長者町 音響士
名古屋の長者町にある音響会社のお話です。
手に持った簡単な地図には、電話番号と名前があった。今日の午後に約束の電話は入れてある。
あんまり時間がないので急いで地下鉄に乗った。
母が長患いの末、死んだ。なぜか肩の荷が降りたような気がしたが、まあそれは良い。家族の死は
人それぞれだ。姉も弟も思うところが在るだろうが、私には分らない。ただ悲しいよりも、一連の
まさに事務的な手続きと、親戚、友人などの関係者に連絡を入れるのが大変だった。慌ただしい
一日が過ぎ、小さな斎場での葬儀が終わり、とりあえず遺骨をもって実家に帰った。
父親は数年前に死んでいる。姉と私はその前に嫁いで実家を出ているが、弟は今でも実家暮らしだ。
結婚のときに私達姉妹は、両親からある程度のお金を貰い、実家を弟の名義にした。幸い姉も私も
結婚してから経済的に困ってはいなかった。両方の夫は同級生の親友同士で、私の夫は姉の結婚式
に私を見初めてくれた。私達姉妹は住んでいる場所も同じ市内で折に触れ会っていたし、両方の夫を
交え食事をしたり飲んだりした。弟は、思うところがあるのか、まだ独り身だが、それでも付き合
ってる女性はいるようで、あんまり心配していない。まあ、これで実家の冠婚葬祭は一通り済んだ
と思っていた。
あの弁護士さんが来るまでは。
3人だけの四十九日を実家で済ました時に、玄関から聞き覚えのある声が聞えた。
「ごめんくださーい」
間違いなく父の仕事を手伝っていた越智さんだ。肩書は弁護士だが、仕事以外でも気が合ったらし
く、飲みに行って母に怒られていた。私たち姉妹も、顔は知っているし、母のお葬式にも来てくれ
た。父と同い年とは思えない活発なおじさんだ。
「よっこいしょと」
越智さんは仏壇に手を合わせてから随分長い間黙っていた。線香が無くなる頃、もう一度お辞儀を
して顔をこちらにむけた。
「すこし話をしてもいいかな」
お茶を飲みながら、越智さんが話し出したので、私たち三人は、頭の中で何の事だろうと思った。
世間ではこんな時、大抵遺産の話が出るのだが、我が家は父が死んだ時、それこそ越智さんが事
細かく書類を見せてくれて遺産相続はほとんど済んでいる。両親の残したものは、今実家にある家
具と、それぞれの趣味の品ぐらいだ。
父の趣味は釣りとゴルフだったが、死ぬ何年も前に行けなくなり、弟は釣りもゴルフもやらないので
道具は物置に置いてあるはずだ。それぞれ安くはないが目の玉が飛び出るほどの道具でもなく、
専門店で真ん中ぐらい。もう10年以上前のゴルフクラブと釣竿なんて今売っても二束三文だ。
母もコーラスが趣味で大した物はない。学生時代の合唱団からママさんコーラスに移行し、精々楽
譜と発表会の時に着る白のブラウス黒のスカートぐらいだ。兄弟全員の頭の中が?マークだった。
「隠し子でもいるんですか?」
姉が唐突に聞いた。私も弟も面食らったが、考えてみるとそれ位しか思い浮かばなかった。ただ、
両親は結構仲が良かったと思う。喧嘩を見た事も無いし、お互いの実家とも、まあまあ良好な関係で
付き合いがあった。法事なんかも普通に夫婦で出席したし盆正月もお互いの実家に家族で行った。
「いやいやいや」
越智さんは笑って答えた。本当に笑顔だった。ちょっと安心した。
「実はお母さんの遺言があるんだ」
はひふへほーと声が出そうだった。母がそんなメンドクサイ事をするなんて思わなかった。大体遺産
も何も無いんだから。それこそ兄弟姉妹が仲良くとかの話かな?と思っていると、越智さんが封筒を
取り出した。封筒けっこう大きい。しかも結構分厚い。???
