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第62話 騒動の裏側とその後

無事書き終えました

少し長いと思いますが最後までお付き合いください後書きにも書きましたが、是非活動報告にも目を通していただきたいと思います



この話は12/31に投稿されたものです

まだ12/26分、12/27分をまだ読んでない方はお手数ですが、そちらを先にお読みください

 



 風縫抗争の裏で糸を引き、こそこそと暗躍する者がいた。


「おや、お久しぶりですね……こんな珍しい人と出会うとは、今日の私はツイてますね」


 まるで予期してなかった幸運に出会ったような無邪気な反応を見せる青年。


「いやはや、貴方から会いに来てくれるなんて光栄ですよ。“銀の弾丸”の懐刀(ふところがたな)九里山(くりやま)スバルさん」

「俺は会いたかなかったがな。東雲(しののめ)

「事実会いに来てくれた。それこそが紛れもない真実でしょ?」


 場所は人気(ひとけ)の少ない工場跡地。日も傾き始め、辺りは夕焼けに染まる。そんなところに二人の青年。


 九里山スバル。銀の弾丸のメンバーであり、特に隠密行動が必要とされる任務に就く、銀の弾丸の(かしら)であるの右腕。短く整えられた髪、衣服の下に隠された鍛え上げられた肉体は見るものが見れば見抜けるだろう。


 一方は東雲。年齢はスバルよりも上だろう。痩せこけた輪郭に眼鏡をかけた、どちらかといえば研究職の男といった印象を与える。しかし、その誤認が命取りになることをスバルは知っている。


「何を嗅ぎ回っている?」

「特には。たまたま外に出たい気分だったので、ただ散歩していただけですが、それでは信じてもらえませんか?」

「無理だな」


 東雲についてよく知っているスバルだからこそ解る。この薄ら笑いの裏に隠されている本当の顔を。だから、信じられないし、信じようとも思わない。


「天神党夜の自宅に行ったのもたまたまか?」

「そうですね」

「ペテン師がっ」

「決めつけは良くない。私だって気まぐれに気のゆくままに行動したい時もありますよ。貴方みたいに縛られたくはありませんから」


 暗に銀の弾丸に対するに皮肉を交える東雲。こうしてこれ以上は話しませんよ、とも伝えた。


「で、私に用事がったのでしょ?」

「お前にではない。お前達だ」

「それはどういう?」

「とぼけても無駄だ。俺は以前お前の中にいるもう一人のお前と闘っている」

「そうでしたか……はぁ……情報共有は絶対だっていつも言ってるんですがねぇ」


 さっきまでの薄ら笑いが消え、東雲の表情から一切の感情が消える。スバルの言葉の中にそれだけの威力が備わっていたのだろう。いわゆる言葉の地雷が。


「東雲、お前の方がヤツよりは社交的だ。だから普段その身体の主導権を持っているのがお前なのだろ?」

「当たらずも遠からずですかね。この手のやり取りは私が得意とする分野ですから」

「到底ヤツには不可能だな。傍若無人の南雲(なぐも)にはな」

「名も名乗っていましたか……軽率ですね本当に」


 はぁ……と深いため息をつく東雲。僅かに苛立ちも見られる。しかし、スバルはそんなことはお構いなしに話を進める。


「それだけじゃないぞ。お前達は二人で一人だが、単なる二重人格じゃない。これまでに二重人格でありながら能力に目覚めた者は何人か確認されているが、その全てが能力は例外なく一つだった」

「今日はえらく饒舌ですね」

「しかしお前は違う。二人の人格に二つの能力。重力の東雲と磁力の南雲。二人揃って概念系とはナメてくれる」


 スバルの言い分は正しい。スバルの言葉が本当であれば、これまで信じられてきた『一対一の法則』が成り立たない能力者が現れたことを意味する。


 『一対一の法則』それは一人の能力者には一つの能力というもの。正確には一人の能力者には一つの能力許容殻だ。


 スバルの発言通り、『一対一の法則』はこれまで絶対だった。しかし目の前の男はその法則には適応しない。人格が増えれば能力が増えるなどこれまでに例がない。


「一対一の法則に則るのならば、貴様は例外的に能力許容殻を二つ持っていることになるな」

「………この分だと南雲には少し説教が必要ですね。ここまでバレると安直というよりも愚行の域です。で、スバルさんの本当の御用とは?」

「お前を消しに来た」

「そうですか……そうですよね。でもその感じだと以前も同じようにやってきて南雲に撃退されたのでは?」

「前準備はしてきた」

「左様ですか……まあいいでしょう。南雲に任せるわけにもいきませんし、私がお相手しましょ……ん?貴方が出しゃばるなんて珍しいですね」

「誰と話している?」

「ええ……しかしこの場でそれは……叱られるのは私なのですよ……はいはい解りました。尻拭いは私の役目です。お好きにしなさい……」


 東雲の独り言が終わると、一瞬東雲の目の光が落ちる。だがそれもほんの一瞬。次の瞬間には光を取り戻し。


「初めまして……九里山スバル……」

「貴様誰だ?」


 別人になっていた。姿形が変わっていなくても、声色と口調が変わっていたら誰でも気付く。以前に東雲の中にいるもう一人の人格、南雲と相対した経験があるスバルは当然見抜く。


