表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/73

第58話 裏切り者の正体

時間は少し遡ります

銀次の戦いとは……

 



 党夜と涼子が鞍馬によって別地点へ飛ばされた直後、風霧銀次はというと。


「さて、このまま諦めて私たちに殺されては如何かな?それとも彼らが帰ってくるのを待つつもりかな?」

「黙って殺されるつもりはないよ」


 縫戸平也の挑発には乗らない銀次。至って冷静かつ平穏にしてはいるが、銀次とて内心穏やかではない。


(迂闊だった……まさか向こうに空間操作系が混じっていたとは……)


 空間操作系、その名の通り空間操作を得意とする能力者のことである。涼子の電気や銀次の粒子壁のような物理的なものではなく、空間という抽象的な概念を操る能力は珍しく希少である。


 全人口からすれば僅かな割合しかいない能力者の中でも、滅多に見られない概念系能力者。それが鞍馬だ。党夜の担任教諭である水無月玲奈もまた空間操作系ではあるが、銀次はそのことを知らない。


 そして、恐らく転移先で即死トラップなどに陥る危険性は低いと銀次は踏んでいる。希望的観測でしかないが、十中八九銀次とあの二人を別々にする意味合いが強いように思えるからだ。かといって危険がないわけではない。即死はないにしろ、敵に取り囲まれているような四面楚歌な状態に陥る可能性は高い。


 党夜と涼子の実力を把握していない銀次にとって、不安材料になりうる。しかし、銀次が懸念しているのは党夜と涼子の安否だけではなかった。それよりも緊急性のあるもの。


(この状況はまずい……縫戸に手を貸している者を炙り出す算段が裏目に出た……)


 そう、銀次は縫戸組に手を貸す風霧組組員を特定、排除するために怪しい組員と幹部を引き連れここまでやってきた。特定してしまえば、排除するのは簡単だ。縫戸組もろとも消してしまえばいい。


 苦渋の決断だったのだが、これが誤算だった。いきなりの一方的な銃撃戦は予想外ではあったが、対応出来るものだった。問題はその後、党夜と涼子が銀次と離されたこと。


 現在、銀次の背後には幹部が根岸、杜川、松下田の三名。銀次はこの中に縫戸に与する裏切り者がいると考えている。だから連れてきた。しかし、まだ裏切り者が誰か判明していないこの状況で彼らを“無敵の要塞”の外へ出す訳にはいかない。


 かといって内部に匿っていれば、いつ背後から襲われるか解らない。一応、彼ら三名ともが能力者ではないと解っていることが救いだろう。風霧組に入るためには能力査定があるため、虚偽の報告が出来ないのでこれは確実といえる。


(といっても気休め程度にしかならんがな……)


 能力者でないからといって脅威でないとは限らない。能力者は万能ではない。不意打ちを喰らえば、刃物でも鈍器でも致命傷になり得る。能力者とて人間、頸動脈を一閃されればそれだけで死んでしまう。


 そんな銀次の思考を遮ったのは縫戸だ。


「鞍馬、あの能力壁を破壊しろ」

「申し訳ありません。力仕事は私の役割ではありませんので」

「なに?雇われた身で雇い主に逆らうか!さっきみたいあの壁の中に飛んでいけばいいだろ!」


 鞍馬の申し訳無さを全く出さない口調に、縫戸は青筋を立てる。縫戸と鞍馬の両者を単純に比べれば鞍馬の方が戦闘力においては上だろう。


 しかし今は雇った側と雇われた側として立場がはっきりとしている。それが縫戸の横柄な態度の原因だろう。


 そんな縫戸に文句を言われても鞍馬は表情を変えない。ポーカーフェイス。まさにシルクハットとステッキを持ったマジシャンを思わせる彼の風貌と一致した適した表現だろう。そして鞍馬は諦めたように口を開く。


「それは無理です。私の能力はそんな万能ではありません。私が出来るのは設置した地点(ポイント)への転送のみ。そして設置し出来る地点は最大四つ。先程二名を飛ばすのに二つ、この広間に一つ、拠点に一つ。全て使い終えています」

「チッ……」

「それと私の仕事は終わりましたので帰還します。お疲れ様でした」

「おい!」


 言うことだけ言い終わると鞍馬はその場から姿を消した。どうやら自分が転移する場合は、あの黒い渦に飲み込まれることはないらしい。ここへ来た時は渦が見られなかったのはそういう理由だろう。


