第53話 切迫
昨日、風霧組の力添えのため銀の弾丸へと交渉に訪れた党夜。集められたのは銀の弾丸の地下施設に設けられた会議室。集まったのは党夜が見知ったメンバーである未桜、真冬、聖、桃香、飛鳥。シスターや子供達はもちろんこと、つい先日メンバー入りした粟岐月夜見は不参加であった。
党夜の交渉前に、まずはこのメンバーが蒐められた議題が真冬から告げられた。その議題を聞いた党夜は驚きを隠せなかった。風霧組総長である風霧銀次を仕留めるというものだったのだ。
風霧組への力添えという目標を持つ党夜からすれば、この話は全くの真逆、相反するものだった。党夜とて、この作戦は容認できないし、参加もできない。無視など尚更だ。
真冬から選択を迫られた党夜は銀の弾丸を去ることに。手を差し伸べてくれた党夜に恩を感じている涼子は、党夜を追うように銀の弾丸を去った。
こうして党夜と涼子は共に風霧組を助けるために戦うことを決意したが、居住地を失った涼子を泊めるため党夜は自分の家へと招き入れる。そこで妹の結夏と涼子が意気投合。買い物、料理、お風呂、おやすみまで仲睦まじい姉妹と見違えるほどまでになった。
閑話休題。
そして時は過ぎ、現在党夜は涼子と共に風霧邸へと赴いていた。通されたのは銀次の私室。
「ご足労だったね、党夜くん。で、君が党夜くんと一緒に手助けしてくれるという……」
「初めまして、七瀬涼子です」
「風霧銀次だ。まさかこれほどまでの美女とは……党夜くんも済には置けないな」
「美女だなんて……」
「止してください、銀次さん。今は団欒している場合じゃないでしょ?」
とりあえず涼子と銀次の自己紹介も無事に終え、三人は本題に入る。
「そうだったね。では早速だが本題に入ろう。まずは私な方から。宣戦布告をされたのはこの前話したね?」
「はい」
昨日の夜、党夜は銀次と連絡を取った際に聞いていた。涼子は今日一緒に来るまでに風霧組が現在置かれている状況を含めて党夜から説明していた。
「相手は縫戸組。かなり好戦的な連中でね、特に現組長の縫戸平也は消極的な組員を切り捨てたことで一層その傾向が強まった。我々としても狂犬とは争いたくないんだが……」
「その宣戦布告とは?」
「呼び出しがあった。明後日の13時、十分な護衛を引き連れて縫戸組の本邸まで来い、とな」
「明後日!?昨日の明後日ってことは……明日じゃないですか!?急すぎる……なら応じなければいいんじゃ……」
党夜の言い分は正しい。別に応じる必要はないように思える。条件などがなければ。
「そういう訳にはいかないんだよ。指定した時刻に来なければ、約束を反故したものとみなし、完全武装した上で風霧組へ乗り込むとな」
「約束?勝手すぎる」
「横暴ですね」
一方的な要求を約束だと言い張る縫戸組に不快感を隠せない党夜と涼子。
「全くだ。だが近隣住民には迷惑を掛けたくない。だからわたしとしてもこの呼び出しには応じなければならない。向こうも初めからそのつもりだろう」
「近隣住民を人質にされたってわけか……汚いねえ……」
「ですね……」
なかなか深刻な状況のようだ。それも銀次が嫌がる方法を取ってくる縫戸組はそれほどまでに本気であるということ。
「完全武装は能力者を含んでいることは明らかだろう。危害がこの敷地内で済むわけがない。その点、縫戸組は丘の上に拠点を置いていて、森に囲まれている」
「多少暴れても大丈夫ってことですか?」
「そうなんだ。向こうも話し合いで終わらせるつもりはないんだろう。そもそも話し合いの場が設けられるかも解らない。敷地内に入った途端、ドンパチパターンも考慮しないといけない」
これが組織間抗争の実態。そして党夜にとって幼馴染がこれからも襲いかかるであろう由々しき問題。甘く見ていたわけではないが、想像以上であったことには違いたい。党夜は膝の上でグッと拳を握る。
「で、党夜くんの方の話とは?」
一度話を区切り、党夜に話を促す銀次。
「そのことなんですが……」
言いにくいながらも、党夜は銀次に自分達は銀の弾丸からの造園ではないこと、銀の弾丸が敵になることについてのことを打ち明ける。涼子は隣で黙って聞いていた。
「なるほど……私が狙われているのか……そのせいで党夜くんと涼子くんに迷惑を……」
ゆっくりと状況を噛みしめる銀次。自分のせいで党夜と涼子が銀の弾丸を抜けたことに負い目を感じているのだろう。