西雲(せいうん)……」

「せいうん……西か!まさか!?」

「兄の名は北雲(ほくうん)……」


 東西南北が揃った。麻雀じゃあるまいし揃ったところで役満があるわけではあるまい。しかし、スバルの顔色は役満を直撃した雀士よりも酷いものだった。


 何せ、東雲と南雲、この両者は独自の思考や感情を持つ二重人格であり、その上能力もまた別種のものを持っていた。が、その解答では不十分だった。


 なぜなら今、西雲に加えて北雲までいることが奇しくも判明してしまった。二重人格ではなく多重人格と呼ぶ方が正しい。ならば新たに判明した二つの人格にも別の能力が備わっていると考えるのが、この流れからして普通ではないか。


 スバルとて銀の弾丸の懐刀として様々な経験をしてきた。特に裏方として飛び回りもした。だからこそ、楽観視などしていられない。例えこれほど絶望的な状況に置かれていたとしてもだ。


「今回出しゃばった真似をしたのは……兄さんの司令……」

「北雲か……」

「そう……兄さんからの伝言……“これ以上俺達に関わるな。さもなければ消えるのはお前になるぞ”」

「で、表に出てきたのは西雲、お前ってことか……」

「兄さんには逆らえないから……」


(東雲と南雲ではなく兄と呼ぶ北雲に従う西雲……上下関係がはっきりしないが、少なくともこいつらの中で北雲の立場は上なのか……)


「それに僕の能力の方が九里山スバルとの相性がいいと兄さんが言っていた……東雲や南雲では万が一があるってね」


(俺の能力との相性も考慮に入れた上の判断……つまり西雲の力なら否応なしに俺に勝てるというわけか……)


 スバルは分析を続ける。情報量においても、能力者の資質についても完全に不利。同時に四人相手取るのと等しいこの状況。不利としか言いようがない。


「今なら……まだ間に合う……降参すれば見逃す……」


 西雲はスバルに問う。尻尾を巻いて逃げるなら逃がしてやる。そちらが深追いしないなら、こちらも深追いはしないと。条件としては悪くない。今のスバルの現状を見れば破格の交渉と言える。


 しかし、スバルのとった行動は臨戦態勢だった。


「……死ぬよ?」

「死ぬのは貴様らだ」


 スバルは過負荷粒子を解放し、能力を発現する。するとスバルの姿がぼんやりと認識しづらくなり、気付けば姿を消していた。


「影に関する能力……知ってるぞ……」


 見た目は東雲だが、今は西雲。西雲はどこからか取り出した拳銃を握り、拳銃ごと持ち手の右手を過負荷粒子を纏う。そして、先程までスバルがいた場所、正確には地面を撃ち抜くため、引き金を引いた。


 しかし、そこで終わらない。西雲はそこから四方八方地面を撃ち抜いていく。ハンドガンではあるが、なぜか弾切れがないようで、撃ち続けていく。だというのに、地面は何一つ傷つくことなく、透過するかのようにすり抜ける。


 鋭い人はお気付きだと思うが、西雲は弾丸を過負荷粒子で生成し、装填まで行っているので、初めから弾切れの心配はない。スバルも銀の弾丸内ではかなりの凄腕能力者だ。それぐらいのことは見抜いているだろう。


 だが、見抜いていることと見切っていることでは、意味も結果も大きく異なることになる。それは直ぐに証明されることになる。


「がっはぁっ……」


 消えたと思われていたスバルが姿を現した。しかも地面から湧き出る形で。それだけではない。身体の至るところが出血しており、内臓をやられたのか吐血まで起こしている。まるで弾丸で撃ち抜かれたような傷口だった。


「“無視する銃弾(スルーオブジェクト)”……影に逃げ込む相手を喰い尽くす……」

「や、やはり概念系か……かはっ……」



 乱れ撃ちされた弾丸は地面を透過し、スバルを捉えた時のみ実体化する。透過性を操作し、それを得た物に概念を与える。


(しかも防御用の過負荷粒子もすり抜けやがった……デタラメすぎるぞ……)


