第56話 呆気ない決着
同時進行難しい(感想)
(ごめんなさい……党夜さん……)
涼子にとって完全なる不意打ち。予想だりしなかった痛恨の一撃。明確な殺意が篭ったこの一刀に涼子は咄嗟に反応出来ない。
真っ先に出たのは党夜の役に立てなかったことに対する懺悔。力になると言って銀の弾丸から飛び出し、遠慮など要らないと啖呵を切って党夜の厚意を知りながらも無視する形で参加した今回の抗争。
党夜が自分の参加を心から望んでいたと言えばそうではないかもしれない。涼子が嫌いだからではないことは涼子自身も気付いている。それは党夜の優しさ故であると。
その優しさを故意に無視することで、自分の恋を無視できずにこんなザマかと。何もかも中途半端ではないかと涼子は思う。
(こんなことならもっと早く……もっと早く気持ちを伝えておけば……)
後悔、自責、無念。それらの言葉をごちゃまぜにしたような感情が心の底から溢れてくる。胸がキュッと締め付けられる。
両親から見捨てられ、世間から白い目で見られ、頼れる人などいなかった、あんな地獄のような日々を過ごしていた青春時代を、この歳になって取り戻しつつあった気がするここ最近。
それもこれも党夜のお陰である。普段はどこにでもいる年下の少年だが、赤の他人のために全力を尽くせる、手を差し伸べる少年に生まれて初めて心から好きだと思えた相手。
終わったかのように思われた。嫌なことに死を確信した、してしまった。涙の流れる隙を与えられず、党夜との記憶による走馬灯も満足に見ることが出来ず。
(死にたくないよ……党夜さん……)
これまで何度死にたいと思ったか。数え切れないだろう。しかし、今は違う。死にたくない。死を受け入れたくない。受け入れることは命の恩人である党夜に対する裏切りで。
時は待ってくれない。沙澱の圧縮水剣が涼子に迫った。しかし現実に涼子の身体が二つに別れることはなかった。
「「なんで……!?」」
涼子と沙澱の言葉が被る。涼子は完全に殺られたと思った。一方、沙澱は完全に殺ったと思った。だが、結果はどちらも現実にはならず、沙澱の水剣は涼子を捉えておらず、虚空を切り裂いていた。
(なんで?なんで?なんで?なんで?)
現実を受け入れられない沙澱は混乱していた。目の前にいる涼子を打ち損じるはずがない。距離を見誤るなんて有り得ない。それは当事者である涼子の表情を見れば一目瞭然だろう。
(決まったはずだった。避けた素振りもなかった。なのになんで?)
だからこそ解らない。なぜ自分の一撃が当たらなかったのか。沙澱はその疑問に囚われ、涼子に決定的な隙を見せる。絶縁性の水膜を貼り忘れるという凡ミスを。
(なんだか解らないけど助かった……本当なら死んでいた……これは油断した私のミス……確実に動きを封じる)
その隙を涼子は見逃さなかった。沙澱よりも先に正気に戻った涼子は過負荷粒子を練り上げる。そして、
「“伝雷波”」
「がはっ……」
至近距離からの電撃に為すすべなく沙澱は意識を失った。
「勝った……でもなんでこの人の最後の攻撃が当たらなかったの?」
疑問残る一戦ではあったが、涼子は無事清澄沙澱を倒した。
七瀬涼子vs清澄沙澱
→七瀬涼子win
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「危ない危ない」
木を隠すなら森の中。そんな言葉などまるでないかのように、目に優しい緑の中に輝かしい紅の髪が良く栄える。一際大きな大木の上で呟くのは紅蓮の双髪を靡かした明日原飛鳥だ。
「お人好しですね」
そしてその隣には飛鳥よりも小さな身体の少女。こちらは断崖の双乳の持ち主である水無月桃香だ。
「そんなことないですよ。彼女も銀の弾丸のメンバーですよ」
「元メンバーですけどね」
「冷たいなぁ水無月先輩」
「先輩は止めてくださいと何度も言えば……私の方が年下ですし」
「でも加入順で言えば先輩でしょ?銀の弾丸って年功序列よりも加入順だと思ってるんですけど」
「それは明日原さんの中だけです。それに私がいいって言ったらいいんです。その敬語も止めてください」
「厳しいなあ……じゃあ水無月ちゃん?」
「勝手にしてください」
先輩扱いされるよりはマシなのか、それとも飛鳥に呆れたのか。桃香は投げやり気味に答える。
「それにしても七瀬ちゃん、なかなか強いね。びっくりしちゃった」
「そうですね。治癒能力者だと甘く見てました。それに私が以前相手をした時は大したことありませんでしたから」
「そういえば、七瀬ちゃんがまだ銀の弾丸に入る前に水無月ちゃんが撃退したって報告書に書いてあったな」
党夜が涼子に襲われた際、桃香は一度戦闘している。あの時は涼子の戦闘技術は形になってはおらず、今とは比べ物にならないくらい弱かった。