「ちょっと説明するね」
越智さんが封筒を開けると、中から通帳と印鑑、CDが出てきた。
越智さんの説明が続いた。母が入院して、見舞いに行った折、お願いをされたそうだ。勿論正式なもの
ではなく、あくまでも知人としてお願いをされた。どうするかは3人で決めてほしい。できてもできな
くても何も問題はない。ただ お母さんの希望は伝えたい。お茶を一口すすり、少し真顔になった。
私達もちょっと真面目に座り直した。
その時の話を要約すると、母が病気になって一番気がかりは趣味で唄っていたコーラスだった。特
にママさんコーラスの発表会は熱心だったが、そのころ私たちは新婚だったり、仕事が忙しかったりで
そろって聴きに行けなかった。特に母が唄った最後の発表会は、3人とも欠席した。後で謝ったが、そ
の時は、じゃあまた今度ね と言ってくれた。そして、結構うまく唄えたのよ と笑っていたはずだ。
「でね」
越智さんは思い出すように話し出した。このCDは最後のステージの物です。私が死んだら子
供たちに聴いて欲しい。出来ればこの方に連絡を取って場所も相談して欲しい。ここにあるお金を使っ
て下さい。お願いします。
「お母さんに頼まれてさあ」
笑っているが少し困った顔でゆっくり話し出した。通帳のお金は100万円を少し超える位で、私達が
母の誕生日などにあげたお金をためていた。家計からのヘソクリもあったと微笑んだそうだ。
「それと」
一番母が熱心にお願いしたのは、連絡先だった。この方が、コンサートの音響をしてくれたんです。びっ
くりするほど上手になった気がしました。子供に聴かせる時はぜひ連絡を取って下さい。熱心に頼まれて、
断れなかったそうだ。出来るかどうかはお子さん達に任せます。それでいいですかと聞いたら、ベッドの
上で笑って、母はうなずいた。
「じゃあ」
詳しい話はここに連絡してみてとメモを渡して、ゆっくり立ち上がると越智さんは帰っていった。
なんかポカーンとしながら3人で通帳を見たりCDを手に取ったりしながら、しばらく黙った。こんな時に
最初に口を開くのは、末っ子長男に育てられた弟で、
「じゃあまあ連絡してみますか」
姉と私はうーーんと言ったきりもう一度メモを見た。プリンターで打ち出したメモには
YOU&I企画 代表 林 音響担当 内藤
と名前があり 電話番号と住所、簡単な地図が書いてあった。
弟が長い電話を終わったのは、私達が飲んでいたお茶をコーヒーにした頃だ。
「この会社は名古屋の伏見にあるんだって」
住所を見ていたからそれは解っている。地図にも書いてあるし。
「でね、平日に一度来てくださいって」
まあ、当たり前の返事だ。弟の電話が長くなったのは、一年ぐらい前の仕事で、担当者がなかなか
思い出せなかった事と、こんな仕事は受けた事が無かったかららしい。いつもは、学校や公的機関の音響
だったり、一般会社の講演や催事等を引き受けている会社のようだ。それでも以前担当した仕事なので
お話だけでも聞きたいとの返事だった。おまけに週末や祝日は小さな会社なので社員総出で出勤して
映像や音響等を準備し、終わった後も撤収までしていて時間が無い。平日午後なら何とかするので、
連絡を下さいだって。
「誰が行くの?」
姉は嫌な事を言い出した。いつも私に何かを振る時に使う言葉だ。姉の夫は自営業で、姉も手伝って
いるし、おまけに子供もいる。近郊都市の自動車部品の取扱店は、夜討ち朝駆けでそんな時間は無い
だろう。弟は、もちろん仕事がある。平凡なサラリーマンで、外国との輸入関係の仕事をしている。
主に中国との取引だが時差もあるので平日は休めない。今日だって結構無理を言って休んだぐらいだ。
げーーー、私かい!専業主婦ではあるけれど、そんなに暇じゃないぞ!