 スバルは瞬時に西雲の能力に当たりをつける。その推測は的を射ていたのかもしれない。だが、スバルの状況は芳しくない。能力が解ったところで、この傷だらけの身体では満足に戦うことが出来ず、逃げ切るのも難しい。


「死んで……」


 パンッ


 西雲は躊躇なく引き金を引いた。撃ち出された弾丸は正確にスバルの額を撃ち抜いた。たったそれだけでスバルの命を狩り取るには十分だった。


 大量の血を流し、血溜まりに崩れ落ちるスバル。只でさえ致死量の血液を流しているように思えたスバルの容態にトドメの一撃。


 西雲はスバルの成れの果てを一瞥し、その場を去った。



 

 



〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜






「んっ……ここは……」


 目を覚ませば、そこは見知らぬ天井ではなく、よく見知ったというよりもここ最近よく見る天井だった。懐かしさではなくデジャヴに感じるこの場所は銀の弾丸地下施設にある保健室(仮)だ。


「なんで俺はここに……」


 毎度同じパターンで目覚めた党夜は、自分が置かれている状況が掴めず、記憶の中をを巡らせる。


「姐さんと戦ってる最中に、聖に猫騙しをされたと思ったら、目が回って……あっ!銀次さんがっ!涼子さんは!?」

「はい、そこまでぇ」


 全てを思い出した党夜はベッドから勢い良く起き上がろうとしたりが、党夜の身体の一点を突き、党夜の動きを妨げた者がいた。秘孔なのか、人差し指で突かれただけで党夜は全身の力が抜けるような感覚に陥り、再びベッドに倒れ込む。


「もう全部片付いたから病人は寝てなさいねぇ」

「真冬さん?」

「そうよぉ。ここは私の私室。いてもおかしくないでしょ?」


 そう、保健室(仮)は党夜が勝手に呼んでいる名前であり、本来は古夏真冬の私室である。ならば真冬がいたとてなんら不思議なことはない。


 しかし党夜はここでもう一つ思い出す。自分が喧嘩別れのように銀の弾丸を飛び出したこと、脱退を宣言したこと、そしていま目の前にいる真冬に啖呵を切ったこと。


 何を隠そう。今党夜に気まずさという感情の渦が襲いかかっているのだ。だってそうだろう。ここに運ばれている時点で、銀の弾丸によって助けられたことは明白なのだから。


「真冬さん、俺……」

「あらぁ、気にしてるのね?今回の件で」

「はい。あれだけのことを言ったのに俺、何も出来なくて……俺が何もしなくても、真冬さんが全て上手くいくように裏で手を回してたんでしょ?」


 党夜の知る真冬は、目の前で穏やかに笑みを浮かべる今の真冬なのだ。あの時のような、作戦会議の時に党夜を追い詰め、辛辣な雰囲気を纏う真冬ではない。


 党夜とて真冬の全てを知っているわけではない。だからといって見えないところばかり気にしていてはいけない。知っていることだけで判断する、それは能力者との戦いでも同じことが言える。師である未桜からの教えだ。


 党夜の見知ったことだけで、独断で判断する。古夏真冬という女性の本質は、少し茶目っ気があり、党夜をイジることはあっても、根は優しいお姉さんなのだと。


 銀次の抹殺という党夜にとって莫大な情報量をもったそれにより、脳内で処理しきれず過負荷(オーバーヒート)し、周りが見れていなかったということ。今なら解る。真冬が自分をわざと焚き付けたのだと。


 ならば、その理由がなんであれ、真冬は自分と、そして自分を追うように抜け出してきた涼子をサポートしてくれることも気付けただろう。信頼よりも怒りが優ってしまったことでそれすら見てなくなっていたのだ。


 党夜は知らぬことだが、今回の一連の出来事は全て予定(けいかく)通りに進んだと未桜は睨んでおり、聖もその意見に同意していた。未桜、党夜、涼子の三名が我を忘れ、作戦の本意を悟られないところまで全て。


「さあねぇ……神のみぞ知るってね!」

「そうですか……」


 はぐらかす真冬にこれ以上訊いても答えてくれないと悟った党夜は追求を止めた。


「でも俺が聖に気絶させられた後、どうなったかは教えてもらえますか?」

「私が知る限りで良ければね……まずは涼子ちゃん。涼子ちゃんは横でまだ寝てるわよ」

「えっ!?」


 視野狭窄とはこのこと。涼子は小さな寝息を立てながら、隣のベッドに眠っていた。やはりいつ見ても整った美しい顔立ちをしている。布団を被っているから首から上しか見えないが、負傷は見られない。


