第46話 仮説とネタバラシそして終点へ
来週に回すのもアレだったので今回も分量多めです
最後までお付き合いください
後書きにも書いてありますが、読み終わった方は活動報告にも目を通していただけたら幸いです
では第46話始まります
日向モールでの騒動から数日後。その騒動の中心にいた天神党夜は今、大手ゲーム会社“SILVER MOON”の本社ビルの前まで来ていた。今日党夜はこのビルの中、正確にはこのビルの地下に用事がある。
ビルの中に入った党夜は、吹き抜けになったエントランスホールを抜けて受付まで来た。
「天神様、お久しぶりです。今日はどのようなご用件で?」
受付にいた美人受付嬢が丁寧に接客してくれる。党夜の顔も覚えているようだ。
「もしかしてIDカードを紛失されたのですか?」
IDカードとはこのビル内を移動するために必要なものであり、これがないとエントランスからエレベーターホールの間に設けられた改札を通ることが出来ない。その上、エレベーターもこのIDカードをかざさないと起動しない。
このIDカードはその名の通り一枚一枚IDが異なり、一人一枚が原則である。例え紛失したとしても再発行は出来ない。もし紛失した場合は再度手続きを踏まないといけない。
「いえ、IDカードは……はい、この通りちゃんとあります。今回は古夏真冬さんにアポを取っているので、今何処にいるか教えてもらいたいと思いまして……」
「少々お待ちください」
党夜は用件を伝えると、受付のお姉さんはカタカタと手慣れた様子でコンピューターを操作する。因みにブラインドタッチだ。やはり日頃からパソコンを使っていると出来るようになるものかと党夜が感慨に耽っていると。
「確認取れました。古夏様は地下6階の自室にいらっしゃるとのことです」
「6階?もしかしてあの保健室のことですか?」
地下5階と聞けば、党夜が思い浮かぶのはお世話になった保健室(仮)だった。
「そうですね。医療品やベッドがある部屋ですから保健室みたいですよね。ということは場所は?」
「知ってます。ありがとうございます」
「行ってらっしゃいませ」
受付のお姉さんに見送られ、党夜は目的地へ向かう。専用改札にIDカードをタッチし、奥へと進むとエレベーターホールにたどり着く。6棟ある内に地下へと行けるのは1棟だけ。しかもそれは一見すれば見つけられないが、左右対称に3棟ずつあるはずなので、扉のない壁がエレベーターの入り口となる。
これもまたIDカードをタッチすれば何もないはずの壁が開き、地下へと行けるようになる。因みにこのエレベーターは特別制で、特定のIDを持つカードでしか反応しない。つまり地上階にあるゲーム会社“SILVER MOON”の従業員はこのエレベーターに乗れないのだ。
党夜はそのまま地下6階で降り、見知ったルートを通って所定の場所へと辿り着いた。そしてドアをノックすると。
「開いてるわよぉ」
何度も聞いた甘い声が中から聞こえてきたので、党夜は「失礼します」と一言いれ、部屋に入っていった。
「わざわざ来てもらってごめんねぇ」
もちろん声の主は古夏真冬。白衣を纏って回転椅子に座っていたので、場所が場所だけに学校の保険医のように思えるがその実態は異なる。真冬は党夜らが所属する銀の弾丸のトップ2なのだ。
能力は過負荷粒子で発現した結界内にいる者を治癒するもの。党夜は実際にその能力にお世話になったことがある。涼子の電気療法と引けを取らないほどの力だ。
「いえ、放課後は基本暇なんで……」
「そう言ってくれると助かるわぁ。早速で悪いんだけどぉ、用件済ませちゃおっかぁ。そこの椅子に座ってねぇ」
「はい」
党夜が真冬に呼び出された理由は、先日起きた日向モールでの騒動の経緯など一種の事情聴取。現場にいたメンバーから話を聞いているとのこと。党夜は薦められた椅子に座り話し始める。
党夜もまた自分が見たもの、感じたものを包み隠さず真冬に話した。たまたま学校の同級生と日向モールに赴いたこと、粟岐月夜見に出会ったこと、以前撃退した鎖の能力者相模恭助と再戦したこと、その他細かいことまで。時折、真冬から質問もされたが全てありのまま話した。
