その感情というものは
ある昼下がり。
王国騎士団の訓練所には金属のぶつかる音が鳴り響いていた。
「やぁ!」
一際大きなの声と共に弾かれる剣。
流れ落ちる汗を拭うと少年とも少女とも言いがたい幼い顔が見える。
この少女の名前はサクラ・コウガミ。
彼女は1年前、突然この世界に落とされた。
巷で流行っているらしい物語で召喚術というものがあるが、この少女は当てはまらない。
ただ、突然この世界に落とされたのだ。
「よー!精が出るな。サクラ嬢」
「アレンさん!えぇ、まだまだ未熟者ですから」
同僚のアレン・キシュワルドがサクラの頭を撫でる。
満更でもなさそうなサクラの様子にムッとなる。
「そろそろお昼時だけど、一緒にどう?」
「ご一緒してもいいんですか?」
「………」
嬉しそうにはにかむサクラへ眉間にしわが寄るのがわかる。
俺にはそんな笑顔は見せないくせに
「―――――サクラ」
「は、はい!」
俺が声をかければ、慌てて姿勢を正すサクラにまた眉間にシワが寄る
「………」
「ふ、副団長。私、なにかしましたか?」
「いや。サクラ、お前…」
俺が手を伸ばせば、ビクッと肩を震わせる
なんで俺だと震える?
アレンには普通に触れさせたくせに…なんで、俺には…
「いや、いい。午後からの訓練は魔術を使う。魔法具を持参するように。」
イラッときて思わず事務的に言葉を溢せば、サクラは大きく返事をして俺の前から走り去った。
そんなに俺といるのが嫌なのか。
執務室に戻れば山のように書類が積まれている。
これでも騎士団副団長だ。なにかしら書類が回ってくる。
だが、俺はデスクワークが嫌いだ。
書き仕事より身体を動かしていたい。
などと我が儘は言えない。
渋々ペンを取り、書類と向き合う。けれど、やる気は一切起こらない。手を動かすことすら億劫だ。
代わりに先程の怯えたようなサクラの姿が何度も再生される。
「くそっ…」
手に取ったペンを投げ捨てれば、机に足を乗せて椅子にもたれかかる。
行儀悪かろうが関係ない。ようはバレなきゃいいんだ。
「クロノス、遊びに来たよ~」
「てめぇは…」
開け放たれたドアから我が物顔で入ってくるのは腐れ縁で王宮魔術師のラビリオ・サズハール
「毎回言うが、ノックをしろ。返事があるまで入ってくるな」
「いーじゃん。俺とクロノスの仲だろ?」
「ただの腐れ縁だ。」
「けち。折角サクラちゃんのことで話をしに来てあげたのに~。聞きたくない?」
にやにや笑うラビリオに思わず手が出る
しかし、簡単に避けられてまたイラッとくる
「っと…相変わらず喧嘩っぱやいんだから。……こんなやつのこと何処がいいんだか……」
「あ゛?」
「おーこわっ。そんなのじゃ、サクラちゃんに嫌われるよ~?」
「…………」
“嫌われるよ”
その一言が胸に刺さる
「…………おい、ラビリオ。サクラはなんで俺にあんなに怯えてると思う?」
「………」
そう問い掛ければ、ラビリオは俺をバカにしたような、可哀想な目で見てくる
「んだよ、その目は」
「いや、だって、クロノス。マジでそう言ってるわけ?
今までの言動を振り返れば…」
今までの言動?
サクラが落ちてきて
―(その時は剣を突き付けていた)
王国騎士団で保護するようになって
―(かなり嫌々で厳しく対応した)
サクラに頼まれて剣と魔術を教えるようになって
――(鬼畜なほど厳しく、目付きは悪い上に口は悪い)
「………」
「え?マジで心当たりないわけ?」
「一切ない」
そう言い切れば、ラビリオは額に手を当て俯いた。
「ちょ…これじゃ、サクラちゃんが不憫…そんなのじゃほんとに嫌われるよ?マジで」
「なんだと?」
「いやいや…」
「だいたい、サクラの奴は俺以外のやつと馴れ馴れしすぎる。午前の訓練中もアレンに頭を撫でられて…見ていて無償に腹が立つ。」
思い出すだけで腹が立ってくる。なんなんだよ。一体…
「それってさ、もしかしてさ。クロノスって、ひよっとして、ひよっとして~ヤキ…「あ゛ぁ?」」
にやけきった顔と台詞にムカついて裏拳をお見舞いにする。
「ってぇ!!ちょ、何すんのさ!」
「うるせぇ!」
俺だってらしくねぇのは分かってるっつの…
「調子狂うんだよ。あいつのことになると」