第50話 三者択一
「出掛けてくる」
ここは天神家の玄関。私服に着替えた党夜は今からある場所に用事があり外出する予定だ。
「バイト?」
「ああ、夕方には帰るから」
そんな党夜を見送るために玄関まで出てきたのは、党夜の妹である天神結夏だ。今日は日曜日で、朝食を作っていた結夏はまだエプロン姿だ。すでに二人とも朝食を済ませている。
党夜が銀の弾丸に関してバレそうになった際、古夏真冬の名を使い、結夏にバイトだと虚偽の説明をした。実の妹に嘘をつくことは良心を苛んだが、それよりも結夏の安全が最優先した結果だった。そうつまり、ある場所は銀の弾丸の地下施設のある“SILVER MOON”である。
「じゃあ、帰りに」
「了解。いってきます」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
兄が嘘をついているなど露知らず、満面の笑みで送り出す結夏。自分に言い訳をしつつも、この笑顔を見るとどうしても罪悪感を覚える党夜。
しかしそれもほんの一瞬。今回ばかりは頭を切り替えねばならない。これからある交渉をしなければならないから、今から大事な話し合いがあるのだから。
一つ心配事があるとするならば、この話し合いの場を設けたのが党夜ではなく、真冬であること。銀の弾丸内でも党夜が持ち込もうとしている事とは別に重要な話があるということ。
その心配事は予想を裏切ることなく党夜に襲いかかることになる。
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ここは銀の弾丸地下施設の地下5階にあるかなり広めな部屋。入り口となる扉の近くには“会議室”と書かれた表札が備え付けられていた。その名の通り、誰もが会議室と聞いてイメージするであろう、大きな円卓の中央をくり抜いた机の周りに会議の参加者が座るといったものだ。もちろん地下なので窓などはない。
「今日みんなに集まってもらったのは他ではないわぁ」
そんな中、この会議室で上座に当たる席に座り、話し始めたのは銀の弾丸ナンバー2とも言われる古夏真冬だ。いつものような緩やかな口調で真冬は続ける。
参加しているメンバー席順は真冬から時計周りに姉川未桜、天神党夜、七瀬涼子、八頭葉聖、明日原飛鳥、水無月桃香だ。
「今ここにいるメンバー全員で任務に当たります」
「みんなって、集団任務ってことっすか?」
真冬の宣言を聞いて、発言したのは見た目と口調はチャラいけど根は真面目の聖。いつもの軽い感じで聖は尋ねる。
「そうよ聖くん。今回ものは少数精鋭だけでは到底無理だと私は判断しましたぁ」
「私、みんなで任務って初めて。いつも一人だったから」
そういうのは飛鳥だ。飛鳥のフットワークの軽さから単独行動が多い。
「そんな甘い話じゃないぞ飛鳥。任務の内容は?」
ただ事ではないと判断した未桜が続いて真冬に訊く。小さな声で「ごめんなさい未桜先輩」と謝る飛鳥。
「ある人物の首を取りますぅ」
「そっち系か……」
予想通りだったのか未桜の言葉の端からは何やら気が進まないことが伺える。
「久しぶりっすね。その手の任務はスバルさんの受け持ちじゃないんっすか?」
「いつもはそうね。でもスバルくんは他の任務で手が離せないのぉ。それに今回の案件は流石に彼一人には荷が重いと思うのねぇ。彼の手が空いていたとしても、協力して事を進めることになったと思うわぁ」
「先生は不参加ですか……」
聖の疑問に真冬は丁寧に答える。スバル、それは銀の弾丸内で常に極秘任務につくエイジェント。銀の弾丸のボスの右腕とも呼ばれる人物で党夜もまだ見たことがない。
因みにこの場に参加している桃香の師でもあり、桃香はスバルのことを先生と呼ぶ。スバルの不参加を知り、僅かに落胆したように見える。
「首を取るって……?」