「銀の弾丸が縫戸組側に回ることはあるのかな?」
「解りません……利害の一致があればもしかしたら……」
党夜と涼子は会議を途中で抜け出したため、銀の弾丸が縫戸組と共闘する意志がないことを知らない。
だからこそ、党夜も危機を感じている。手を組まれたら厄介どころではない。会議の初めは参加していたからこそ知っている情報。それはあの場に集められたメンバー全員が作戦に参加するということ。もちろん、師である未桜のまたその中の一人だ。
「状況は最悪の中で最悪の部類……党夜くんたちが助太刀に来てくれたことが不幸中の幸いといったところか……それに考えようによっては、これが最悪ならばこれ以上状況が悪い方へと動きようがないということ。良いように捉えよう」
「銀次さん……」
銀次が言うことは別に間違っていない。それでも党夜と涼子には銀次が自分に言い聞かせることで現実逃避をしているようにしか見えない。それが悪いことではないが、党夜は見ていられなかった。思い詰めた銀次がほんの一瞬で老けたように思えたからだ。
「とにかく……何を言っても始まらん……話は聞かせてもらった。苦労をかけたね党夜くん。それに涼子くんも」
「これは銀次さんのためだけじゃなく、陣のためでもありますから。あいつへの恩を返せると思えばこれぐらい大したことじゃないです」
「私は党夜さんについていくだけです。風霧さんが私に気を遣う道理はありません。全力で加勢いたします」
「すまない……本当にありがとう」
党夜と涼子の意志は硬い。銀次にも二人の決意が伝わったのだろう。感極まった表情で礼を述べる。
「そういえば俺と涼子さん以外の護衛はどうするんですか?」
「そのことだが、もう入って構わんぞ」
党夜の質問に答える前に、銀次は大声で隣の部屋へ呼びかける。麩で区切られた隣室から現れたのは三人の男性。
「「「頭、失礼します」」」
「適当に腰を掛けてくれ」
銀次に言われ、腰を下ろす三人の男たち。
「紹介しよう。風霧組の中で幹部を担っている者達だ。左から根岸、杜川、松下田だ」
「根岸です」
「杜川と言います」
「松下田と言うもんです」
銀次から紹介された三名の幹部がそれぞれ党夜たちに頭を下げる。
根岸はこの三人の中で一番若い。恐らく二十代後半だろう。襟元まで伸ばした髪、無愛想な表情からぶっきらぼうな感じが雰囲気から見て取れる。しかし幹部と言われているだけに、見た目からは伺いしれない何かがあるのかもしれない。
杜川は年齢はほか二人の間といったところか。髪を短髪に揃え眼鏡をかけた、どこからインテリな要素を醸し出している切れ者と言った感じだ。
松下田はこの中で最年長。銀次よりも年齢は上だろう。白くなった頭髪と髭が特徴的。年齢的にも前組長の時代から風霧組を支えていた組員の一人だと解る。だが、年老いた老人とは思えない気迫に似た何かを党夜は感じた。
(根岸と杜川って人も普通じゃないけど、松下田って爺さんは別……只者じゃない……)
年齢も見た目も雰囲気も、何から何まで異なった三人の幹部。党夜と涼子に緊張が走る。
「まあそう固くならなくていい。基本的に彼らとその直属の兄弟が明日私達と共に縫戸組へと赴く予定だ。これはその前の顔通しだと思ってくれればいい」
「そうなんですか……どうも天神党夜です」
「七瀬涼子です」
銀次の意図を聞き、少し緊張をほぐした党夜と涼子は幹部三名に名を名乗った。
「頭、こんな若造で大丈夫なんですか?」
「根岸、口を慎め。それはお前如きが判断することではない。頭がお決めになったことに口出すするなど以ての外だ」
「若いのは活気があっていい。とりあえず根岸くんも杜川くんも落ち着きなさいな。で銀次くん、彼らが君が言っていた助っ人さんかい?」
根岸が吠え、杜川が注意し、松下田が宥める。この一連の流れでおおよその関係性と上下関係のようなものが見て取れた党夜。
「その通りです、松下田さん」
「二人共、中々引き締まった身体をしておる。これは期待できるの」
松下田からの視線が党夜と涼子に注がれる。観察され、見透かされているような感覚が二人を襲う。
「じゃあ明日よろしく頼むよ、若いお二人。もう下がってもよいかな?」
「結構です」
「では根岸くん、杜川くん下がりましょうか」
「「はい」」
こうして幹部三人は入ってきた隣室へと下がっていった。