「でも午後なら時間あるじゃん。」
姉はいつもの調子で、あなたの家から名古屋まで電車で30分位だし、買い物ついでに行ってと言った。
あーーーー、この女、毎度毎度私に振ってくる!少しお怒りモードに突入しかけたが、弟が
「チー姉、お願いします。」
と頭を下げた。私は弟には弱い。私の機嫌が良い時は、かわいいかわいいと慈しみ、気分最悪な時は
つねってイジメた弟だ。それでも、チー姉すきーと抱き着いてきた弟に頼まれると嫌とは言えない。
連絡先をコピーして3人相談し、とりあえず私が話を聞くことになった。家に帰って、旦那に今日の事を
話すと、笑いながら
「聞くだけでもいいんじゃない?」
だめだー!この顔で、この声で笑って言われると、なんも言えない。しょうがない、頑張りますか。
伏見で地下鉄を降りて、階段を上がって長者町に進むと、その会社はすぐにあった。昔の問屋街の
古いビル、2階が事務所兼倉庫。結構汚いドアをノックすると
「はーい、どうぞ」
と声と一緒にドアが開いた。出てきたのは、 まあ見事な斉藤さん似のおじさん。
「ご連絡をいただいた方ですね?林と申します」
簡単に挨拶をして、部屋に入ると 狭い事務所の応接セットに座った。すかさずペットボトルと名刺が
同時に出たので、少し笑った
「お電話でお聞きをしたんですが、簡単にもう一度お願いできますでしょうか。」
簡単にはできなかったが、それでも話をした。母の事、コーラスの事、家族の事等。話終えると少しだけ
ペットボトルのお茶を飲んだ。それから 相手の返事を待った。
「実はですねえ」
林さんは、話し出した。当日、音響を担当したのは 社員一人で、 自分は最初の打ち合わせと撤収だ
けっだった事。場所は実家のある区の文化ホールで、機材は林さん達がすべて持ち込んだ事。お手元に
あるcd等は担当者が当日母から頼まれて録音した物。あと、小さな会社なので、どんな依頼でも受けますが、お金もかかりますよと言われた。
料金を聞くと、機材と場所代人件費等。セッティングの時間が必要で変わったりしますが、個人で負担すると決して安くはないです。結構はっきり言われて、少し困った。具体的にはいくらでしょうかと聞くと、担当を呼びます。相談しましょうと
「音響担当の内藤です」
うわ!結構いかつい人が、林さんの隣に座った。音響なんて草食系の人かと思っていたら、もろ体育会で
腕も太い 体も太い、声も低い、本当に音響を担当した人か?
そこから発表会の話を聞いた。母の最期のコーラスの内容、当日の機材、一緒に歌った人等、母達は
すごく喜んでいたそうだ。こんなにうまくなった、上手に歌えたの初めて、マイクが良いからかも?今度も
お願いしますって皆さんから盛大に言われたそうだ。なんか母が笑ってた。
料金の話は、比較的スムーズだった。本気なら何百万になるらしいが、兄弟で相談してあった自宅開催を話すとそこそこの値段になった。それでもヘソクリ貯金の半分以上で、うわーーー絶対ボッてると思った。
「簡単な見積もりです」
太い体で低い声で、内藤さんは見積書を差し出した。3か月後の日曜日、場所は実家、前日から準備、機材は〜と細かい事まで書き上げて、見せてくれた。うん?最後の買い取り?え!ナニコレ?
「あーそれは」
ちょっと困った顔をして内藤さんが話し出した。
母の希望を全部叶えるとやっぱりすごい金額になる。3か月の間に何とか安く使える機材を準備する。
ただ、この機材は他では使えないし、使いたくもない。(はっきりこう言った)できればご実家で引きっと
ていただきたい。なんか気が抜けた。ごみを引き取るのか・・・・
「ごみじゃあありません」
真っ赤な顔を私の目の前に持ってきて、はっきりした声で叫ばれた。普通の音響機材は何度も使う業務用で
あり、一回限りの利用であれば、販売価格に比べ比較的安い。、今回の依頼はかなり特殊で2回目3回目の
依頼はたぶん無い。金銭的に大変だと思うので、既製品ではなくワンオフで作る。なんか力説された。
ちょっと引いた。しばらく静寂
「あのーですね」
今まで黙って聞いていた林さんが口を挟んだ。簡単に書くと、今日この場ではお返事を頂けないと思います。結構な金額ですし、時期的な問題もありますし。また御兄弟の了解もいるでしょう。後日ゆっくりお返事を頂ければと思いますが、どうでしょうか?まあ、体のいい帰れコールに聞こえるなあ。
わかりました。一度持って帰って兄弟で相談しますと頭を下げ、外に出た。なんか帰りの足は重かった。
自宅に戻り夕食に後、姉と弟に電話した。事の次第を話したら、姉は私以上に機械音痴で理解不能で結局
料金の話しかしなかった。勿論返事は一つでそんなに高いなんてだった。
「出来てもできなくてもいいって越智さんも言ってたじゃない!」
姉の力説ももっともだったが、少しは私にご苦労様と言って欲しかった。文句があるならあんたが行け!
