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冷たすぎた世界

作者:

「ヒョーゴはなんで泣かないの?」


 幼馴染に聞かれた何気ない質問。ボクが小学生だった頃、事故で両親を亡くした時に幼馴染が平然としているボクに聞いてきた言葉だ。

 ボクが答える間もなく幼馴染の方から「あっ分かった」と言い、おばちゃんのマシンガントークのように休む間もなく言ってきた。


 泣くほどヤワじゃないから?   ――そんなことはない。ボクは一人じゃ生きることが出来ない。


 泣くほどのことじゃないから?  ――両親を亡くした以上に哀しいことなんてない。


 まだ亡くなった実感がないから? ――どうなんだろ。二度と会えないってことは理解している。


「じゃあどうして泣かないの」


 全部否定していたら再度、幼馴染が聞いてきた。

 だからボクは答えてやったんだ。






『冷たすぎた世界』







 自分にとって18度目の夏が来た。暑い……夏が暑いのは当たり前だが今年は記録的猛暑とか何とか……とにかく暑すぎる。

 この暑い中を毎日毎日、ミーンミーンというセミの泣き声を聞きながら氷菓子をくわえながら自転車を走らせ塾へ大嫌いな勉強をしにいく。誰が悲しくて高校最後の夏を塾で過ごさなきゃいけないんだ。と誰に怒りをぶつけるわけでもなく、黙々と自転車のペダルを漕ぎ塾に向かう。 自分で言うのもなんだが、部活でバスケをやっていてそのバスケでスポーツ推薦で大学で行く予定だった。それくらいレベルの高い自信がある。だが現実、そう上手く行くわけもなかった。

 最後の大会前に練習で無茶をしすぎて右足首捻挫。幸い軽くて済んだけど、最後の大会には間に合わず推薦なんてしてもらえるわけもなく、自力で大学に行かなくては行けなくなった。悔しかったけど自分のせいだから誰も責めることも出来ず、その時はもう逆に笑うしかなかった。そんな俺の調子にダチたちもトコトンバカにしてきたけど……あの、結構凹んでんだからもう少し優しくしろよなって思わなくもなかった。しかし問題はそんなことじゃない。進学だ。推薦をアテにしていた俺は正直、3年間……いやガキの頃からバスケしかやってない。勉強なんて俺がこの世で2番目に嫌いなことだ。ん、じゃあ1番目は何かって? それはな……内緒だ、今はな。

 自転車を走らせて十分少々で塾はつく。少し離れたところにある自転車置き場に停めて、駆け足で塾へ向かった。

 遅刻するとかではなく、日射に耐えられなくて早く涼しい塾内に入りたかったからだ。

 


「ヒョーゴ。遅いよ」


 塾の入口の前で仏頂面で待っていたのは幼馴染の纏だった。ちっこい体にお似合いのショートに水色のワンピースを着こなす姿は見た目からも活発なヤツだろうと印象を持てる。その印象通り男女問わず友人感覚で人と接するため学校でも人気が高い。

 ただはた迷惑なことに俺と幼馴染ってだけで周りから付き合ってると勘違いされることが多い。だから纏も俺も高校3年間で相方を作ったことはおろか、面と向かった告白すら受けたことがなかった。みんな纏と普通に話してるように俺も話しているだけで、俺の場合勘違いされるってどんなイジメだ、とダチに相談したことがあった。まぁそうしたら「どんだけ贅沢なんだテメェは」とボコにされたけど……

 そういうダチたちは普通に彼女を作っては遊び呆けてる。どっちが贅沢だ、とボコにしたかったのはこれまで多々あった。

 まぁそんなこんなで意味も分からず高校最後の夏を迎えてるわけだが。


「――ゴ? ヒョーゴ? しっかりぃ」


 纏の声に我に返る。気づくと纏は俺のアゴの辺りで手のひらを向け左右に振っている。

 意識がしっかりしてない相手に良く目の辺りでやるのを背が足りなく一生懸命背伸びをしても俺のアゴの辺りにしか届かない。

 180を余裕で超える身長の俺と150あるか微妙な纏。これだけアンバランスなのにお似合いという周りが理解できない。


「はいはい、大丈夫ですよ。早く入るべ」


 頭をくしゃくしゃに撫でてやり俺は一足先に塾の中に入る。


「ちょ、待ってた相手より先に入るって酷くない!?」


 甲高い声をあげながら、自動ドアが閉まりかけてるところに駆け足でわざわざ入ってきた。

 こういう子供っぽいところは成長しない。ガキのままだ。


「お前な、一度待てば良いだけだろ」


「なんとなく。良いじゃん別に」


「おーおーご両人。今日も仲が良いようで」


 入って真っ直ぐにある受付に立っていたダチの一人、一馬がニヤニヤ顔で迎えてくれた。

 ジーパンにジャラジャラと鎖っぽいのをつけてピアスを開け、長い髪をハリネズミみたいに立てているその姿はとても高校生に見えない。隣を歩いていても恥ずかしい格好だが本人が気に入ってるようなので、深くは突っ込んではいない。

