第54話 風縫抗争勃発
大きな丘、いや山一角を敷地にした暴力組織。現在の都市部にしては珍しい緑の生い茂った中、一本の整備された道を進むと見えるそびえ立つ古風な木造建築物こそ縫戸組の本邸である。
現在太陽が最も高く上がっており、日の光が真上から葉の間に注ぎ込む。時刻にして13時前。縫戸邸へと続く一本道を進むのは風霧銀次率いる風霧組組員、天神党夜と七瀬涼子。並びとしては、先頭に幹部の中でも若手の根岸とその弟分、後ろには幹部内での頭脳派杜川とその一派。
そして根岸と杜川のグループに挟まれる形で移動しているのが銀次と党夜と涼子、そして高齢の松下田とその取り巻き数人である。松下田の一派は年齢層が高く、参加組員は少なめだ。
ここへ来るまでは車移動だったが、今徒歩での移動になったのはこの一本道の途中で襲われた時に対応しにくいからだ。先頭車両が襲われた際、一本道だと対応も対抗もしずらい。故に車は一本道に入る前に降りたわけだ。
「仕掛けて来ませんね」
「事を慎重に進めたいのか、または風霧組からという体を作りたいのか」
山と言っても標高がそこまであるわけでもなく、平塚ヶ丘内では少し見上げるぐらいだ。歩くのは苦ではないが、何かあるのではと警戒しながら移動するのは精神的にくるものがある。そんな不安を零す涼子に党夜は推論を持ち出す。
「恐らく後者だろうね。あくまでもやられたからやり返した、正当防衛を主張しつつ過剰防衛。それで私達を潰すつもりだね」
「全く……無為自然な暴力馬鹿ならまだしも、画蛇添足な猿は厄介やの」
そんな党夜の推測に賛同したのは銀次と松下田。
「党夜さん、それって……」
「縫戸組からすれば、“丁重にお招きした風霧組が本邸の敷居を跨いだ途端に暴れだしたから周りに被害が出る前に私達が押さえつけました”ってシナリオを思い描いてるんだろうさ」
「でも……」
「確かに俺達からしなければいい。でも向こうは少しでも俺達から反抗の意志を汲み取ればそれだけでいいんだ。なんだっていい。態度が悪い、武器を取り出した、ガムを噛んでいただけでも抗争を仕掛けてくるだろうね」
「……無茶苦茶です」
党夜の意見を聞いて涼子の顔が歪む。誰が聞いても無茶苦茶に聞こえるはずだ。理不尽や無秩序とはこのことだろう。
「無茶苦茶だけどそれは仕方がないことなんだよ、涼子くん。我々のような暴力組織というものはそうやってこれまで争ってきたんだ。弱みを見せたら、先手を打たれたらダメなんだ」
銀次はそう言って涼子を諭す。例え理不尽で無秩序だとしても、自分たちが属するこちら側の世界では普通なのだと。
「人間誰しも君子ではない。卑怯なことをしないといけない場面だってある。縫戸組にとっては目の上のたんこぶである私達風霧組を潰すために行うに過ぎないんだよ」
「大きく出たの、銀次くん。ますます、若い時の鉄仁に似てきよったわい」
風霧鉄仁。陣の祖父、銀次の父に当たる先代風霧組組長である。
「おっと、無駄話はここまでやの」
銀次は話を括った。先頭を歩いていた根岸一派が道の両側に分かれ、道を空ける。するとその先にそびえ立つ大きな門、ついに縫戸組本邸へとたどり着いた。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「ようこそお越しくださいました。風霧銀次組長」
党夜たちが通されたのはかなり広い大広間のような部屋。宿の宴会場をイメージすれば、それに当たるだろう。下座には風霧銀次、天神党夜、七瀬涼子、そして幹部の根岸、杜川、松下田だけで他の兄弟たちは縫戸組から別室待機を命じられた。
銀次はこの命に逆らうことはしなかった。逆らえばその時点で反逆の意志だと受け取られる可能性を危惧したためだ。
そして広間にある他よりも高い位置にある上座に座るのはこの屋敷の長、縫戸平也である。薄くなった白髪に小太りな体型。顔を見ただけでこの人物が裏の者だと解ってしまうほどの顔つき。それでいて野生の獣のような攻撃性の牙は抜かれておらず、非人道的な行いに躊躇いがないのが見て取れる。
