第68話 積もる各々の想い
一ヶ月お待たせしました
来週も投稿しますのでよろしくお願いします
詳しくは後書きで
「先生……先生は今どこにいるんですか……」
部屋の明かりもつけず、鳴らない携帯とにらめっこしている女の子がいた。水無月桃香である。上司であり、組織のほぼトップと言える古夏真冬により、地下施設内待機を命じられていた。
今すぐにでも飛び出して先生を探しに行きたい。でも、自分に何が出来るのかを考えると途端に萎える。力不足な自分が歯痒くてしょうがない。
先生、それは桃香を育ててくれた師匠の九里山スバルのことだ。育てると言っても、精神面と戦闘面でだ。
桃香が銀の弾丸に入ったのは、物心がついて間もない頃だった。元々、親はおらず、実姉の水無月玲奈と二人暮らしだった桃香。
しかし、ワケあって玲奈のツテで銀の弾丸に預けられたのだ。桃香が銀の弾丸一人目の能力孤児で、これがきっかけで孤児達を引き取るようになった。
たった一人の血の繋がった家族の玲奈と離れ離れになった幼かった桃香は荒れた。世話をしてくれたシスターや他のメンバーに反抗し、あのシスター長のミランダさえも手を焼いていた。
荒れる桃香を根気よく相手したのが、普段人付き合いを避け、孤高の存在だったスバルだった。この当時、未桜たちはスバルの対応に驚きを隠せなかった。
部屋に篭っていた桃香を引っ張り出し、無理矢理稽古をつけた。桃香が抱える怒り、鬱憤などをスバルが一身に受けたのだ。そんな日々が続いた。
すると桃香の反抗期はあっさりと終焉を迎えた。笑顔も増えた。これまでの態度を皆に謝罪して回った。そして特に大きく変わったのは、スバルを先生と呼び、慕うようになったことだろう。
あまり姿を見せないスバル。それがメンバー内での印象だったが、この時期だけは桃香を探せばスバルに会えるという謎の現象が起きていた。
「会いたいよ先生……」
桃香もまた特殊な生活環境を送っていた。そんな中支えてくれたスバルはかけがえのない存在になっていた。これは恋心ではないと桃香は思っている。
憧れの存在ではあるが、異性としての恋はない。どちらかといえば親に対する愛に近い。両親との記憶はない。姉とは滅多に会えない。だからこそ、スバルは頼りになる兄であり、父でもあった。
桃香は銀の弾丸メンバーの中で唯一心を許せる人物で、血が繋がってなくとも身内だと感じていたのがスバルなのだ。それだけに心の傷も大きい。
傷が開けば開くほど、スバルに鍛えられた心の奥から隠していた弱い部分が現れてくる。まだ桃香は世間一般では中学生なのだから。まだ小さな少女なのだから。
「助けてお姉ちゃん……先生を助けて……」
縋るのは姉の玲奈。姉の実力を知る妹だから、最後に頼れるのは近くの他人ではなく、遠くの親類だから。
桃香は願う、スバルの生存を。もう一度会えるその日まで。
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一方、姉の方はと言うと。
真冬から電話をもらい、手を貸してほしいという旨を聞かされた。その具体的な理由も全て。
「遂に動くのかアイツが……NSBの奴らも……」
教師という職業上、ある一定の組織に入るわけにはいかず、フリーランスの立場で独自に動いてきた水無月玲奈。単独行動を好む玲奈は、能力を活かした情報収集が得意だった。
“空隙姫”の異名を持つ玲奈。この名は能力名からそう呼ばれるようになったのだ。
時と空間、つまり時空を思うがままに渡る移動系能力の枠を超えた力。概念系にカテゴリーされる異端中の異端。
誰かと組むのには向かない能力だったことも、玲奈がこれまで単独で動いていた理由の一つでもある。誰も玲奈にはついてこれないのだから、仕方ないことだろう。
そんな彼女が追っていた情報と銀の弾丸のボスである(自称)モロヘイヤや銀ちゃんこと風霧銀次が追っていた情報は完全一致していた。
彼らが追う情報と人物はただ一人。切っても切れない因縁の相手。その人物が組織する“NSB”など眼中にない。
「ようやく決着がつけられる」
自然に玲奈は拳を握る。待ち望んだ時が迫っていることを改めて自覚したのだろう。
時を渡ると言ってもタイムスリップや未来旅行ができるわけではない。瞬間移動を可能にするために、僅かに生じる時の誤差を調整するにすぎない。玲奈にも時を自由に操れるわけではない。
全ての決着をつける時が来る。このまま行けば何事もうまく行くはずだ。これまで手回しして、誤魔化してきた事を綺麗に精算できるのだから。余計に力が入る。