 一つ言えることは一馬の頭のネジは人より二個ほど足りないってことだ。


「お前も相変わらずウザイ格好してんな」


「ふっ。これが俺のポリシーだからな」


 親指を立て白い歯を覗かせた。キラーッと効果音が聞こえそうなくらい磨きかかっていて、カッコつけることに関しては手を抜かない。

 そのポリシーとやらのおかげで異性には何故かモテているようだ。こんなのが良いなんて世の中アホばっかりだ。


「それより今日、親の命日だろ?」


「は?」


 一馬に唐突に言われ、慌ててポケットの携帯を取り出しスケジュールを開いた。今日の日付のところに「!」マークがあり詳細を開くと両親の命日とバッチシ書いていた。


「だ――ッ! 忘れてたぁ!!!」


 俺の悲鳴が塾中に響き渡り、みんな俺の方を見てくる。一馬や纏に叩かれながらその場から逃げるように、俺らが学んでいる高校生Aコース(大学進学組)の教室に入った。

 中はクーラーが効いていて天国のような涼しさだった。やっぱ暑い中、集中できないだろうと塾側もその辺は考えてくれてるようだ。

 しかし命日のことは一馬に言われなきゃ気づかなかったなんてどうかしている。完全に暑さにやられているみたいだ。


「ヒョーゴ、大丈夫? 命日を忘れるなんてらしくないよ」


 纏が本当に心配そうに見てくるのが非常に心苦しかった。なんつーか、雨の中捨てられている子犬が見上げてくるような切ない感じが出てて、昔から纏のこれだけは弱い。

 これをやられた時は俺は意識的に顔を逸らしているのだが、一馬はそれを分かっていて相変わらずニヤニヤと楽しそうにしている。


「でも纏ちゃんの言うとおり、おかしいな。何か心配事あんのか?」


「んにゃ、全然」


 それは心配かけないためについた嘘……なんかじゃなく、本当になかった。


「単純に暑さに参ってただけだよ」


「そっか。いやースポーツ選手が暑さに負けてちゃダメだろ」


「ごもっとも」


 それから授業が始まるまで他愛のない話(※一馬の彼女自慢が中心)をしたが、その間の纏がいつになく黙ってるのが気になった。

 あいつの方こそなんか心配事抱えてるんじゃないか?




 ◇




 来てからずっと問題集と格闘しているだけの退屈な時間も短い針が四を指しようやく終わりを迎える。

 大学に受かるためと親や友人たちに説得され頑張ってはいるが、正直こんなところで飽きもせず良く勉強が出来るなと毎日思っている。やっぱどんなに蒸し暑くても体育館で運動してる方が性に合うみたいだ。

 もう何も考えたくないと机に頬を当てグッタリしてると後頭部に衝撃が走った。


「いってぇ……な、一馬」


 顔を上げると問題集を丸めニカッと笑う一馬の姿があった。


「何ダラけてんだよ。終わったんだからシャキっとしろよ」


「終わったからダラけてんだよ……」


 だが日が落ちるのが遅くなったとはいえ、もう四時まわったところ。早くお墓に行かなくては暗くなってしまう。

 重い腰をあげ立ち上がる。良く見たら一馬の隣に見慣れない女の子が立っていた。


「あっ? 誰、その子」


「ん、さっきナンパした子。これからデートなんだぁ」


 早くも腕を組んでいちゃつくバカなヤツら。クーラーが効いているはずなのに妙に暑くなってきたのは俺だけだろうか?

