられてしまっただと」
「……どうしよう」
◇◇◇
人と魔物か敵対する剣と魔法の世界にて、魔王が世界征服を宣言してから早2年。まだ2年。そう、たった2年だ。まだ2年しか経っていないのだ。
人間の国は魔王に対抗する手段として古の秘術、異世界召喚を行った。現れた勇者はコウコウセイという職に就く男であった。
その勇者は召喚者特典とやらでチートで最強でハーレムという特殊能力を持っていた。行く先々で奴隷の少女を解放したり、貧窮する村を内政チートで救ったりしていく勇者。ひとつの村を出るごとに10人くらいの美少女に惚れられている勇者。政治に口を出し食料の収穫量をあげたり、人同士の戦争を未然に防いだりする勇者。
勇者って凄いんだなーと思っていた四天王達は、自分達の危機に全く気付いていなかったのだ。
そもそも魔王というのは勇者に倒される役職のことだ。
人間の国同士で戦争が起こりかけると魔王が発生する。これは共通する敵の出現によって人同士の殺し合いを防ぎ、世界の均衡を保つための措置であった。
2年前に魔王が発生したため、魔物達は四天王を選ぶ必要にかられた。四天王というのは勇者と魔王の戦いの前座。戦いをドラマティックに彩るための舞台役者のことである。
四天王に選ばれる基準は強さと賢さだ。これは舞台役者が強くなければ前座を務めることができず、賢くなければドラマティックさを演出できないからである。
魔王は倒されればそれっきりなのだが、四天王は魔王城内であれば復活することができる。
また、四天王を努めたものは報酬として神から叶えられる範囲で褒美がもらえる。そうでなければ誰もやられ役の舞台装置になどなりたがらないだろう。
四天王のエーアスト、ダラ、デルデ、カトリエム。彼ら彼女らは不運にも今回の四天王に選ばれてしまったものたちである。
本来ならば四人の中でも弱い順に戦っていき、倒され、最後に勇者と魔王の劇的戦闘演出である。たまに魔王復活第二形態もある。最高は第三形態までだ。
今回の中ならエーアストから順に戦うはずなのだ。たが勇者はあろうことかいきなり四天王最強に戦いを挑み、見事打ち勝ってしまった。
これには四天王も驚いた。いや、一番驚いたのはカトリエムだろう。勇者が魔王城に侵入したという報せすら届いていなかったからだ。
勇者曰く「奇襲は戦の常套手段」らしい。今回の勇者は勇者らしくなかった。
四天王最強カトリエムは真紅の瞳を持ち、長い金髪をたなびかせた美女である。吸血鬼種である彼女はまさしく吸血鬼の女王といった風格があった。
「うちの子達に手出しされちゃたまらないもの」という理由でわざわざ四天王に立候補してきた人格的にも素晴らしい女性である。この人が王になるなら一生の忠誠を誓う魔物も多かろう。
そんな四天王最強は奇襲してきた勇者らしくない勇者と一対多で戦い、負けてしまった。
勇者とハーレム軍団に、ほぼ寝起きの所を襲われたのだ。無理もない。
負けてショックに打ちひしがれる彼女に勇者は言った。
「勝者は俺だ、俺に従え。まずは体の相性からだな」
「マジで無理!」
そして彼女は自ら命を絶った。なんて残酷なことだろう。
ハーレム軍団にやいのやいの詰られている勇者は「やれやれ。魔物と言えど美女、救いたかったのだがな。やれやれ」と言っていた。救うってなんだ。どこが救いになるんだ。
そして現在。四天王達は緊急会議を開いていた。念のため勇者がそれ以上侵入しないよう魔王城内を迷路形態へ変更した。出入り口に四天王部屋と魔王の玉座を外すことによって、それ以上奥に進めないようにしている。
さらに会議室の周りを異空間で囲むことにより、他者の侵入を防ぐ。部下達からの報告は常に聞けるよう通信機は配備済みだ。
「どうするべ」
四天王最弱エーアストが口火を切る。
「どうするってなあ」
四天王二番手ダラが重々しく息を吐き出した。
「カトリエムちゃん帰っちゃったしね」
四天王三番手デルデが困ったように眉を下げる。
四天王最強カトリエムは自ら命を絶ち復活した後、元々暮らしていた吸血鬼城へ帰還している。
最後の言葉は「私に四天王は早すぎたわ。ごめんなさい。勇者マジ気持ち悪い無理」であった。
「四天王最強のカトリエムさんが負けちゃう相手っしょ。最弱の俺ちゃんには無理系じゃない」