「少し独特な人達ですね」
「まあね。松下田さんは祖父の代から風霧組を支えていた古株だからね。根岸は少し尖っているが悪いやつじゃない。杜川はきちっとしていて兄弟の面倒見もいい」
「いいお仲間さんですね」
銀次は幹部たちをそう評する。涼子もまだ短いながらも銀次の人柄の良さを感じているのだろう。もしかしたら自分が以前属していた組織と無意識に比較しているのかもしれない。だか、そんな涼子の言葉を受けて党夜は断言する。
「それは違うよ、涼子さん」
「えっ……どうゆうこと?」
「あの三人が怪しい。そうですよね、銀次さん?」
党夜は銀次に問いかける。
「いつから気付いていたんだい?」
「前回お邪魔してお話を聞いた時からです。陣が襲われた状況に違和感があって。瞬さんが訳あって護衛をしていなかった時に陣が襲われたなんて、不運なだけとは言い難い。ならその日瞬さんが陣の護衛しないことを知っていた人物が、情報を漏らしたんじゃないかって推測できます」
「ほう……それで?」
銀次は横槍を入れず、党夜に話の続きを促す。
「そしてこのタイミングで顔合わせ。ならあの三人中に情報を漏らした、もしくは今回敵対している縫戸組に与している者がいると考えることができる」
「だけど私は党夜くんがそんなこと考えているなんて想定してなかったよ?」
「それはどっちでも良かったんですよ。俺が想定してようがしてまいが。少なくともあの三人に紛れた裏切り者に牽制できますからね」
「党夜くん……見違えたね。そう、君の言う通りだよ。あの三人の中に縫戸組とやり取りしている者がいる。信じたくないがね」
党夜の推論に対し、肯定の意と関心を示す銀次。
「じゃあさっきの人を明日同行させるってことは……」
「監視をしつつ、ボロが出たら押さえるってことだろうね」
涼子の疑問に党夜が答える。
「その辺りの負荷も掛かってくるから、こちら側はかなり不利ではあるが頑張っていこう」
「任せてください。全力で掩護します」
「微力ながらお助けします」
「よろしく頼む」
こうして党夜、涼子、銀次の意志は結束した。
だが党夜はまだ心の中で余裕を抱えていたのかもしれない。党夜は本当の意味で銀の弾丸を敵に回すことの危険性を理解していなかった。そして明日そのことを身を持って味わうことになるが、この時の党夜は知る由もない。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「本当にあれでよかったんですかね?」
「問題ないでしょう。こちらとしても時間が惜しいですからね。早いに越したことはないんです」
「私達は人材をお借りする立場なので……」
「こちらの都合で急かしてしまったのは変わりないので、こちらの優秀な能力者を派遣することを約束しましょう」
「ありがとうございます」
「いえいえ、お互い良い結果を出したいですからね。気にすることではありませんよ。こちらとしても善意だけではないわけですから」
「どういった目的か伺っても?」
「詳しくは話さないのですが……風霧組と抗争している間に裏で動きたいことがありましてね……ああ、縫戸組に不利益となることではないとだけ明言しておきます」
「それを聞けただけで十分ですな」
「時間にして数分で終わることなんですが……ただこれ以上の助力をお貸しかねますので、その辺りはよろしくお願いしますね」
「私達はただ全力で風霧組を叩き潰すのみです。助っ人はそれほどに優秀なのですよね?」
「先程も申し上げましたが、私共の中でもかなりの強者ですよ。私が推薦させていただいたので」
「そうなのですか!疑うような真似をして申し訳ありません」
「いえいえ、何にしろ明日は大切な一日になりますからね。疑い深くなるのも解らなくもありませんからね。では明日はよろしくお願いしますね、縫戸組長」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、東雲さん」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
党夜と涼子が銀次と話し合いをしているまさに同時刻。
「…………」
静寂。音もなく静まりかえった空間に一人。音はいらない。神経を鈍らせる。それどころか視覚も嗅覚も五感全てを投げ捨てる。そんな恐ろしく、研ぎ澄まされた集中力は遠目からも伺える。特に彼女を知るものは特に。