 ちなみに吐息が漏れるたびに涼子の大きく実った胸が布団を押し上げているのを党夜は確認した。いや確認してしまった。病み上がりの党夜にとって目の保養であり、目に毒だった。


 未桜との戦闘では色気も何もないものだったので、余計党夜の視線が涼子の胸に吸い込まれたと言っても過言ではない、はず。


「涼子ちゃんが起きたら労ってあげてねぇ。あの子、軽度だけど全身火傷だったんだからぁ」

「それ本当ですか!?」

「そうよぉ。飛鳥ちゃんが応急処置をして急いで背負ってきたんだからぁ。でももう大丈夫よぉ。私が治癒しといたから痕も残らないわぁ」


 見た感じ無傷のように思えたのに、涼子が全身火傷を負っていたことは党夜にとって衝撃だった。しかし、飛鳥と涼子の処置によって命に別条はないらしい。特に女性にとって傷口や火傷の痕が残るのは致命的である。が、それも心配ないようだ。


「解った?労ってあげるのよ?労うの意味は解るわねぇ?」

「あっ、はい。もちろんです」


 党夜は涼子を労うことを心に決めた。その後、真冬から順序立てて説明を受けた。


 まず、党夜が気絶した後の話だ。党夜は聖に背負われ、ここまで運ばれたということ。止めるためとはいえ、聖にやられたことに根を持つ党夜は素直に喜べない。


 その後、未桜が能力を使い、裏切り者を含め縫戸組を一気に制圧したという。と同時に縫戸平也の死亡が確認された。


「姐さんの能力って?」

「知りたいなら未桜本人に訊いてねぇ」


 とのことで、未桜の能力は党夜に明かされることはなかった。未桜は自身の能力を嫌っており、積極的には使用しない。今回は上からの圧力があったが故、特例なのだ。党夜が未桜の能力を知るのはいつになるやら。


 しかし、党夜とて経験を積み、戦闘においては鈍感とは言えない。真冬の発言から、一気に制圧出来るほどの規模の能力であるのだと悟る。といってもそれ以上は知る手立てはない。


 次に風霧銀次について。銀次は根岸から刃物を突き立てられ、負傷したものの命に別条はなかった。無事未桜の能力を掻い潜り、縫戸組敷地内から脱出したらしい。


 そして、銀次についての説明の際に裏切り者の存在が聞かされた。根岸、杜川、松下田の三名とその部下全員が裏切り者だったことと聞いた党夜のは驚きを隠せなかった。銀次からはこの中の誰かが裏切り者だと聞かされていたし、党夜もそう考えていたので、完全に想像の埒外だったのだ。


「今回も俺は何も出来なかった……」

「あらぁ?そうでもないわよぉ。党夜くんはよく働いてくれたわぁ」


 話を聞き終えて出た党夜の感想はこれだった。自分の不甲斐なさを痛感する今日この頃。涼子と出会い、廃墟で相模を戦った時も、日向モールで紫を巻き込んでしまったことも、今回銀次を守るどころか、涼子が傷ついたことにすら気付けなかったことも。


 DoFの力を引き継いだ移し鏡である党夜。掲げた看板が大きすぎるが故に、自分の矮小さが際立つというもの。そのことを党夜も解っているのだ。だからこそ、力に見合った働きが出来ていない、不甲斐ないと感じてしまうのだ。


 党夜のそういった悩みについて真冬は気付いている。気付いているが何も言わない。口出しはしない。口は挟まない。横槍は入れない。


 DoFの力を受け継いだ時点でその手の悩みは付き纏うもの。そのことに党夜は気付いてなく、真冬はそのことを知っている。開き直ることもまた成長なのだと、真冬は知っているのだ。だから、真冬が今すべき行動は。


「えっ!?」


 真冬は党夜の頭を抱いて、胸の前でギュッと抱きしてる。党夜の顔には白衣の中に着た薄いブラウスから真冬の体温が伝わる。そして、真冬は優しい手つきで党夜の頭を撫でた。


「意地悪しちゃってごめんね。無茶な要求だったけど、よく頑張りました」


 所詮は言葉、されど言の葉。真冬の言葉は党夜の身体の奥へとすっと流れ込んだ。温まる言葉とはこのことだろう。真冬に身を任せて、党夜は真冬の背中に手を回しそのまま抱かれ続けた。


 党夜には妹はいるが姉はいない。でも党夜は思った。姉がいたらこんな感じなのだろうと。異性としてではなく、姉弟のような雰囲気。ずっとこのままでいたいとすら思える至福の時。


