第4話 甘味処良田屋
「トーヤ!早く早く!急げ急げ!今日はいつもより走ったからお腹減ったのよ!」
「ちょっと待てよ…お前は手ぶらだろ?こちとら自転車ひいてんだよ。そもそも店分かんのか?」
「分からないから急げって言ってるんでしょ。男がちんたらしない!」
(これだこれ。我が儘娘紫の誕生だ。言ってることが無茶苦茶で、なぜか上から物を言う。
あれ?これお嬢様ってやつじゃね?誰だよ、あいつがお嬢様じゃないかとか言ってた奴は…あっ、俺だ)
部活終わりで疲れているのか不機嫌なのか、それともパフェを食べたくて上機嫌なのか。それともそれ以外の理由か。そんな紫の愚痴を聞きながら党夜は目的の店に向かった。
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平塚ヶ丘の賑わいどころといえばやはり、ショッピングモールや娯楽施設や商店街になるだろう。商店街が廃れている昨今だが、平塚ヶ丘は特に商店街には力を入れている。“昔ながらを再現・復興しよう”をスローガンとし平塚ヶ丘全体で盛り上げているのである。
商店街の本通りはもちろんのこと、少し脇道に入るとこれまた昔ながらの店が点々としている。そのような店は一部の高年齢層の人達に人気が高い。そして、このように味のある店を出したいという人も少なくないのだ。
党夜達が向かう店がまさにその種ある。
“甘味処良田屋”。創業50年の老舗にも関わらず、あまり知られていない、知る人ぞ知る名店である。通う客の年齢層が高く、そのほとんどがリピーターなのが情報が広がらない理由の一つである。
党夜がそんな名店を知るキッカケとなったのは、良田屋のマスターである良田禅三郎との偶然の出会いからである。偶然よりも必然だったかも知れないが。
「よくこんなところ見つけたわね。普通じゃ見つけられないよ。地図があっても不安になるかも……」
良田屋に着いた時、紫の感想がこれ。党夜も初めて来たときは同じ感想を抱いた。本通りから入り組んだ路地を行ったところに店があるのだ。路地に入る人すら少ないので容易に見つからないのがよく分かる。
「だからこそ良いんだよ。この隠れた名店、って感じがさ。いつまでそこにいるつもりだよ。早く入ろうぜ」
ついさっきまで、紫の我が儘に付き合ってたはずの党夜だったが、さすがは(自称)甘党。スイーツを目の前にして、こんなところでじっとしている理由はない。早く入りたくて仕方ないのである。
カランカラン
扉を開け、まず党夜が、その後を追うように紫が良田屋に入っていく。
「いらっしゃいませ……あら?党夜くんじゃない!久しぶりね。二週間ぶり?ずっと待ってたんだぞ!」
客が党夜だと分かるとを砕いた口調になる店員。彼女の名前は良田奈々。禅三郎の愛娘で、良田屋で働くウェイトレスだ。セミロングの茶髪をサイドで止めていて、かなり可愛い。少し幼く見えるが党夜よりも年上で、現役大学生だ。
ミス平塚ヶ丘にも選ばれたことのあるほど、スタイル抜群でバストサイズはなんとEカップ。奈々がこっそり党夜に教えたのだが、その時の党夜の反応がツボらしく、今では党夜は奈々のオモチャである。
「奈々さん、久しぶりです。ここ最近忙しくて、なかなか寄れなかったんっすよ」
「そうかいそうかい!高校生は忙しいもんね。大学生はいいよ〜早く大学生になりなよ〜」
「いやいや、高校卒業しないと大学生になれないでしょ」
「それもそっか!ははは……ん??」
ようやく、奈々は党夜の後ろに隠れてた紫の存在に気付き、眉を顰める。
「……初めて見る顔だな……キミ誰?党夜くんの連れかな?」
「こ、こんにちは。平塚紫って言います。トーヤに誘われて来ました」
決して党夜が誘ったのではない。党夜が連れてこられたのだ。党夜もそんな野暮なことを言うつもりはない。
「へぇー党夜くんが女の子連れてねぇ〜もしかして彼女なのかな?」
党夜は空気には敏感だ。咄嗟に感じた、この流れはまずいと…そう思い、止めようとしたが…
「……て奈々さん!そんなわけないでしょ!」
「だよねだよね!もし彼女だったらお姉さん怒るからね?浮気だからね?」
「………」
「えっ?どういう…」
爆弾投下。空気が凍りつく。
党夜は文字通り絶句。紫は口を開けたまま固まってしまっている。今この店内にはこの三人とマスターの禅三郎しかいない。静まり返った店内はコーヒーのソーサーの音以外聞こえない。
そんな二人に助け舟?が。
「奈々!お客様をいつまで入口で立たせておくつもりだ!席に案内しなさい!」
「は〜い、お父さん。じゃあ二人ともこっちだよ」
カウンターの奥にいた禅三郎が奈々を注意したことで、凍りついた空気が溶解する。ともに、党夜と紫が現実へと戻ってくる。
(くくふふふ……やっぱり党夜くんは面白いや…くふふ……)
そんな二人を必死に笑いを堪えながら席に案内する奈々。
「この席でお願いします。注文決まったら言ってね、党夜くん♡では、ごゆっくりー」
「はい……」
そう言って小爆弾を落とし奈々はこの場を去る。