真冬からの依頼はシンプル。今まで通り、天神党夜を見守ること。言われるまでもないことだった。こういった事態を想定し、見越した上で行動してきたのだから。
「誰にも邪魔はさせない」
玲奈は自分に言い聞かせるように決心した。己の信念を貫き通すために、障害となるものには容赦はしないと。
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つい先日旧友から連絡を受けた風霧銀次は悩んでいた。
「蒼ちゃん、俺はどうすれば……」
風霧組組長としては失格と言われてもおかしくない弱音と表情だった。組員がこの姿を見れば、どうなるのだろうか。息子の陣すら見せたことがないのだから。
銀の弾丸の情報網を信じていないわけではない。しかも、旧友自ら調べたのだから疑う余地もない。逆に旧友の懐刀だった九里山スバルの行方不明の方が信じられないぐらいなのだから。
縫戸組との抗争を援助してくれた旧友の為にも、自分から何かをしてやりたい気はする。この手の組織は義理と人情に厚いのは皆が知るところ。風霧組も例外ではない。
しかし、今回は相手が相手だった。
「なんでだよ、白ちゃん……」
銀ちゃん、蒼ちゃん、白ちゃん。それぞれが色のつく名前だったから、昔はそれだけで結束が強いと思っていた。子供の発想なんてそんなものだ。
でも、大人になれば、なるにつれて解る。永遠なんてないということに。いつかはそれぞれの道を進むことはわかりきったことだと。
腐れ縁だと言う者もいるが、銀次はそうは思えなかった。昔から仲良くしていた友人同士で争いたくないのが本心だ。
銀次の根っこは争いを好まない。暴力組織を束ねているのは、ある種監視の意味が強い。争いを生まないために、争いの火種を管理する。それが銀次のやり方だった。
と言っても抗争は絶えない。ならば、最小限の被害で抑える。もちろん一般市民が傷つかないように気を配りながら。だからこそ、必要悪たる組織になり得た。
「見て見ぬふりはできない……」
関係者に入る銀次には選択肢が限られていた。傍観は許されない。他者からではなく自身が許せない。
臭いものに蓋をする精神を銀次は持ち合わせていない。何より、臭いの発生源は自分のよく知るところだから。
ならば、自分の役どころはどこなのか。どう立ち回るべきか。銀次は考える。誰も傷つかずに済む結末を夢見て。
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「やっぱり風邪引いちゃったかな……?」
生徒会には顔を出さず、学校から直帰し、自室のベッドに転がりこむ。学校では優等生で知られる天神結夏ははだけた制服に構う様子はない。
手をおでこに当てて、体温を測るもそれほど熱くはない。しかし、身体がやけにダルい。生理の時とも違うし、周期的にもあり得ない。
なら、この風邪を引いた時の身体のダルさ何なのだろうか。ここ最近ぼーっとすることも多くなった。学業も生徒会も何もかも身が入らない。
一度兄、党夜に「大丈夫か?」と声をかけてもらったが、心配させたくなかった結夏は「大丈夫だよ」と気丈に振る舞った。強がったかなと少し後悔している。
この身体の異変に気が付いたのは見知らぬ眼鏡の男性と出会った後ぐらいからではないかと思う。もちろん確証はない。学校で何かの病原菌をうつされたに過ぎないのかもしれない。
しかし、結夏は無性に気になった。あの眼鏡の男性が。恋なんてハッピーなものではなく、何か目に見えないダーティな何かを。
あの時は兄の名前が出たことで安心してしまったが、今思えばもっと警戒すべきだった。あの兄があんな掴みどころのない男と知り合いであることに疑問を持つべきだった。
兄に聞けば答えてくれたのかもしれない。実際、相談すれば解決はせずとも、事態の把握は出来たのかもしれない。事実、党夜が追っているのがその男張本人なのだから。
結夏はそんなこと知る由もないし、やはり兄の心配事を増やしたくなかった。それに怖かった。
兄があの男を知らなかった場合を考えると怖くなった。何故知り合いを装ったのか。何故自分に接触してきたのか。兄の名前を調べていたことから兄の行動パターンまで知っていると考えられる。なら、敢えて兄が不在の時に現れた理由はなに。
推測、深読み、勘繰り、憶測、思い込み。全てが悪い方向、悪い方向へと流れていく。結夏は止められなかった。頭が切れることが仇となった。
兄よりも出来た妹だったから、この歳で気遣いや遠慮も出来てしまったが故に、入れ違いになった。
