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第49話 静香の本音




「こっちよ」


 陣の母親である風霧静香に連れられ、一旦党夜と別れた紫はある部屋に通された。女性っぽさのある、それでいて落ち着いた雰囲気のある一室。


「ここは私の部屋だから気にせずに寛いでね。お茶用意するから」

「お気遣いなく」


 それだけ言うと静香は出ていった。紫は静香の部屋で一人待つことに。まさか友達の母親の部屋に連れてこられるとは思ってもいなかった紫。こんな経験なかなかないだろう。緊張とは別種の何かが紫の心に芽生える。


 程なくして静香がお盆を持って戻ってきた。お茶が差し出され、紫はお礼を言いつつ受け取る。そして一口お茶を口に含む。


「本当にごめんなさいね。いきなり呼び出しちゃって」

「いえ、別に全然大丈夫です……」

「こうやって紫ちゃんと会うのはいつ以来かしら?」

「一年ぶりぐらいですかね」

「もう最後に会ってから一年も経ったのね。可愛さが増しているのも頷けるわね」

「可愛いだなんて……」


 これは社交辞令と言い聞かせながらも、褒められて悪い気はしない紫。一方、静香は本心で言っていた。一人息子で娘のいない静香にとって、幼少期から知る紫は娘のように可愛く思っていた。だからこそ先程の言葉に偽りなどなかった。


「それで私に話って……」


 いたたまれなくなった紫から話を切り出す。まさか党夜と別々に話を聞くことになるとは思っていなかったので、余計先が見えない。何故自分は静香に呼ばれたのかと。


「息子のことよ」

「ジンのこと……?」

「あの子今離れにいるの。昔党夜くんと紫ちゃんが来た時に通していたとこね」

「分かります」


 流石というべきか、当たり前というべきか。風霧邸には離れがある。基本的に使うことはなく物置になりつつあるが、党夜らが幼少期の頃は離れで遊んでいた。それは本館の方には組の者の出入りが激しいため、子供だった党夜達を驚かせない配慮だった。


「薄々気がついているとは思うけれど。あの子が学校に行けなかったのはね、(うち)に問題があったの」

「………」

「紫ちゃんを巻き込む訳にはいかないから詳しくは言えないけど……それでもいい?」

「教えてください静香さん」


 自分のことは後回しだ。今日ここに来たのはそのことを聞くため、そして知るためだ。聞かずに帰るなんて選択肢は紫にはない。


「そう……あの子襲われたの」

「ジンが!?大丈夫なんですか!?」


 襲われたとなれば安否が気になるのは致し方ないことだろう。だからこそ紫の反応を読めていた静香は即座に答える。


「とりあえずは大丈夫よ。今は離れで安静にしてるわ。警備の方もかなりつけてるからもう大丈夫よ」

「だから……」

「うん、それで学校には行かせられなかったの。これまでは瞬たちが護衛してくれてたんだけど、その日は少し手薄になってて……そこを突かれた形になったのね」

「そんな……」


 これまで見てこなかった陣の家庭事情についていけない紫。改めて陣が組長の一人息子という危険な立場であることを再認識した。


「私が紫ちゃんを呼んだのはあの子が無事だということを伝えるため。それともう一つ」

「もう一つ?」


 不安な面持ちで静香の言葉の先を待つ紫。


「これからもあの子と友達でいてあげて」

「えっ……!?」


 しかし静香から告げられたのは思いもよらなかったもの。そんな静香の一言に驚きを隠せない紫。


「うちの家庭事情が他所様も違う。それも一般社会ともかけ離れていることは重々承知よ。私もあの人に嫁ぐ時は両親の反対を押し切って一緒になったのよね」


 静香は語る。


「この辺りでは風霧組と言えば有名な一派で、大人しくなっていたとはいえ、他の暴力団やヤクザと呼ばれるものと同じ。少なくとも周りからは疎まれるような立場にあるわ。それは嫁いだ私も含めてね」


 静香は続ける。


「息子は違う、なんて綺麗事を言うつもりはないわ。あの子は私達や瞬達のことを受け入れようとしてくれた。自分の社会的立場を受け入れようと。でもね、心の何処かでは自分は党夜くんや紫ちゃんとは違うのだと思い詰めていた頃もあった。そのことを解ってほしいの」

「………」


 紫は静香の話を聞き入っていた。聞き漏らすことは許されなかった。それは静香が強制しているのではなく、紫自身が静香の一言一句聞き逃さないと思っていたから。


 それもそうだろう。普段から明るく、頼り甲斐があり、党夜と自分の間を取り持ってくれていた幼馴染。容姿も良く、頭脳明晰で非の打ち所などない完璧超人だと思ってきた少年。しかしそれは自分達に見せていた一面に過ぎなかったのだ。


 考えもしなかった。特殊な家庭環境であることは知っているつもりだった。解ってあげているつもりだった。でもそれはつもりでしかなかった。本当の意味で知ろうとしていなかったと思い知らされた。