「なるほどねぇ。党夜くんの前に、飛鳥ちゃんと月夜見ちゃんにも話を聞いたけど、概ね皆言ってることは一緒だったわぁ」
「概ね、ですか……」
真冬の言い回しに、歯に何かが引っかかったような感覚を得た党夜。
「概ねは概ねよぉ。そのままの意味。こればかりは当事者に聞かないと解らないからねぇ」
「全て話したと思うんですけど……」
党夜は日向モールで起きたこと全てを話したつもりだ。真冬が聞きたいことが何なのか解らずにいる。一つだけ心当たりがあるといえばあるが、これは事情聴取の後に相談するつもりなので除いた。
「今の党夜くんの説明には肝心なものが抜けてたよねぇ。わざとお姉さんに話さなかったのか、それとも無意識下でそうなったのか、吝かじゃないけどねぇ」
「俺は何も……」
「本当にぃ?だってさぁ党夜くん、大事なことがあったでしょ。能力が覚醒したらしいじゃない」
「そ、それは……」
そのことかと党夜は思った。忘れていたわけではない。でも自分から言うことでもないとも思っていた。それにさっきの質疑応答でも質問されなかったから話さなくてもいいのかと勝手に判断していた。
「隠し事はダメだよぉ」
「隠すつもりはなかったんです。何というか、自分でも解らないんです。何が起きたのか」
「ふんふん」
真冬が促し、党夜はそのまま話し始める。真冬はそれを止めようとはせず、聞きに徹する。
「目の前で紫が、俺の大切な友達が殺られて。目の前が真っ赤になって。自分が心の底から怒ってるってことは解ったけど、それに呼応するように過負荷粒子が勝手に溢れてきて。そうなったらもう自分でも歯止めが効かなくて。能力が使えるようになったと何となく感じたから、すぐに紫を助けなきゃって。その後のことはボンヤリとしか覚えてないです。あいつを、相模をボコボコに傷めつけた俺を玲奈ちゃんと月夜見ちゃんが助けてくれて……」
「うんうん。そうだったんだぁ。大変だったねぇ。ほらおいで」
党夜がたどたどしく語っていくのを最後まで聞いた真冬は大きく手を広げ。
「えっ……」
党夜が戸惑うことお構いなしに抱擁した。党夜の顔が真冬の胸に埋まる形で。
「よく頑張ったね。ちゃんとお姉さんは解ってるからね。党夜くんは頑張ったよ。全力を尽くしたよ」
真冬は党夜の頭を撫でながら説き伏せる。頑張ったね、頑張ったよと小さな子供をあやすように優しく優しく。
「ありがとうございます。でもちょっと恥ずかしいです」
「あらぁ、ごめんねぇ。お姉さん、党夜くんの頑張りにご褒美を上げたくてね、つい。ほら、話してよかったでしょ?フフフ」
こうして長いようで短い抱擁を終え、二人は身体を離す。
「そうかもしれません。それとご褒美ついでになんですけど、相談というか何というか……さっきの話に関係もあるようなないような、みたいな……」
「あら、党夜くんって意外と欲張りさん?」
「すいません」
「謝ることはないわよぉ。お姉さんで良ければ相談に乗るわよぉ」
党夜は日向モールの一件から今までの間、引っ掛かりを覚えることがあった。その時、その場では気付けなかったことが、全てが終わった後になって気になりだす。正面から向き合うのではなく、物事を俯瞰して見たことによって見つけた新しい景色と謎。
真冬への謁見の際に訊ねる予定だった事柄。だからこそ、自分の中で考えを纏めたうえで話をしたかった。先程の真冬の熱い抱擁で取り乱しかけたが、一方で落ち着いた雰囲気になったのも事実。だから党夜はこのタイミングで切り出すことを決めた。
「真冬さんは気付いてるんですよね?」
「なんのことぉ?」
初めから直球勝負。建前やお約束は端から取っ払って本題だけを語るように仕向ける党夜。真冬はとぼけるがこれも予想通りの反応。
「月夜見ちゃんのことですよ」
「それだけじゃ解らないわぁ」
「………月夜見ちゃんの能力のことです」
党夜が気になっていることは粟岐月夜見が持つ能力についてだった。
