第48話 風霧組
この話は第三章の二話目です
第三章の一話目をまだ読んでいない方は第47話からお読みください
「お久しぶりです。党夜の坊っちゃん、紫のお嬢」
「ん?」
記憶にない人物から呼び止められ、不審に思う党夜と紫。自分たちより数歳上の青年であることは見て取れる。しかも服装はきっちりしている。青年は二人の反応を見て察したのか話し始める。
「覚えていらっしゃらないですか?私です私。若の警護班隊長やってました小湊瞬です」
「あっ!陣の側にいつもいた」
「ああ!お久しぶりです」
瞬の自己紹介で、党夜も紫も記憶の中から人物像を引っ張り出すことに成功。陣の側に控えたいた自分たちよりも年上の青年の顔と一致した。
「でもジンは……」
「はい、それは解ってます。若の護衛は若いやつらにやらしてるんで問題ないです」
紫は顔を顰めながら言葉を選ぼうと口を濁していると、瞬はそれに気付き当たり障りのない程度に陣の状況を伝える。護衛が付いていること、そして少なくとも陣が無事であること。
「ならなんで小湊さんがここに?」
党夜の疑問は至極当然なものだった。本来陣の側近として側にいなければいけないはずの瞬が、己の任を若手に任せるなど普通のことではない。そしてこの行動は瞬の独断とは到底思えない。つまり組織内で瞬よりも上の立場の人間が命令したことを意味する。
「はい、今日はワケあってここまで来たんです」
「ワケ?」
「風霧組の旦那が党夜の坊っちゃんと紫のお嬢に用事がありまして……迎えに上がった次第です」
「俺たちに?」
「そうです」
薄々勘付いていた党夜と紫の二人。それでも自分に用があるとはなんのことだろうか。思い当たる節がない。しかし、
(これで陣の様子が解る)
(ジンがどうしてるか確認できる)
二人は共に思い至る。この誘いに乗れば幼馴染の少年が今置かれている状況をこの目で見ることができるのではないかと。
「若のご友人であるお二人にここで立ったままにさせるわけにはいかないんで、どうぞお乗りください。和樹っ!お二人をお乗せしろ」
「へい、兄貴!」
二人の了承を得ることなく話を進める瞬。しかし党夜と紫には断る理由がない。というよりもむしろ二人にとっても都合がいい話であることには間違いないのだから。
瞬は二人を車の方に誘導すると、和樹と呼ばれた青年に命じる。このやり取りで和樹が瞬の弟分であることが伺える。この手の組織では上下関係は絶対である。党夜は改めてそのことを理解した。
「どうぞ、自分の車だと思って寛いでくだせい」
「あ、ありがとう」
「どうも」
寛げと言われても困る。そんな表情を見せる党夜と紫。確かに知らぬ仲ではないが、それでも気は遣う二人。友達の車に乗るのは家にお邪魔するのと同じぐらい気を遣う。
「うちはカタギですけど、法律は基本的に順守しやすんで心配なさらないでくだせい」
少しばかり堅い二人を見かねてそんなことを言う瞬。基本的に、その一言によって不安に煽られることとなった党夜と紫。つまり時と場合によっては法律を順守しない。法をも犯すと言外に意味していた。瞬にとってのは日常で、党夜達との認識の相違からのものであるので、瞬は特に意識してそういった言い回しをしたわけではないのだが。二人に伝わったかは定かではない。
「和樹!安全運転だぞ!このお二人に何かあったとなれば、若に会わせる顔がないからな!解ったな!?」
「へい、兄貴!」
このやり取りでより一層不安が増幅したことに瞬らは気付いていない。党夜と紫はお互いに顔を見やり、溜息をつく以外為す術はもちろんなく、流れに任せるしかなかった。そんなある意味別種な不安を胸に仕舞いつつ、車はゆっくりと目的地へ向かって動き出した。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
お屋敷。目の前に現れた建物を一言で表現するのならこの言葉が最も適切で、想像しやすいのではないだろうか。静かで落ち着きのある住宅街に他の家とは一線を画し存在する大邸宅。それは荘厳の一言。背の高い塀と縦と横に大きな扉。ドラマや映画でよく見られるヤクザの本丸御殿とはこのことだろう。