所謂、暴力団と呼ばれる組織を風霧組しか知らない党夜にとっては縫戸平也とはそれほど衝撃的なことだった。銀次の人の良さをよく知っているからこそ、際立った印象を受けたのかもしれない。一方で、一切の関わりがない一般人が考える暴力団とはこういう連中のことを指すのだとも党夜は思った。
だからこそ、負けられないとも。
「こんな山奥までご足労であった。車で玄関先まで来てくれれば楽だったのではないかな?お互いね……くふふふ」
嫌らしい笑みはこの場にいる党夜らを不快にするには十分なもので。
「まあそんな顔しないでくれよ。私としても横暴だったと反省しているのだよ。風霧組がご近所さんと仲良しこよしでやっているのは知っているからね。襲うつもりなんて初めからなかったよ、ホントだよ?」
皆の顔つきに不快感が出ていたのだろう。いや、隠そうともしなかったのかもしれない。縫戸も別に気にした素振りはなく身振り手振りを混じえながら話を、独白を続ける。
襲うつもりなんてなかった。白々しいにも程がある。誰もがそう思ったが、縫戸の振る舞いは嘘だろと問いただすのも馬鹿らしいとまで思わせる。
「だけどこうして来てくれたのだから、あれぐらい手荒な真似の方が良かったのかもしれないね。風霧銀次という男が私の想定通りで良かった」
パンッといい音を鳴らし、扇子を広げる縫戸。そして一言。
「では、来て早々悪いけれども…………死んでくれ」
パチンッと縫戸平也が指を鳴らす。それが合図となる。次の瞬間、この広間の四方八方から数え切れないほどの弾丸が党夜らを襲う。ふすまのことなど気にせず叩き込まれる銃弾とその折に聞こえる薬莢が床に落ちる音。何十機もののマシンガンによる一方的な虐殺劇。
途切れることなくあるだけの軽機関銃で、装填出来るだけの銃弾を党夜らに向けて撃つ。広い室内は機関銃が織りなす重低音と吐き出す硝煙が支配する。本来ならその中に飛び散る真っ赤な血液と泣き叫ぶ悲鳴が含まれるはずだった。
だが、全ての機関銃が全ての銃弾を、撃ち終えた後に聞こえたのは苦痛にもがく声でも、悲痛な嘆きの声でもなかった。
「ブルーノZB26、M249、ビッカーズ・ベルチェー、RP-46。一瞬で確認できたものでもこれだけの種類だ。これはまた色んな国の軽機関銃を集めたもんだ。どれも発射速度も銃口初速も違う。物好きだね、縫戸さんは」
硝煙で白く濁った室内から聞こえるのは落ち着いた銀次の声。
「やはりそうかだったか」
驚きはするものの、銀次がこの弾丸の嵐を受けて生存していることはそこまで想定外ではなかったらしい。縫戸は納得した表情を見せる。
「私を慕ってくれる兄弟を守るのは組長の役割だからね。危機に陥った兄弟を切り捨ててきた縫戸さんにはないだろうけど」
皮肉を織り交ぜ、銀次は縫戸を非難する。そして硝煙が晴れた時、縫戸平也を含めた縫戸組組員は目の当たりにする。あの弾幕を無傷で受けきった風霧銀次を含めた計六名の姿を。
「それが君の能力か。風霧銀次」
党夜たちを囲うように僅かに輝きを持った立方体。この立方体こそ隙間なく打ち込まれた弾丸から守ってくれた防壁だった。
「“無敵の要塞”。それが私の能力名だ」
「難攻不落のナヴァロンというわけか……仰々しい」
銀次と縫戸の会話など党夜の耳には入らなかった。涼子はもちろん、党夜すら銀次が能力者であることを聞かされていなかった。
それに縫戸が指を鳴らした瞬間、党夜と涼子は何かが起きることは悟ったものの、見動きが取らなかった。銀次が能力を発現していなければ、今頃蜂の巣になっていたに違いない。
銀次の能力“無敵の要塞”は過負荷粒子を壁に見立てて指定された座標に配置するもの。金属というよりも寧ろ粒子の結晶である。しかしナメてはいけない。言うなれば過負荷粒子によって生み出された新種の金属、硬度はどの既存の金属をも上回る。
“無敵の要塞”を破れるのは過負荷粒子のみ、つまり能力者以外に突破不可能とされている。つまり今回のような軽機関銃はもちろんのこと、RPG7のようなロケットランチャーも、戦車の大型大砲も銀次の能力の前では無力となりえる。
過負荷粒子による直接攻撃以外ではビクともしない。その中には熱や有毒ガスまでも遮断する。その熱や有毒ガスが能力者によって過負荷粒子から生成されたものでもだ。
