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第5話 監視者



ー4月15日 午後6時30分ー

 



 “甘味処良田屋”は本通りから入り組んだ路地の方へ行った、目に付きにくいところにある。もちろん看板はあるが本通りからは見えない。


 マスターである禅三郎は「わざとそうしている」のだと言う。つまり、店側としてもあまり知られたくないらしい。なのに、店が回っているのは本当に不思議である。


 そして今、その路地の反対側にあるコーヒーショップの二階から、路地を見つめる少女が一人。ここからは路地の入口がバッチリ見える。


「うーん、なかなか出てきませんね…てかあんなところに店なんてありましたっけ?路地裏とかどんだけですか!」


 アイスコーヒーを飲みながらグチグチ文句を言っている少女。彼女もこの地域には詳しい方ではあるが、良田屋のことは知らなかったようだ。そして、自分が知らなかったことを知っている人に軽く嫉妬している。


「私も良田屋行ってみたいなぁ…今行くと仕事(・・)に支障が出るし……次の機会に行くしかないのかな。あれ?それだと経費で落ちないんじゃ…」


 そんな自己完結に至り、かなり落ち込む少女。なかなか経済的な考えを持っているようだ。


「あっ!やっと出てきましたね。待ってました!」


 少し抜けているように見える少女だが、監視対象(・・・・)は絶対に見逃さない。任された仕事(こと)はきちんとこなす。言うなら、オンオフが出来る女なのだ。

 

 少女は飲み終わったコーヒーのグラスを回収棚に置き、階段を駆け下りる。周りの目を気にすることなく…

 同じ二階にいた他の客からすれば少女の行動は奇怪に見えた。それもそのはず。一連の台詞は独り言には収まらないほどの声量だった。いわゆる、大きな声で独り言。


 無意識な大音量の独り言に加えて、監視対象以外はきちんと見えていないこと。そういうところはやはり抜けている少女だった。




〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




 少し時間は遡る。


 党夜と紫、奈々は食後のコーヒーを飲みながら喋っていた。


「ごちそうさまーやっぱり奈々さんが作る“良田屋特製ティラミスパフェ”は美味い!ここのティラミスは飛び抜けてる」


「ごちそうさまです。ほんと美味しかったです。こんな美味しいティラミス初めて食べました」


「二人とも嬉しいこと言ってくれるね。作った甲斐があったってもんだよ」


「そりゃ、奈々さんが丹精込めて作ってるからね。しかも、上質なマスカルポーネチーズも使ってるし。ティラミスはチーズケーキの一種だから、チーズの良し悪しがファクターと言っても過言じゃないんだ。それに加えて、コーヒーパウダーは禅さん選りすぐりのコーヒー豆から出来てる特別仕様。美味しいに決まってる」


 ティラミスについて熱く語る党夜。「そうなんだ。」と紫は関心している。党夜ではなく、良田屋のこだわりに関してだが。


「褒めても何も出ないぞ!少年!」


「ホントのこと言っただけですよ。ティラミスは俺が一番好きな食べ物なんです。しかも、奈々さんが作るティラミスがこれまで食べたティラミスの中でダントツですよ!」


「ホントに?ありがと!でもこれは党夜くんのお陰でもあるんだよ?」


「トーヤのお陰ですか?」


「紫ちゃん、ティラミスパフェだけ頭に“良田屋特製”って付いているって気付いてた?」


 それは、紫がメニュー表を見た時に感じた疑問そのものであった。


「はい、なんでだろう……とは思ってましたけど、これにトーヤが関係してるんですか?」


「そうなんだ。元々ティラミスパフェは党夜くんの案なんだ。だから“天神特製ティラミスパフェ”にしようって提案したんだけど…党夜くんがダメだって言ってね」


「当たり前ですよ。良田屋のティラミスパフェなんだから俺の名前入れてどうするんですか!」


「まあこんな感じだから、他のパフェと分ける意味でティラミスパフェだけ“良田屋特製”って付けたの」


「そうだったんですね」


 とティラミスパフェの成り立ちから名前の小さな謎を知ることになった紫。些細なことだがこのことを知るのは今この店にいる四人だけだったりする。

 時間を忘れてこんな他愛もない話をする党夜達。


 すると、禅三郎がカウンターから出てきた。


「党夜くん時間はいいのかい?妹さんが家で待ってるんじゃないか?」


「ホントだ!ユイちゃん待ってるよ!」


 禅三郎も奈々も党夜の家庭環境についてはある程度知っている。この時間に帰っても家に母親はいないこと。そして、結夏が待っていることも。


「もうこんな時間か。ついつい長居しちゃって」


「別にそれは構わん。アイツ(・・・)の代わりになってはやれんが、俺にはいつでも頼ってくれ」


「すいません、本当にいつもお世話かけます」


「構わん。党夜くんにならウチのバカ娘も任せられるってもんだ!はっはっは」


「お、お父さん!」


 (この父娘ホント仲良いな)


 党夜は改めてそう思った。党夜は禅三郎が言わんとしていることには気付いていない。


「じゃあ、今日は帰ります。ごちそうさまでした」


「あっ!私も帰ります。ごちそうさまでした」


「はいよ!紫くんもまた来てくれ!いつでも歓迎するからね」


「そうだよ、お姉さんも待ってるよ!」


「ありがとうございます」


 カランカラン


 禅三郎と奈々に見送られ良田屋をあとにする。もうすでに夕暮れ、日の光がビルの窓ガラスに反射され、あたり一面オレンジ色に染まる。


 そんな光に目を背けながら路地を出た時、党夜は上方から視線を感じた。


 (どこから見てる?さっきのやつと同一人物か?)