 陣なら大丈夫だと高を括っていた。それは紫だけでなく、党夜にも当てはまることだろう。昔からの、そして普段のイメージから全く想像もできない幼馴染の弱い部分。ある意味陣が完璧に隠しきっていた本心。紫はこの瞬間に知ることになった。


「母親のエゴよね。私としてはあの子に継いでほしいとは思ってないの。あの子にはあの子の人生があって、それは私やあの人が決めることじゃないって。親は道を照らしてあげるだけで、強制はしてはいけないってね」

「それでも銀次さんは……」

「あの人はそうね。あの子に継いで欲しいはずよ。だからこそ幼い頃から瞬を側につけてるわけだし。ごめんね、私の愚痴に付き合ってもらって……」

「いえ、私もジンのことを全然解ってなかったんだなと思いました」


 素直に紫は答える。


「いいのよ。紫ちゃんも党夜くんも良くしてくれている。本当にあの子はいい友達を持ったわ」

「私なんて……それに私の方こそジンにお世話になりっぱなしで……」

「自信持ちなさい。余計なお世話かも知らないけど、女は自信を持てば更に美しくなるのよ。そうするばきっと振り向いてもらえるわ」

「えっ!?」


 驚きの声を上げる紫。


「あら、気付いてないと?昔からの付き合いなのは私も同じなのよ?紫ちゃんの気持ちに気付いてないのは当の本人ぐらいじゃないかしら」

「………」


 まさかの話題の路線変更に面を食らう紫。耳まで真っ赤になっている。しかしそんな紫の反応を他所に、静香は真剣な面持ちで続ける。


「あの子もそうだけど、私からすれば紫ちゃんも同じ。風霧陣の母親としてでなく、一人の女として助言よ。素直になりなさい。難しい年頃だと思う。私も昔はそうだったから。だからこそ言ってあげれる。すぐには無理だとしても、そろそろ答えを出した方がいいわ。いつまでもこのままの関係を、なんて寝言を言わない限りね」


 正に紫の悩みを的確に穿つ一撃。親友の楓からも暗に示されていた道筋。紫の母親である(みどり)は娘達を静観すると決めていた。しかし静香は一人の女性として助言をするという形をとった。


 この静香の言葉が紫の心に変化をもたらしたのは言うまでもない。平塚紫は目の前に対峙している風霧静香という女性がいつもに増して美しい見えた。




〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜






「………というわけ」


 掻い摘みながら互いに得た情報を伝え合う党夜と紫。時は少し流れ、場所も移った。風霧邸を出た二人は銀次と静香から聞いた話を互いに伝えるため、喫茶店へと移動することに。そこで選んだ喫茶店は。


「何?何?今流行りの漫画の話かな?」


 接客に来た店員が話に入ろうとしてきた。セミロングに整えられた茶髪で笑顔が似合う現役大学生のお姉さん。良田奈々(よしだなな)だ。


「お姉さんが当ててあげよう………解った!“君には届かない”」

「違いますけど……」

「じゃあ“あの日流した血の味を、僕だけが知っている”?」

「あの……奈々さん?」

「これも違うの!?だったら“僕は友達が居ない”ね!」

「………」

「ええぇ、これもダメぇ?なら“俺の妹がこんなに殴打してくるわけがない”?」

「なんでどれもこれも悲壮感や血みどろ感が漂ってくるネーミングの作品なんですかっ!」


 我慢しきれずツッコむ党夜。そんな党夜の反応を見た奈々は腹を抱えて笑っている。党夜は完全にツッコまさせられた、つまり軽く奈々の掌で踊らされていたわけだ。


 一方で紫はというと。奈々さんはアニメとか漫画に詳しいのだろうか、と思っていたのだった。これだけで紫も浅いレベルではあるが漫画に通じていることが伺えるが、これはまた別のお話。


「奈々!喋ってないで手伝え!」

「はぁはぁ……は~い、お父さん……ぷふっ」


 笑い疲れて息を切らしている奈々を注意したのは、奈々の父親でこの店のマスターである良田禅三郎(よしだぜんざぶろう)。禅三郎はカウンターでコーヒーをドロップしている。もうお分かりだろう。ここは甘味処良田屋である。


 商店街の筋から少し逸れた脇道の奥にひっそりと佇むのが甘味処良田屋。知る人ぞ知る名店。甘味処と謳ってはいるものの、目玉はマスターが試行錯誤を繰り返し生まれたブレンドコーヒー。また飲みたいと思わせるその出来に客は取り憑かれたのように足繁く通う。


 学校終わり、それも部活も終わった後ぐらいのこの時間帯は、客層が高めの良田屋が空く時。今も党夜と紫の貸切状態。だから党夜は話し合いの場をここに選んだ。


「あはは、怒られちゃった」


 そう言い残すと奈々はカウンターの方へ戻っていった。


「なんか凄かったね、今日の奈々さん」

「いや、あれでもまだ6割ぐらい……」

「嘘っ!?」


 驚きに驚きが重ねられた紫はポカンとしてしまっている。全力の奈々を見たことのある党夜からすれば、あの程度のやり取りはここへ来たらよくする。


「今日は俺達しかいないから特にな。まあ店を盛り上げようっていう奈々さんなりの気遣いというか。あれだよ、これも良田屋の魅力の一つだよ」


 常連さんの中にはあのハツラツとした奈々目当てに通う人も多いという。それに誰にでも分け隔てなく接する、明るい美人であることも得点が高い。ミス平塚ヶ丘に選ばれたのは伊達ではないのだ。


