第52話 義姉妹
「なぜ、こうなった……」
天神党夜は今目の前に広がる光景に困惑していた。つい数時間前はあれほど深刻な雰囲気だったはずなのに。
「涼子姉、三人分の卵を割ってもらえますか?」
「任せて結夏ちゃん」
天神家の台所で晩ご飯の支度をする天神結夏と七瀬涼子の姿だった。二人はお揃いのエプロンを着て、和気あいあいと料理をしている。
なぜこのような状況になったのか。それは幾ばくか時間を遡ることになる。
それは党夜が銀の弾丸を抜け、涼子がその後を追ってきた後の話である。風霧銀次側につくことを決意した二人は情報の共有のため、話し合いの場を開こうとした。がお昼真っ盛りだったので、まずは腹ごしらえとひるごはんを食べることに。
手短に済ませようと有名ファストフード店に入り、食事をしながら現状報告などをしていると涼子があることを思い出した。それは、
「党夜さん、私泊まるところがありません。どうしましょう……」
といった爆弾発言だった。それもそうだろう。裏の組織から抜けた涼子は今の今までシスターや子供達と一緒に銀の弾丸の地下施設で暮らしていた。しかもそこでお手伝いはしていたものの、なにか不自由があれば用意してもらえたのでお金を貰っていない。つまり今、涼子は無一文で居住地を失ったのだ。
例え今日一日ネットカフェやビジネスホテルで乗り切ったとしても、今後どうすることもできない。銀次の問題より先に思わぬ事態が発生したのだ。完全に盲点であり、涼子もまた何も考えず飛び出してきたことがよくわかる。
党夜はよく考えた上、一つの結論に至った。
「なら涼子さん、うち来る?」
そんな軽い感じで涼子は党夜の家に居候することになった。党夜の言い分としては、別に涼子一人増えたところで家計は問題ないだろうということ。隠さなければならない事情があるとはいえ、その辺りは誤魔化しつつ説明すれば妹も解ってくれるだろうと党夜は考えた。
それに母親は滅多に帰ってこないので、女性が生活する上で一部屋丸々用意できるのも大きかった。やはり涼子も大人の女性である。ある程度プライベート空間があった方がストレスなく生活できるであろう。
そんな風に考えていた党夜であったが、問題はまだ完全に解決していなかった。それは昼ご飯を済ませ、涼子を連れて帰宅した時のこと。
「ただいま」
「お邪魔します」
「おかえり、お兄ちゃ……………」
玄関を入った党夜と涼子を出迎えた結夏。その結夏が言葉の途中で完全に停止してしまったのだ。完全にというのは語弊だったか。目をぱちくり、口はぱくぱくといった金魚のような反応を見せた結夏。
ほんの僅かの時間が流れ、ようやく現実であることを受け入れた結夏は、
「ちょっとお兄ちゃん、こっちに来なさい。お姉さんは少し待ってたください」
党夜の腕を引っ張って家の中に引きずり込んだ。有無を言わせぬ結夏の覇気に党夜は抗うことができない。初対面であろうと、いや初対面であるからこそこんな状況でも丁寧な対応を忘れない結夏だった。
「お兄ちゃん、ちゃんとどういうことか説明して!なんで女の人を云えに連れて帰ってきたの?そレにあの人誰?彼女?それともお持ち帰り……お兄ちゃんのエッチ!私が納得できる説明を要求します!それも解りやすく手短に!50字以内で適切に!」
党夜の耳元で矢継ぎ早に繰り出される結夏のマシンガントーク。なんだか誤解している結夏に、要求通り党夜は解りやすく手短に、かつ適切に答えた。
「あの人はバイト仲間の七瀬涼子さん。訳あって泊まるところがなくて困ってたから家に来てもらった。(46字)」
隠すところは隠して相手に伝わるように、要点は掴んでいるだろう。しかも50字以内であることも点数が高い。○字以内で答えよ、という問題は少なくとも8割以上は書いておくほうが良い。
しかし今回の採点者は天神結夏である。一筋縄ではいかない。
「そんな説明じゃ解りません!」
指示通りに従ったはずなのにバッサリと切り捨てられた。だが、結夏も鬼じゃない。
「とりあえず上がってもらう。話はそこから………七瀬涼子さんですよね?どうぞ中に」