「確か対象者の心を読み取り、書き換え、上書きする能力よねぇ?」
「はい。右目のみ発動し、対象者の網膜から微量の過負荷粒子で干渉するらしいです」
「そこまでは私も報告を受けたわよぉ。新しく入ったメンバーだからねぇ」
「俺もここまでは本人の口から聞きました」
ここまでは共通認識。党夜は日向モールで月夜見から直接聞いたし、真冬もまた月夜見が銀の弾丸に加入した際に直接または間接的にその情報は得ている。古夏真冬は銀の弾丸のトップ2なのだから。
「じゃあ何が気になるのぉ?まさかあの子が嘘をついてると?」
「そんなことは疑ってないですよ。問題は月夜見ちゃんの能力と名前の関連性です。和の神、月読命様の神話を沿ったような能力と言ってました。でもおかしいんですよ」
「何がかなぁ?」
党夜が気になったのは、能力の詳細についてではなく、それが神話に則ったとも言えるを奇妙な現象についてだった。日向モールで聞いた時は、そんなことがあるのか程度の認識だった。だが、自分の中で整理すればするほど違和感を感じていく。そしてようやくその違和感の正体にたどり着いた。
真冬は何がおかしいのか頻りに笑顔で党夜の話を促す。
「月夜見ちゃんが能力に目覚めたのは、一般的な能力者と同じように小学生に上がってからだと言ってました。だったらおかしいんですよ」
「じらさないでよぉ」
甘ったるい声色で先を強請る真冬。だがその声色から苛立ちは伺えない。どちらかといえば、必死に難題を取り組む弟を見る姉のような雰囲気を醸し出していた
「だってそうでしょ?月夜見ちゃんのお母さんはまるで月夜見ちゃんが能力に目覚めることも、その能力の詳細をも事前に、それも生まれた瞬間から解っていたかみたいじゃないですか。流石に偶然では片付けられないレベルです」
「うんうん。それでぇ?」
党夜に回答を促す真冬。真冬の笑顔が絶えない。
「俺が描いた仮説としては二つ。一つは月夜見ちゃんのお母さんも能力者、能力は対象者が能力に目覚めるかどうか、そしてその能力が何なのかを判別ことができるものと考えました」
「なかなか強い能力よね。それって」
「そうですね。この能力を使えば、能力に目覚める前、赤子の頃から関係を築いておくこともできますからね。でも恐らくこの仮説は正しくない」
「その根拠はぁ?」
「根拠を話す前に二つ目の仮説に行きたいと思います。いいですか?」
「うん、別に構わないわよぉ」
真冬は核心に近づきつつある党夜の話を遮るなんて野暮なことはしない。早く先が気になって仕方がないようだ。
「では。二つ目の仮説は月夜見ちゃんの能力が第三者から引き渡された場合、つまり月夜見ちゃんが俺と同じく何者かの移し鏡である場合です。この時、怪しいのは出自に関わっている両親。でも月夜見ちゃんには父親がいません。ならば……」
「母親が能力者で、その能力を娘に受け継がせたってことぉ?」
党夜が言うより先に回り込んで真冬が回答する。
「はい。月夜見ちゃんは幼少期からきちんと教育を受けてました。特に人との関わり方については何度も言われたと。何度も何度も。俺も親や先生から聞かされましたが、月夜見ちゃんが語っていたほど過度なものではなかった。これはいずれ娘に能力を渡した時に、心が壊れないようにするためじゃないかって思ったんです」
「ん?それはおかしいわよぉ。一つ目の仮説でも同じことが言えるんじゃない?」
真冬は党夜の話の腰を折らずに、その上で問題を指摘する。
「同じじゃありません。元々月夜見ちゃんが能力に目覚めることが決まっていたなら、人との付き合い方ではなく能力に関することを先に教えると思います。でも実際能力について教えを説かれたのは、月夜見が自身に能力があることを自覚した時。しかも月夜見ちゃんと同じくらいお母さんもその能力の詳細について知っていた。注意点も」
「だから、一つ目ではなく二つ目の仮説の方が有力だとぉ?説得力に欠けると思うけどなぁ」
「だからこそ根拠があります」
「それはぁ?」
