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第57話 師弟戦




 風縫抗争が激しく行われている頃、縫戸邸から遠く離れたある場所で。


「へぇ……ここが彼の家か……」


 一人の青年がある一軒家を見上げて呟いた。


「どちら様ですか?」


 その一軒家の住人さんなのか、中学生ぐらいの少女が、他人の家をジロジロと見ていた不審な青年に声を掛ける。


「この家の娘さんかい?」

「そうですけど……」


 質問返しに怪訝表情で受け答えする少女。まだ中学生にしか見えないが、はっきりとした警戒心を発する少女に感心する青年。


「そうかいそうかい。僕はね、君のお兄さんの知り合いなんだよ」

「お兄ちゃんの?」

「と言ってもつい最近知り合ったんだけどね」


 しかし、まだ中学生。身内の知り合いと分かれば、警戒心が緩くなる。兄がいることはご近所さんなら知っていること。それでも見ず知らずの人から告げられると、それが嘘であっても嘘だと見抜きにくくなる。


 しかも青年の純真無垢な表情も一役買っている。どこにでもはいないが、どこかで見かける好青年。少女の目にはそう映っただろう。


「残念ながら兄は朝から出掛けていますが……」

「ああ、それは知ってます(・・・・・)。君のお兄さんに用事があったんじゃなくて、たまたまこの近くを通りかかったからでね」

「そうですか」


 少女の警戒心は何処(いずこ)に。兄の予定すら知っていた青年を不審者だとは見なせなかったのか。


「怖がらせてごめんね。じゃあ、僕はこの辺で」

「あっ、はい。えっと、お名前を伺っても?」


 それでもやはり少女はしっかりもので。どこで作ってきたか分からない兄の知人の名前は尋ねておくべきだと判断したようだ。


 青年は少し躊躇ったが、名を名乗ることを選んだ。


「僕の名前は東雲(しののめ)だよ。東に雲と書いて東雲」


 そう言い残すと青年は去っていった。


「まあ、直に忘れるだろうけどね」


 夜道でもない。まだ太陽が高い市にある昼間だというのに曲がり角を曲がった青年の姿はもうなく。不吉な呟きは誰も耳にすることはなかった。


 


〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜




「お前の相手はこの私だ、党夜!」

「姐さん……」


 天神党夜と姉川未桜。ついに会合する二人。その関係はすでに師弟に非ず。相対するのは目的を違えた者達。


「そこを退()いてくれませんか?」

「無理だな」


 安い駆け引きにすらなっていないと党夜だって理解している。これで退いてくれるなら、こうして未桜が現れることがないのだから。それでも敢えて尋ねるのは仕方ないことだろう。立ち塞がるのは戦いの基礎を教えてくれた師。しかし未桜からの回答は拒絶。


「お前こそ手を引け。今ならまだ間に合う」

「無理です」


 未桜は党夜を諭そうとする。世話した可愛い弟子を傷つけたくない。殺り合いたくなかった。今ならまだ間に合う。未桜は未だにその考えは変わらない。しかし党夜の回答もまた拒絶。


 互いに引く気がないは端から解っていたことだ。それこそ何度も何度も拳を交えてきた。頑固さは身に染みて感じている。


「本当に引かないんだな?」

「姐さんこそ素通りはさせてくれないんですね?」


 質問に質問で返す無遠慮なやり取り。押し問答になること請け合い。そして流れる沈黙を経て、悟る。これは無言なる肯定であると。


「馬鹿野郎……」


 未桜は消え入るような声で悔いるように呟く。ここまで来るのに何度も覚悟したはずなのに。それでも避けようとした道だったのに。最後の最後に解り合えなかった。


 未桜が踏み込む姿勢を取ったと同時に、党夜も態勢を直す。そして二人は過負荷粒子を身に纏う。深刻な空気であっても、鮮やかな粒子光が辺り一面を照らす。


 ぶつかり合う二人の視線。そこにはすでに手加減など考えているような余裕さはなく。真剣に相手と向き合う戦士の目だった。


「行くぞぉぉぉ」


 未桜の掛け声が戦闘開始の合図となった。手加減無用の真剣勝負が始まる。


 まず攻撃態勢に入ったのはやはり未桜の方だった。踏み込みの際に過負荷粒子を足裏から逆噴射。作用反作用の法則を最大限に利用し、未桜の身体は前方へ投げ出された。加速度的に増える速度と共に増える運動エネルギーを過負荷粒子を纏った右拳に乗せる。