「……まあ、いい。お前を殺すチャンスなどいくらでもある」

「………」


 確信でもあるかのように発言する縫戸。鞍馬の勝手な行動には苛立ちはしたものの、終わったことだと捉え考え直したのだろう。そんな縫戸に対して、銀次は僅かに違和感を感じた。


(縫戸平也にしては落ち着きすぎている……あの好戦的なイメージと今の振る舞いに誤差を感じる……なんだこれは)


 ちょっとした違和感だった。銀次も縫戸について多くは知らない。それでも何度か会ったことはあったし、父の鉄仁からもよく聞かされていた。


 これまで銀次が懐いていた縫戸の印象は開幕の銃撃戦のような一方的な惨殺や虐殺。あれこそ銀次が持っていた印象そのものだった。


 だが、今の縫戸は嫌に冷静すぎる気がしてくださいならないのだ。まるでこの後ある楽しみを待ちわび、好きな食べ物を最後まで取っておく子供のように。


轟っ!!!!!!!!!


「なんだっ!?」


 銀次は声を上げる。地面が、いや縫戸邸全体が揺れる。敷地内の何処かで起きた激しい戦闘時による余波がここまでやってきたのだ。震源地は遠からず近からず。それでも余波がこれほど間で大きいと、現地でも威力は計り知れない。


「どちらかの決着がついたようだな……恐らく羽条の方だろう。連れの少年は肉塊に変わったようだね、ふふふふふ」

「党夜くん……」


 羽条のところへ党夜が、清澄のところへ涼子が飛ばされていることを縫戸は知っている。そしてもちろん羽条と清澄の能力も事前に聞かされており、そこから今起きた余波の原因が羽条であると推測した。


 しかし、ここで縫戸は勘違いをしていた。先程の余波は羽条が党夜を撃破したことによるものではなく、未桜が羽条を撃破したことによるもの。現場から離れたところにいた縫戸は知る由もない。


 そういった点で縫戸は結果的に選択を誤ったのかもしれない。しかし彼を責めることはできないだろう。敢えて言うのであれば、別地点に飛ばした両名の様子を確認する手段を用意していなかった、準備不足だったことか。


「女の方がも直に終わるだろう。ならば、こちらもそろそろ無駄話をやめて決着をつけようではないか。な?風霧銀次?」

「虚勢はやめたほうがいい。あなたではこの結界を壊せない」

「ああ、確かに私は能力者でもなんでもないんでね。でも壊す必要が本当にあるのかね?」


 意味深な物言いに銀次は眉をひそめる。これこそ単なる虚勢に聞こえなくもない。突破出来ないにも関わらず、話を優位に勧めたいがために、己の立場が上であることを示したいがために発せられた虚言。


 だが、銀次はそう簡単に切り捨てられない。切り捨てられない理由があるから。嫌な汗が額を濡らす。


「君がなぜ後ろの三人を選び連れてきたのか。私がそのことに気が付かないとでも思ったのかね?いやはや、ナメられたものだよ」

「っ………!?」

「風霧組も酷いことをするね。我々よりも残酷なことだ。炙り出し消し炭にする。そんな残忍なことを考えつくなんて、私は背筋が寒くなる思いだよ全く……」

「なんのことだ?」

「とぼけるつもりか?それとも私が君よりも劣っているとでも?全く……寝言は寝て言えとはよく言うが、まさにそれだよ」


 縫戸にこちらの思惑を勘付かれていた。銀次の発汗が増す。


「わざわざこれ以上隠すこともない。そうさ、風霧組内部に私達縫戸組のスパイが潜り込んでいた。いや、正確にはスパイを生み出したと言った方が正しいかな」


 縫戸自身が認めたのだ。風霧組に縫戸組に与する組員がいることを。銀次はいよいよか、と覚悟を決める。


「で、スパイの存在に気付いた君は私達縫戸組を抑えると同時にスパイである裏切り者を見つけ、始末しようとしていたわけだからね。どうだい?その三名のうち誰が裏切り者か解ったかね、風霧銀次?」

「この中にぃ?」

「風霧組を裏切った者が?」

「いるんやと?そげんほんとか?」


 根岸が眉を釣り上げ、杜川が眼鏡を直し、松下田が白髪を掻く。各々が各々発言する。初めて聞かされる事実に驚きを隠せないようだ。


 だが、言葉は何故かドラマの台詞のように役割分担されており。まさに予定調和のように滑らかに。この展開が以前から取り決められていた既定路線上たと言わんばかりに。示し合わせた多数決のように。


(まさか……!?)