「うーーん、義兄さんに替わってくれる?」
弟にかけた電話で、私は蚊帳の外だった。旦那と弟は結構気が合う。特に音楽関係で。好きなジャンルや
歌手も被っていて、時々は一緒に飲み屋やカラオケにも行く。それこそ母と同じで、どこそこのマイクが
良いとか、あのカラオケの音響が最高とか話す。あたしゃ自慢じゃないが音楽は聴く一方で、歌ったりは
しない。しかも好みはクラッシックでカラオケなんか仕事をしてた時の付き合いとか同窓会の2次会なん
かで行くぐらいしか経験が無かった。
旦那はずいぶん長いこと弟と話していた。時々相槌をうったり、訳の解らない専門用語で話したりしてた。
「替わってって」
旦那が受話器を渡してくれた。
「一度行ってこようと思う」
弟は手短に話した。チー姉の話を聞いて、義兄さんとも話したんだけど、俺はそんなに高いとは思わない。
ただ少しだけ確認したい事があるので、連絡してから明日の夜にでも行ってみようと思う。チー姉も行く?
行きません。アンタ、夜に行けるんなら、私に頼むな!!最初っから行けちゅーの!!あほか!おまけに
旦那も行くって・・・・・???あんた、一応部外者だよね?
「後学のために」
いやいや、こんな事2度も3度もあってたまるか!あんた、自分が行きたいだけだろうが!明日の残業はどーすんの?
「先月の代休がある」
キッリと言われてもなあ、どーしたもんだろう??
結局、旦那と弟は打ち合わせをし、電話をし、待ち合わせをし、話を聞いてきた。そして、その場で依頼を
したらしい。2時間ぐらい林さん内藤さん相手に2人して、微に入り細に渡り質問し専門用語が飛び交った話し合いの末
「すごく安いと思う。他所で使いたくない理由も解った」
だそうです。おまけに研修会と称して飲んできやがった。当然、旦那を玄関で撃破した。
姉は結構怒った。瞬間湯沸器の異名もあるので、弟は電話で怒鳴られた。しかし、のっこたお金は平等に
分配するとの約束をさせると、簡単に手を引いた。勿論私も右に倣えだった。だってうちの旦那が結構がっつりのめり込んで、ウハウハだったから。私たち姉妹の出る幕無し。
3か月後の日曜日、旦那と連れ立って私の実家に行った。弟は晴れ晴れとした顔で出迎えてくれ、旦那に
「連日ご苦労様だす」
と変な挨拶をした。旦那今週連日残業のはず???横目で見ると、目をそらす。はあーーー、愛する妻にウソをついて義弟と遊んでたな。帰ってからこってり絞ってやる。
旦那の二の腕を抓りながら玄関を上がると、林さんと内藤さんが機材を触っていた。そのままの姿勢でおはようございますと大きな声の挨拶があった。部屋を覗くと、仏間の真ん中にスピーカーが1台だけある。音響担当の2人は、畳の上に大きな板を置いて、さらに羊羹みたいな銀色の金属の塊を乗せた。板に印があって慎重に位置合わせをすると、その上にスピーカーを乗せた。なんか小さな灯篭のようだ。それから、いろんな機械にコードを配線しだした。コードは毛糸みたいに太かったりねじれたりして、色も様々だ。
私の実家は玄関のわきに仏間があり、その隣が応接セットのあるリビングだ。仏間とリビングの間にある襖は外されていて、応接セットに座ると仏間の様子が手に取る等に判る。旦那は弟と何やらしゃべってるで、コーヒーでも入れようかと立ち上がった時に姉夫婦が到着。
「あー疲れた。おいしいお茶がほしい」
あんたさあ、最初にこれかい?旦那と一緒に遅刻して、お茶かい??なんか違ってないかい?