「お前の父、風霧鉄仁が現役を退き組長の椅子をお前に譲った時点で、私を含め他の組織の連中も違和感を感じていた。鉄人はその名の通り鉄人だった。そんな男が退いた理由が如何なるものかと思えば、それが答えか……鉄壁の鉄仁と絶壁の銀次……やはりどこまでいっても風霧組か……」
「お褒めに頂き光栄です。縫戸さんが褒めていたと聞けば父も喜びます」
「減らず口を……親子揃って忌まわしい……予定は少し狂ったが、まだ想定内だ。鞍馬!」
縫戸が叫ぶと、何もないところから一人の男が姿を現した。その見た目は一昔前のマジシャン。特徴的なのは黒いシルクハットとステッキ
「やれ!」
「“強制転移”」
鞍馬が手に持っていたステッキを党夜たちがいる方へと向けた。次の瞬間、党夜と涼子の側に黒い穴が開く。
「うわぉ!」
「きゃっ!」
「党夜くん!?涼子くん!?」
“無敵の要塞”による立方体内にいたはずの党夜と涼子が一瞬にして黒い穴へと吸い込まれ姿を消した。
「驚くことはない。そこの若い能力者にはご退場願っただけだ。それもこの敷地内だから心配することはない。その転移先に何もないとは言い難いがな」
「チッ……」
縫戸の言い回しで銀次は悟る。能力者をバラけさせた上に、党夜と涼子の前に能力者が立ち塞がる未来を。
「さて、その張りぼてはいつまで保つのかな?そして後ろにいる幹部三名を守りきれるかな?」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「うおっ!」
いきなり発生した黒い渦に飲み込まれ、為すすべなく転移された党夜はそこそこ高さから投げ出された。ぎりぎり受け身を取ることに成功した党夜は辺りを見渡した。
「飛ばされたのか?」
辺りは森林の中でも開けた場所だった。まるで何かをするために開拓されたように。
「ようやく来たか」
「ん?」
声のする方向へと視線を向けると、大木の切り株に腰を下ろしていた大男が立ち上がった。筋骨隆々なスキンヘッドの大男。街ですれ違いたくないタイプ人物。
「俺の名は羽条強。お前を待っていた」
「俺を?」
「そうだ。ここで待っていれば鞍馬の“強制転移”で飛んでくる奴がいると聞いていたからな」
勘違いなどしようがない羽条と名乗る男の発言に党夜は気持ちを引き締める。目の前の男は敵だと名乗りを上げた。自分をここに飛ばした奴と面識がある時点でそうだと捉えられる。
「俺は作戦なんぞに興味はない。上からの命令ではあるが、そんなことに意識を注ぐつもりもない。俺が望むのは闘いの中に生まれる高揚感のみ。さあ、名も無き少年。俺を存分に楽しませてみせよ!」
言いたいことだけ言った羽条の身体から途轍もない量の過負荷粒子が吹き出した。既に身体が温まっているということか。一瞬にして臨戦態勢へと入った羽条。過負荷粒子の量のと濃度は先程の傲慢不遜な発言に見合ったものだと受け取れる。
(やる気満々か……面倒だな……)
羽条のやる気は過負荷粒子に還元されている。気持ちや想いもまた力に。未桜の言葉である。力は単なる腕力や過負荷粒子の内蔵量では決まらない。
気持ちや想いといった目に見えない抽象的な概念も己の力の一因となり得る。想いの強さが力に変わることは往々にしてあるのだ。
今回の羽条ような戦闘一筋、戦闘にこそ幸せを感じるタイプは、一見頭でっかちの脳筋だと捉えられがちだが実際は異なる。もちろん必要とされる筋力などの力を身につけているという前提はあるものの、闘いを好む戦士は強い。
そして何よりその手の強者は闘いにおいて妥協を許さない。徹底的に相手を地に伏せる。絶対的な勝利を求めるのだ。それが党夜にって厄介極まりない。
党夜は今すぐにでも現在地を把握した上で、銀次の元へ戻らなければいけない。この際不覚をとって相手の能力を受けたことは横に置いておいてもいい。急を要するのは銀次の護衛。
(涼子さんも黒い渦に飲まれてた……近くにいないってことは俺とは違うポイントに飛ばされているはず……)
党夜の予想は正しい。涼子もまた鞍馬の“強制転移”で別の地点へ飛ばされていた。党夜は渦に飲まれる寸前に涼子が同じ現象に巻き込まれていることを確認していたからだ。そして飲まれたのは自分と涼子の二名のみ。