すでに党夜は奈々が自分をオモチャにしていることに気付いている。いわゆる大学生の悪ノリというやつだ。
しかし、そのことに気付いていない者が一人。もちろん紫である。
「ほんと奈々さんには困ったもんだよ。いつもあんな調子でさ」
「………」
「えーっと、紫腹減ってるんだろ?早いこと注文しよーぜ!」
「………」
「俺はいつも通り“良田屋特製ティラミスパフェ”かな。これがめっちゃ美味いんだよ。俺のオススメ。紫はどうする?」
「………」
「…紫?…紫さん?」
「………」
「注文するぜ?」
「………」
紫は党夜の問いかけに一切返事をしない。それを同意と受取った。
「すいません、奈々さん」
「はいは〜い、注文決まったのかな?」
「“良田屋特製ティラミスパフェ”とコーヒーを二つずつお願いします。コーヒーは……」
「……パフェを食べ終わってから!分かってますとも。お父さん、食後にコーヒー二つよろしく〜あっ、これお冷とおしぼりね」
「ありがとうございます」
注文を取ると奈々はカウンターに戻っていく。
良田屋では甘味物は奈々が担当し、コーヒーなどは禅三郎がする、完全分担制である。
そもそも、良田屋は“甘味処良田屋”ではなく“喫茶良田屋”であった。以前は禅三郎とその妻、京子が切り盛りしており、喫茶店として経営していた。
その後奈々が高校生になり、店を手伝うようになる。そして奈々が色々と新メニューの甘味物を店に出すようになったことにより、今の“甘味処良田屋”になったらしい。完全に奈々の独断ではあったが、お客にはかなり人気があったのでそのままズルズルと…今に至るわけである。
つまりだ。厳密に言えば、“良田屋”としては老舗になるが、“甘味処良田屋”としてはまだ5年程しか経っていないことになる。良田屋豆知識でした。
「………」
「………」
そんな“甘味処良田屋”はこれまでになく静まりかえっている。客は党夜と紫だけなので、この二人が無言だと店内が静かなのも当然である。
「はい!良田屋特製ティラミスパフェね……なんで、二人とも無言なわけ?折角のデートなのにもったいないよ?」
この状況を作り出した張本人が注文の品を持って颯爽登場。元凶は奈々のはずなのに、一切反省の色がない。
「……ありがとうございます。てか奈々さんのせいですからね、この状況。あんなこと言うから…」
「あんなことってなんのことかな?」
可愛らしく首を傾げる奈々。わざとらしさを隠すつもりはないらしい。
「……その……浮気とかの件ですよ。いかにも、俺と奈々さんが付き合ってるみたいなやつですよ」
「なんだそのこと?ちょっとしたお姉さんジョークじゃん」
「え?ジョーク?」
(ふふは…可愛い反応だなぁ)
奈々は紫の反応に頬を緩める。そして、紫に近づき、耳元でそっと囁く。
「そうだよ……えーっと、紫ちゃんだっけ?党夜くんはただの常連さん。お父さんとも《・》仲の良いから頻繁に来てくれるんだよ」
「えっ?………あっ!…そうだったんですか…それなのに……私……」
まず奈々の言葉が整理出来ず、そしてじっくり考えた結果、全て自分の勘違いだと気づく。紫は一気に顔を赤らめ、俯いてしまった。
「ごめんね。紫ちゃんがそこまで純粋だと思わなくて、悪ふざけが過ぎちゃったね」
「いえ、私の勘違いで……こちらこそすいませんでした」
「いいのいいの。じゃあごゆっくり」
そう言うと奈々はこれまてカウンターに帰っていく。党夜には謝罪などありもしない。
「ちょっと、奈々さん……全く好き勝手な人だな。紫、奈々さん何だって?」
「何でもない!早く食べよ!オススメなんでしょ?良田屋特製ティラミスパフェ!」
(ほんとんと調子狂うな…紫の機嫌が治ったことを良しとするか)
党夜は自分に言い聞かせる。なんたって、目の前にはすでにこれがあるから
「まあ、その意見には賛成だ。いやぁ…いつ見ても美味そうだ。いただきまーす」
「はっ!何先に食べてんのよ!もう!いただきまーす」
二人は仲直り?して党夜たちはオススメのスイーツを食べ始める。
「党夜くん、鈍感さんだなぁーこれじゃあ紫ちゃんも大変だな、ふふふ…」
カウンター越しに、奈々は微笑ましい二人を見つめる
「私もあんな風に接することが出来る男の子が欲しいなぁ……はぁ……」
ガックリと肩を落としながらそんな自虐的なことを呟く奈々。ミス平塚ヶ丘にも選ばれている奈々がモテないはずがない。だが、やはり高嶺の花なのだろう。近づいてくる男はそう多くない。
しかし、中には熱狂的ファンも存在し、奈々目当てに店に訪れる者もいるが、下心のある目線を向けると禅三郎が黙ってない。少しでも愛娘に害を与える可能性のある者に対しては、例え客であっても容赦しないのが禅三郎という男だ。そう、親バカなのだ。
このような環境にいるので、奈々はモテるのにモテない。といった矛盾した状況に陥っているのだ。
そんな奈々が恋するのかしないのか……それはまた別のお話。
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などありましたら教えていただけたら幸いです
第5話は月曜日18時投稿予定です