 結局一馬はお先~と言ってナンパした子を連れて教室を出て行った。

 俺もそろそろ行くかっと両腕を挙げて背中を伸ばして、机の横に掛けてあるカバンに手をかけた。

 そのとき、気づいたが終わってから纏を見てないなっと教室内を見渡すとまだ座って問題集と睨めっこしていた。

 そんな難しい問題やってんのかと思い近づくと、問題集を見ていると言うより肘をついて何かを考えてる様子だった。


「お~い、終わったぞ」


 塾に来た時にやられたことをやり返す。手のひらを向けて目の辺りで左右に振ってやると我に返ったようにハッと顔を上げる。

 どうやら本当にボーっとしていたみたいだ。

 俺も言われたが、纏が考え事があることも相当珍しい。そりゃ人間、一つや二つ隠し事もあれば悩み事もあると思うが、纏がここまで考え込む姿を見るのは物心ついた時から一緒にいるが、そうあることではなかった。


「えっと、どうしたの?」


 首を軽く横に傾けて見上げてくる。この小動物みたいな仕草はまぁ普通にカワイイとは思う。口にしたことはないけど。


「お前こそどうしたんだよ、らしくねぇぞ」


「う、うん……」


 からかい半分で言ったんだが、思ったより深刻な悩みなのかまた俯いてしまった。

 後悔したが後の祭り。どうして良いか分からず前髪を掻き揚げ、挙動不審に髪を触りまくっていた。

 ほんの数十秒程度だったが数十分にも感じられるほど長い沈黙の中、ようやく纏は顔を上げた。


「ねぇ、これからお墓行くんだよね?」


「ん、まぁな」


「私も行っていいかな?」


 この申し出には驚いたが、別に断る理由もない。両親も纏のことは知ってたし、俺が一人っ子のせいか特に母親は娘のように可愛がっていた。纏が行けば喜ぶかなっと二つ返事で了承した。




 塾を出て自転車を走らすこと十分程度。一度家に戻ってお供えものや線香を取ってきてから墓地に向かった。塾に向かう道を横道に曲がって少し登れば墓地につく。だから登るのは多少疲れるが家から直接行けば5分もかからない。元々祖父母が亡くなったとき、寂しくないようにと両親が墓地の近くに家を建てたのだが、まさかこんなに早く自分たちもその墓に入るとは思ってもなかっただろう。その新居はもはや俺のために建てられたと言っても良いほど住んでる年数は一番長い。


「ふぅ……久々だな」


 坂道を登ってきて汗をかいてはいるが暑いと言うほどでもなかった。それは高台にあるせいか、日が落ちつつあるせいか、墓地独特の雰囲気のせいか分からないが自転車で来たのにも関わらず涼しく感じた。

 しかし気になるのは纏の様子だ。自転車で塾⇒家⇒墓地と走ってきたが、俺の後ろをついてくるだけで会話は一切していない。せいぜい塾のところで「線香とりにまず家行くぞ」と家についてから「ちょっと待ってて」と言ったのに対して纏が「うん」と頷いただけだ。もう会話にすらなっていない。

 良く考えたら塾に言ったときは普通に会話した。様子がおかしくなったのは一馬が命日の話をして、その後他愛のない話をしている最中だ。今更一馬と彼女との惚気やら下ネタに気分を害するようなこともないとは思う。ガキの頃からの付き合いで中学でも日常茶飯事とも言える。じゃあ命日の話か? でも俺が忘れてたってだけで纏が考え込むようなことは何一つないはず。ホントに今回だけは分からない。しかもあの短時間で一体何が合ったんだろう。懸命にあの時の会話の内容など思い出してみるが、全然分からなかった。


「ヒョーゴ、早く行こ?」


 自転車を停めてからずっと考えていたせいで、疑問に思ったか袖を引っ張ってきた。

 心配している相手に心配されちゃおしまいだよなっとこのことは終わってから聞くとして、今は暗くなることだし早く拝むことにした。




 墓の周りを掃き、水をかけてあげたり花や供え物を添えて、線香とたてて最後に拝む。全て終わった頃はちょうど夕日が落ちかけて空が茜色となっていた。


「うわぁ綺麗」


 纏がそっと口にした言葉通り、高台ということもあり綺麗な夕焼けを見ることができた。


「……ねぇヒョーゴ」


「――ッ!」


 急に纏に話しかけられ慌てて首を横に振る。あろうことか笑顔で夕焼けを見る纏に見とれてしまっていたのだ。

 首を横に傾げ「どうしたの?」と聞いてくる。そんな纏に胸が高鳴った。……なんか最近、おかしいな俺……

 とりあえず鼓動を抑え「なんでもない」と答え、深呼吸をする。そして落ち着いて頭をフル回転させる。活発に動いてくれなきゃ自分で何を言い出すか、何をしでかすか分かったもんじゃない。なんか体と頭が明らかに連動してない気がする。