「なるほどね。落ち着いた店内の雰囲気とのギャップに驚いちゃったけど、これはこれで味なのね」

「そういうわけ。だから俺は好きなんだよ、この良田屋が」

「私も好きになりそう。この前は食べるのメインだったし、トーヤ直伝のパフェの存在に驚いてそれどころじゃなかったしね。あれ?今日は注文しないの?」


 党夜の言葉に偽りはない。本当にここ良田屋を気に入っているのだ。それは店の雰囲気、マスターの禅三郎と看板娘の奈々の人柄、提供されるコーヒーやデザートの質。その全てにおいてだ。


 しかし今日、党夜はコーヒー以外注文していない。いつもは頼むケーキやパフェを注文しない党夜に奈々も訝しんではいたが、特に追求してはこなかった。常連さんである党夜の雰囲気の違いに奈々も気付いたのだろうか。


「今日はいい。糖分だけならコーヒーでも摂れるから。余り食べる気分でもないし」

「そっか……」


 党夜も少なからずショックに似た感情を受けていた。それが紫にも伝わり納得できた。因みに党夜のコーヒーには角砂糖が大量に入っていることは言うまでもあるまい。


「話を戻そう。で、纏めるとこうだ。陣が学校に来れなかったのは、風霧組を敵視する他勢力からの攻撃を受けたから」

「うん。私達が昔通された離れで安静中だって。敷地内だけど、厳重な警備がなされてるって」

「静香さんの話だと直属の瞬さんがいない時を狙われたんだったよな?」


 紫から聞いた話の細部を再度確認する党夜。


「うん、そう言ってたけど……何か解ったの?」

「ってことは敵さんは陣が襲われた日、高確率で陣の側に瞬さんがいないことを知っていたことになる」

「それって……まさか……」

「ああ、そのまさかだ。風霧組内部に密偵か裏切り者がいる可能性が高い。もちろん推論でしかないけど。それに俺でも気付いたんだ。この事には銀次さんも静香さんも気付いているはず」

「そんな……」


 党夜の推論を聞いて、信じられないといった表情をする紫。自分が見てきた風霧組からは想像もできないことだった。それでいて、本当にそんなことがあるなら許せないと思った紫。


「紫が静香さんと話したのはこれだけか?」

「えっ……あ、うん。そ、それだけだよ!」


 まだ知れぬ裏切り者に怒りを感じていた紫は不意打ちを食らう。言えるはずがない。最後に静香と話した話を当の本人の前でできるはずもない。紫は咄嗟に隠すことを選択した。


(まだ無理だよ……まだ……)


 誤魔化しはしたものの、頭の中で反芻されるのは静香の言葉。素直になりなさい。今はその時ではないと自分の中で言い聞かせる。


「と、トーヤの方は?」

「ああ、俺の方も紫が聞いた話とほぼ変わりない。それに少し世間話(・・・)をしただけ」


 党夜もまた隠す。それもそうだろう。紫とは別の意味で話すことができない。話すとなると自分が能力者であること、対能力者組織““銀の弾丸(シルバーブレッド)”のこと、そして銀の弾丸が風霧組を後援するかもしれないこと、これらを包み隠さず伝えないといけない。


 そんなことできようか。いやできない。ただでさえ能力者であることを打ち明けるのにどれほど覚悟が必要か。この前の日向モールの一件を党夜は引きずっている。紫を巻き込んだこと、紫に危害が加わったこと。これは忘れてはいけない。


 なのにこれ以上紫を危険なことに巻き込みたくない。党夜にはこの配慮だけで精一杯だった。そこで脳裏を(よぎ)るのはいつも同じ。


(ごめん紫……俺にもっと力があれば……)


 ないもの強請(ねだ)りは見苦しい。“ない”から“ある”に転じたければ、掴み取ればいい。だがそれこそが難しい。難しいからこそ人は強請る。仮定法で過去や未来、現実さえも語りたがる。そんなの仮定に過ぎないというのに。


 党夜は知らない。自分の持つものが、他の人から見たときにどのような評価をなされているのかを。だからこそ馬鹿げた仮定をする。


 力はとっくの昔に備わっていた。DoFと呼ばれる圧倒的な力を。人々を恐怖に陥れた最強で最凶で最狂な力を。しかし備わっているが定着していないだけだということに気付こうともしない。そこが壁となり立ちはだかる。この壁を壊さないと前には進めないのだ。


 気が付けばその先に待つものとは。先を見据え、覚悟した者のみが挑める景色が広がっていることだろう。その点では紫もまた壁の前で立ち往生していることになるかもしれない。


 党夜と紫が望む未来は如何に。





読んでいただきありがとうございます

誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです


第50話は土曜日18時投稿予定です

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