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「めのう……? ……めのう!」


 あれ? わたしったらまた眠ってしまったのかしら? リクガメ生活ってお部屋が暖かいから、ついウトウトしてしまうのよね。バスキングライトとか、パネルヒーターとか、上からの熱が甲羅の下の肺を温めてくれるんだ。


「めのう! 目を覚ましたのね!? 分かる……? 母さんよ!!」


 え……母さん??


 こはくは自分のお母さんをママと呼ぶし、大体にして聞こえる声はそのママでもこはくでもない。それにこはくはわたしを「めのちゃん」と呼ぶ。


「あ……わ、たし……?」


 自分の唇が動いて、良く知っている声が聞こえたことに気付いた。いや、リクガメだったら唇でなくて(くちばし)でしょ? そんな自分の思考にハッとして目を見開く。

 

「か……あ、さん……?」

「ああ……めのうっ、良かった……意識が戻ったのよ!!」


 意識が……?


 いきなり首元に何かがしがみついて、わたしはしばらくその強い抱擁に、硬直したまま瞳をパチクリさせていた。この髪の香り、この声、そう……わたしの母さんだ!


「ちょ、ちょっと待って、ナースコールしちゃうから! ……あ~あの、看護師さん!? 娘が目を覚ましたんです!!」


 解き放たれて辺りを見渡す。涙に顔を濡らした母さんが身を起こして、スピーカーからの呼び掛けに慌てたように応答した。


 やがてお医者様と看護師さんが現れて、わたしの身体の様子を診てくれた。「これでもう心配は要りません」笑顔のお医者様に告げられて、母さんは腰を抜かしたように折り畳み椅子に座り込んだ。


「ご、めんね……母さん。心配、掛けて……」


 突然道路に飛び出したわたしは、そこへ走ってきたダンプカーにはねられて、丸三日も昏睡状態だったのだという。


「とにかく生きていてくれて良かったわ。父さんも向かっているから、それまでまた眠る? あーでも、もう目を覚まさないなんてよしてちょうだい! 本当にあんな大事故で無事だったなんて……奇跡としか言えないんだから!!」


 母さんは喜びと驚きと安堵で、その仕草も言葉もめまぐるしく落ち着かなかった。とっても心配してくれてたんだ……なのにわたしはこはくのことばっかりで、頭が一杯だったなんて──。


「きっと……天国にいるこはくが、あなたを守ってくれたのね……」

「……え?」


 天井を向いたまま黙りこくってしまった気まずい視線を、母さんのその台詞がふと戻させた。唇を震わせて涙を(こら)える母さんの面差しは、感慨深そうにわたしの向こうに移された。

 重い身体を何とか返して、母さんが見詰める戸棚の上に目を留める。

 そこには大きな透明のガラス瓶が置かれていて、何かが詰められているようだった。


「ダンプの運転手さんが全部拾ってくださったのよ。ぶつかる寸前、あなたが大事そうに抱えていたのに気付いたのですって。すっかり壊れてしまったけれど、せめてもの償いにと……崩れた欠片(かけら)まで集めてくださって。飛び出してご迷惑を掛けたのは……あなたであるのにね」

「……」


 母さんにお願いをして、わたしは上半身を起こしてもらった。寝台の向こう側に回った母さんから、大切そうに手渡されるガラス瓶。その中には──粉々に砕け散ったこはくの『カケラ』が収められていた。


「こ、はく……」


 硬いガラス面をギュッと握り締める。その手に涙が数滴落ちた。こはく、ごめんね……わたしが周りも見えなくなるほど心の流れに身を任せてしまったから、あなたをこんな目に遭わせてしまった。


「実際ダンプがぶつかったのは、あなたでなくてこはくの甲羅だったのだそうよ。それからあなたは跳ね飛ばされてしまったけれど、その時も甲羅があなたの背中を支えて、地面に叩きつけられるのを防いでくれたそう……だから。こはくはきっと天国で、ずっとあなたを見守ってくれているのよ。その身はなくてもあなたの傍にいてくれているの」


 事故で死んだこと、天国でこはくと再会したこと、来世に逆転して生まれ変わったこと……全ては気を失っている間の夢だったのだろうか? ううん、夢じゃない……こはくが一緒に転生したいと願ってくれたのも、来世でわたしを可愛がってくれたのも、きっと本当の気持ちだった。


「ごめんね、母さん。わたし、これからはちゃんとする……こはくの、ためにも──」


 手の中のガラス瓶を見詰めて呟いたわたしの言葉に、母さんがどんな反応を示したのかは分からなかったけれど。その時胸の中を巡ったじんわりとした温かさは、わたしを取り巻く『家族』からの愛情だったと思う。


 ありがとう、こはく。

 もらった想い出を心に抱いて、一歩一歩着実に歩いていくよ。




 ■ ■ ■




 それから一ヶ月後──。

 一生懸命励んだリハビリのお陰で、わたしは無事に退院を果たし、進級試験前の大学にも復帰出来た。


「おはよう、こはく」


 ベッドサイドのテーブルに置かれた、琥珀色の砂時計に朝の挨拶をする。

 上下をひっくり返してサラサラと落ちるその淀みない様子に、自然と笑顔が零れた。

 こはくの『カケラ』を粉にして、作ってもらった砂時計。


「父さん、母さん、行ってきまーす!」


 こはくが守ってくれたこの命で、こはくの分まで生きるんだ。

 時の流れにダラダラと流されるのではなく、立派に泳ぎきると決めたから!

 だからこはく、これからも天国でわたしを見守っていてね。

 そしていつかずっとずっと先の未来、『虹の橋』のたもとにわたしを迎えに来て──その大きな美しい甲羅に、再びわたしを乗せて虹を渡るために──!!




   【完】




 物語はこちらでおしまいですが、何卒「次の話」までお進み下さいませ!

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