不穏な言い回しに胸のざわめきを感じつつ、恐る恐る尋ねるのは涼子。彼女もこの場に参加している。戦闘面というより、医療面での参加だろう。彼女の電気系統の能力は治療の方面で力を発揮する。
「そのままの意味よぉ」
涼子の不安を知ってか知らずか、真冬はあっけらかんと言い放つ。つまり誤解のしようがなく、首を取るというのは比喩でも何でもないということ。
「そこまでしないといけない人物なんですか?」
そこでようやく党夜が発言する。
「それは党夜くんが考えることじゃないわよぉ。その人物がいると不都合を被る人がいる。個人レベルではなく何百人単位でね。ただそれだけよぉ」
「そんな簡単に……」
「簡単に言ってるわけじゃないわよぉ。事前にしっかり調べてあるし、すでに何か不測の事態が起きても対応できるようにはしてあるのよぉ。それに党夜くん、私達は対能力者組織“銀の弾丸”であって市民にとっての慈善活動団体とは違うの。最悪の場合、私達の保身のために動かないといけない時もあったりするのぉ。履き違えちゃあダメよ」
涼子は元々裏の組織にいたことがあるのでこの手の話はよく耳にしていた。しかし党夜はどうだ。つい先日までどこにでもいる高校生だった。抵抗がないといえば嘘になる。
「真冬、対象となる相手は誰だ?」
そんな重苦しい空気を少しでも変えようと話を元に戻そうとする未桜。このまま首を取る云々の話を続けても何もいいことがないのは未桜がよく知っているし、この場にいる者は誰もが一度は通った道だ。今回その道を党夜とさが通ることになる、ただそれだけの話。
しかし良かれと思っての行動が必ずしも良い結果を生むとは限らない。そんなことは世の中では往々としてあり。奇しくも今回がそうであった。
「風霧組組長、風霧銀次よぉ」
「えっ………!?」
驚きのあまり声が勝手に出た党夜。そして息を呑む。すぐさま、言われた意味が理解できない。党夜は血の気が引くのを感じた。顔色が一気に悪くなる。
「党夜、どうした?まさか知り合いか?」
「党夜さん?」
党夜の異常さに真っ先に気が付いた未桜が党夜を心配そうに訊く。少し遅れて涼子が党夜の顔を覗き込む。
「銀次さんは………銀次さんは………」
しかし二人の言葉は党夜には届かない。それどころではなかった。党夜はこの後の展開から目を背け、無意識のうちに外界の音を遮断してしまっていた。それに伴い腕で自身の身体を抱え、不安と焦燥で身体全体が震え始める、
「どういうことだ真冬!」
そんな党夜の様子を見かねた未桜が真冬に問い詰める。この声は少しばかり強めであった。
「まあ無理もないわねぇ。なら私から説明するわ。知ってる人がいるかもしれないけど、風霧組はこの辺りでは有名な暴力組織で風霧銀次はその頭。つまり組織の頭を取るわけねぇ。そして彼には高校生になる一人息子がいるの」
「おい、まさか」
それだけの説明でこの場にいた誰もが思い至る。今回の標的となった人物の息子は党夜の関係者だと。しかしこの後に続く真冬の説明はその予想を遥かに上回るものだった。
「その息子の名前は風霧陣。その風霧陣くんは党夜くんの親友、いや幼馴染よぉ」
「真冬!」
「そんな……」
聞いていられなかった。聞くに耐えないものだった。だから私がこの子の代わりに怒ってやらねばならない。そんな想いが溢れ出た未桜は怒りを乗せた言葉を放つ。涼子は悲痛な表情で打ちひしがれていた。
「どうしたの未桜?」
そんな様子を見ていたであろう真冬だったが、これまでの姿勢を崩さない。そんな真冬の態度は未桜の心を逆撫でる。
「ふざけるな!いくらなんでも急すぎやしないか!」
「納得できないのぉ?」
「ああ、納得出来ん」
断固たる意思を表明する未桜だったが、
「納得して頂戴。いえ納得しなさい」
帰ってきた返答は拒絶。それも否応ない拒絶。その一瞬だけはいつもの朗らかな古夏真冬ではなく、歴とした組織のナンバー2の顔だった。