 党夜もまた未桜と同じように踏み込みに過負荷粒子を利用する。未桜から学んだ戦闘テクニックである。しかしここで出た差は実戦経験値の差だろうか。党夜は瞬時に気付く。まだまだ未桜の背中は遠いと。


 だからこそ全身全霊を尽くす。迫りくる未桜の拳。一発でもまとも食らえば、それだけで絶望の淵に追い込まれる。いつもの党夜ならば相手の初動よりも遅れを取ったならば、受けに回っていただろう。防御に徹する、もしくは回避してから反撃しようとするだろう。


 だが今回は違う。正面から受ける。回避するなら右か左か、それとも上か。


(いや違う)


 これまでに取り得た選択肢を全て投げ捨てる。これは修行ではない。訓練でもない。正真正銘実戦である。これまでに数度実戦はあったものの、今回はこれまでのものとは決定的に異なる。相手はこちらの手の内をよく知っているという点で。


 ならば意表をつく。そこに勝機を見出す。ならば先手必勝。ここで受けることはしない。


(防御は捨てろ。後手に回れば姐さんには勝てない)


 少なくとも今までに負けた経験を糧に党夜は第三の選択肢を導き出す。それは特攻。一度減速し防御、受け流しの一手は打たない。党夜の取る手は正にその逆。一気に加速する。未桜の拳に迎え撃つために。


(迎え撃つ気か?)


 未桜も党夜の判断に気付く。そして頬を緩める。


(面白い。かかってこい党夜)


 そして撃ち出される両者の拳。お互いに防御を捨てた攻撃。捨て身の拳が捉えたのは頬。


「がぁっ!!」

「ぐぅっ!!」


 強烈な一撃がの頬を捉え合い、エネルギーが相殺され二人の動きが止まる。互いの拳を互いの頬にめり込り、接触から生まれた後方への運動エネルギーを両足で踏ん張り、その場で硬直する二人。


(こいつ……)


 一撃で党夜のすべてを見抜く未桜。いや見抜いてしまった。確かに今まで見てきた党夜の動きではなかった。敢えて防御を捨てる、その選択に驚かされた未桜だった。敵対することになっても、成長を見届けるために戦うのだと言い聞かせた自分がいた。だから気付くことができた。


 撃ち出した拳を引く未桜。と同時に党夜もまた拳を引く。まともに食らったことにより、少しよろける党夜。しかし足でしっかりとその場で踏ん張る。


 党夜がよろけたことで生まれた隙を未桜が見逃すはずがない。咄嗟に屈み、未桜は足払いをする。思いっきり踏ん張り、重心が身体の下部にズレたことにより党夜は未桜の足払いを避けることができない。


「くっ……」


 体勢が後ろへ崩れ、それを身体を捻り、咄嗟に右手を地面に付き身体を支える。地面についた右手を軸にして、身体を捻ったその勢いで身体を回転させ、その場から離れる。


轟!!!


 党夜が数刻前にいた場所に容赦ない未桜の一撃が振り下ろされた。地面がまるで豆腐のように弾ける。砕けた地面の破片と未桜の一撃の余剰波が党夜を襲う。


(避けてなかったら羽条と同じ運命に……)


 防御姿勢を取りながら、距離を取り、党夜は考察した。自然と次の体勢に入るためにこの動作をしていなければ、確実に未桜の一撃は党夜を捉えていた。もちろん威力は申し分なかった。


 しかし、党夜は恐れない。後手に回るのはこの際仕方ないことだと割り切る。その上で上回ればいい。気持ちだけは強く、党夜は未桜に向かっていく。


 目一杯過負荷粒子を込め、拳を打ち出す。今戦っている当人から学んだ勁も織り交ぜながら。


「はぁっあっ!」


 過負荷粒子と発勁の組み合わせは絶大なる力を生み出す。それは党夜も身をもって体験した。過負荷粒子だけの攻撃を数倍にも跳ね上げる勁力。未桜によって叩き込まれた戦闘術だ。