 

「で、何だよ?」


「うん……私たちが小三のこと覚えてる?」


「急だなおい。小三ねぇ……なんかあったっけ?」


 と、なんかあったかどころではなかった。両親が亡くなったのがちょうど小三の時だ。

 もしかしてそのことだろうか? いやこのタイミングで話してるんだ、他にあるとは思えない。


「俺の両親のことか?」


 纏は決して自分から言い出そうとしなかったから、俺から振ってみた。俺の言葉に神妙な顔でこくっと頷いた。

 でもそれが今更どうしたんだって感じだ。俺らは今高校3年、もう9年も前の話。その間、纏も何度か今日みたいに来てくれたがその時はいつもと変わらず拝んでくれていた。


「一体どうしたんだよ、らしくねぇぞ」


 全然聞きたいことが分からず嫌気がさし、単刀直入に聞いてみた。元々遠慮する仲じゃないし。

 しかし纏から返ってきた言葉に驚かされた。

 

「らしくないのはヒョーゴだよ……」


 ……は?


「な、何がよ?」


 なんか俺、さっきから聞いてばっかだなって言うくだらないことはとりあえず置いといて。


「ヒョーゴ、おばさんたちの命日忘れてたじゃん」


「なんだ……そんなことかよ。俺だって――」


 渇いた音が聞こえた……と思ったら頬に衝撃が走った。一瞬頭の中が真っ白になった……

 当然叩かれて頭に血が上り、言い返そうと思ったが一気に血の気が引いてしまった。目の前の叩いた本人が涙を流しているからだ。


「お、おい纏?」


「おかしいよ……ヒョーゴ……おかしいよ……」


 うわ言のようにそれだけを繰り返す。話をしたかったが、纏の様子ではそれも出来そうになかったのでまず落ち着かせようと近くのベンチまで連れて行って座らせた。

 今は喋らず落ち着くのを待つことにし、隣に座ってからは軽く肩を寄せただけで黙っていた。辺りはすっかり日も落ち暗くなっていた。


「ひっく……ゴメンね……」


 携帯を開いて「チッ圏外か」と呟いたとき、纏がようやく口を開いてくれた。


「いや、別に良いけどホントどうしたんだ? 俺、なんかしたか?」


「ううん……ただ哀しくて」


「哀しい?」


「うん……去年まで一回も忘れたことなかったのに……時には学校休んでまで来てたのに……」


 それが両親の命日のことを指してることはすぐ分かった。確かに自分らしくはないと言うことは思っていたが、それと纏が泣くことはワケが違う気がする。


「なぁそれでなんで纏が泣くんだよ」


「何かヒョーゴが別の人に見えたんだ……」


「俺が?」


「うん。ここ最近感じてた……ううん、良く考えたらずっと前からかもしれない」


 どうしても纏が言いたいことが分からなかった。自分では変わってないつもり……いや、もっと大人にならなきゃいけないと思うほどガキのままだ。それなのに纏には別の人に見えていたという。

 ホント、今日の纏は全然掴めない。今の纏のほうが別人に見えてしまうほどだ。


「ねぇヒョーゴ、自分が最後に泣いたのがいつか覚えてる?」


「……いや……」


 思えば涙を流した記憶がない。両親が亡くなったあの日でさえ……

 そう思った時、頭にあるシーンが過ぎった。


「お前……もしかして昔のこと?」


 そう思い出した。全て……小三のとき、今座ってる場所で会話したことを。

 両親が亡くなっても俺は涙を流さなかった。親族はそんな俺を強い子と言ってくれたが、纏にはあの日、本音を言ったんだ。

 俺が……ボクが泣かない理由、それは『世界が冷たすぎるから』

 この世で俺がもっとも嫌うことは泣くことだ。全てを無にする涙が俺は大嫌いだ。

 世界が冷たすぎるから、涙を流してもその軌跡は無くなることなく凍りつきその場に残る。

 つまり永遠に消えることなくそれはその場に残り続ける。悲しみなど消えずに心の中に住み続ける。

 そう母は言っていた。だから俺はどんなに哀しくても涙は流さなかった。そうすればこの哀しみはきっと消えて無くなると思うから。


「――って言ったんだよ……思い出した?」


 纏は俺が当時言った理由をほぼ完璧に復唱した。


「あぁ思い出したけど、それがどうしたんだよ。お前が泣く理由と全然噛み合ってねーじゃん」


「……それ以来、ヒョーゴが変わったなって思って……」


「全然意味わかんねーよ。ちゃんと説明してくれ」


「ヒョーゴの心の中……凍り付いちゃってるのかな……って思っちゃって……」


 また涙が出てきたようで言葉が途切れ途切れになっている。どういうことだ? 俺の心の中が凍ってる?