 しかし時間は過ぎゆくもの。そして神は真冬よりも悪戯好きだったようだ。


「党夜さん、何してるんですか?」


 横から掛けられた声で党夜はハッと我に返る。ガガガッと顔を声の音源へと向けると、そこには身体を起こした涼子の姿。その顔には疲れが見られず、党夜がホッとしたのは束の間、眉間のシワに気がついた。


 涼子にはこう写ったのだろう。党夜が真冬に抱きついていると。


「涼子さん、これは違くて……」

「何が違うんですか?」


 弁論をしようにも、無機質な真冬の問いかけに言葉が続かない。


「いや……えっと……真冬さん?」

「党夜くんったら、病み上がりで欲情しちゃってぇ……私を見た瞬間飛びついてきちゃってぇ……お姉さん困っちゃったぁ」

「ま、真冬さん!?」


 真冬に便ったのは完全にミスである。真冬さんの裏切り。真冬に隙を見せた党夜の失策。


 真冬の方へと向いていた視線をゆっくりと涼子へと移す。涼子は俯き、表情が伺えない。今涼子の心の中ではあらゆる感情が荒れ狂っていることだろう。


 能力戦ではなかなか勘が鋭くなった党夜だが、恋愛についてはまだまだ鈍感で。


「涼子さん?」

「党夜さんのおたんこなすぅ!!!!!」


 涼子の叫び声を聞いた後、党夜は全身が痺れる感覚を覚えたのを最後に再び意識を失った。





〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




『今回は助かったよ』

「なあに気にするな」

『本当に助かったんだ。ありがとう』

「俺達の仲だろ?それに何もタダ働きだったわけでもない。こちらも収穫があった。Win-Winさ」

『そうか、なら良かった』

「それにしても大胆なことをしたもんだ。俺ですら冷静沈着なお前からあんな提案をされるとは思っていなかった」

『だからこそ意味があるんじゃないのか?』

「ハハハ……確かにそうだな。一本取られたよ」

『そういう君も大概だけどね。あそこまで党夜くんを追い詰める必要があったのか?』

「彼には経験を積んで欲しかったんだよ」

『経験?』

「ああ、ただでさえ能力者の良し悪しは能力云々より経験が物を言う。それは他のことでも同じだ。その点、彼には経験値が余りにも低すぎる。これでもいずれ足を掬われる」

『なんだ、優しいところなあるじゃないか』

「……というのは建前だ」

『な、なに?』

「あんなとてつもない力を引き継いでいたくせに、約一年間も楽して生きてたんだ。ちょっとぐらい苦労してもバチは当たらないだろ?」

『……変わってなくてある意味安心した。だからこそそっちが本心だと解る。昔から性根が腐っていたからな』

「それ、俺にとって最高の褒め言葉って解ってる?」

『もちろん。にしても君の言うとおりだったよ』

「疑ってたのか?」

(にわか)には信じられなかったんだよ。まさか三人ともが裏切り者だなんて……』

「でも俺の言ったとおりだったろ?」

『ああ、近くで見ていた俺ですら一人しか掴めなかった』

「眼鏡の彼だね?まあ仕方ないさ。身内同士だとどうしても贔屓目に見てしまう。第三者の客観的視点じゃないと気付けないことだってあるさ。それに眼鏡の彼、杜川だっけ?縫戸組と連絡を取っていたのは彼だけだったからね」

『でもあと二人の存在、根岸と松下田にも君は気付いた』

「その辺りは俺だけの功績ではないから、何とも言えないけどね」

『九里山スバルくんか?』

「まあね。キュウリくんにはお世話になってばかりだよ」

『良い仲間を持ったね』

「自慢の右腕だよ。そういえばよく無事に脱出できたね。サクラくんの能力の干渉範囲は途轍もなく広く設定するように言ったんだけど?」

『ああ……あの極寒は二度と体験したくない。干渉力も制圧力も、これまで出会ってきた能力者の中でトップクラスだ。でも俺もこう見えて能力者なんでね。物理はもちろん、有毒ガスや熱も遮断できる優れものなんだよ。もちろん冷気も通さない』