「あっ、はい。お邪魔します」
こうして涼子は天神家の中へと入った。ご覧の通り、党夜の解答はあってもなくても良かったなではないかと思えてしまうのが不憫な話である。
リビングに通された涼子は自分と党夜の関係を誤魔化しつつ何故こうして天神家にお世話になろうとしているのかを丁寧に説明した。以前党夜に話した涼子自身の壮絶な過去話も交えながら。
そうすると、
「苦労されたんですねぇ……ぐすん……私はなんて恵まれた子供なんですか……情けない話です……どうぞ、母の部屋をお使いください……」
「ありがとうございます……」
結夏は泣きながら答えた。その様子に戸惑いながらも涼子は礼を言う。党夜はというと二人の邪魔をしないように、黙ってお茶を飲んでいた。
かくして涼子は無事本日の宿を確保した。しかもそれだけでなく。
「あの、涼子さん……涼子姉って呼んでいいですか?私にはこのバカ兄しかいなくて、お姉ちゃんに憧れてたんです」
「はい、構いませんよ」
「やったー!涼子姉、これからよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします、結夏ちゃん」
二人の仲は急接近。結夏は涼子という義姉を、涼子は結夏の義姉ポジションを手に入れた(他意はありません)。そして夕食の話になると、結夏が涼子を歓迎すると言い出し、すき焼きパーティを企画立案。その後三人は近所のスーパーに買い出しへ。
結夏と涼子は本当に仲がよく、昔から姉妹だったと言われてもおかしくないほどまでになった。本当の姉が出来たみたいに結夏の浮かれぶりは党夜が見ていても凄いの一言だった。一方、そんな党夜は二人の間に入ることなく、荷物持ちの役を全うしたのであった。
無事買い出しを終え、帰宅した三人だったが、結夏と涼子は夕食の下拵えを始めた。結夏は自前のエプロンを、涼子には昔母親が使っていたエプロンを着て台所に並んで調理いる姿はまさに姉妹に映った。
手持ち無沙汰になりソファで一人になった党夜は、涼子と結夏の微笑ましい光景を視界に入れつつ、今日のことを思い出していた。
後悔がないといえば嘘になる。それでも後ろを振り返っている余裕など自分にはない。僅かではあるが銀次らの力にならないといけないのだ。
党夜はソファから立ち上がり一度リビングを出ると、ある人物に電話をかけた。
「もしもし」
『もしもし』
「こんにちわ、天神党夜です」
『ああ、こんにちわ。党夜くん』
電話口から聞こえる渋い男性の声。
「お電話遅くなってすいません、銀次さん」
『いいや、構わないよ。お願いしたのは私の方だからね。気にすることはない』
党夜の電話の相手は風霧銀次だ。
『で、どうだったかね?』
「………」
党夜は今日銀の弾丸に出向き、風霧組の助力になってもらおうと交渉しに行くことを事前に銀次に伝えてあった。だから銀次はこの電話がその報告であると判断した。
党夜も聞かれることは解っていた。それに電話をかけたのは党夜からだ。それでも上手くいかなかったことを報告するのはやはり忍びない。
『……ダメだったか……』
党夜の沈黙で交渉に失敗したことを悟った銀次。頼みの綱だった故、声色から落胆が伺える。党夜は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「すいません……力になれなくて」
『いや、いいさ。仕方がないことだったということさ。君がそこまで気を遣うことではないよ。要らぬ苦労をかけたね党夜くん』
銀次は党夜を労う。
「そのことなんですが……」
『ん?まだなにかあるのかね?』
「微力ながら自分が戦力になります」
『えっ!?それは……』
「詳しい話はまた後日うかがいたいと思えているんですが……」
『そ、それがね……』
銀次はその思い口調からある話をする。
「宣戦布告!?」
『ああ、縫戸組からね。だからこちらもあまり時間がないんだよ……私の方も詳しい話をしたいと思ったいたんだ』
「明日伺っても?」
『そうしてくれると有り難い。縫戸組は私が想定していた相手の中でも厄介な方でね。本来なら党夜くんを巻き込む訳にはいかないが、こちらもなりふり構っていられなくてね……』