「俺があの人の……DoFの移し鏡だからです」
「同族ならではのシンパシー?」
「違います。俺もまた能力を引き継いだ者、移し鏡の一人です。そして能力を譲渡する際に、何らかの制限をかけることができることを身を持って体験しています。俺の場合は能力の発動を制限するもの。そして月夜見ちゃんは母親の心を覗けなくするもの」
「………」
ここに来て初めて真冬は無言になった。党夜は気にせず話を進めることにした。
「月夜見ちゃんは母親だから、血の繋がった肉親だから読めないんだって言ってました。確かにそんな制約があっても変じゃないですし、月夜見ちゃんも違和感を感じていませんでした。でも俺は、俺達は移し鏡という存在について知ってます」
つまり、と党夜は言葉に力を込める。
「纏めるとこうです。元は月夜見ちゃんのお母さんが月読命様の神話に則った能力を持っていた。だからこそ、この能力の恐ろしさを理解していた。一方で強力な力になりうることも理解していた。ならば自分の身を守る力として娘に引き継がせることを決めた。だから生まれた娘に月夜見と名付けた。月夜見ちゃんが能力に目覚めた時、名前との整合性を説いて納得させるために。そしてそのことを月夜見ちゃんに悟られないように、引き継ぎの際自分の心を読めないように制限までかけた。読まれたらこの計画がバラてしまうから。どうですか?」
「………どうだろうなぁ。報告書には書いてなかったからお姉さんには解らないわ。でも面白い仮説だったわよぉ。楽しませてもらったわ」
「それって……」
「さっきも言ったけど私は知らない。こればかりは人様の心情、つまり月夜見ちゃんのお母さん個人の。いくら私達でも知り得ないことなのぉ。でもね、かなり核心を突くものだと思うわよぉ。うん、今回の党夜くんの大活躍ね!ほら、ぐりぐりぃ♪」
「ちょ、っと真冬さん!?」
真冬は立ち上がると座っている党夜の頭を激しめに撫でた。この年で頭を撫でられるなんて思ってもいなかった党夜はタジタジ。
「じゃあ私これから用事があるからもう行くねぇ。本当に楽しかったわぁ。また面白い仮説があったら、私に一番に聞かせてねぇ」
そして満足した真冬はそれだけ言うと、部屋から出ていってしまった。
「これって正解ってことなのか?」
取り残された党夜はもやもやした感情を胸に呟くのであった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
真冬による党夜の事情聴取が済んだ後、“SILVER MOON”本社最上階にて。
「あんな形で放置して良かったのか?」
「あれでいいの。私としては楽しめたし問題ないかと」
「メンバー間で不信感が生じるのは好ましくないな……」
「それあなたが言えること?完全にブーメランってこと気づいておいでで?」
「それもそうか……一本取られたな。一本ついでに俺の息子も……」
「セクハラで訴えてから、殺しますよ?」
「ああ怖い怖い。人を殺すなんて物騒だなコマツナくんは」
「安心してください。殺すと言っても社会的にですから。生き地獄を味わいながら余生を堪能してもらうので」
「ははは……笑えないねそれは……死にたくなるね。まあ死なないけど」
「全く……話の腰を折らないでください。それにしても今回は良かったわね。ほとんど計画通りになったんでしょ?」
「まあな」
「流石に未桜を焚きつけた時はどうなることになるかと思ったわ。最後に冷静になれなかったら、未桜絶対出ていってたわね」
「だからこそ脅したんだよ。たまには上司の威厳ってもんを見せとかないと、肝心なときに組織として機能しないだろ?いつものようにヘラヘラしてるからこそ、ギャップでガツンと来るんだよ」
「その馬鹿げた振る舞いはわざとなのが腹立たしいわ。油断させてから叩く。昔からあなたの手法だったものね」
「解ってるくせにわざわざ確認するなよコマツナくん。恥ずいだろ」
「それだけじゃないでしょ?あの場面で未桜を威圧したのは。あの状況であの言い回しで、銀の弾丸のメンバーに頼れないことを悟らせることで、誘導したんでしょう?」