風霧邸。近所の住民は皆そう呼ぶ。風霧組は歴史が古く、この地で栄えた先祖代々引き継がれた由緒ある組だ。何度も大きな抗争は起きたものの、今まで途切れることなく組は存続してきた。
それ故、風霧組の規則の一つには“近郊の市民に危害を加えない。反した者は厳しく罰する”というものがある。昔からこの風霧邸に居を構えた風霧組だからこそ、ご近所さんと揉め事を起こすことはご法度であった。ただでさえ、このような組織は民間人からよく思われていないことが多い。
だからこそ風霧組にはこのような規則があった。ご近所付き合いには気をつける、それこそが風霧組がこの今日まで存続してきた理由の一つであることは疑う余地はない。
党夜と紫を乗せた車は風霧邸の裏玄関につけられた。裏玄関は表玄関にある大きな扉とは違い、人一人が通れるほどの小さなもの。つまりは裏口である。車が止まると助手席に座っていた瞬が即座に降り、党夜らが降りられるように車の扉を開ける。
「どうぞ」と言われてもこのような対応に慣れていない党夜は「どうも」としか返せない。因みに紫は慣れたもので「ありがとう」と礼を述べていた。やはり大財閥の頭取を祖父に持つものは違うなと頭の隅で思う党夜だった。
「裏からですいません」
裏口の扉を開けた瞬は二人を案内するため先行する。ただでさえ敷地面積が広いこの風霧邸で案内なしに目的地に向かうのは困難を極める。例え幼少期から何度も訪れたことのある二人でも、すべてを見て回ったわけでもないので迷子になること必至である。
「あら、いらっしゃい。紫ちゃん、党夜くん」
長い廊下を曲がったところに和服に包まれた女性が立っていた。党夜たちを下の名で呼ぶその女性は。
「あっ!お久しぶりです、静香さん」
「静香さん!こんちには」
党夜と紫はその女性と挨拶を交わす。風霧静香。風霧銀次の妻で、陣の母親。薄化粧にも関わらず妖艶さが見え隠れする、いうなれば美熟女だろう。メディアなどで見られる極道妻のような一面もあるのだが、身内でない党夜たちが知る由もない。
「瞬、紫ちゃんは借りるわよ」
「しかし姐さん……」
いくら銀次の妻である静香であっても、瞬が受けた命令は銀次からのもの。その命令を反故にすることができない。
因みに極道の妻は一般的に姐さん、姉御などと呼ばれる。昔から静香とは付き合いのある党夜もそのことは知っていたが、今は姉川未桜を姐さんと呼ぶこともあり、複雑な心境であることを明記しておく。
「いいのよ、元々紫ちゃんは私が話がしたくて呼んでもらったから」
「そうなんですか。失礼しました」
しかし静香の告白で、瞬はすぐに引き下がる。そんなやり取りを党夜と紫は黙って聞いている。
「じゃあ、紫ちゃん行きましょう」
「あっ、はい!」
こうして紫は静香の後についていった。
「では、党夜の坊っちゃん。こちらへ」
「はい」
党夜はこのまま瞬についていく。その後少し歩くと瞬はある部屋の前で立ち止まった。
「旦那!党夜の坊っちゃんをお連れしました」
「入ってもらえ」
「はい!」
小湊は姿勢を低くしてふすまを引く。ふすまを開けると一人の男が畳の上であぐらをかいていた。党夜もあったことがあり、幼馴染と顔が似ている。似ていて当然だろう。旦那と呼ばれたその男は風霧陣の父親、風霧銀次だ。
「お邪魔します」
小湊と党夜は銀次にそれぞれ挨拶する。中に入ったのは党夜だけ。小湊はふすまを引いた位置で頭を下げている。
「瞬、ご苦労。もう下がっていい。彼とは二人で話がしたい」
「解りました。失礼します」
そう言って小湊はふすまを閉め、この部屋から離れていった。遠ざかる足音が聞こえなくなると銀次が口を開く。
「いつまで立っているんだい?まあ座り給え」
「はい」
銀次に促され、党夜は銀次と机を挟んで向かい側に腰を下ろす。
「瞬はな、最近の若い奴の中でもなかなか気配りが出来て空気も読める。私はかなり目をかけていてな」