「便利な力だ。一家に一台欲しいぐらいだ」

『残念だけど君の下につくつもりはないよ』

「俺もお前みたいな奴を下にはおいておけないな。いつ引きずり降ろされるか解らん」

『ははははっ』

「ははははっ」

『でも本当に一件落着だ。これで枕を高くして寝ることができる』

「情けないセリフだな。組織を纏める者としては」

『仕方ないだろ?君のところと違ってややこしいんだよ』

「だったら継がなきゃ良かったのに」

『そうはいかないさ。先祖代々引き継いできたんだ。俺の代で潰す訳にはいかない』

「使命感か?」

『そんな大層なものじゃないよ。ただ潰したくなかったんだ。少なくとも俺は今の“家族”を愛している。彼らの“親”として。だからこそ……』

「その家族を(むしば)を癌細胞を除去しなけらばならなかった」

『ああ』

「そして癌細胞蔓延に関与している敵対組織(ウイルス)も同時に排除すればいい、か。」

『気付いてはいたんだ。挙動や言動に違和感を感じることに。それでも俺は手を出さないつもりだった。無闇に組織内で波風を立てたくなかったから』

「その結果、息子を討たれたんだろ?」

『そうだ。“息子たち”を甘やかしすぎた結果、このザマだ。飴と鞭とはよく言ったものだ。飴だけでは組織を纏めることなんでできないことがよく解った。俺は先代を最も近くで見ていたはずなのにな』

「見ていたからといって、それを行動に移せるとは限らない」

『耳が痛いな』

「だがな、失敗もまた経験だ。この一件でお前もまた貴重な経験値を得たんだ。それに反省点を理解できていれば改善ができる。今回、俺はかなり上出来だと思うぞ」

『そうか……そうだな。ふっ……君には昔から励まされてばかりだ』

「俺にはこれぐらいしかしてやれない。今回だって動いたのは俺じゃない。彼らだ」

『謙遜はよせよ。あれだけのメンバーを集めといてそれば贅沢な話ってもんだ』

「集まったのは時の運。単に運が良かったに過ぎない」

『そうか?君の人望のお陰だと思うけどな』

「おい、俺に人望がないことは知ってるだろ?」

『それ、言ってて恥ずかしくないか?』

「なら言わせるな」

『ふっ……褒めたら照れる。相変わらずだな』

「黙れ」

『照れるなって』

「照れてない」

『そうかいそうかい。まあ、素直になれないところは昔からだからね』

「解ってるなら掘り出すな」

『へいへい』

「本当に解ってるのか、全く……そういえば次期組長はどうするんだ?」

『なんのことだい?』

「おい、組長の座を降りるんだろ?そういう手筈だったんだが?」

『それを知ってるのは君の組織だけだろ?』

「おい、まさか……」

『騙すならまず味方から。今回君が党夜くんと涼子くんを騙したのと同様に』

「俺も騙したのか?」

『ご明察』

「結局そうなるのか」

『隠居するにはまだやり残したことが多すぎる』

「働き者だね……」

『君が働かなさすぎなんだよ』

「うるせえ」

『…………』

「…………」

『長話になったな』

「構わんよ。どうせ暇人だからな」

『根に持つなよ……今でも探してるんだろ、あいつを』

「それはお互い様だ」

『そうかい。その様子だと収穫はなしか……』

「いや、そうでもない」

『何か解ったのか?』

「ああ、だが確証がない。だから俺の口からはなんとも言えない」

『……解った。俺も何か解れば連絡する』

「俺もそうする」

『じゃあ切るわ、いつかまた酒でも交わそう』

「ああ、年代物の赤を頼む」

『手に入ればな。体には気をつけろよ、(そう)ちゃん』

「お前もな、銀ちゃん」





〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜





 ここからは後日談。


 銀の弾丸で休養していた党夜は、風縫抗争の翌日には無事真冬から退院許可がおり、今日も学校へ向かっていた。組織間の泥沼抗争という高校生からすれば、非現実的で本来なら関わりたくないような事案に足を突っ込んでいた党夜であるが、今日という日は平常運転。日常へと帰化していた。


 結果的に一日銀の弾丸地下施設で泊まりになったわけだが、真冬が党夜の妹である結夏に連絡していたので、以前のような余計な騒動が増えることはなかった。結夏が真冬相手になると弱くなるのは既に証明済みである。


 一方、涼子はもう少し安静が必要とのことで保健室(仮)で身体を休めている。と言ってもあと一日寝ていればいいとのことで、今はもう完治済み。涼子の入院が長いのは、党夜よりも疲労が溜まっていたためだ。原因は党夜への報復の一撃。


 涼子の電撃を受け、気絶していた党夜だったが、その後きちんと説明した上で誤解は無事解けた。初めは疑いが晴れなかったが、真冬が冗談だと打ち明けると、涼子はすんなりと受け入れた。


 涼子は今回の騒動で危うく命を落とすところだった。飛鳥の援護がなければ、清澄沙澱の攻撃で身体が真っ二つになっていてもおかしくなかったのだから。


 涼子はあの時のことを思い出して、身が震えた。死ぬことが怖いのではない。死ぬことで党夜と過ごせない、党夜への想いをきちんと伝えられないことが死ぬほど、いや死ぬよりも怖かったのだ。そのことを再確認させられた。