 銀次がそのことに気が付くのにそう時間は掛からなかった。長くは掛からなかったが、それでも少しは掛かったということ。その僅かな思考の時間に執行された。


「気付くのが、ちと遅えよ……(かしら)


ドスッ!


 守るべきだった者は守らなければならない者ではなかった。守るべきは規律でも法律でもなくどこまでいっても自己で。守らなければならない者を履き違えた者が辿る末路は。


 銀次の大きな背中に柄が生えていた。それはつまり刃先が体内にズッポリ埋まっている、刺さっていることを意味する。根岸が仕込んでいた刃物が銀次の命を刈り取ろうとしているのだ。


「がはぁっ!」


 銀次は血反吐を吐き出す。蜂の巣になるほどの銃撃を全て防ぎきった銀次だったが、“無敵の要塞”の壁なし、生身(・・)の銀次には防ぎようがなかった。


 銀次はその場で倒れた。為すすべなく地に伏した。


「お疲れ様でした、お頭」


 その姿を見下すのは杜川。眼鏡のレンズから伺える眼が冷たく光る。


「君はようやったよ、銀次くん」


 松下田は見動きの取れない銀次に労いの言葉をかける。しかしその顔は優しさとはかけ離れた、シワを隠そうともしない下衆の顔だった。


「まさかお前がその三人を召し抱えてくるとは思わなかったぞ。危うく吹き出しそうだった。笑いを堪えるのにどれほど苦労したことか」


 勝ちを確信した縫戸が銀次に近寄る。


「哀れだな……守っていた部下に裏切られる大将とは……無様とも言える……滑稽な様はお前が死んでも語り継がせよう。喜べ、死んでも尚お前は俺や俺の部下達に馬鹿され続けるのだ。死後も話の種にされるなんて光栄だと思わないか?」

「ここまでか……」

「そうだ。お前の命はここまでだ、風霧銀次。心配するな、息子も嫁も他の風霧組の連中も直に送ってやる。精々閻魔様に媚を売るといい」


 このまま死ねば自分だけでは済まない。陣や静香、瞬や他の“兄弟”も縫戸組に消される。それだけは我慢ならない。自己犠牲なんて綺麗な言葉を連ねるつもりは銀次にはない。


(自分の命一つで守れるものがあるのならくれてやる)


 銀次にとって自分の命の価値はその程度のもの。大切な人を守れるならば捨ててもいいと考えている。しかし今ここで散れば、必ず大切な人が穢される。それは許容してはならない。許してしまえば、自分が許せなくなる。

 

「悔しいな……」

「弱音か?弱ってしまえば呆気ないものだな……俺はこんな奴を恐れていたのか」


 憔悴しきった銀次の姿を見て、縫戸はそれでも噛みつく。少しでも多くの罵詈雑言を浴びせる。


「すまない……本当にここまでのようだ」

「諦めたか?ならここで生涯を終えろ!私が直々に殺してやる!死ね!」

「やだね」

「は??」


 縫戸には全くもって意味がわからない。心の底から出た「は??」だった。


「まだ足掻くというのか?その身体で何をする?」

「諦めたのさ……諦めざるを得なかったんだよ」

「何を言っている!?」


 


 そして、銀次は叫ぶ。今出せるだけの大声で。



「私、風霧銀次は!風霧組組長の座を!降りることを!宣言する!」



 今この状況では何の意味もない言葉のように思える。死んでしまえば自動的に組長の椅子は空くことになり、時間が経てばその椅子に誰かが座ることになる。


 時間の問題だった。それを何故今宣言することなのか。縫戸も根岸も杜川も松下田も。誰もその真意を理解できなかった。


 この声を聞いていたもう一人を除いては。


『確かに受け取ったぞ。お前の覚悟を』


 聞き届けた。銀次の場違いな宣言単なる宣言にあらず。それはある者への合図。


『全メンバーに通達する!標的“風霧組組長である風霧銀次”の消失を確認!同時にその場にいる縫戸組とそれに与する者を全員殲滅対象に再設定!火急、任務を遂行せよ!』


 これから行われるのは恨みや妬みからきた嫌がらせでも組織間抗争でもない。あるのは一方的な暴力、縫戸組殲滅戦のみ。


 




読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


第59話は土曜日18時投稿予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