銀次は我が子を自慢するかのように瞬について語る。それだけで瞬がいかに銀地に信頼されているのかが伺える。
「他の奴なら、例え相手が息子の幼馴染であったとしても、密室で俺と二人という状況を止めるだろうさ。しかし、ですが、なんて言ってな。その点、瞬は解ってるんだよ。そして先を見据えている。もし私が討たれてたとしても、その後の対応を常にシミュレートしている。だからこそ安心して陣の側近を任せられる」
まあ君が私を討つなんて微粒子単位でもあり得ないと思ってるけどね、と銀次は笑いながら付け加える。
「それにこうして面と向かって君と会うのは久しいと感じるが、私が年を取ったということかな」
「いえ、高校に上がってからは一度も伺ってないので一年弱ぶりなのでそのせいかと」
「そうか。たった一年で見違えるように成長したな。息子を見てはいるが、毎日だと違いが解らなくてな」
若いとはいいことだ、と耽る銀次。老けると掛けたわけではない。
「お茶を出したいのは山々だが、一段落するまで我慢してもらいたい。いきなり呼び出した上、この無作法申し訳ない」
「構いませんよ。小さい頃からお世話になってますし、その程度のことを無作法だなんて思いませんよ」
「そういってくれて助かるよ」
党夜も本心でそう思っている。今更お茶が出てこないことなんて気にしないし、そもそも言われるまで気付きもしなかったぐらいだ。
「本当に君といい紫くんといい、肝が座っている」
「そうですか?」
「ああ、そうだろ?ここは一応平塚ヶ丘でも有名な組の本丸だ。例え友人宅だとしてもそこまで堂々とは出来んよ」
「買いかぶりすぎですよ。俺も紫もそんな大きな視野で見れてません。ここは俺達の幼馴染風霧陣の家であって、それ以上でも以下でもないんですよ。よく遊びに来てたから麻痺してるって言われたらそれまでですけど」
銀時の賛辞にむず痒い思いをしつつも謙虚な姿勢を崩さない党夜。友達の父親に褒められることに免疫がある者の方が少ないだろう。
「そうかそうか……本当に面白いよ君達は。それは幼少期にこんなところに来ることを止めなかった君達のご両親のお陰でもあるかな?」
「うちの親は超放任主義ですし、紫のとこも似た感じですよ。それに銀次さんを含め風霧組は世間一般の極道やヤクザと言われる組織と同じと思えないですから」
「そう言ってくれると嬉しい限りだよ。しかし今回はそういう認識では困る、というのが君との話の場を設けた一つの理由なんだが……」
ここで銀次は一息入れる。党夜は銀次の目が先程の世間話をする時とは違う、真剣なものへと変わったことに気付いた。党夜も再度姿勢を改める。
「党夜君。昨日陣が路上で刺さされた」
「えっ……!?」
「犯人はまだ捕まっていない」
党夜は驚く。それもそのはず。何かしら事件に巻き込まれているとは思っていたものの、まさか幼馴染が刺されたとは。ただ事じゃない。
「そこで党夜君に頼みたいことがあって今日来てもらった」
「俺にですか?失礼ですけど、俺はただの高校生ですよ。警察の真似事なんて無理です。銀次さんには優秀な部下がいるでしょ?確かに陣を傷付けた奴は許せないけど……」
「謙遜はよし給え。私は君を高く評価している。その意味が解らぬ君ではないだろ?」
意味深な口ぶりに党夜は両手をぎゅっと握る。
(銀次さんにも俺の秘密がバレたか?それともブラフか?判断がつかない以上こちらから情報を漏らすのは愚行だろう)
「すみません。俺には銀次さんにそう評してもらう心当たりが全くありません」
ここは一度身を引く。とりあえずはとぼける。党夜がとった行動はこれだった。
「確かにその対応は懸命な判断だと言えようか。だがかなり切迫した状況だと解ってもらいたい。息子と同い年の君に頼み事をする情けない組織の長だが、そんな私の顔を立ててくれないか?この通りだ」
銀次はその場で正座し、党夜に頭を下げた。組織の頭が一介の高校生に頭を下げたのだ。ただ事ではない。