「何でもお見通しか、コマツナくんは。そうだよ。俺の計画にはミズナくん姉の能力が必要だったんでな。一応俺とは面識がないってことになってるから、俺から連絡取れなかったわけで。丁度いいタイミングでサクラくんが乗り込んできてくれたから、利用させてもらったに過ぎないよ」
「でも未桜が玲奈に頼る確証はなかったでしょ?完璧主義のあなたにしては賭けに出てる気がするのだけれど」
「賭けじゃないんだよ。あの流れは決定事項だった。確かに俺は曲がったことが大嫌いな完璧主義者だ。だからこそ俺はああゆう対応をした。サクラくんがミズナくん姉を頼ることは端から解ってたからさ」
「何でも解ってますよ、っていう態度気に入らないわね」
「俺は解ってるよ。でも何でもってわけじゃない。俺が解っているのは、俺が過去に布石や伏線として張っていたものだけだ。何でもかんでも好きに動かせるならそれは神さ。俺は生憎、神にはなれなかったんでね」
「詭弁ね。なら未桜と玲奈を会わせたのはあなたの誘導だったってこと?二人を紹介したのは私よ?」
「まあそう思ってくれてもいいよ、コマツナくん。その方が幸せだろ?」
「やっぱり気に入らない。つまりこの時のために私から玲奈を引きずり出して、未桜と接触させたってことでしょ?これを布石というなら、このタイミングで党夜くんが覚醒することが解ってたみたいじゃない」
「まあ解ってたね。当初の予定とは変わってしまったから、かなり微調整はしたけど。ある程度は目論見通りさ。いやぁ、キュウリくんの情報収集能力様々だよ」
「彼の身の軽さは組織一ですからね」
「愛弟子のミズナくんも頑張ってほしいところだよね。彼女の正義感がもう少しいい方向に傾いてくれたら、俺としても嬉しいんだけど。まだキュウリくんの背中を追いかけてる女の子に過ぎないからね。早いところ免許皆伝、卒業証書を渡せるほどに成長してもらわないとね」
「えらく桃香ちゃんを気にしてるのね」
「おいおい、その言い方は野暮だよ。僕は組織の長としてみんなのことを見てるつもりだよ。ヤズくんはもう少し冷静さが必要だね。トラウマを抱えているからってあの調子ではいずれ破綻するよ」
「聖くんは以前よりかなり安定してるわ」
「その認識が命取りになるのが能力戦だろ?ヤズくんの精神は未だに不安定だ。トラウマを払拭するにはまだ時間がかかる。だから俺は高難度な任務は任せていない」
「そうだったの……」
「サクラくんは戦闘面は申し分ないね。祖父から引き継いだ効率重視の選り取り見取りな古武術を基盤に、相当数実戦も積んだから。でも彼女も精神面が弱い。特に仲間のことになると我を忘れる。仲間意識が強いことはいいことだけではないからね」
「ええ、未桜の問題は私も理解してるつもりよ。でもそこは周りでフォロー出来るレベルだと思うわ」
「まあそうとも言うかな。あとはアスパラくんか。彼女もカッとなりやすいタイプだね。そして動きがまだまだ単調だ。精神面に問題があるサクラくんとの違いはそこだね。高飛車なところは嫌いじゃないけど、自信家なのは玉に瑕きずだね。命取りになるよ」
「うん……」
「まだあだ名は決めないんだけど新入りのリョウコくん。彼女はこれからまだまだ強くなるね。うちのメンバーは皆何らかの事情を抱えてきて精神が不安定な子が多い中、彼女は安定していると思うよ」
「でもそれって党夜くんのお陰でしょ?」
「それを込みでの評価だよ。恋は万物にも優る。恋する乙女の底力をナメちゃいけない。まあ、組織内での男女のいざこざは勘弁してもらいたいから程々にして欲しいけどね」
「あなたがメンバーをよく見ていることは伝わったわ」
「それは良かった。コマツナくんもうかうかしてられないんじゃないのか?」
「私は前線を引いた身ですから」
「それもそうだね。不躾だったね。悪かったよ……」
「………気にしないで………なんだかんだで、全て順調に終わって良かったわね」
「まあそうでもないんだよな、これが」