結夏が党夜に相談していたらこの先の未来が変わったのかは誰にも解らない。結末を変えれなくても、ルートは変化していたかもしれない。全ては過程の中の話。それこそ神のみぞ知る未来である。
「少しだけ寝ようかな……」
結夏は制服のまま眠りにつく。兄が帰ってくるまでまだ時間がある。ご飯の用意は仮眠をとってからでも遅くない。嫌な気分をリセットするかのように、結夏は目を閉じた。
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照明器具も窓も扉すら何一つないが薄暗いという、一見矛盾に感じられる部屋があった。室内には何一つ照明器具は存在しないが、薄暗く。明るくも真っ暗でもなく、ただ薄暗いだけ。
この現象を引き起こしているのは器具ではない。部屋の中央に設置された発光体。この部屋にある唯一の機材。それは水槽。金魚のような小型の観賞魚向けのものではなく、バブルリングで知られるあのイルカが泳いでいたような円柱水槽だ。
水槽内には一杯に満たす液体と一人の女性の姿があった。黄金に輝く長い髪。一から設計されたかのように整った、男女問わず見惚れてしまう容姿。スタイルも言わずもがな一級品。性的魅力に溢れた肢体には文句の付け所がない。
そんな十全十美の女性がいる、謎めいた部屋に侵入者が二人。出入り口一つない部屋へと入る方法があるのか。答えはイエス。但し、能力を使えば。空間に黒い渦から侵入者が現れたのだ。
「蔵馬、一人にしてくれ。三〇分後に迎えを頼む」
「仰せのままに……」
頭を下げると蔵馬は今来た道を帰っていった。設定した地点を、五箇所まで自由に移動可能にする能力“強制転移”とその能力者、蔵馬穂棘。風縫抗争で党夜と涼子を別地点へ飛ばしたシルクハットの男だ。
蔵馬の姿がなくなったことを確認すると、もう一人の侵入者が水槽へと近づいた。
「ようやく君の出番だ」
髪の色は白と黒のコントラスト柄。自然に黒髪と白髪が混ざり合っているとは思えない。意図的に染められていると推測できる。
「待たせたな。あと少しで船出の時間だ。用意は出来てるか?」
頬には大きな傷跡が残っていた。傷跡から見て刺傷痕。刀か何かで切りつけられたのだろう。
「愚問だったか。俺よりもこの時を待ち望んでいただろうからな」
全身黒のタキシード。白の手袋も装着済み。見るからに執事を思わせる格好だった。
「それにしても君の用心深さには驚かされた。流石にアレは死角だった。恐らく蒼ちゃんは気付いていないだろう」
銀の弾丸のボスを蒼ちゃんと呼ぶこの男の正体は。
「だけど気付けた。俺だからこそ直感した。これほど彼女達に感謝したことはない」
この発言の意味するところとは。男の真意はどこに。
「直にそこから出してやる。後は好きにすればいい。抱きしめるもよし、キスをするもよし、セックスするもよし。あるいは―――殺しても構わない」
一瞬だが、男の眼光が変わった。いや、違う。水槽の発光色が変わったから、そう錯覚しただけ。そんな事態にも男は戸惑うことはない。
「例えばの話だ。本気にするなよ。まあ、それぐらい君の自由度は約束する。東雲の奴らが何か考えているようだが、邪魔だと思えば消してくれてもいい。俺の意思に背く奴はNSBにはいらないんでね」
組織の幹部、それも銀の弾丸からはボスの側近とも思われていた東雲を、あっさりと切り捨てる。そう男は言った。
「俺の目的はシンプルかつイージー。世界を創り変える。ただそれだけ」
小テストの満点宣言と同じぐらいの程度の低い感覚で男は言い放った。
「だから俺は組織を作った。銀の弾丸の奴らを排除するためだけの組織“銀の弾丸などない”を」
敵対組織の由来は単純明快。何の捻りもない。だが、それだけに恐ろしい。一つの目的のために作り、動かされる集団を意味するから。
「共により良い世界を創ろう。俺も君も創造主たらしめるチケットは既に手にしているのだから」
淡々と話すにしては規模が見えない。中学生が話す厨ニ話とは違う。
「俺が次にここへ来る時がその刻だ」
言い終えると水槽の主の返事を聞くとこなく背を向けた。そして、踏み出す一歩。これが男が望む新天地へと大きな第一歩となるのか。ちょうどその時、見計らったかのように現れた迎えの蔵馬と共に男は去っていった。
一人水槽の女性はこの場に残された。誰が来ても、何を問われようとも、何が起きても声も発することはなかったその口から、一言だけ呟かれた。
「と、う、や」
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第69話は来週土曜日18時投稿予定です