「止めてください銀次さん。マズイです」
「しかし今の私にはこの身でしか表現できない」
「……解りました。まずは頭を上げてください。友達の父親にそんな格好されては話も出来ません」
「ほんとうにすまない」
こうして渋々党夜は銀次の要求を受ける流れとなった。銀次は頭を上げると話を切り出す。
「もう回りくどい言い回しはよそう。単刀直入に聞く。君は対能力者組織“銀の弾丸”の一員だね?」
やはりそうきたか、と党夜は内心予想通りだと思った。
「隠しても仕方ないですね。そうです。俺は銀の弾丸のメンバーです。もし差し支えなければ、どこまで知っているのかお話いただけますか?」
「ああ、こちらが頼む側だからな。君が疑問に思ったことは出来るだけ答えようと思う。組織内には実行部隊はもちろんだが、諜報部隊というものも必須だ。情報の有無で生死を分けることだって往々としてあるからな」
「そうですね」
「組内にも情報収集に当たる組員がいてな。その組員らが様々な情報を集めてくるのだが、その中にあったのが銀の弾丸という組織だった。報告書に目を通せば、詳しい構成メンバーまでは解らなかったが一つ興味深いことが書かれていた」
「それがつまり俺のことだったわけですね」
「そうだ。その時とても驚いたことを覚えているよ。何せ息子の幼馴染で私もよく知る君が銀の弾丸の関係者だったわけだからね。そして君はそれだけじゃなく、あのDoFとも関わりがあるそうじゃないか」
「裏ではそこまで情報が流れているんですか?」
「ああ、そうだね。力を持つ組織連中なら入手可能な情報の内の一つだろう。それほどまでにDoFと呼ばれる能力者は異質で恐怖の対象だからね。英国でのDoFというこは日本でいう鬼やナマハゲのような扱いだと聞く。幼少期から恐ろしいものだと刷り込まれるとか」
「そうですか……」
複雑な想いで銀次の説明を聞く党夜。何度もその手の話は聞いてきたが、あまり気分がいいものではない。少なくとも党夜が知るあの人は世間の認識とは異なるのだから。
「話が逸れたね。で、昔から知る君に頼みたいことがある」
「俺を含め銀の弾丸に救援要請ってところですか?陣を刺し、風霧組に仇なす連中の掃除のために」
「簡潔に言えばそうなる」
「風霧組だけでは対応出来ないのですか?」
「難しいだろう。人と人ならまだしも、うちと敵対している組は星の数ほどいる上、その中には能力者を囲っているところまである。うちにも数人いるがとてもじゃないが……」
能力者もまた人間。それぞれがそれぞれの道を進む。能力者が全員能力者と戦う道を選ぶわけではない。というよりもその選択をする者は少数派だろう。
中には今話に上がったように暴力組織の用心棒になったり、能力に目覚めた子供達の面倒を見る能力者専用の学園で教師として働く者もいる。今回は銀次ら風霧組もその敵対組織も能力者を組織のメンバーとして組み込んでいるに過ぎない。
そもそも能力者相手に能力者をぶつけるのが定石とも言える中、能力者を囲わずに銀次たちのような組は存続できないと言っても過言ではないだろう。
「だからこそ正式に依頼したい。銀の弾丸にバックアップをお願いしたい」
「俺は組織の末端です。一存では決めれないというのが答えです。でもこの事は上に伝えます。出来るだけいい返事をしたいと思います。銀次さんのためにも、それに何より陣のために」
「ありがとう……」
これが党夜の本心だった。すでに自分が能力者であることが知られていることは些細なことだと割り切った。話を聞いて、手助けしたいと素直に思った。幼馴染が危険な状態にある上、まだ解決していない。そして自分の持つ力を使えば助けになるというのなら動きたい。
なら今自分にできることは何か。それは銀次の期待に応えること。銀の弾丸として動けるように取り計らうこと。党夜は決意した。必ず陣を助けようと。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
第49話は土曜日18時投稿予定です