「えっ?なら今までのその自信満々な語りは何だったのよ」
「そりゃ、組織のトップたるもの威厳とか部下に見せとかないと示しがつかないだろ?」
「呆れた……その無駄なプライドとセクハラ行為が無くなればもっとみんなから信頼されてるはずなのに」
「それだとまるで俺が慕われてないみたいじゃないか……えっ?コマツナくん、そんな露骨に目を逸らさないでよ」
「これまで慕われてると勘違いしてたことに開いた口が塞がらないですね」
「うん、薄々気付いてたよ……気付いてたけど気付いてないふりしてなんだよ……とまあ俺の不人気さはさておき……コマツナくんは今回の件どう思うかね?」
「どうと言われましても、今あなたが話したのが全てでは?」
「いやさ、言っただろ。当初の予定とは少し変わったと。ホントはねミズナくん姉に彼を止めてもらうつもりでいたんだよ」
「それって……」
「ああ、あの人読みの少女は完全に計算外な案件だった。だから対処に手間取ったし、キュウリくんには今回かなり動いてもらうことになった」
「そうだったんですか。でもそれが何か?」
「だからね、これは俺の勝手な思い込みかつ妄想の中の話だけどさ……………俺達が向こう側の思惑通りに動かされているってパターンもあるかもしれない、ってことさ」
「まさか!?」
「そのまさかならいいんだけどね……嫌な予感というのは当たるとよく言うだろ?俺が出し抜かれたとは思いたくないが、それでも頭の隅で考慮に入れつつ今後行動しないといけないな」
「つまり月夜見ちゃんはあの組織からの差し金?」
「妄想通りなら恐らくね。でも少女はそのことに気付いてないし、少女自体には害はない純白そのもののはずさ。その点は抜かりないよ」
「解りました。肝に銘じておきます」
「ほんと能力者というのは面倒な生き物だよ。世知辛い世の中になったものだ」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「終わった……」
日向モールの騒動からの古夏真冬の呼び出しも終え、ようやく日常という日常に戻ってきた天神党夜。もちろん、今回は特に大きな怪我はなく、ゴールデンウィーク明けの学校にもきちんと出席していた。
不運にもその騒動の渦中に放り込まれた党夜。そして党夜と共に日向モールを訪れていた幼馴染の平塚紫。彼女もまた大きな怪我はなく、軽い貧血症状のみで済んでいた……ことになっている。なので、党夜と同様翌日から学校に登校していた。
一方、今回の事件の中心とも言える粟岐月夜見は銀の弾丸が無事保護し、特別な事情境遇から能力孤児という名目で組織に加入することが決まった。名目とあるのは、月夜見を党夜や師の姉川未桜らのような戦闘員とは扱わないとするためだ。
能力の特異性を鑑みても月夜見を非戦闘員ながらも任務の参加を一時は検討したが、やはり本人の年齢と戦闘能力の無さからその案は白紙となった。
そしてもう一人保護されたのが塙山。本名は塙山剛志。彼は以前入っていた組織を流れで脱退、それにより立場が危ぶまれるとのことで銀の弾丸が引き取ることに。基本的には銀の弾丸が隠れ蓑にしている大手ゲーム会社“SILVER MOON”の従業員という形で職につくことに。
塙山もまた能力者であるが、お世辞にもその能力が戦闘向けでなく、後衛職としても望めない。なので表向きはゲーム会社の社員として働き、要請されれば裏方として情報収集を行う契約となった。それは塙山にも養う家族がいるからという銀の弾丸の計らいだった。因みに“SILVER MOON”の社員の多くは塙山のような形で銀の弾丸を支えていたりする。
あと日向モールの騒動とは直接関係するものではないが党夜は小さな問題を抱えることになった。ゴールデンウィーク明け初日に、平塚ヶ丘高校生徒会長である日向妃咲から直々に呼び出しを食らった。その時、教室にいた党夜は周りから怪訝な視線を受けることになる。