「菊里松月のういろうと鬼饅頭はここにある。おまけに三河屋の満月も」
ご無礼しました。大好物です。林さんたちは笑ってる。内藤さんなんてどっちも実家のそばです。満月好きですって。結構知ってるな!美味いもん。早速薬缶を火にかけた。
リビングでういろうを堪能していると、旦那と弟が目配せをした。そろそろ始まるらしい。みんなで応接に
座った。兄弟3人で応接の大きなソファに。旦那2人はその後ろに食卓の椅子をセットした。
「それではお聞きください」
3人の目の前には、スピーカーが1つだけ。コードの先には、古めのCDプレイヤーと、小さな機械。電球の子分みたいなのが光ってる。真空管だそうだ。
ナレーションの後に、母の声が聴こえた。びっくりした。
母がいる。
真ん中に母がいる。
背格好までわかる。
母がコーラスのみんなと歌ってる。
コーラスのみんなの顔までわかる。
指揮するデブの先生、背の高い山田さん、すこし猫背の鈴木さん
前列5人、後列5人の10人皆さんの顔がある。みんな歌ってる。嬉しそうに歌ってる。
3人とも動けなかった。涙出まくり。歌がうまいわけじゃない。
でも、目の前に母がいる。
死んでしまった、もう会えない母がいる。
1時間ほどの発表会は終わった。呆然としていたら、弟が
「お茶入れるね」
おまえ、お茶目だな。お茶を準備している時、林さん達は、帰り支度が終わってる。工具を片付けて、靴を履いて
「それじゃあ失礼します」
2人声をそろえて明るく帰って行った。
「ちょっと説明しなさいよ」
姉が怒ったように質問した。そうだ、聞かなきゃ!
「あのね、順番に言うね」
弟が、お茶を飲みながら話し出した。弟と私の旦那2人で会社に行った時に、見積りの中身を詳しく聞た。
林さん達が説明したのは、依頼内容を考えるとスピーカーとアンプはどう考えても市販のモノではだめで
結局作るしかない、CDプレイヤーだけは何とか昔の機械が使えるかもしれない。ただ、作っただけでは勿論だめで、何度もチューニング(改造?らしい)しないといけない。おまけにチューニングした機器はその場所専用になってしまうため、他では使えない。最高の音にするため一生懸命作るので他では使いたくない。勿論、今回のCD以外でも音楽は楽しめるので、ぜひ使って欲しい。旦那も結構な機械好きなので、質問したりしたらしい。
「それでね」
見積りには書いてないが、ここんとこ1週間ぐらい夜遅く実家でセッテイング(位置調整?みたいなん?)を私の旦那と弟と内藤さんの3人でしていたそうだ。少しづつ調整して(カメラのピントを合わせるように)アンプも部品を変えて、そりゃあ見事な職人技だったと旦那がほめた。この間姉旦那空気でちょっとかわいそう。向こうを向いて独り言で、言ってくれれば俺だって参加したのにって
「なにしろ」
スピーカーとアンプは自作品。でも、とってもキレイだった。依頼した日から3カ月間、毎日暇を見つけてはアンプを作り、スピーカーを仕上げ、配線材を吟味し、部品を何度も交換したそうだ。旦那によるとアンプで使った部品はミリタリースペック??らしく(弟はNASAで使う部品と言っていた)随分長い間使えるらしい。スピーカーも限定品で、オークションで探したそうだ。CDプレイヤーの中身は、ヨーロッパの会社の部品らしく、日本で販売された時は随分話題になった製品らしい。全部が全部、気合入れて中身まで替わってるって言ってた。
お茶を飲みながら、みんなでちょっとリラックスして母のCDを聴き直した。やっぱり母が歌ってた。母の歌声はとっても良く響いてた。
その後弟は自分用に機械を使ってる。アンプやCDプレイヤーはラックに収めスピーカーの場所は、はやりの工事用レーザーを使って、すぐに設置できるようにした。すべての音楽が素晴らしい訳ではないけれど、ボーカルやオペラなんかは絶品だそうで(旦那談)結構頻繁に聴いているらしい。彼女だったり、友達だったり、私や姉の旦那もちょくちょく行って聴いている。私と姉は、残ったお金を分けてそれぞれ貰った。少しだけバレてるヘソクリができた。
あの日家に帰った時、撃沈された旦那が家にもあれがあればと遠い目をした。たわけーーー、アンタが作った騒音発生器が腹におるんじゃー!!しばらくは我慢せい!!旦那はポカーンとしてた。
何年か後で 子供にも聴かせる。弟には10年後でも聴けるようにとメール済み。