因みに涼子が銀の弾丸に加入が決まって少し経った後、涼子と桃香が施設内で出会い気まずい空気は流れたものの、直ぐに和解した。桃香も特に気に留めていなかったことが良かったのだろう。
「かなり強くなりましたね。特に勁を合わせた技は見事でした。流石姉川さんといったところですね」
「姉川先輩は近接戦闘で言えば銀の弾丸でもトップクラスだもんね。電撃と発勁の組み合わせとは……なかなか厄介」
涼子が未桜に指導されていることは銀の弾丸メンバー内では知られている。あの発勁の出処が未桜であることは想像に難くない。
「それもそうですか……あなたの“深淵なる蜃気楼”の方が断然厄介だと思いますけど……こんなに距離が離れていても発動するなんて予想以上でした」
「あっちゃあ……バラちゃった?話を逸らしたつもりだったんだけど……」
「逸らす以前の問題では?」
戯ける飛鳥に鋭い視線をぶつける桃香。
「この際だからネタバレするとね、“深淵なる蜃気楼”の射程範囲は光が届く範囲とほぼ同意なんだよね。もちろん私の視野に入ってる必要はあるけど、視力が追いつかなくても問題ないんだよ」
「つまり視界を妨げる遮蔽物がない限り大丈夫?」
「そうだよ」
「強くないですか?」
「まあね。でも所詮錯覚の目暗ましだから」
「それだけじゃないでしょ?」
「どうだろうね?」
ネタバレはここまでだよ、と暗に示す飛鳥。仲間であっても、チームメイトであっても、相方であっても全てを包み隠さずとはいかない。別に桃香が情報を漏らすことを危惧しているわけではなく、どこで足を掬われるか解らない能力者だからこその配慮である。
「そういう水無月ちゃんの力も視野範囲内が対象でしょ?」
「まあ、そうですね。でも私の場合は過負荷粒子を視て能力分析出来るから遮蔽物があっても、過負荷粒子が漏れていたら問題ないですね」
「へぇ……そうだったんだ」
お礼の意味合いも込めて桃香も自身の力の一部を公開する。
「お互い補助的な能力ですけどね」
「もっと好戦的な力が良かった?」
「当たり前です。正義として力の形は関係ないと思ってました。力に目覚めたからこそ正義を目指せるとも思いました。でも、ダメなんです。こんなんじゃ先生には……」
桃香が自分の能力に満足も納得もしていないことはメンバー内では周知の事実。己の中の正義のために戦ってきた彼女ではあるが、どうしても過負荷粒子の肉体戦闘では厳しいものがある。確かに肉体近接戦で未桜はかなりの強者ではあるが、それは恵まれた体型もあるだろう。
桃香は未桜に比べて背丈が低い。俊敏に動けても、力比べではどうしても分が悪い。それに女性の身体の構造上、最大限に鍛え上げた身体でも同じだけ鍛えた男性には勝てないなどとも言わるている(諸説あり)。その辺りも桃香が気にしている点でもある。
「そろそろ作戦に戻りましょう。私達がサボってると他の人に皺寄せがいきます」
「サボってるなんて心外だな。人助けだよ人助け」
「作戦外のことには変わりないでしょう。行きましょう」
「はいはい」
これではどっちが年上か解らない。
「これ以上、正義の足を引っ張らないでくださいね」
「解ってるって。今日は水無月ちゃんの補助役に徹するつもりだから。好きなだけ正義を振り撒きなよ」
桃香は正義こそが正しい姿だと疑わない。正義という信念を持つ正義の執行者、水無月桃香。一歩でも憧れの人に近づくために。師の横に立てるだけの実力を示すために。
だからこそ、本来能力上の支援メンバーである桃香が前線に、近接戦闘型の飛鳥が一歩下がったところで掩護することになった。
そういう意味で桃香は飛鳥に感謝している。自分の実力を、正義を発揮する場を設けてくれた相方に感謝している。
「言われなくとも。付いてきてください処女さん」
桃香は次の現場へと向かう。
「処女じゃねえわ!おい!待て!水無月ぃぃ!!!」
飛鳥は処女である。去り際に落とした核弾頭は途轍もない威力で。飛鳥の口調が激変するのにはあまりにも強力で。
「向こうの班はどうなったかな?」
背後から迫る処女鬼など気にする様子もなく桃香は呟く。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
涼子が沙澱を撃破したのとほぼ同時刻。
「俺はあの人との組手で散々イジメられた。だから過負荷粒子の量には目敏いんだ。最初にあんたからもらった一撃、その一撃を打った拳に纏っていた過負荷粒子の量。全く同じだったんだよ。俺があんたを殴った時ものとな」
党夜はスキンヘッドの能力、羽条と対峙していた。
「それで?」
党夜の解法と解説を聞き終えた羽条は言った。解ったから何だというんだと。
「確かに少年の言ったとおり、俺の能力は相手の力をそのまま返す“自動防衛”。それも相手の隙を確実に捉える必中の反撃」