そして生徒会室に着くや否や、「昨日は何をしていたのか」「日向モールほどうだったか」など根掘り葉掘り聞かれた。党夜の個人的な話なので別に妃咲に話す必要はないのだが、騒動のことを避けつつ律儀に答える党夜。
しかし騒動の一片に勘付いている妃咲はそう簡単には納得しない。それもそのはず、監視カメラのない屋上の監視につけていたはずの男が何者かに意識を奪われていたからだ。つまり妃咲は屋上で何が行われたか知る手段がなかったわけだ。
その結果、党夜は妃咲から何でも一度だけ言うこと聞くという約束をさせられた。その場では頷く以外打開策がなく、泣く泣く約束したが、その後よく考えてみれば超の付くお嬢様である妃咲のお願いなど自分が果たせるのか不安になる党夜であった。
長くなったが、現在党夜の頭を悩ませているのは今挙げた事柄のどれにも当てはまらない。どれもこれも中々な問題であったが、それを超えるものが党夜を襲うことになった。
「そんなこの世の終わりのような顔をするなよ党夜」
「この世の終わりだよ。それ以外に考えられねえ……」
「いやいや、まだ前半戦さ。一学期は三学期とは違って前半と後半の合計得点で決まる。足りない分は後半で取り返せばいい」
「簡単に言ってくれるな。俺はお前みたいに得意じゃないんだよ。苦手と言っても過言ではないね」
チャイムが鳴り終わり、生徒たちがある話題で盛り上がる中、一人深刻な表情をした党夜に話しかけたのは風霧陣。党夜のもう一人の幼馴染だ。
そして二人が話している話題は他のクラスメイトらが話している内容と同様。前半と後半に分かれ、得点が関係するもの。その上で学校関連と言えば自ずと答えが見えてくるだろう。
「二人共何の話してるの?」
そんな党夜と陣のやり取りの輪に入ってきたのは紫だ。その顔は質問の答えを聞く前からニヤけている。検討がついている顔だ。
「見ての通りだよ」
「あちゃあ……トーヤまたやっちゃったんだ。で何?」
「英語……」
党夜は渋々答える。その答えに対する二人の反応は。
「あはは……ごめん党夜、それはちょっと逆転は難しいね」
「ご愁傷様トーヤ」
「陣、紫……俺を見捨てるのか!?」
もうお分かりだろう。今日は一学期の定期考査、所謂中間テストの最終日。総勢四日間の勉学による死闘を終えた日である。クラスメイトは皆、テスト勉強から解放され、浮き足立っている。テストの答え合わせをする者、既に復習を始める者、この後遊びに行く予定を組む者。三者三様ではあるが、その目には暗い感情は見受けられない。たった一人を除いては。
「天神くん、英語落としちゃったんだ。これはこれは詰みましたな」
「伊織まで俺を見捨てるのか!?」
お気楽な口調で会話に入ってきたのは三人が中学からの付き合いである伊織楓だ。
「そりゃね、英語だけは落としちゃダメなんてこのクラス、いやあの人に英語を習ってる誰もが知ってることだよ。終わったね天神くん」
「ぐはっぁ……」
楓からの直球な言い様で党夜の心は射抜かれた。精神に大きなダメージが与えられる。何とか言葉を濁して、目を背けていたことを真正面から言われればこういう反応を示すのは変なことではないだろう。
「アマトーのやつ落としたらしいぜ」
「あらら、可哀想に」
「期末での逆転に期待か?」
「難しいっしょ」
「もしかしてお詰みになられた?」
「恐らく……」
「いや、まだ解らねえぞ。一発逆転満塁ホームランってことも……」
「なら賭けるか?天神が落とすか落とさないか」
「アマトーが落とすに500円」
「ごめんなさい。私も落とす方に」
「俺も」
「私達もだねぇ」
「そりゃそうよ」
「おいおい、これじゃ賭けにならねえぞ。ハハハ」
「それもそうね。フフフ」
党夜が英語を落とすかもしれない。その情報は一瞬にして教室内を駆け巡り、全クラスメイトが知るまでに。しかも落とすか落とさないのかを賭ける者まで現れた。
「他人事だからって好き勝手言いやがって……」
そんなクラスの中で形見の狭い思いをする党夜。
「自業自得ね。トーヤが勉強しないのが悪い」
「そうだね。他を捨ててでも英語だけはきちんとしておくべきだったよ党夜」