ならば今銀次の側に残されているのは。
(まずいぞ……幹部三名全員が銀次さんの“無敵の要塞”内に残ってる……)
同行した幹部三名の中に縫戸組に与する裏切り者がいることは、銀次と確認済み。一瞬ではあったが、党夜は銀次の能力を見た。そしてその能力の性質に気付いていた。
外部からの影響を遮断する過負荷粒子による防御壁。例え外部から襲いかかる無数の銃弾から身を守れたとしても、内部からならどうだ。現に鞍馬の能力は“無敵の要塞”の内部で作用した。
幹部三名を背後に庇った銀次は内部からの敵意に対処できるのか。そのことに党夜は不安を感じずにはいられない。今すぐにでも駆けたいという衝動にかられるが、そうは問屋が卸さない。
まずは目の前で戦闘に興奮する野獣を抑えなければならないから。
「くそったれがっ!」
悪態をつく。この一言で自身が今まで思考していた事柄を頭から吐き出す。戦闘で必要でないものに囚われていたままではダメだと脳が訴える。それほどまでに羽条の異常な過負荷粒子に危険信号が出ている。
「やる気になったか?待ちくたびれたぞ」
僅かな時間ではあったが、羽条は党夜が気持ちの整理をする間待っていた。それは党夜に気を遣ったわけでも、紳士精神からの行動でもなかった。純粋に全力を出した相手と闘いたいという羽条自身の強欲さ故。
「来い!少年!」
「言われなくても!」
党夜は過負荷粒子をその身に纏い、羽条へと駆けた。二人の距離が一気に縮まる。一方で羽条は突撃する党夜を向かい入れる体勢を取った。
「喰らえぇぇ!」
移動の速度ベクトルに逆らうことなく、党夜は過負荷粒子で強化した右拳を羽条目掛けて撃つ。羽条は腕をクロスに、防御の姿勢を取る。
「うむ、中々……」
発したのは羽条。党夜の初手は羽条によって止められた。ならば取れる選択肢は二つ。このまま続けて攻撃し相手の手を封じるか、一度距離を取るか。党夜が取ったのは後者。しかし羽条は党夜との選択を先読していた。
「セオリー通りか……お返しだ!」
党夜が身を引く動作を取ろうとした時には、既に羽条の拳が党夜に迫っていた。
(……初動が早すぎるッ!?)
既のところまで引きの姿勢だった党夜は防御が間に合わず、羽条の一撃をもらった。ある程度の衝撃は引きの動作で後ろに逃がしたが、全ての勢いを殺すことが出来ず、飛ばされた先で木の幹に直撃。
(痛ってぇ……ゴツいくせに身が軽い……それに今の攻撃……)
相手の体勢と体格で直ぐに距離を取れると考えた浅知恵に反省する党夜。それと同時にある違和感を感じた。
「いつまで休憩するつもりだ?」
しかしその違和感の正体を探れるほど時間は待ってくれない。羽条の追撃が党夜を襲う。背を預けていた木の幹から離れ、羽条の追撃を躱す。森林の中へ移動すると分が悪いと判断した党夜は羽条が繰り出す連撃を躱しながら、羽条を誘導する。
だが羽条も党夜の誘いに簡単には乗ってくれない。羽条は党夜が逃げる先を読み、ことごとく党夜の作戦を潰す。羽条は党夜が森林内での戦闘を避けていることに気付いたのだ。
「どこで闘おうが同じだろう、少年?」
その声色には喜々したものがあった。この状況を楽しんでいるのだ。
(戦闘馬鹿め……)
この僅かな時間での印象としては間違っていないだろう。党夜の感想は尤もだといえる。しかし羽条は戦闘馬鹿だが、ただの馬鹿ではなかった。
「逃げるだけでは芸がないぞ、少年!」
羽条は手身近に生えた木を拳でへし折る。枝ではなくて木そのものをだ。そしてへし折れて倒れかけた木の幹に指をめり込まし、右手でしっかりと掴む。羽条は握力で数メートルの木を持ち上げたのだ。
(化物かよ……)
過負荷粒子での補助は基本的に攻撃と防御の強化でしかない。つまり己の筋力に過負荷粒子による力が付加される形となる。
しかし木を持ち上げるために使われるのは、単純な筋力のみ。過負荷粒子の補助は望めない。あるとすれば、木にめり込んだ指が負荷で折れてしまわないように補正するのみ。羽条は自身の筋肉ないしは筋力だけで木を持ち上げたのだ。
驚くのはそこだけではなかった。羽条は持ち上げた木を片手で水平に薙ぎった。
「マジかよ!?」