「この際だからいわせてもらうけどぉ、未桜、最近あなた腑抜けてるわよぉ。出来の良い教え子が可愛いのは解らないでもないけど、気が抜けてるんじゃないのぉ?」
「いや、そんなことは……」
真冬の言葉を否定するも、言葉尻が弱くなる未桜。未桜自身自覚があったのだろう。強く否定できずにいた。
「そんなことあるのよ、それがぁ。まあ未桜のことは後にしましょうか。で、どうする党夜くん?」
ここで党夜に選択肢を与える。
「党夜くんが取れる選択肢は幾つかあるわよぉ。ひとぉつ、私達と一緒に任務を遂行する。ふたぁつ、任務に参加せず地下施設でお留守番。みっつぅ、銀の弾丸から抜けて私達と敵対する」
「真冬!」
「真冬さん!?」
「古夏さん……」
「真冬先輩……」
未桜、涼子、聖、飛鳥。その反応は様々。誰もが驚きを隠せない。そんな中、桃香だけが黙ってこの状況を見守る。
「………」
そしてもう一人、党夜もまた声を上げず黙り込んだままだ。
「因みに四つ目、銀の弾丸に在席したまま私達と敵対せず、尚且つ風霧銀次を守る。なんて絵空事は起きないわよ。絵に描いた餅。机上の空論。絶対にあり得ないわ。今ここで決めなさい」
提示された選択肢はどれも党夜にとって酷なものだった。幼馴染の父親を殺す手助けをする、または見て見ぬふりをする。そうでもなければ出会った仲間と命のやり取りをする。
どの選択を選んでも最終的にどこかに禍根を残す形になる。いや、それだけではない。周りとの関係だけでなく、自分の心に杭を指すことになるだろう。後悔、懺悔、自責。負の感情を背負って生きていくことになるのは火を見るより明らかだ。
それでも党夜は選ばねばならない。この選択肢を投げることは許されない。これこそ人生のターニングポイントとなりえる。党夜の前には三本の道筋が見える。すでに希望的観測にしか過ぎない四本目の道は真冬に絶たれ、後に引き返すことも出来ない。
この選択は残酷だ。この場にいる誰もが党夜の選択を固唾を呑んで見守る。こればかりは党夜自身が決め、選ばねば意味がない。強制し言い訳のできる状況を作るほうが、党夜を苦しめることを皆理解していた。
「その前に……決める前に、聞いていいですか?」
「なぁに?」
黙っていた党夜が口を開く。それに答える真冬。
「銀次さんを助けることはできないんですか?」
「無理ねぇ」
「この依頼を破棄することはできないんですか?」
「無理よぉ」
「どうしてもですか?」
「どうしてもよぉ」
解りきっていることだった。聞いたところで逆転することがない事象。そんなことはぼんやりと耳に入ってきた言葉から気がついていた。それでも何かの間違いであって欲しいと思った。いや、思いたかった。
しかし質問への答えは党夜を絶望の淵から叩き落とすものだった。どれもこれも否。ひっくり返ることのない白と黒。これはもうどうしようもないことなんだと悟った。そしてこの瞬間、党夜の中で意志が決まった。ある決意をした。
「涼子さんごめん」
「えっ……?嘘っ……」
隣に座っている涼子にだけ聞こえるような小さな声で呟く党夜。そしてその真意に気付いた涼子。
ドンッ!と両手を机に叩きつけながら党夜は立ち上がる。
「………けます」
「まさか党夜!?」
その行動の意味を未桜もまた悟る。止めなければ、そう思った時には遅かった。
「俺は銀の弾丸を抜けます。皆さんと敵対します。そして必ず銀次さんを守ります。今までお世話になりました」
言うことだけ言うと、一度深く頭を下げる。そして党夜は部屋を出ていった。
(もう立ち止まることはない。立ち止まっていられない。立ち止まることは許されない。俺だけでも銀次さんを守らないと……)
こうして一大決心をした天神党夜はこの会議室から、そして銀の弾丸から去った。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第51話は土曜日18時投稿予定です
 