「ずっと思ってた……あの日、あの言葉を聞いてからヒョーゴが冷たく感じて……」


 俺は何を言うわけでもなく纏の言葉を聞き入っていた。変わったというのは大人になったとかそういう意味ではないのくらい聞かなくても分かる。『冷たく感じて』この言葉が心にズシっと来た。


「唯一、おばさんたちの命日だけはちゃんと覚えててその日のヒョーゴを見てると昔のヒョーゴを見ているようで好きだった……お墓を掃除したりお供え物をあげているときのヒョーゴは子供の頃の純粋で温かい瞳をしていたのに……」


「纏……」


「だからヒョーゴが忘れてたって言ったとき、哀しくなったの。あのヒョーゴのこともう二度と見れないのかなって……もう……」


「もう良いよ。ゴメンな」


 気づいたら俺は纏を引き寄せ、その小さな体を腕の中に収めていた。

 母に教えられた言葉を忠実に守っていた俺は纏から見れば、サイボーグのように見えていたのかもしれない。

 喜怒哀楽、人間に与えられた人間だけの感情を俺は一つ捨て去っただけで一番近くで見ていた纏には別人のように見えたのだろう。


「ねぇヒョーゴ。私、太陽になれないかな?」


「ん?」


「あなたの凍りついた心を溶かす……太陽に」


「ケッ、チビが何言ってんだよ」


「あ――ッ! 酷くない? せっかく人が――」


 うるさい口は塞ぐに限る。悪い、古典的な方法で。ろくに場を踏んでない俺は漫画のノリしか分からないから、こんな状況下でそういう展開に持って行くにはこれしか思いつかなかった。

 そっと離れると目がしょぼしょぼしてきた。今までに味わったことにない感覚にかなり戸惑った。


「悪ぃ……纏……俺、変なんだけど……」


 そう言うと纏は背中にまわってる俺の腕を解いて、立ち上がるとそっと俺の頭を抱き寄せた。


「泣いて良いんだよ、思いっきり」


 優しい言葉に俺は物心ついてから初めて、泣き叫んだ。纏がすっと俺の心に入ってきて心の鎖を解いた。

 文字通り凍り付いていた心を纏の笑顔が溶かしてくれている……そんな気がした。こいつと一緒なら俺は今からでもやり直せる。そう思うと涙が止まらなかった。

 それでも俺は母の伝え通り哀しみでは泣いていない。多分、これは嬉し泣きってヤツじゃないかな?







 18回目の夏も終わりを迎え、学校の雰囲気は一気に勉強モード。残暑と共に俺の体を蝕む。

 でも正直、毎日が楽しい。あの日以来、何をやるにも楽しくなった。それが大嫌いだった勉強でさえも。

 どうやら俺は喜怒哀楽の『哀』だけ捨てたと思っていたが、自然と他の三つも失いかけていたようで一馬らダチにも「最近、お前笑うようになったな」って言われた。

 あの日、纏と幼馴染という一線を越え、男女の仲になっても周りは気づかなかった。それでも今まで以上に二人で行動することが多くなり「なんか変化あったのか~?」とか聞かれたけど俺と纏は白を切りとおした。


「ヒョーゴ、おはよ」


「あぁ」


 だってこうして挨拶を交わすのも、「付き合ってんだろ」とか言って茶化され否定するのも全て元々日常だったから。

 でも今、こうして違うことが一つだけある。

 纏の笑顔を見ていると救われる……なーんて恥ずかしいこと口に出来るはずもなく


「相変わらずチビだな、お前」


 憎まれ口を叩くのも……やっぱ今まで通り、“何も変わらない”そんな18度目の夏だった。





~Fin~

自サイトや他所で投稿している作品です。

とにかく2人の世界観を大事に書きました。

自サイトではこれのボイスドラマも公開しております。

興味がある方、読んで面白いと思ってくださった方はぜひぜひ、サイトの方に飛んでみてください。


では読んでくださった方、本当にありがとうございます!

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