 お陰で再戦することになった相模相手を圧倒するまでの力を身につけることができたのだ。身体に染み込んでいるはずの組み合わせ。自然と関節や筋肉、身体全体が動き、その場での最適解を導き出し、攻撃へと転じる党夜の体術。意識せずとも身体が勝手に凱旋運動も始める。


 ほんの数ヶ月では考えられない、見違えるほどに上達したそれは党夜に自信をつけた。だが、今回は理由が、状況が、相手が、気持ちが、何もかもが違った。


 相模を為すすべもなく吹き飛ばした党夜の発勁は、未桜にいとも容易く受け止められた。それも党夜が纏った過負荷粒子と練り上げた勁力を加味した力と全く同じ威力で相殺することによって。


 羽条は能力によって相手の攻撃と同じ威力のものを撃ち出すことができるが、未桜は違う。単に戦闘経験とこれまでの鍛錬のみでやりのけたのだ。尋常ではないことは解るだろう。


「何故だ?」


 未桜は問う。その言葉からは怒りが感じられる。過負荷粒子を抑え、戦闘態勢を解く。


「何故手加減した?何故全力でかかってこない?」

「………っ!?」


 確かに未桜にとって防御を捨てる党夜の最初の選択は予想外のものだった。未桜の追撃を華麗に避けたことも感心せざるを得なかった。しかし、それ以上にその拳の軽さに度肝を抜かれた。


「今のお前の拳は余りにも軽すぎる。その結果がこれだ。特に初撃、互いに防御を捨てたのにも関わらず、お前はふらつき私はほぼ無傷だ。そして今のも、私は簡単に受け止められた。お前の拳からは何も感じられない。覚悟も想いも何もかも」

「………」


 痛烈な未桜の言葉に何も言い返せない党夜。それもそのはずだ。無意識の内に制御してしまっていた。かつての同胞。それも自分を一から鍛えてれた師の未桜に対して、無意識下で咄嗟に制限をかけていた。未をはそれを見抜いた。


 今行われているのは訓練でも修行でもない。任務達成のために死にものぐるいで勝ちを掴み取る実戦。そんな状況にも関わらず、無意識とはいえ党夜は手を抜いたことには変わりない。


「舐められたものだな私も」


 その言葉には何か込められていたのか。それは未桜本人にしか解らない。しかし党夜は未桜が怒っているというよりもむしろ、落胆しているように感じられた。


 未桜はたまらず声を荒げる。


「本気で来い!党夜!何を迷うことがあるんだ。私を倒さなければお前は風霧銀次を護れない。そうだろ?お前の覚悟はその程度なのか!?それっぽっちの覚悟でお前は銀の弾丸を抜けたのか?そんないい加減な気持ちで私達に勝てると本気で思っていたのか!?」

「……」


 未桜の言葉に押し黙る党夜。しかし、黙って言い返しもしないその姿勢が未桜の感情を逆撫でする。


「ふざけるな!自惚れも大概にしろ!そんな甘い考えでどうにかなるタイミングはもう過ぎたんだ!そんなんじゃ守りたいものは守れないだけじゃない。その周りにいた無関係な人達も巻き込むことになる。目を背けるな!直視しろ!今もお前が置かれた状況を!」


 かつての仲間、弟子を叱りつける未桜。これは愛なのだ。無残にも敵対することになった愛弟子に対する師弟愛。


「これだけ言っても治らないなら矯正するしかない。そんな考えじゃいずれ取り返しのつかないことになる」


 未桜の言葉には重みがあった。未桜の過去に関わる何かがそうさせていると党夜はそう感じた。


「今のままだと真っ先に危害を被るのは涼子だ。あいつは壮絶な過去を抱えながら、今も戦っている。一度は受け入れてくれた信頼できる組織も自ら切り捨てた。党夜、お前が孤立するのを見かねたからだ」

「………っ!!」

「断言する。涼子の善意におんぶに抱っこの今のお前じゃ涼子は守れない。今回守れたとしても次はどうだ?次を乗り越えてもまた次が必ずある。その甘さでお前は涼子を守り続けることができるのか?」


