人は誰しも二つ以上顔を持っている
定期的に更新しないと忘れられそう、と思っているsitisです。新作を出す予定もあるので、見てね!
朝というのは寝坊するものであり、ギリギリまで寝ておかなければ授業中に寝てしまうのは分かりきったことである。
トントン、と階段を降り、食べながら行くため、食パンを取ろうとすると、親父とお袋が見えた。
「親父、お袋、おは……」
「健児さん、健児さん、健児さん……」
「は、春樹!すぐに出ていってくれ!父さんの貞操が無事なうちに!」
「了解っ!」
両親の情事なんて見たくもないので高速で家を出る。ったく……またかよ、お袋。
我が家にはある秘密がある。
お袋は、なにかというと親父ラブな性格。
親父は、仕事人間な性格。
これらは、間違いなく事実だが、同時に全く違うとも言える。
近所の人から、「良子さん家は仲が良くていいわね~」と言われる。当然だ。親父ラブな時と俺ラブな時があるのだから。
職場の人間から、「村上(俺たち、ここでは親父の名字)さんは仕事もできて、家族への愛情も忘れない完璧な人間だ」と言われる。当然だ。帰ってきたら親バカ・愛妻家になるのだから。
そう、俺たちは多重人格者だ。解離性なんちゃらかんちゃら……。なんて言われてもわかんないだろうし、俺も覚えていない。もしかすると、『学者』なら覚えているのかもしれないが。
「ん……まずいな、そろそろ着いてなきゃいけないんだが」
イマイチ信用のおけない腕時計を見ず、携帯で時間を知る。ギリギリだ。
……仕方ない。
俺の人格、その②。
スポーツマン。
「……こんな状況で呼び出す?普通。稀代の陸上選手である僕の脚を遅刻から逃れるために使おうだなんて、バチが当たるよ?贅沢すぎて」
僕が脚を地面に叩きつける度、世界は後ろへと流れていく。風が顔を打ち、涼やかな感触を楽しむ。ああ、やっぱり、走るっていいな。
圧倒的な速さで(自分で言うのもなんだけど)校門に入り、ゴール。せっかく出てきたんだし、しばらくこのままでいよう。
「よっ、村上!今は……どいつ?」
「スポーツマンだよ」
「そりゃ絡みやすくていいな!確率二分の一で絡みにくいからな!」
「それは同意」
僕としても、あんなやつらは好きじゃない。スポーツの良さを分からない馬鹿ばっかりだ。
あっという間に教室に着く。そういえば忘れていた時間割を見ると……。
「げ。小テスト?」
古典の小テストがあった。僕は運動神経に特化しているから、頭はそんなに良くもない。赤点を取るのがオチだろう。
しょうがない。赤点取ったら主人格に殺されるし交代しよう。
僕の人格その③。
学者。
「……あーそう、高校のテストなんかでこの私を呼び出しますか……。まあいいでしょう。専攻の数学ですし、満点を取って差し上げましょう」
一時間目、テストを五分も経たずに終わらせ、教師に問題を工夫した方がいい、という旨を書いて提出。全く、人格使いの悪いマスターですね。
私の持論では、多重人格というのはれっきとした病気です。私自身が多重人格者であるから自身で研究でき、その何よりも信頼のおける情報だというのに、学会は全く取り合ってくれません。失礼な話です。私が未成年だからって。
小テストも回収され、退屈な授業を聞き流すのも飽きた頃、敬愛すべき教師は愉快なことを言い出しました。
「村上!お前テストがある日はいつもそうだが、ちゃんと話聞いてんのか!?この問題解いてみろ!」
出されたのは、高校レベルとしてはあまりに難しい、というか大学生でも解けないであろう難問。なるほど、話を聞き流してるのにも関わらず常に100点な私に業を煮やした、ということでしょうか。まったく、周りも引いているではありませんか。高校生でこれが解ける者は1%というところでしょうか。
……余裕ですね。
「x=5n。簡潔に収まるいい問題ですね」
「はぁ?違うぞ、収まりはいいが8nだ」
「違いますよ。それはですね、途中の式の作り方が間違っていて……」
自分の間違いを認めない駄目な教師にわかりやすく教えてあげます。しょうがないことですね。出来の悪い子には優しくしないといけない。自然の摂理です。
「ぐ……完敗だ……」
「はい、予習復習は欠かしちゃいけませんよ。答え合わせもね」
たかが大学卒くらいの人間が私に問題を出してはいけません。ノーベル賞を取るくらいじゃないと。
そんな波乱は一時間目だけで終了。あとは特に何もない授業が終わり、早くも昼休みが始まります。
と。
「おい村上、ちょい表出ろや」
学ランを着崩し、ドカンとかいう着方をした典型的なヤンキー。また私が気にくわない方々でしょうか。
「嫌ですよ。私はいまから昼食を取るんです」
「ほー、てめえ自分の状況が分かってねえようだな」
パキン、と音がしたかと思うと、私の首筋には銀色に光るものが近づけられていました。……バタフライナイフ。やはり典型的なものです。……というか、いくら人が居ないからといって、教室でナイフというのはどうなのでしょうか。
あまり荒事にはしたくないので、私は黙って、笑顔を浮かべていることにしました。
「……な、何がおかしい」
「いえ、私は敬虔なキリスト教徒でしてねぇ。片方だけじゃ収まりが悪いので、もう片方にも突きつけてほしいのですが」
適当なことを言いながら相手の観察を始めます。少量の冷や汗、瞬き増加。戸惑ってますね。この程度なら、少し脅せばどうにかなりそうです。
いいですか、あまり事を荒立ててはなりませんよ。
私の人格その④。
ヤクザ。
「……あーあ、お前らも運がいいな。どうやら俺ァお前らにあんま危害を加えることはできねえらしい」
ゆらり、と椅子から立ち上がりつつ、首に当てられたナイフを外す。
「ひ、ひぇ……」
俺の殺気に当てられたらしく、不良どもはぶるぶると震えてやがる。……俺は学者の野郎みたいにコールドリーディングなんざできねえが、こいつらが怯えていることくれぇはわからあな。
「さて……危害を加えずに事を収めるよか、危害を加えて事を構える方が専門な俺だが、どうしたらいいと思う?」
「そ、そうですね……謝るので、このまま帰して頂くというのは……」
「くっははは!違えねえなぁ!よし、じゃあお前ら……」
ホッとした顔をまた恐怖に歪めるため、バン!と音を立てる。そして、間髪入れずにこう言う。
「それだけは絶対してやらん」
「お、覚えてろー!」
「はあ?お前らみたいな雑魚誰が覚えてんだよ」
俺から財布はおろか制服までパクられた(いらないので後で捨てる)チンピラたちは、パンツとシャツで逃げていった。おーおー、汚ねえ景色だねぇ。
「さーて、そろそろ帰るとすっか」
主人格に戻しながら下校への道をたどる。まだ昼休みだが、早退だ。
「って、ンなことするわけねえだろ、クソヤクザ」
ったく、ヤクザの野郎め、この先俺が過ごしづらくなったらどうしてくれる……。
まあ、全部自作自演だけどね。
学会に大量の研究を発表をしているのよ、陸上で全国に行ける脚を持ってるのも、ひたすら喧嘩が強いのも、俺だけどね。
二重人格の親が居るからって、人格まで遺伝しないからね。
……以上。
一人の天才の、お話でした。