幽霊
公民館の裏口から、組曲「惑星」が聞こえてくる。ちょうど「木星」が終わり、「土星」に差し掛かっている。
二月にしては嫌に暖かい日のことだった。額の汗が気持ち悪く感じられる。ハンカチを取り出し、先を急いだ。
そのあと、少し歩いて交差点で右に曲がった。ああ、そうだ。
深夜だというのに、無駄がすぎるほどに人が多い。騒ぐ大きな子供の姿が目にちらついた。有り余るエネルギーの矛先は、昼夜を問わないのだな。と、そんなどうでもいいことを考えていた。
右に二回曲がり、左にもまた二回ほど曲がった後で気が付いた。どこかで道を間違えている。どこで間違えたのかの見当はつかないが、周りの雰囲気がそれを思わせた。墓地にいた。近くにはヤナギの木が、静かに、だが、堂々と腰を据えている。とりあえず、そんな彼に背中を預けて携帯を取りだした。あの不思議な板よりは、使い慣れたこちらが、老齢の私には良く似合う。そんな使い古した携帯を手に持ったところ、少し曲がっていることに気が付いた。諦め半分で開いてみたが、画面のひび割れで決着がついた。これではもうお手上げだ。どうしようもなくため息をつき、ヤナギに礼をしてまた歩き始めた。
振り返ったが、闇しかない。すでに深夜も深夜。まさに丑三つ時といった感じがした。このままでは帰ることすらままならない。周りをよくよく見渡して、公衆電話を探したが、それは見つからなかった。だが、少し向こう、墓地の中央あたりより少し北に明かりが見えた。平常時ならこのような失敬なことは、いや、恥ずかしいことはしない性格であったのだが、今はそんなわがままを考えている暇はなかった。少し早足で明かりに向かって近づき、すみません。と一言、声をかけた。そこには三人ほどいたのだが、誰も後ろの墓へと顔を向けていたので、少し驚いたように振り向いた。
私は目が悪く、眼鏡も壊れており、よくは見えなかったが、そこには老いた母親らしき女が一人、その子供と思わしき男が二人いた。彼らは呆気にとられているようだった。無理はない。墓地と丑三つ時という好条件の下、所々破れたスーツを着た男が一人。とりあえず、私は幽霊ではありませんよ。と柔らかい表情で、冗談を交えつつ話しかけた。道に迷い、アテが無いので助けて欲しいと、簡単に話した。どぎまぎした様子であったが、道を教えていただけないだろうか。と一言聞くと、若干取り乱していながらも、件の婦人が道を指示してくれた。いやはや、ありがたい。と、続けて、迷惑をかけた礼としてこれを。と、財布からお札をを一枚、上記した目の特性もあり、額はわからなかったが、差しだした。相手方はとんでもない。と手を振って断ったので、また深々と頭を下げて、その帰路であろう道を歩いた。
帰路は素晴らしかった。灯りは形容し難いほど綺麗であった。過去というものはいいものだ。初恋であり、現良妻である彼女との出会いが、幸せであった過去の中でも、頭一つ抜きん出ていた。
ああ、川がある。橋はないが、それがいい。別に脅迫されている訳ではないが、向こう岸へ渡りたい。あの組曲も、もう静かになった。
ああ、思い出した。ということは、嘘をついてしまったのだな。
はじめてなので、ちょっとよくわかんないです。はい。