つまりは、
「相手に能力者が?」
『縫戸組というより何やら裏で手を引いてる者がいるようだ。だから一人でも多くの能力者が手助けしてくれる方がいい。だからといって党夜くんには余り動いてもらいたくない。君が傷ついてもらっては困る。君は息子の友人なんだ……矛盾しているのは解っているんだ……』
銀次がかなり追い詰められていることが電話口からでも解る。本来銀次はこのような態度を取る人じゃないことは党夜も十分知っている。やはり銀の弾丸の協力を得られなかったことは大きい。
いや、まだ党夜は話していない。銀次に大切なことを、肝心なことを伝えていない。
(縫戸組だけでも相当厄介みたいなのに…銀の弾丸まで相手なんて……)
そうだ。相手は縫戸組だけじゃない。それよりも党夜が危険視するのはやはり銀の弾丸だろう。見知った間柄であるが、知っているのは何人かの構成メンバーだけ。能力についてはほぼ情報がない。
党夜の師とも言える姉川未桜の能力すら知らないのだ。党夜が唯一接触した男性メンバーの八頭葉聖も、日向モールで手を借りた明日原飛鳥も能力は未知。唯一知っているのは水無月桃香が能力者を見分けることが出来る能力者であること。古夏真冬は党夜自身受けたことがあるが、治癒結界だけで組織のナンバー2にいるとは到底思えない。まだ何かを隠していると党夜は睨んでいる。
これで解る通り、党夜が持っている情報などほとんどない。恐らく涼子も似たようなものだろう。戦況としてはかなり不味い。
「とりあえず明日の放課後伺います。その時に話し合いましょう」
『ああ、済まない。取り乱してしまった。そうしてくれると有り難い』
こうして党夜は電話を切った。そしてリビングへと戻ると。
「お兄ちゃん、何してるの?ご飯できたよ。すき焼きパーティだよ!今日は奮発したんだから最高級のお肉だよ!」
リビングに入った党夜を結夏がぐっと腕を引っ張ってダイニングテーブルまで連れて行く。党夜も買い物に付き合ったのだから、ちょっと良い肉を買ったのは知っている。結夏もそのことは解っているが上がりきったテンションが彼女をそうしているのだろう。党夜にとって結夏の笑顔が見てるのだから、野暮なツッコミはしない。
そして結夏、党夜、涼子の三人はすき焼きパーティを満喫するのだった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「問題はなかろうな?」
「はい」
「ならいい。もう後戻りは出来んぞ?私達が攻めることは伝えのだからな」
「もちろんです」
「懸念材料があれば、今の内に吐き出しておけよ」
「懸念材料とまでは言えるか解りませんが……」
「何かあるのか?」
「頭が誰かと連絡を取っていました」
「誰か解らんのか?」
「すいません。何やら頼みごとをしていたようです」
「助太刀の要請か……その程度なら構うまい。こちらにはかなりの能力者が派遣されてくる。問題ないだろう」
「そうでございますか」
「誰かが屋敷に訪れたことはないか?」
「ここ最近では高校生が二人内密で屋敷の中に」
「高校生?」
「はい。昔から若とお付き合いのある友人です」
「ああ、そういえば若い奴らが襲ったのも高校生だったな。あそこのガキも高校生か。何たる偶然……いや必然だな……くっくっく」
「若の見舞いのようでしたが会わずに帰られました」
「そりゃそうだろう。うちの若い奴らは少々落ち着きがなくてな。手加減ができん。私は知ったこちゃないが、相当やられたのだろ?」
「ええ、重傷だったと……」
「いい気味だ。息子を傷めつけられ、兄弟にも裏切られ、破滅するがいい……」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
すき焼きパーティという名の夕食を終え、後片付けも済見、一段落つく党夜と涼子。まだ室内はすき焼きの甘い香りと肉の香ばしい香りの余韻が漂っている。
「結夏があんなにはしゃいでたのを見るのは久しぶりだ。涼子さんのお陰だよ」