やはりそうだったかと党夜は内心思う。異常なまでの反応速度にはやはりからくりがあった。攻撃と攻撃の間に、攻撃と防衛の間に僅かにでも存在する時間差や無防備を狙われ、自分が放った威力をそのまま返される。強ければ強いほど反撃は大きなものになる。かと言って威力を絞れば相手へのダメージは見込めない。
羽条が必中と言えば必中なのだろう。そう言い切るだけの自信が彼にはある。きっとこれまで積み上げてきた戦闘による経験値がそうさせているのだろう。
やらば必ずやり返される。それもこちらの攻撃が防御されていても、相手からの仕返しは直撃する。不平等で不公平な殴り合い。異能の分野ではファンタジー感は皆無な上、地味な能力に思われがちだが、近接戦闘や体術戦においてこの力は絶大。
特に過負荷粒子による自己強化で闘う党夜にとって天敵とも言える相手。
「タネが知れれば、それまでだな」
しかし党夜は物怖じもしない物言いで、切り捨てる。相性などお構い無しで、思ったことを口にする。
「自身の能力にある致命的な弱点をこれまで知る機会がなかった。それがあんたの敗因だ」
弱点さえ解ってしまえば、隙をつく能力の隙をつける。この事が党夜に自信をつける。だから党夜は言い切った。敗因、お前の負けが決まったと。
「ならやってみせろ」
この僅かな戦闘で弱点を見つけたなんて簡単に信じる訳にはいかない。信じるのは相手の発言ではなく自身の能力、いや自分自身でなければならない。羽条もまたそう考える者の一人。
やれるもんならやってみろ。売り言葉に買い言葉とまではいかないものの、絶大なる信頼を置く能力を馬鹿にされたと感じた羽条は引かない。引くつもりもない。
どんな搦め手だとしても、奇策だとしても羽条には関係ない。受けたものはそのまま返す。返せてしまうのが羽条の能力。しかもそれが必中となるのが真髄。負ける未来が見えない。
「行くぞ!羽条!」
今あるだけの、出せるだけの過負荷粒子を一気に練り上げる。正真正銘、全力の一撃。
「能力の発動は自動って言ったな?なら“自動防御”が発動する前に」
「……意識を刈り取る!」
党夜が言葉を最後まで紡ぐことはなかった。他の者が党夜が言わんとしていたことを先に叫んだから。
轟!!!!!!
突如空中から飛来した何かが羽条にぶつかる。いや、激突する。
(何が?)
砂埃が舞い上がり、腕で目元を庇いながら心の中で呟く。いきなりのことで党夜も一部始終を目の当たりにしているこの状況を頭で処理しきれない。羽条を倒す算段がついた途端にこれだ。それも党夜が考えついた同じ方法だった。威力は段違いだろうが。
羽条は悲鳴も苦悶も上げることなく、地に口づけをしたまま意識を失った。途轍もないエネルギーを内包した一撃を自動防御することなく。
党夜が思いついたのはまさにこの手。相手の同じ攻撃力、厳密には同質の過負荷粒子で反撃する、しかも必中となればかなり手強い。その上、羽条は肉体面も常人以上。
ならば注目すべきは発動条件。羽条自身が語ったようにこの能力は自動的に防衛されるというもの。その自動とはどういった原理なのか、そこに付け入る隙があると党夜は考えた。
つまり「気絶するだけの一撃をかましたら反撃こないんじゃね?」である。
確証はないがやる価値がある。そして実行しようとした矢先にこれである。同じ考えに行き着いた何者かが羽条を仕留めた。それも上空からの落ちることで重力加速度を上乗せする形で。
党夜に気を取られていた羽条は避ける間もなく、加速に加速した何者かの一撃をまともにもらう羽目になった。こればかりは羽条が注意散漫だったとは一概に責られない。なんせ上空からなど予想の範囲外といえるからだ。
そんな想像を超える、斜め四十五度の思考回路を持った人物は誰なのか。風霧組の助っ人だと楽観することは党夜には出来なかった。党夜や涼子の力を借りなければならないほどの風霧組がこれほどの強者を温存していたとはどうしても考えられない。
ならば考えられるのは第三勢力。そこへと思い至るまでに数コンマ一秒。思い至り、はっとなる党夜。第三勢力の存在を忘れていたわけではない。てんやわんやで思い出す時間がなかっただけ。
この抗争は初めから風霧組と縫戸組だけのものじゃなかった。もう一つ、ある組織が介入する事前情報を持っていた。
そこまで分かれば芋づる式だろう。あの組織には党夜が知っているだけでも卓越した能力者が多く在席している。その中でもこんなことをする人物はあの人しか考えられない。
「お前を倒すのはここでノビているデカブツでは役不足だな」
衝撃で舞い上がる砂埃の中から声が聞こえる。
「私直々に引導を渡してやろう」
その声は最近まで聞き慣れたもので。
「お前の相手はこの私だ!党夜!」
羽条をたった一発で撃破し、党夜に立ち塞がるのは姉川未桜の姿だった。
天神党夜vs羽条強
→天神党夜win?
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第57話は土曜日18時投稿予定です