 尋ねる体を取ったが、未桜は党夜に回答な余地を与える気はない。間髪入れず未桜は続ける。


「否だ!私が言い切ってやる。不可能だ!この先、近い将来お前は涼子を失う。あの優しい涼子がお前を裏切ることはないだろう。つまり失うということがどういうことか。今のお前でもそれぐらい解るだろ」


 このまま続けていたらいずれ涼子を失う。守りきれない。つまり涼子を見殺しにしてしまう。未桜はそうなると言い切った。


「少なからずお前は一度大切な人を失ったんだろ?詳しいことは知らないが、恐らく目の前で消えゆく魂の炎を見たはずだ!なのにお前はまた繰り返すか?繰り返し続けるのか?答えろ!党夜!」

「……俺は……俺は……」


 未桜の言葉が党夜の全身を刺激する。凝り固まった身体を撫で回す。過去に一度失った大切な人、もう二度と会えないあの人と涼子の影が重なるのを党夜は感じた。


「いつまで殻に閉じこもっているつもりだ!お前は風霧銀次を守ると決めたのだろ!七瀬涼子に平穏な毎日を送って欲しいと願ったのだろ!なら迷わず掴み取れよ!その手で奪い取れ!」


 党夜に向けて突き出された右手を強く握りしめる未桜。


「そのためなら他の全てを切り捨てる覚悟を決めろ!受け皿を大きくするな!自分が叶えられる許容量を見定めろ!その上で守ってみせろ!強欲に奪い取れ!情けはお前に力を貸してくれない!全てがうまくいくなんてそんな人生、世界は甘くないんだ!さっさと気付けバカものぉぉぉ!!!」


 叫ぶ。力の限り叫ぶ。想いよ届け。未桜が抱えていた想いの丈を言葉にしてぶつける。


(あね)さん……未桜(ねえ)さん……」


 党夜の目に再び光が指す。覚悟の炎が灯る。


「守ってみせます。銀次さんも涼子さんも……俺が守るべき人達全てを。そのためなら俺はもう迷わない」


 遂に覚悟を決めた党夜。党夜の纏う過負荷粒子の密度と輝きが増す。


ドクン!ドクン!


 心臓が鼓動する。身体の中で党夜の覚悟を受け取った何かが動き始めた。


「ああ……それでいい……」


 悲しげな表情で未桜は呟く。もう引き返せないのは党夜だけでなく、未桜もまた同じだった。かつての仲間に説教に似た激を飛ばし、自ら悪役を買って出る。これで完全に決別することになる。


 短い間だったが、未桜は党夜を本当に可愛がっていた。そのこころは今でも変わらない。弟子として、そして年下の義弟のように。それも今日で最後だ。未桜もまた別種の覚悟を決めざるを得なかった。そして己の運命を嘆いた。


(また私は繰り返すのか……)


 この想いは口に出さない。未桜もまた過去を持つ女だったということ。そんな未桜の想いを党夜は知る由もない。




『鍵認証コード確認

 バックアップからセカンドフォルダー抽出

 セカンドフォルダーバージョンアップ

 バージョンアップ確認

 素体へインストール

 同化による負荷無し

 終了まで0.6秒


 素体の健康状態に異常あり

 バックアップから原体ダウンロード

 素体へインストール

 自動修復による負荷無し

 終了まで0.2秒


 過負荷粒子の自動制御

 脳への衝撃レジスト

 細胞の再活性エネルギー維持

 素体へアプライ

 各々による負荷無し

 終了まで0.2秒


 以上の項目に不具合なし

 実行に移ります』


 日向モールで見せた覚醒とは異なる。過負荷粒子の量はあの時と同質同量ではあるが、暴走の兆しは見られない。落ち着きがあり、それでいて異常性は残した最善の状態。


(これが本当のお前の力か、党夜……)


『全項目コンプリート

 素体に異常なし

 セカンドステージ“強欲&慈愛”開放』


 苦渋の選択を余儀なくされた両者が師弟の枠を超え、遂に相見える。





読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


この師弟愛はどういう結末を辿るのか……


第58話は土曜日18時投稿予定です

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