 党夜達が学校から良田屋へ向かう際、正確には肛門を出た直後から何者かに監視・尾行されていた。紫は気付いてた様子はなかったが、党夜は気付かないふりをしていた。


 党夜は視線・目線にとても敏感だ。悪意があるかないかもおおよそ分かるほどだ。今回は後者だったので無視する形を取ったのだ。それに気付いたことを相手に悟られることでのリスクを避ける意味合いもあった。

 なぜ党夜が視線を捉えることが出来るのか?それは党夜の口から語られることはないだろう。なぜなら、


 (視線に敏感なのが、女子向けのスイーツショップに男一人で行ってたことで身に付いたなんて絶対に……絶対に……言えない)


 こういう理由だった。暇を見つけては、チェックしてあるスイーツショップ巡りをする党夜。男一人で来ることを想定した店は皆無なので、党夜が浮くのは必然。よって、周りの客(女性陣)からの目線を集めることもまた必然。


 (しかし何のために俺達はつけられてる?目的はなんだ?標的は俺か?それとも紫?クソッ、情報が少なすぎる!)


 与えられた情報の少なさで、考えを纏めることが出来ず、苛立ちを隠せない党夜。


 (とりあえず、紫の安全が第一なのは間違いねぇ…紫を家に送リ届けたあとならまだ何とかなる。俺が標的なら紫に危害が加わることは少ないはずだ。決めつけはよくないが、その可能性が高い…)

 

 必死に思考をフル回転させ、最善策を見つけ出そうとする。さっきティラミスパフェで摂取したかろりを次々に消費していく。


 そんな党夜を見て紫は違和感を感じた。


「どうしたの?そんな難しい顔して…」


 自分の様子を指摘され、動揺する党夜。


「いや、何でもない。てか紫ん家この辺だったよな?送っていくよ!」


「え?別にいいよ。回り道になっちゃうよ?」


 いきなりの党夜の提案に、今度は紫が動揺する番となった。肯定を促す疑問を問うあたり、紫は動揺を隠しきれていない。心情心理がだだ漏れである。

 一方党夜の方は、何気ない形で紫を家に送ることを切り出せたことでホッとしている。よって、紫の異変に気付いていない。


 党夜からの返事は、もちろん肯定。


「別にいいよ。どうせそんな変わりはしないからさ。気にすんな」


「そう?じゃあ、お言葉に甘えちゃおかな?」


「お任せください、紫嬢!」


「苦しゅうない」


 そんな小芝居をしながら二人は足を進める。党夜はホッとし、紫は赤面している。心拍数の上昇を自覚している紫は、何とかして収めようと党夜に話しかける。


「そういえば聞きたかったんだけどさ、玲奈ちゃんとは何の話をしてたの?」


「ああ、遅刻の件を注意されて、その後能力者について説明を受けてた」


「能力者ってあの能力者?」


「どのかは知らねぇがあの能力者だ!」


 そうして、党夜は玲奈から聞いた話を噛み砕いて説明した。もちろん、玲奈が能力者であることを伏せながら。


「へぇ〜やっぱり便利だね能力者って。でもなんで玲奈ちゃんそんな話したんだろ?」


「さあな、話の途中で下校時刻になったからさ。その肝心なところを聞けなかったんだよ」


 そんなことを言う党夜だが、本当は心当たりがあった。


 (多分あのことだろうな…玲奈ちゃんの能力次第でバレてもおかしくないし…)


 党夜には秘密がある。今から約一年前、高校入学の直後に出会った女性との誰にも言えない秘密が。


「どうせまた呼び出されて、続きを聞かされると思うぜ?」


「それもそっか!玲奈ちゃんのことだからまた明日の放課後も軟禁してくるよ。ふふふ」


「笑い事じゃねぇーよ!」


「なら明日は遅刻しないことね」


「やっぱ、そうなるか……難しい話だこりゃ……」


 全くもって笑えない話である。自分の秘密がバレているかもしれない状況にも関わらず、朝起きれるかどうかを心配する党夜だった。


「今日は付き合ってくれて……あと送ってくれて……ありがとね」


「だから、気にすんなって。てからしくないぞ!いつもなら「付き合って上げたんだから感謝しなさいよね!」とか言うじゃねぇーか」


「はあ?私そこまで傲慢じゃないし!」


 そうですかそうですね、と紫の反論をスラリと躱す。


「じゃあ、また明日な!」


「ちょっと寄ってかない?ママがトーヤに会いたがってたよ」


「悪いな、結夏も待ってるだろうし今日はこのまま帰るわ。おばさんにはよろしく伝えといてくれ!」


「んん……そうだよねユイちゃん待ってるもんね。分かった、伝えとく。じゃあまた明日!」


そして党夜はその場をあとにする。少し歩いてから、ようやく肩の力を抜いた。


「ふぅ…これで紫の身の安全は保証されたはずだ。尾行は続行っと。てことは標的は俺で決まりだな。どちらにしろ厄介だ。どうせ家の場所は割れてるだろうが連れて帰りたくはないな」


 辺りを見渡しても党夜は一人、人っ子一人いない(但し尾行有り)。小さな声で考えを纏める。


「相手が『能力者』である可能性は十二分にある。迎え撃つか。いや、そもそも俺の手に負える奴なのか……手に負えないなら……」


 こうして党夜は家とは別の方向に歩き出す。




読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです


第6話は木曜18時に投稿予定です

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