 まともな青春時代を送れなかった涼子には、恋愛経験というものが欠落していた。裏の世界に浸かっていた時に、変な男に引っかからなかったのが、騙されなかったのが奇跡と言っていい。七瀬涼子という女性はそれほどまでに魅力的であるから。


 そんな涼子はどのようにして感情表現をすればいいのか解らなかった。親からの愛も打ち止められた彼女には。しかし、今回のことで涼子は死ぬ一歩手前で悟ったのだ。素直になればいいんだと。


 隠しだてはいらない。正直な想いを伝えればいい。沙澱との戦いは涼子にとってかけがえのない経験になったと言える。怪我の功名とはこのことなのだろうか。


 だから嫉妬という感情を表に出して、党夜への電撃と罵声を浴びせることができた。これまでの涼子からは考えられない行動だろう。よもや鈍感な党夜でもそれぐらいは解った。


 涼子もまたこの事件を通して、成長した一人なのだ。


 

 さて、今日は党夜が通う平塚ヶ丘高校の終業式。明日からは長くて楽しい夏休み。珍しく遅刻せず登校した党夜の目に写ったクラスメイト達はみな浮き足立っていた。


 講堂へと移動し、少し長い校長の有り難い話、生徒指導部長からの連絡事項や長期休暇の際の注意事項を聞き終え、各々の教室へと戻る。


 戻ってくれば、続けて帰りのHRになるのだが、ここで恒例の成績表返却が行われる。一学期には三者面談がないので、終業式の日に渡されるのだ。そして、ここで同時に渡されるのが補習通知。


 中間テストと期末テストの結果が芳しくない生徒には夏休み返上で補習が行われる。教科や担当の先生によって基準はまちまちであるし、補習期間も異なる。中にはプリントの宿題が増えるだけのいわゆる当たりも存在する。


「一学期も今日で終わりだ。明日から夏休み。夏休みと言えば何を思い浮かべる?浴衣で夏祭りか?水着で海か?」


 党夜の担任、水無月玲奈は教壇の前で生徒に問いかけながら、話を続ける。


「楽しむのは一向に構わんが、ハメを外しすぎるのは見過ごせない。特に長期休暇はどこもかしこも緩むのは必至。特に不純異性交遊だ。お前たちはまだ高校生。責任の取れんことはするな」


 独身の玲奈から言われると、何とも言い難いものがある。しかし、クラスに一人ぐらいはお調子者がいるものだ。このクラスには党夜よりも馬鹿がいた。


「恋人募集中、独身の玲奈ちゃんに言われたくねぇy……」


 ビュンッ  バキッ


 重力に逆らうかのように直線軌道を描いた白いチョークが、発言者である山野(やまの)の額に直撃。その瞬間、物理的エネルギーに耐えきれずチョークは粉砕、粉塵となった。そして、HRが終わっても、山野の意識が戻ることはなかった。同様に一部始終を目撃した生徒らが今後発言することもなかった。


「では、成績表を返上する。出席番号順に取りに来い」


 何事もなかったかのようにHRは進行していく。直ぐに順番は党夜に回ってきた。というより天神党夜(あまがみとうや)、出席番号一番である。


「天神ぃ」

「はい……」

「なんだ、その顔は?えらく疲れ切っているようだが」

「いえ……」


 風縫抗争を終え、一見落着と思われたが、党夜に襲いかかった第二波の方が深刻な問題だった。それは期末テスト。


 党夜は中間テストの際に、玲奈が担当する英語で致命的な点数を叩き出し、補習がほぼ確定してしまっていた。ほぼ確定。それは玲奈が行うテストの傾向上、中間テストでしくじってしまうと、期末テストでの逆転は不可能とされているからだ。


 しかも玲奈の補習は厳しいという評判で、この学校に通う生徒なら全員知っている周知の事実。誰もが玲奈のテストでは猛勉強してくるのだが、党夜はそれを怠った。日向モールの騒動があったでは言い訳にもならない。


 運が悪いのか期末の直前に風霧陣の周りで起きたら騒動に首を突っ込んだことで、勉強など出来ず、そのままずるずると期末テスト当日を迎え、あえなく撃沈。


「張り合いがないなぁ。まあいい。まだ夏休みは長いからな。英語漬けの夏合宿楽しみしてるぞ。なぁに、そんな顔するな。私と一対一。家庭教師のようなものだぞ?」

「……はい」


 通知票が渡されると同時に死の宣告はなされた。今の言葉だけで通知票を見なくとも、補習に引っ掛かったことが明白だ。その上、英語の補習に引っ掛かったのは党夜一人。


 玲奈の笑みの真意は計り知れない。背筋が凍るなどの表現では追いつかないほどの恐怖が党夜を襲う。


 一方、今の言葉を聞いて順番待ちをしてきたクラスメイトに、党夜のみが補習に引っ掛かったことによる笑いが起きる。党夜の他にも点数的にも怪しい者からは安堵の様子が伺える。