目の前で行われた荒行に目を奪われていた党夜であったが、この身に及ぶ脅威に我に返る。横から襲ってくる木を上に飛ぶとこで避ける。人力とはいえ、遠心力を持った木をまともに喰らえば、ただでは済まない。
過負荷粒子を足に込めて飛んだことで無事避けることに成功した党夜だったが、避けきったが故に油断した。羽条は右から左へ振りかぶった木を左手で受け止めた後に、両手持ちに変え、空中へと逃げた党夜へと迎撃する。
「嘘だろ!?」
嘘のような現実が党夜を襲う。空中では足場がないためこの攻撃は必中。ならば出来るだけダメージを減らす方へと思考を切り替える。党夜は防御姿勢を取る。ここでまたもや党夜は間違った選択を選んでしまった。
襲いかかる木の運動方向に抗わないように防御姿勢をとった党夜だったが、想像よりも威力が弱かった。
(なんで………チッ……ハメられた……)
しかし気付いた時には、時すでに遅し。党夜は飛んできた木を抑えつつ、視線を巡らせる。もちろん探すのは羽条の姿。
「ここだ、少年!」
声が聞こえると同時に党夜の腹部に衝撃が襲う。防御の隙間をついた一撃で党夜は受け身を取る間もなく地面に叩きつけられた。
「がはっぁ……」
地面に叩きつけられたことで背中を強打し、反動で頭も打った。脳が揺れ、視界がぼやける。
党夜の判断が遅れたのは羽条の奇策によるもの。羽条が両手持ちに切り替えた時、党夜は避けること止め、防御に徹した。羽条はそれを見逃さなかった。
党夜が振り回される木に気を取られていると察した羽条は振り回しから投げへと変更。遠心力を乗せたまま、両手で党夜へ木を投げた。この段階で党夜が気がついていらば、少しは対応が変わったのだろう。
木を放り投げた羽条は空中にいる党夜へと飛ぶ。その時、党夜と木の同一直線上に入ることを忘れない。こうすれば党夜からは羽条の姿が見えない。そして党夜が襲いかかる木に対応している間に、羽条は木ごと党夜を過負荷粒子を纏った拳で殴りつけた。
これこそあの一瞬で起きた事の真相だ。
「寝るにはまだ早いぞ、少年」
「……解ってるさ」
党夜は立ち上がると、同時に辺りを見渡す。木々に囲まれた一帯だったはずなのに、周囲に生えていた木がなぎ倒されていた。羽条の右スイングによる影響だろう。
(なんつー強さだ……これは単なる腕っ節の強さ……能力じゃない……そして俺の予想が間違っていなければ……)
「俺の能力を知りたいか?」
「!?」
羽条の問いかけに党夜の表情が揺らいだ。今まさに党夜は羽条の能力について考えていた。心を読まれたかと、疑うが直ぐに切り捨てる。万が一、月夜のような心を読む能力者ならば、広範囲攻撃を持たない党夜には分が悪すぎる。だが、党夜は違う予想を立てていた。
「図星か。心配するな。俺の能力は心を読む力ではない。俺の能力はそんな大層なものじゃない」
「反撃だろ?」
「ほう……どうしてそう思った?」
党夜の解答に羽条が反応する。
「最初のあんたの一撃、余りにも早すぎた。俺が拳を戻すよりも先に、あんたの拳が迫ってた」
「反射神経がいいだけかもしれんぞ?」
「確かにあんたは反射神経や動体視力はいいんだろうさ。そんな図体な癖に、起点が効いてる。さっきもまんまとしてやられた」
流石の党夜も木を投げてくるとは予想もできなかったし、想像すらしていなかった。羽条には相手の行動を見てから手を変える器用さと冷静さがあった。
「ならばそれが……」
「違うね。あんたの能力は反撃だ。さっき頭ぶつけて余計な思考が吹き飛んだお陰でたどり着いた」
地面に叩きつけられて、意識が飛びかけて、たどり着いた違和感の正体。
「発動条件は相手の攻撃を受けること。そして能力は受けたダメージをそのまま相手へ返すもの。そうじゃないと説明がつかねえ」
「………」
羽条の無言を肯定と捉えた党夜は続けた。
「俺はあの人との組手で散々イジメられた。だから過負荷粒子の量には目敏いんだ。最初にあんたからもらった一撃、その一撃を打った拳に纏っていた過負荷粒子の量。全く同じだったんだよ。俺があんたを殴った時ものとな」
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第55話は土曜日18時投稿予定です