「紫と風霧くんの言う通り。今回は運が悪かったと思って、夏休み頑張ってね天神くん」
党夜の味方をする者はこの教室内にはいないようだ。
「夏休みの補習地獄……勘弁してくれ」
「それは玲奈ちゃんに直接言えばいいじゃない」
この平塚ヶ丘高校は学期内でのテストの合計点数で赤点か否かを決める制度である。三学期は期末テストしかないので、一発勝負だが一学期と二学期は二回のテストの合計点数なので、中間がダメでも期末で取り返すという可能性が残される。
しかし今回党夜が落としそうなのは英語。そして英語の担当は何を隠そうこのクラスの担任でもある水無月玲奈である。玲奈の英語を落とした者は長期休暇などもろもろをごっそりけずる事で有名であり、玲奈が英語を担当するクラスは必死に勉強する。
その上、最も玲奈のテストで恐れられているのは長期休暇の補習ではない。それは期末テストの異常な難しさである。つまりは中間テストでの点数が芳しくない場合、期末テストで取り返すことが実質不可能とまで言われている。
なので陣、紫、楓を含むクラスメイトの反応は概ね正しい。党夜が夏休みの補習を免れる可能性はほぼゼロに収束したに等しいわけだ。
「無理難題を言うな。玲奈ちゃんが妥協してくれるはずねえだろ。カタブツなのは知ってるだろ?」
「誰がカタブツだって?ええ?天神ぃ?答えによっては容赦せんぞ」
「………え?」
党夜の不幸は英語のテストだけでは留まらないようだ。党夜が後ろを振り向くとそこにいたのは、今話題の人である我らが担任水無月玲奈その人だった。
「いや、これは、何というか……他ならぬ事情がありまして……はい……その……ごめんなさい」
言い訳など出てくるはずもなく、素直に謝ることにした党夜。
「ふんっ。まあいい。今お前を怒っても何にもならないからな。それより楽しみだな」
「な、何がですか?」
「とぼけるなよ天神ぃ。ちゃんと夏休みは予定を空けておくんだぞ?私と一緒に楽しいサマーバケーションを過ごそうじゃないか」
謝る党夜を許す玲奈。それにはやはり理由があって。玲奈の口から告げられたのは宣戦布告であり、死刑宣告でもあった。
「あっ、はい……」
顔面蒼白とはこの時の党夜の顔を指すのだろう。流石に可哀想に思ったのかクラスメイトは一様に悲痛な視線を党夜に浴びせる。
玲奈は党夜にその旨を告げた後、教壇に立ち、HRを始めた。内容は明日から順次テスト返却が行われるということ。
「よし、HRを終わる。ああ、風霧。この後職員室まで来てくれ。至急だぞ」
そう言うと玲奈は教室を後にした。
「陣が呼び出されるなんて珍しいな」
「そうね。トーヤじゃあるまいし……ジン何かしたの?」
「特に思い当たらないな」
「きっと優等生の風霧くんに何かお願い事でもあるんじゃない?天神くんとは違ってね」
「おい、お前ら。いちいち俺を卑下しねえと話出来ねえのか?」
「だってね?」
「「ねぇ!」」
いつも通りといえばいつも通りの日常。党夜がバカをして、紫と楓がイジり、陣がその光景を見て笑う。何だかんだでようやく日常に戻ってきたと再確認できた党夜。ちょっと気に食わないことはあるが。
「じゃあ僕は職員室寄らないと行けないから先に帰ってて。いつ終わるか解らないからさ」
「解ったよ。頑張れよ」
「何を頑張るよ。頑張らないといけないのはトーヤの方でしょ……フフフ」
「そ、その通りね……フフフ」
「お前ら……」
こうして友に見送られ陣は先に教室を後にした。
そして次の日から陣が学校に来ることはなかった。
ー第二章 完ー
読んでいただきありがとうございます
誤字・脱字などがありましたら教えていただけたら幸いです
これにて第二章は幕を閉じます
気になる幕引きになっていたでしょうか?
お付き合いいただきありがとうございます
今後の予定や第二章のあとがきは同時に投稿しました活動報告に書いてあります
是非作者ページに飛んで目を通してください
裏話もあるのでホント読んでください
お願い申し上げます