「いえ、私なんて何も……それでも結夏ちゃんが楽しんでくれたのなら嬉しいです」
「昔からお姉ちゃんが欲しいっていってたからな、あいつは。相当嬉しいみたいだ」
結夏が嬉しいのは自分のことのように嬉しい党夜。いきなり涼子を連れてきたが、良い展開になってホッとする党夜。
「そういえば明日のことなんだけど……」
「明日ですか?」
先程銀次と話していたことを含めて、風霧組で起きている案件を説明しようとした矢先。
「涼子姉、一緒にお風呂入ろ!」
夕食の後片付けを済ませた後、何やら二階の自室に駆け上がっていった結夏がお風呂セットを抱えて降りてきたのだ。
「ほら、お兄ちゃんなんかと話してないでお風呂入ろ!うちのお風呂は私と涼子姉が入ってもまだ広いぐらいなんだから!ほらほら」
結夏は少し戸惑う涼子をやや強引に連れてお風呂場に消えていった。リビングを出る際に、
「お兄ちゃん、絶対に覗いたらダメだかんね!」
という言葉を残して。
「絶対覗かねえよ」
既に風呂場に消えた二人。リビングに残されたのは党夜だけ。独り言である。絶対といえば絶対なのだ。フリではない。そもそも覗きなんてするつもりはないし、それを言うなら。
(もう見たことあるしな……)
以前銀の弾丸地下施設でシャワーを浴びていた党夜に涼子が単身乗り込んできたことがある。裸にバスタオルという扇情的な格好で。その時に不慮の事故で涼子の裸を見てしまい、あまつさえあの大きな胸を揉んでもいるのだ。
そのことを党夜は鮮明に思い出していた。忘れるはずもない。それほどまでに衝撃的であったから。
党夜とて高校生である。悶々とした感情を押さえつけるために、テレビをつけてバラエティ番組を見ていたのだが、どれもこれも党夜の情を吹き飛ばすものはなく。ただただテレビを眺めていた。
どれほどの時間が経ったのだろうか。結夏の長風呂は党夜も家族なのだから知っている。涼子という姉が出来て浮かれている結夏のことだ、その長風呂が超長になっても仕方ない。しかし長すぎるのも身体に毒だ。もしかしたら逆上せているかもしれない。
そう思いソファから立ち上がり、風呂場のようすを確認しに行こうとしたちょうど時、リビングの扉が開かれた。そこに立っていたのは。
「遅くなっちゃった」
いつも通り中学生らしい可愛いパジャマを着た結夏と。
「…………」
胸を押さえ、顔を真っ赤にして俯いている涼子だった。党夜は一瞬逆上せたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。いや、すぐに気付くべきだった。涼子の格好に。
涼子は無一文で銀の弾丸の地下施設から飛び出してきたのだ。正確には着の身着のままである。つまりお金もなければ着替えもない。そして今まで着ていた服は天神家の洗濯機の中。ならば今涼子が身に着けている服は。
「ごめんね、涼子姉。お母さん、ほとんどうちに帰ってこないからうちには下着しか置いてなくてさ。それに涼子姉の胸のサイズじゃその下着も合わなくて」
いやいや、そこではないのだ。下着どうこうの話ではない。確かに涼子は胸を押さえている。ノーブラだからだろう。でも問題はそこではなかった。そこよりも重大なところなあった。
なぜなら涼子は今、結夏のパジャマを着ているのだ。つまり決定的に背丈が足りない。なので涼子はへそが出てるのは当たり前。そにあの実った双丘が小さな布地を前へ前へ押し出している。少し屈んで見れば下乳が見えてしまう。
「恥ずかしい……」
寝間着がスケスケのネグリジェだったと涼子とて、このような格好は予想外だったのだろう。恥ずかしさに身悶えている。
「私達はもう出たからお兄ちゃん次入っていいよ!出たら乾燥ボタン押すの忘れないでね」
そう言うと結夏は涼子を連れて二階へ上がっていった。またもや残された党夜は、涼子のある意味卑猥な格好が脳裏に焼き付いてしばらく見動きが取れなかった。
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第53話は土曜日18時投稿予定です




