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暖かい……。
わたしは背中に感じるとろけるような温かみに、ふとまどろみから目を覚ました。
えっと……どういうことになったのだっけ? 確かわたしは何故だか死んでしまって、天国のこはくと再会して、エンマ様に来世に飛ばしてもらって……って、前世の記憶も残ってる!!
あ、でも……こはくは? こはくはどこ!?
まだぼんやりとおぼつかないわたしの掌に、それでも繋いでいた筈の『脚』の感覚はなかった。
『この世』に生まれ変わるまでに、わたしは手を放してしまったんだろうか? どうしよう、こはく……どこに生まれ変わったの!?
いや、その前にわたしの居場所を突き止めなくちゃ。わたしは薄ぼけた視界に目を凝らした。見える物は茶色い地面。その上にうつぶせになっているみたい。上から注ぐこの温かい熱の素は何だろう? 太陽の光なんだろうか??
「あ、見てママ! 目を覚ましたよ!!」
その時わたしの鼻先から、嬉しそうな子供の声が聞こえた。ママ? 一体誰だろう??
「まったくパパったら~いくらこの子が喜ぶからって、こんなモノを買ってくるなんて……」
「こんなモノってなんだよーママ! ボクがもらったお誕生日プレゼントなんだぞ! これからボクがちゃーんと育てるから、ママは心配しなくて大丈夫だから!!」
買ってきた、誕生日プレゼント、こんな……モノ……?
徐々に機能する瞳の中に、少年の笑顔が映り込む。これってテレビの画像か何かかな? 子供なのに随分大きく見えるもの。
「ホントにちゃんと育てられるの~? ママは面倒看きれませんからね! こはくが飽きたら何処かに引き取ってもらうわよー」
え? こはく!?
その『ママ』さんとやらの台詞が投げられたのは……目の前でわたしに視線を合わせる少年だった。小学校に入ったくらいかな、誕生日プレゼントだなんて……わたしが六歳の
誕生日にこはくをもらった時を思い出した。いえ……ちょっと待って! この子が『こはく』なら、一体『わたし』は……!?
「あきたりなんかしないよ! ねぇママ、早く小松菜とレタス出して! えっとー『めのちゃん』に食べさせるんだから!!」
「台風のお陰で葉野菜高いのよ~! 大体『めのちゃん』ってなぁに? この子の名前?」
「うん! 『めのう』の『めのちゃん』。ボクとおんなじ石の名前にしたんだー」
こはく……!!
わたしは起き上がって『こはく』に近付いた。でも、ああ……見える脚元、リクガメの前脚だ! その瞬間、こはくは人間、わたしはリクガメに生まれ変わったのだと気付かされた。
「わっ! めのちゃんがボクの所に来たよ! ほら~ママ早く! きっとお腹が空いてるんだ」
「んもぅ~このギリシャリクガメっていうの、どれだけ成長するの? あんまり大きくなったら、お店に返しちゃいますからね!」
こはく目がけて突進したわたしは、いきなり何かに行く手を遮られた。これってきっとカメ部屋のガラス面だ。ガリガリと前脚でもがいてみせる。こはくは再び興奮したように瞳を輝かせて、ママを急かして扉の向こうへ消えた。
わたし……ギリシャリクガメに転生したんだね。
少しばかりホッと胸を撫で下ろす。もしもこはくと同じケヅメリクガメであったなら、あのママの言う通り、とてつもなく大きくなって数年で売り飛ばされてしまうだろう。
でもギリシャリクガメであるのなら、大して大きくならないもの、きっとずっと一緒にいられる! まさか逆の立場で生まれ変わるなんて思いもよらなかったけれど、わたしの願いは叶ったんだ。これからわたしはこはくと共に──
ああ~でもわたしってきっと『メス』よね!? ギリシャのメスはそれなりに大きくなるんじゃなかったかしら? 確か二キロ程度には……あのカメ好きでなさそうなママの許容範囲は、一体どれ位の重さと大きさなのかしら??
「めのちゃ~ん、ご飯だよ! ほら、沢山食べて大きくなってね!!」
青菜らしき緑を握り締めて、勢い勇んで戻ってきたこはくは、早速水槽の上からわたしの前に美味しそうな『ご飯』を置いてくれた。
こはく……わたしはとっても嬉しいけれど、この差し出された野菜をガツガツ食べて、あなたのママの機嫌を損ねたりしないかしら……?
「めのちゃん! ガンバレー!」
それでもわたしは一度こはくを見上げ、一口パクリとしてみせた。同時に「おお~!」と歓声が上がる。そうだよね……わたしもこはくが初めてご飯を食べてくれたあの日、本当に本当に幸せだったよ。リクガメは喋れないのだもの。トコトコ歩いたり、ご飯を食べたり、無防備に眠ったり、寝起きに大きなあくびをしたり……そんなささやかな行動一つ一つに、随分感動させられたっけ。
小さなギリシャリクガメに比べたら、ずっとずっと大きくなったケヅメリクガメのあなたには、もちろんそれなりに広いスペースを捧げたけれど。この狭い日本、ふるさとであるアフリカのサバンナのようには、あなたを自由にしてあげられなかった。
そんな窮屈な世界で、身体に合わない気候で、こはくはわたしに懐いてくれたんだ……今度はわたしがあなたに寄り添う番。
こはく、一緒にいてくれてありがとう。
『めのう』って名付けてくれてありがとう。
あなたにもう話し掛けてはあげられないけれど、今までこはくがくれた想い出の分、これからはわたしが想い出をあげる。
だからこの『世』はもっともっと一緒に──
「めのちゃん、だーいすき!!」
──わたしも大好きだよ、こはく……。