「いや、カトリエムは寝起きの所を奇襲されたのだ。事前に情報を持っている今、我々でも対処できぬことはあるまい」
「じゃあ次はダラが行くかい?」
「遠慮したい」
ぐだぐだ話す四天王の男共。実際四天王最強がやられてしまったので彼らの出る幕はないのだ。何故順番を守ってくれなかった。それでも勇者か。
「そもそもなんで今回の勇者くんあんなスペック持ってるワケ?」
「何か別世界の神が誤って人生終了させちゃったらしくて、お願いを聞かざるを得ない状況だったらしいよ」
「あーね、訴えられたら負けちゃう系ね」
「異世界には【転生した先で異世界無双】という設定の話が流行っているそうだ。我々にとっては迷惑な話だがな」
「読む分には簡単に読めて面白いんだけどね」
「デルデ持ってんの?」
「うん、あるよ。貸してあげようか?」
「ありがとちゃーん。後で借りに行くわ」
「おい、お前ら。もっと緊張感を持て。勇者はすでに魔王城内だぞ」
苛立っている様子のダラにエーアストは唇を尖らせた。
「んなこと言ってもさー、もう魔王サマ出すしかなくない? 俺ちゃん無駄死にする趣味ないんだけど」
順番で言えば次に勇者と戦うのはエーアストである。すでに最強がやられてしまっているが。
元々はネクロマンサーで不死者のエーアストが最初に戦い、勇者の戦術や癖、性格を確認する。その後二番手が情報の精査と微調整を行うことによって、後の戦いをより劇的に演出するのだ。
勇者が弱ければわざと立ち塞がり負かすこともあるのだが、基本的には情報を持ち帰るためのやられ役である。
そして他の四天王に「奴は四天王の中でも最弱」「我等四天王の面汚しよ」と言われるまでがお仕事である。
仕事はきっちり果たすエーアストではあるのだが、流石にハーレム軍団を従えたチート勇者、略してチーレム勇者に負けに行くのはちょっと心情的にも遠慮したかった。
叶うならもう還りたい。棺で寝たい。
「でもさ、これって後で登場するほどハードル上がるよね」
深刻な表情でデルデは呟いた。場がしんと静まり返る。
「はいはいはーい、次俺ちゃんね。なんたって最弱だもんね」
「ずるいぞエーアスト! 二番手は俺だろう!」
「はあー? さっき遠慮するって言ったのダラじゃんか! 俺ちゃん余計な仕事背負いたくない! 早く帰って寝たい!」
「俺だって早く帰って番といちゃいちゃしたいんだよ! なんで新婚なのにこんなとこ居なきゃならないんだ。ガッデム!」
四天王三番手ダラはファイアードレイクだった。ファイアードレイクとは全身が炎に覆われた竜のことである。今は炎を抑えているが、対勇者戦になると絵面的に物凄くそれっぽい。
一昨年サラマンダーの彼女と結婚したばかりのダラは妻を非常に愛していたので、四天王に選ばれたときはめちゃくちゃ嫌がった。妻と離れたくないとだだを捏ねる男を妻はぶん殴ると、胸ぐらを掴み上げ言ったのだ。「働かねえ男より働く男が好きだ」と。
ファイアードレイクの寿命は千年単位なので一昨年どころか百年前くらいまでは新婚扱いである。
「僕は最後でいいよ。これでも三番手だからね」
「デルデ、お前……」
「デルデ、イケメン……」
デルデは穏やかな笑顔を浮かべていた。
彼の種族は人狼だ。群れのリーダーに忠実に従う人狼種は縦社会である。そんな人狼の中でデルデは少々特殊だった。弱きを救い守る彼はまさしく絵本の中の勇者であり王子様のような男だったのだ。ちなみに人間形態の彼はめちゃくちゃイケメンである。
今回の勇者はイケメンに容赦がない。まるで親の敵のように徹底的に蛇蠍のごとく嫌っていた。
四天王最強の代わりとして四番手を努めなければならないイケメン王子様デルデ。奇襲上等女好きチートハーレムやれやれ系勇者。
デルデの負担が凄まじいことに気付いたエーアストとダラは涙する。必ず、かの邪智暴虐の勇者を除かなければならぬと決意した。
四天王からの付き合いとはいえ、2年も共に過ごしてきた仲間だ。男達は友情を胸に、固く誓い合う。魔王が倒されたらカトリエムも誘って、もう一度四天王全員で飲みにいこうと。報酬の一部で四天王愚痴大会を開こうと。
勇者と魔王の戦いの前座、戦いをドラマティックに彩るための舞台役者。四天王達の戦いが今始まる。