 党夜は思った。どいつもこいつも薄情なやつだと。しかし、声には出さない。余りにも哀れすぎるからだ。


 止めどなく山野を除いた全員に通知票が手渡され、玲奈が少し話をした後HRはお開きになった。


「二学期も健康な姿で誰一人欠けることなく登校してくれ。今日の寄り道は大目に見てやる」


 そう言うと玲奈は教室を出ていった。クラス内では打ち上げのような騒ぎぶり。みんながみんなこの後どうするのか、夏休みの予定はどうだとか、口々に話し合う。


「ご愁傷様、トーヤ。まあ解りきってたことだけどね」


 黙って帰りの支度をしていた党夜に声をかけてきたのは幼馴染の平塚紫(ひらつかゆかり)だ。


「うるせぇ」

「夏休みは長いからね。息抜きの手伝いぐらいはしてあげるわよ。ね?楓?」

「そうね。天神くんがれなちゃんから解放されればの話だけど」


 紫から話を振られた伊織楓(いおりかえで)はそう応じる。楓は中学からの仲である。党夜イジりはいつものこと、これが日常である。


「すまないね、党夜。僕に構っていたせいで」


 この会話に入ってきたのは風霧陣(かざきりじん)。今回の風縫抗争の発端になったのが、陣が何者かに襲われたことだった。陣は抗争が終わった翌日に、傷も癒え登校してきた。


 党夜が自分のことを心配してくれていたことを、陣は知っていた。メールや電話の履歴だけでもかなりの量だった。党夜も銀次から詳細を知らされるまで何も解らない状態だったから、致し方ないと言える。


 党夜が能力者であることは、銀次の気遣いからか陣には伏せられているらしい。が、どうやら陣は薄々勘付いている様子。もちろん尋ねてくることはない。党夜から打ち明けられる時を待っているようだ。もう一人の幼馴染と同じ姿勢を取っているのは偶然かそれとも。


 党夜が抗争に一口噛んでいると考えている陣は、党夜を心配させたこと、そして巻き込んだことに責任を感じているらしい。その上、党夜の期末の勉強に支障を与えたことで補習に引っ掛かったことも。最後は陣のせいではなく、完全に党夜のせいなのだが。


「何回も言わせるな。俺は気にしていないし、お前も気にするな。陣、お前が無事で、それだけで十分だろ」

「党夜……」


 いつの間にか慰める者と慰められる者の構図が入れ替わっていた。そしてそんな二人の雰囲気を見た一人のクラスメイトが声を荒げる。


「やっぱり天神×風霧やばす!」

「おい、大丈夫か?」

「それ持病みたいなもんだからほっといていいよ」

「でも鼻血出てるぞ」

「気も失ってる」

「仕方ねえよ、こいつはBL好きだから」

「幼馴染の男同士の友情が燃えるらしいわ」

「萌えるの間違いだろ」


 何やら一騒動起きてしまったらしい。騒がしいクラスだ。


「よし、今日はカラオケ行くぞ」

「は?トーヤそんなことしてていいの?」

「どうせ夏休み返上で玲奈ちゃんにしごかれるんだ。今日ぐらい遊ばねえと。それに今日の寄り道は大目に見るって言ってたろ?」

「そうだけど……」

「陣、伊織は付き合ってくれるよな?」

「ああ、僕は構わないよ」

「私もいいよ」

「後はお前だけだぞ、紫?」

「はぁ……行けばいいんでしょ行けば」

「決まり!今日は歌うぞ!」


 日常。それは自分にとってありふれた慣れ親しんだ日々を過ごすこと。党夜にとっての日常はやはり、高校生活ではないだろうか。紫がいて、陣がいて、楓がいて。日常の中にある非日常は一種の香辛料(スパイス)に過ぎないのだから。


 しかし、この夏休みに党夜が休まる時間はないに等しい。玲奈の夏合宿など甘いと思えるほどの、衝撃的な出来事に巻き込まれることになることなど、今の党夜は知る由もない。







           第三部 完



読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです



早足になりましたが第三章はこの話で幕を閉じます

お付き合いいただきありがとうございます


今後の予定や第三章のあとがきは同時に投稿しました活動報告に書いてあります

同時進行の部分に関して時系列も軽く書いたので是非作者ページに飛んで目を通してください

ホント読んでください笑

お願い申し上げます



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