しかし誰もが声を掛けるのを躊躇うであろうその状況に切り込む者がいた。
「いつ見てもすごい集中力っすね、姐さん」
「………」
この軽々しい口調はもちろん聖だ。そんな聖を無視する未桜。いや、無視と言うよりは無心だろうか。
しかし流石に自分の周りをちょこまかと動き回る聖に嫌気を差したのか。
「邪魔するな、聖」
そんな空気の読めない聖を邪険にする未桜。集中力を削がれたのだから当たり前の反応とも言える。
「カリカリしすぎっすよ。一応俺達バディっすよ?なら時間は共有すべきっすよ」
「ふんっ。勝手にしろ」
「勝手にしますっすよ」
どうせ断っても言うことを聞かない。未桜はこれまでの聖の行いからそう判断した。だから許可した。
「にしてもいつも姐さんが瞑想する時って、なんで片足立ちなんっすか?座禅の時は座ってるのに」
この場にいることを許された聖は普段から疑問に思っていたことを投げかける。
「はぁ……そんなことも解らんのか……」
「俺には縁のないことっすから。で、何が違うんっすか?」
無知な後輩に落胆する未桜であるが、聖はそんなこと気にすることなく疑問をそのまま投げかける。
「座禅は字の如く座って禅を行う。正確には仏教において正しい姿勢で坐り、精神統一する修行法ことを指す。ならば座るのが道義だろ。一方、瞑想は一般的に目を閉じて精神統一するもので、型は問わない。自身に合った型で行われることが多い」
「へぇ、そうなんっすか。なら両足で立った方が集中できる気がするんっすけど……それこそ地に足ついた姿勢で」
聖の方を一瞥した後、未桜は質問に答える。聖はそれに相槌を打ち、続きを促す。
「地に足ついたという言葉の意味をちゃんと調べてから物を言え、全く。この体勢についてだが、これは私が行っている鍛錬の一つだ。聖、戦闘において何が大切だと思う?」
未桜は姿勢を保ったまま、話を続ける。
「そうっすね……やっぱり俺達にとって大切なのは何よりも能力ですかね。やっぱりあるのとないのとでは違いますよね」
「まあ、それはそうだな。異能と呼ばれる私達が目覚めた力は確かに状況を左右する。だが私は能力は二の次だと考えている。何より肉体をどれほど鍛え上げているかが重要になってくる」
「それが片足立ちの理由っすか?」
聖は問い直す。
「戦闘中、重心移動が肝になる。両足共に重心がかかることは少ないんだ。だから日頃から片足に重心がかかる姿勢に慣れていればいるほどいいんだ」
「ストイックっすね」
「お前が怠け過ぎなんだよ、聖」
怠けてるつもりはないんですけどね、聖は笑いながら答える。
「姐さんが能力を使わないのはそういった信念からなんっすね。能力より体術至上主義ってやつっすか?」
「能力に目覚めたことは嬉しく思う。過負荷粒子のお陰で戦闘の幅が大きく広がった。しかし、私は異能に頼るよりも自身の鍛え上げた体術で戦いたいと思っている。恩返しの意味もあるがな」
「恩返しっすか?」
「あの人は私に教えてくれた。この武術や心構え、私を構築するものすべてはあの人から授かった。引き継いだんだ」
未桜は聖と話しながら感慨にふける。自分に戦うための力を授けてくれた師の存在を思い出していた。
「まさに移し鏡っすね」
「それは皮肉のつもりか?そうなんだな?」
そんな未桜に対して絶妙なボケをかます聖。そのボケを皮肉と受け取った未桜の眉毛が釣りあがる。
「怖いっすよ姐さん。党夜のことは残念だと思いますけど、明日はよろしくお願いしますっすよ?」
聖は未桜に釘を刺す。党夜と対峙しても力を抜くなと。例え短い間であれ同じ組織のメンバーで可愛い弟子だとしても容赦するなと。
「まあ、姐さんはやる女だと信じてるっすから」
時間の共有というのは建前であったのだろう。要件が済んだのか、そう言うと聖はこの場を去った。
「言われなくても解っている……」
未桜は歯を食いしばり、拳を握りしめ呟く。これは覚悟の現れか、それとも。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
駆け足になりましたが戦闘に入る下地ができました
早く戦闘シーンを書きたい
全力で第三章完結まで走り抜けますのでよろしくお願いします
第54話は土曜日18時投稿予定です




